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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第18章 家出娘故郷に帰る

 ――北海道、小樽市。
 目を開けて、合わせていた手をそっと離す。正面に置かれた遺影を暫く見詰めてから横を見ると、直後、こちらを向いた長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)と目が合った。九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は穏やかに笑う。
「……行きましょう、広明さん」
「もういいのか?」
「……はい。ありがとうございます」
 2人は立ち上がり、線香の煙漂う部屋から廊下に出る。ローズは一度仏壇を――父が祀られた仏壇を見返してから歩き出した。

 家出をしてから4年以上の年月が経ち。
 家に戻るようにと言いに、叔父がパラミタに来てから半年程が経過した。
『そうしたいとは思ってる。私を心配してくれた多くの人に謝りたいし、必ずそっちに一度戻るよ。……約束する』
 小樽で暮らすことに頷けなくても、せめて譲――父の仏壇に手を合わせる位はした方がいいんじゃないかと進言した叔父に、彼女は当時そう答えた。
 叔父との約束を守る為、そして先延ばししてきた色々に終止符を打つ為、今日は休みを利用して帰省したのだ。
(あまりいい思い出のある家ではありませんが、それでも一度は帰るべき場所ですね)
 かなり久し振りに帰ってきた自宅の中を歩き、方々に視線を投げて記憶が甦るのを感じながら、ローズは思った。
「広明さんはここでゆっくりしていてください。私は、親戚達と話をつけてきます」
 今から日帰りは難しいだろう。広明を客間に案内して、彼女は宿泊の準備を整えた。
「一緒に行かなくても大丈夫か?」
「そこまでしてもらうのは申し訳ないですから。広明さんがすぐ近くにいると思うだけで、十分心強いですし」
 広明には、叔父との話し合いの時にも同席してもらっている。あの時のローズの身構え具合を知っているだけに、気になるのだろう。だが、今回の話し相手は1人ではない。針の筵となるかもしれない場所に彼を連れていく気には流石になれない。
 ローズの言葉とその表情を受け、広明も彼女を送り出す気になったようだ。
「そうか。覚悟が決まったんだな」
「……はい。行ってきます」
 待ってるからな、と言う彼に微笑を見せて、ローズは親戚達の元への向かった。

 ――針の筵だったのは、最初だけだった。
 拾い室内の真ん中に座り、渋面だったりくすりともしなかったりの親戚達の視線を一身に受けた時は身を縮めた。だが、長く音信不通だったことを謝って話をすると彼等は理解を示してくれた。
 自分には婚約者がいる。
 そして、自分にも婚約者である広明にもパラミタでやるべきことがある。だから、こっちに住むのは恐らく難しい。でも、何かあればすぐにそちらに連絡を寄越すのでそれで勘弁して欲しい。
 そういったことを、時には質問だったり確認だったりをされながら説明した。
 結果として、それは認められるどころかほぼ抵抗もなく受け入れられた。それどころか――
 責められる、という思い込みが、恐れを増幅させていたのかもしれない。

「おう、お帰り、どうだった?」
 広明の待つ部屋に戻ると、彼は持ってきていた整備関係の本を呼んでいた。脚の低い机を挟んで座り、報告する。
「……大丈夫でした。家出についても何とか許してもらえましたし、私の希望も聞いてもらえそうです」
「そりゃ良かったな。これ以上ない結果じゃないか」
 閉じた本を机に置いた広明は、心からほっとしたように笑顔になった。
「はい。親戚達にも話をしてきましたが……」
 ローズは今日、小樽に来るまでに考え、出した結論について改めて彼に話した。
「私はやはり、パラミタにいるのが一番良いと思うんです。ここで暮らすと、医者としても広明さんのパートナーとしても成長できないですし……。何より、自分がパラミタにいたいんです」
「……そうか。まあ家の事だからこの先どうなるかは分かんねえけど、暫くパラミタにいられるならオレも助かるよ。引退するにはまだ早いからな」
「え……」
 驚くローズに、広明はニッと笑みを見せる。その意味が解り、彼女も「……はい」と笑みを返す。何だか、体から力が抜けた。
 それから、「それで……」と、1本の腕時計を机に置く。
「広明さん、これを受け取って頂けませんか?」
「ん? 腕時計?」
「私のお母さんが、お父さんの誕生日に贈ったものなんです。お父さん、ずっと大切に使っていたから壊れてはいないと思います……多分」
 ローズの話を、広明は腕時計を目を落として真面目な表情で聞いていた。ややあって顔を上げ、聞いてくる。
「それは、つまり……親父さんの形見だということだな。そんな大事なもん、オレが貰ってもいいのか?」
「……広明さんに、使ってもらいたいんです」
 その視線を真っ直ぐに受け止め、はっきりと言う。広明はもう一度腕時計を見つめ、やがて、それに手を伸ばした。
「分かった。大事に使わせてもらうよ」
 自らの腕に着けていく彼に、「あ……あと」と、ローズはここに戻ってくる前のことを思い出して話をする。
「親戚達に婚約のことを話したら、是非晩食に連れてきなさいって……。行きますか? 多分、テンション的に宴会になると思いますが」
「宴会?」
 広明は目を丸くしてローズを見て、直に破顔する。
「何だ、本当に心配することなかったんじゃないか。勿論行くよ。挨拶しねえとな」
 そして、2人は客間を出て親戚達に会いに行った。