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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第20章 どえむ精神で修行中

(……大学最後の年か)
 アルバイト募集の掲示板を見ようと、椎名 真(しいな・まこと)は大学の廊下を歩いていた。掲示板には乱雑に、また所狭しと様々な案件が貼られている。常に誰かしらがいて人の絶えることのないその場所に着くと、他の学生達同様に真は募集内容をチェックし始めた。
(やっぱり、職場経験をどんどん重ねた方が緊張感もあってより技術を学べるよな)
 パートナーの高校進路でばたばたしていたが、真も春から大学4年だ。家政学専攻で、卒業しても進路はもちろん執事であり今と変わらないが、座学や被服等の授業だけでは見えてこないものもある。最近は戦う系の依頼ばかり受けていたし、離れがちだった礼を要する場に身を置こうと思ったのだ。
 戦っている時――特に1対1の真剣勝負をしている時を“楽しい”と感じてしまう辺り、格闘家やバウンサーも向いているのかもしれないが、それに気付いたからといって彼の進む先が揺らぐわけではない。
(出来れば、給仕のベテランがトップで指示出すようなところがいいかな?)
 厳しい人であればある程、悪い所も分かるし、今の自分がどこまでやれるかもはっきりする。
「あれ、ここは……」
『ホールスタッフ募集』と書かれた紙を順に見ていた真は、ある求人情報に目を留めた。行ったことはないが、店名がよく記憶に残っている。学生達の間で、担当が厳し過ぎるからおすすめできないと噂になっていたレストランだ。
「ここに連絡してみるかな」
 真は早速電話を出して、求人に載っている番号をプッシュした。

 ――落ち着いた雰囲気の店内で、訪れた人々は思い思いに食事を楽しんでいた。適度に品が良く、格式ばりすぎてもいない演出が成された空間は丁度良いリラックス効果を生み出すようだ。客同士のトラブルなどは心配するだけ無駄であり、客と店側についても然りである。クレームの無い店など存在しないので、表立っては、という意味ではあるが。
 だが、そういう店の裏側は得てして厳しい。ぴりついた緊張と多忙の中で、笑顔で仕事をしている者は皆無だった。勿論、ホールにいる時は完膚なき微笑を浮かべているわけだが――
 1日中、事務所や廊下のどこかで叱責の声が飛んでいる。
「君は一体、何を勉強してきたんだ? これじゃあ素人と変わらないよ。もっとしっかりやってもらわないと」
「はい、すみません……」
「いや、素人だって君よりも短い期間で立派な給仕になってるよ。例えば、半年前に入った彼なんかは文句のつけ所を探すのが難しい。お客様からもよくお褒めの言葉を頂くんだ」
 真もまた、廊下に呼び出されて給仕長から苦言をもらっていた。個人のプライドを的確につつくその物言いは、わざと相手を逆上させようとしているかのようでもある。実際、そういった面もあるのだろう。挑発して、耐久力と根性を図っているのだ。
 だが、精神攻撃は兎も角として給仕長の指摘はひとつひとつ尤もで反論する余地も無い。
「いいか? さっきの君の確認の仕方だとお客様は、自分に非があるように思われてしまうかもしれない。確かにお客様が間違われていたのだが、この場合は……」
 その後、真は接客対応から姿勢の癖までみっちりと指導を受けたのだった。

「はぁ……」
 自分の技術を高める為、覚悟を決めて選んだ職場だったが精神的ダメージがゼロかといえばそんなことはない。給仕長の言葉も指導も、立派に発奮材料になっているので必要なダメージなのかもしれないが。
「やっぱり、気付かなかった細かな所で指摘受けちゃうなぁ……先輩達の姿も見てしっかり学ばせてもらわなきゃ」
 従業員通路のホール側には窓が無いし、サービスの裏側は来店客に見せるべきではない、とこのレストランは調理場もオープンにしていない。他の給仕の所作を見る為には、実践の場に出て仕事をする以外に方法は無い。
「よっし、がんば……る……。?」
 しかし、真はホールに出る途中、調理場の前に私服姿の少女がいるのを見て足を止めた。彼女は、運ばれていく料理を興味津々に眺めている。料理人にもたまに話しかけたりしていて、笑顔でそれに答えている料理人は後でこっぴどく叱られるのではないだろうか。
「あれ? 真さん!」
「えーっと……ファーシーさん、だっけ? どうしてここに?」
 真に気付き、親し気に近付いてきたファーシーはその笑みのままに答えを返す。
「ホールアルバイトの募集に応募したのよ。今日、これから面接なの」
「面接……ここ、お客様の満足度は最高なんだけどスタッフの指導も徹底してるから、バイトとしてはかなり厳しいって評判なんだけど……」
「そうなの? でも、真さんはここで働いてるのよね?」
「俺は、一人前の執事になるのが目標だからね。勉強しに来てるんだ」
 そして、来年から大学4年になることや、バイトをしようと思った理由について簡単に話す。
「卒業まであと1年……だからこそ、この1年はより磨きをかけるものにしないとね」
「そう……それでここを選んだのね。わたしは、特に深い理由は無いのよね……ただ、これからずっと続けられる仕事を探してて。接客は楽しいし、向いてると思うんだけど……」
 出来れば、機械が近くにあって触れる仕事をしたいのだと彼女は言った。
「でも、なかなか求人が見つからないのよねー」
「機械関係かー……機晶石を用いた装備を専門に整備するお店とか、結界装置関係の整備をする所とかありそうな気がするから、そういう所とかどうかな?」
「機晶石を使った装備に、結界装置……」
 初耳だったらしい表情で、ファーシーは真の言葉を繰り返す。
「ありがとう! 探してみるわ」
「大体、どこの都市にも一箇所くらいはあると思うよ」
 彼女は何だか、目的を達成した、というような満足気な顔をしていた。このまま、面接のことを忘れて帰ってしまいそうな感じすらある。
(……って、私語長々続けてたらカミナリとんできそうだ……)
 そう、思っていたら。
「椎名君、仕事をする気はあるんですか?」
 後ろから、給仕長の容赦のない声が飛んできた。
「はいすみません!! じゃ、ファーシーさん」
「うん、頑張ってね!」
 急ぎ、真はホールに戻る。結果としてファーシーは、このレストランの給仕にはならなかった。『笑顔は良いが、マイペース過ぎるのと敬語が苦手そう』ということでお帰り願ったらしい。落ち込んだ様子もなかったという事で、ともすれば、あれからすぐに機晶専門店を探しに行っていてもおかしくないな、と真は思った。