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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第22章 協力しあって工房を

「…………」
 通話を終えたアクアは、すぐに携帯を仕舞わなかった。画面を見つめている彼女に、正面に座った高崎 朋美(たかさき・ともみ)から声が掛かる。
「どうしたの?」
「あ、いえ……」
 携帯を鞄に入れ、湯気の収まったカップを手に取る。電話中に自覚した。アクアは、工房を探していることをファーシーに話していなかった。きっと、気付かないままに彼女を意識していたのだろう。いざ場所が決まって工房が整い、彼女がそこに訪れたら――自分は、この工房を使わないかと言わずにはいられなかったかもしれない。その一言を伝えるまでは、伏せておきたい。そんな心理が働いていたのだ。ついツァンダの物件に目が行ってしまうのも、同じ理由だろう。
「で、理想の間取りとかはどんな感じなの?」
 朋美がそう訊ねてきて、我に返ったアクアは考えている工房の造りを列挙していく。
「そうですね……まず、客間を含めて個室が4つ以上あって、機晶姫やギフトや機械人形を横たえて工具や道具やパーツや機械を置いても尚余裕がある大きい部屋があって、防音加工がしてあって、倉庫と、資料を置ける書斎があって、その他にリビングがあってキッチンも別にあって、モフタンがモフタンと遊べる専用部屋があって……あ、このモフタンというのは飼っているパラミタキバタンの苗字で後半のモフタンはその友達の苗字です、ややこしいですが……それと、集めた洋服を保管するためのウォークインクローゼットがあって……」
「集めた洋服って、そういうのかえ?」
「……はい、こういうのです」
 高崎 トメ(たかさき・とめ)に言われて、アクアは頷いた。今日も今日とて、彼女はゴスロリ服に身を包んでいる。
「後、ユニットバスは絶対に嫌で、町内会とかに入らなくて済む所が良いですね」
「「「「…………」」」」
 朋美とトメ、ウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)高崎 シメ(たかさき・しめ)は一様に二の句を忘れていた。ぽかんとするというか、呆れるというか、それに類する表情だ。
 彼女達とアクアが出会ったのはつい先程、機晶部品の専門店での事だった。モーナ・グラフトンに頼まれて不足部品を買いに来たアクアと言葉を交わし、雑談の中でどこで働いているか訊ねた時に『工房を開こうと思っている』と聞いたのだ。
 技術を極めたい、好きなように色々作ってみたいと思う人種には。自分の工房というのは夢だ。天御柱で機晶技術を勉強している朋美にとってもよく分かることで、50以上見取り図を見たり内見に行ったりしている、と何気に半端ではない話を聞いて相談に乗ることにしたのだが――
(それは……ちょっと贅沢すぎじゃないかな)
 迷い過ぎて物件が決まらず、そこまで迷うというのはまだ具体的な物件像が心の中に確立していないのではないかと思ったのだが。
 どうやら、その逆だったらしい。
 内見数が天井知らずに増えていくのも無理からぬことだ。
「全部揃ってる所が見つかるまで探すつもりか?」
「そのつもりですが」
 アクアはシマックの問いに即答する。表情一つ変えず、何の疑問も持っていないらしい彼女にシメは言った。
「その条件だと、1年経っても決まりませんえ」
「そ、そうでしょうか……」
「うん、もう少し地に足をつけた物件探しをしないと」
 1年と聞いて怯むアクアに、朋美もそう助言する。彼女の希望が全て詰まった空間を想像するとそれは確かに悪くない。悪くなろうはずもない。
「一生に一度かもしれないし、妥協したくないっていうのも分かるけど、多分、どの不動産屋さんに行っても扱ってないと思うよ」
 だが、建物を自由に作れるゲームなら可能だろうその家に現実で出会う事は難しいだろう。
「それに、予算も考えないと」
「う……」
 その言葉は耳に痛かったのか、アクアは僅かに首を縮めた。いくらあるのかまではまだ聞いていないが、アルバイトで貯めたという話だったからそこまで潤沢ではないだろう。
「現実にものをいっちゃうのは『おかね』、予算だからね。賃貸にしても、色々かき集めて購入するにしても、予算と相場を見比べないと決められないよ。アクアさんの希望を叶えようとすると、相場はかなり高くなるけど……それに工房として使用したいなら、そういう使い方が許されてる物件とか、制限は大きくなってくるもの」
 話しながら、朋美はそういえば、と自分の卒業後について考える。今は学校で機晶技術の実習や研究、開発をさせてもらっているけれど、卒業後はどうすればいいのだろう。OGだからといって、そうそう簡単に最新鋭の機械装置を触らせてくれるものでもないだろう。
 そう思った時、朋美の中で一つ閃くものがあった。「そうだ」と明るい表情で提案する。
「ちょっと同士を募ってみて、共同で工房を立ち上げるとか検討してみない?」
「共同で……ですか?」
 アクアだけではなく、トメとシメ、シマック達もそれぞれ朋美に注目する。
「そう。初めから独立して1人の工房を立ち上げるんじゃなくって、アクアさんの志? に同意っていうか、同調してくれる同士を募ってみれば、予算は高く見積もれることになるよ。確かに、一緒にやっていける人かどうかを見極めるのって、すごく面倒だし大変だけど……」
 それから、少し声の勢いを落としてアクアを見遣る。
「……学外で使える工房があったら、ボクもありがたい……かな」
「と、いうことは、貴女も……」
「勿論、一口乗るよ」
 はっきりとそう言うと、朋美は4人に先程考えたことを告白する。
「……せやねぇ、朋美かて、ええかげん卒業の『先』の事も考えなあけしまへんなぁ」
 椅子に背を預けたシメは、彼女に改めて確認する。
「朋美も、技術とかで食べていきたいんどしたなぁ?」
「うん、そのまま学校に残って研究や技術開発ができればいいけど、それって狭き門だからなぁ……。それに、上の意向で、予算が下りることしかできないって制約も付くしね。自由にやるなら……」
 そうして朋美は、話の流れを戸惑い気味に見ていたアクアに笑いかける。
「1人より、2人でしょ?」
「え、あ、あの……」
 工房についての相談が、いつの間にか朋美の進路についての話になっている。すぐに「はい」と頷くことが出来ず、アクアは困惑した。複数人で工房を使うこと自体は構わない。だが、朋美はスカサハやファーシーと違って今日が初対面だ。つい先程会ったばかりの相手に対して、金銭面で助かるからという理由だけで即決は出来なかった。
「まあ、幸い基礎は学校の方で仕込んで貰とるんやさかい、働く『場』があったらそらよろしいわいな」
 シメも朋美の考えを有りだと判断したようだ。お茶を飲みながら、皆に話す。
「学校の研究職もどっかの企業の研究・技術職も、雇われである以上はよっぽどのことがない限り『定年』がおますわな。独立・起業して自分で仕事とってきて、自分で仕事するようになったら自分の体が動く間は現役を続けられますから」
「だよね。だから、ボクにとってもアクアさんにとっても悪くないと思うんだ」
「……言ってることは分かるけどよ。朋美は、それでこいつをそう簡単に同好の士として認めちまうのか?」
 そこで、口を挟んだのはシマックだった。アクアが彼に目を向けると、「ああすまない、アクア」と断られる。こいつと呼んだことか、目の前で本人を否定するような発言をしたことか。名前を呼んだことからすると、両方かもしれない。
「いえ……尤もな意見だと思います」
「どういうこと?」
「……朋美の提案にあるように、誰かと共同の工房にするんなら1人当たりの立ち上げコストは軽くなる。その点は俺も賛成だしプランを推したい。……何よりも、朋美の希望なら」
 だが、一緒に使うメンバー間に相互信頼が無ければ、共同工房にしたとしても、維持が大変だ。意見の相違によるトラブルも置きかねない。
 そう話すと、シマックは念を押すように最後に言った。
「技術研究ってだけで、パートナーになれるか? ……そう、パートナーだぜ?」
「んー……」
 朋美は考えるように、しかしそう困った風もなくアクアを見つめる。アクアはつい身を引くが、彼女の人となりを計っているというより、シマックの言葉の意味を朋美自身の中に落とし込んでいるようでもあった。
「シマックはアクアはんを信用したないんかいねぇ?」
 彼女が答えを返す前に、トメが呆れたような声を出した。シマックが若干鼻白む。
「信用したいとかしたくないとか、そういう問題じゃねえだろ。まだ、会って数時間だぜ?」
「朋美が、志が同じ人や、と思うてそうしたいんやったらあたしは止めませんよ。名前はトメだけど」
 シマックが全てを言い切るかどうかというところで、トメはそう断言した。彼の話を半ば聞き流した彼女は、諭すように話を続ける。
「あのな。順序は逆になるけどな、人に信用されたい人間は、人を信用できなあきまへんのやで。他人を当てにせん人間を、物事が自分の許容量を超えた時に誰かの助けを求めへん人間を、信用できますか?」
 問いを投げる形でのトメの問いをどう捉えているかは分からなかったが、シマックは苦い表情を浮かべていた。アクアも口を開かない。トメの言う事は理屈としては理解出来るし、正しいのだろうと感じる。だが、全面的に肯定も出来なかった。
 誰かを先に信用するということは、彼女にとっては少しハードルの高いことなのだ。
「自己完結してしもて他者を必要とせん人間は、同様に、他者から必要とされへんお人っちゅうことになりますのや」
 そこまで言うと、トメは毅然とした態度で朋美に向き直った。
「朋美、卒業後の進路、技術で生きていきたいんやったら、ここでアクアはんに協力願うのは悪い選択やおまへん。……まあ、それもアクアはんの御心づもり次第やけど……」
 彼女は、ずっと何も言わずにいたアクアに丁寧に礼をする。
「できたらよろしゅう」
「…………」
 アクアは頭を下げられたことに少し驚き、それから「あの……」と躊躇いがちに口を開いた。彼女達の話を聞いている間に、大体答えも出せたと思う。
「まず先に言っておきたいのですが、今の時点で一緒に工房をやる予定の友人が2人います。貴女を含めると、計4人になりますが……構いませんか?」
「うん、良いよ。さっきも言った通り、人数が多い方が負担は減るでしょ?」
 朋美は笑って、あっさりと頷く。
「それと……信用、についての話ですが、私は、過去に色々あって……無条件に人を信用できる性格ではありません。以前程の人間不信では無い……とは思いますが、会ってすぐに全面的に信用するのは難しいです。特に、機晶技術を扱う人物の場合は、機晶生命体に対する考えをよく知ってからでないと……すみません。……ですが、貴女方は悪人ではない、とも思うので……」
 約1名、悪人面がいるにはいるが。
 悪人だと思っていたらそもそも工房についての相談はしていない。
「良かったら、これからも私に協力していただけますか? ……同じ、屋根の下で」
「……うん、勿論だよ!」
 アクアから目を離さずに話を聞いていた朋美は、最後のその言葉で、明るく笑った。シメも続けて、彼女に言う。
「ほな、アクアはん、この子と仲ようしてやっとくれやす。いい物件探すの、手伝わしてもらいますわ」
 にっこりと笑って、シメは情報通信を駆使し、銃型HCを使って情報検索をして不動産情報を収集する。
「あとで、まとめて印刷して渡しおすから、参考にしてくれやす」
 条件が合いそうな物件を探しながら、シメはそう話している。ここまで話が進んでしまったら、シマックもそれ以上は何も言わなかった。朋美達と一緒に銃型HCを覗き込むアクアを見つつ、1人思う。
(機晶姫が、機晶技術を……って、不思議な気はするが、人間が自分達の体を治療したりする為に医療技術を研究するようなものか)
 そして彼のような強化人間もまた、そうして「テクノロジー」による産物なのだ。