イルミンスール魔法学校

リアクション

　酒杜　美由子（さかもり・みゆこ）は今日も犬達に囲まれていた。
「二人の世界に浸ってる人達は放っておいて、こっちはこっちでパーッとやりましょ！」
　美由子の周りには犬の他に鳥取から移住した若者達もいた。
　彼らは今、美由子が買ってきた大量の肉で焼肉パーティをしている。
　コンロや鉄板も美由子が持ってきたものだ。
「未成年者のためのノンアルコールビールもあるわよ！　──あなた、二十歳過ぎには見えないわね。このケルベロスジュニアの目はごまかせても、私の目はごまかせないわよ」
「ちぇ〜、ちょっとくらいいいだろ〜」
「そう言って、帰らぬ人になった子達を何人も見てきたわ……。あなたに、いなくなってほしくないの」
「美由子さん、そこまで俺のことを……」
　美由子の嘘に、若者はころっと騙された。
　美由子は焼きあがった肉を素早く取りながら、先ほど顔を見に行ったアルミラージの愚痴をこぼす。
「人の顔を見るなり当然のように金の卵を要求するなんて、生意気よねー」
「俺、初めて見たっス。あんなのゲームの中だけだと思ってたけど、いるんスねー」
「思い出したらむしゃくしゃしてきたわ。これはもう、アレを焼くしかないわね！」
　と、美由子が串に刺したのは、ブラックアリスのアーガマーハ。
「それ食うんスか。腹壊しますよ」
「おいしいのよー、これ！　あなたもどう？」
「いいっス」
　これをおいしいと言っているのは、今のところ美由子だけだ。
　この騒がしさに対し、酒杜　陽一（さかもり・よういち）と高根沢　理子（たかねざわ・りこ）は静かだった。
　キャンプファイヤーの炎がそうさせるのか、特に言葉がなくても手を繋いでいるだけで心の深いところで結ばれていると感じた。
　会話らしい会話と言えば、最近の荒野に増えたスーパーパラ実生のことだ。
「陽一が会ったっていうスーパーパラ実生はどうしてるかな」
「あれから会ってないし……まっとうにやってるといいけど」
「荒野の旅人の護衛だっけ？　報酬が出るならちゃんとやってるわよ」
「そう信じてます」
「鳥取の人達の面倒見たり、キマク商店街を気にかけたり、陽一も苦労が絶えないわね」
「これが性分としか言いようがないな」
「たまには、あたしにも手伝わせてよね」
「理子さんが出てきたら大騒ぎになってしまうよ」
「そっか……。じゃあ、変装して行くから」
　どうしても理子は陽一を手伝いたいようだった。
　陽一は、良いともダメとも言わず、ただ理子の肩を抱き寄せた。
　お互いのぬくもりを感じながら、まどろみのような幸福感を覚えていた時だ。
「陽一おにーちゃーん！」
「おにーちゃーん！」
「わんわんっ」
　焼肉パーティをやっていたはずの美由子と鳥取の若者達、犬達が雪崩れ込んできた。一部は酒臭い。
　さらに、たった今話題にしていたスーパーパラ実生もいた。
「陽一おにーちゃん、俺達は今サイコーだぜ！　護衛で報酬をもらい、賊から巻き上げた金目の物で潤い！　俺は今度ベンツ買うぜ！」
「ああ、そう」
　それなりに真面目にやっているようで何よりだが、理子との時間を邪魔されて陽一は素っ気ない返事をした。
　相手は全然気にしていないようだ。
「おにーちゃん、これあげるー！」
　飲酒はしていないが雰囲気に酔ってテンションのあがった美由子が、ブラックアリスのアーガマーハの串焼きを、陽一の口に突っ込んだ。
　そして、陽一の意識はそこで途切れた。
　想像を絶する味に目を回した陽一を、理子が膝枕をして介抱していたのだがまったく記憶に残らなかったのだった。

「俺は今日、大人になるー！」
　うおおおおっ、と叫んでノートの束をキャンプファイヤーの燃え盛る火炎の中に放り込む種もみ生。
　彼の言っていることがわかるのは、彼と同じ経験のある者だけ。
　風馬　弾（ふうま・だん）も、その一人だった。
　彼は数冊のノートを抱きしめ、これまでの自分を振り返った。
（僕の考えたゲーム設定、僕の書いたラノベ、僕の描いたイラスト、僕の考えたシナリオガイド……）
　すべて弾が小中学生の頃に書いたものだ。
　当時は作ることに夢中で、まったくもって冷静ではなかった。
　自分に都合の良いものだけを書き、自分だけがわかる秘密の世界。
　こんなすごい設定や物語を作れるなんて、自分はきっと天才──！
　誰もが一度は持つそんな夢が詰まったノート。
　時が経って読み返せば、何とも独りよがりで恥ずかしい。
　弾は、誰かに中身を見られる前に、素早く炎の中に投げ込んだ。
「弾も、いらないものを燃やしたんだ」
　夏祭りを一日楽しんだアゾート・ワルプルギス（あぞーと・わるぷるぎす）の声に、弾はハッと我に返った。
　ほんの束の間とはいえ、自身のダークサイドに飲まれかけて恋人を忘れるなんて！
　しかもアゾートは、みんなの叫びの意味をわかっていない様子だ。
「そうだね、あれはもういらないんだ。むしろ、人類の原罪とも言えるべきダークサイド……」
「だ、弾……？」
　遠い目をして沈みかけた弾を、再びアゾートの声が引き戻す。
「向こう、行こうか」
　弾は、ダンスの輪の外にアゾートを連れだした。
　ちょうど座れる場所を見つけて、二人は腰を下ろした。
　アゾートは、弾が広げたハンカチの上に座っている。
　最初は遠慮したのだが、
「僕用のもあるから」
　と言えば納得した。
　しばらく二人は何も言わずに、炎とその周りで音楽に乗って楽しそうに踊っている人達を眺めていた。
「火って不思議。自然と人が集まってくるね。動物は近寄らないのに」
「人間がバカなのか好奇心がありすぎるのか……」
　アゾートの呟きに、弾も独り言のように返した。
　言ってから、改めて思う。
「ゆらめく炎って、人の命のようだね。不確かで消えそうで……いつか終わる儚さがあって。でも逆に、種もみ学院生のたくましさのような強さもあって」
「だから寄ってくるのかな。一人ぼっちで消えるのは寂しいし、強いものには憧れるからね」
「そうかもしれないね」
「キャンプファイヤーに対して言うことじゃないけど、いじらしいなって思った」
「アハハッ。あのキャンプファイヤーに儚さはなさそうだよね。そもそも大きすぎだよ」
　二人の位置は炎からだいぶ離れているのだが、明るさも熱気も充分だった。
「そうだね……あんなに無茶な大きさじゃなくてもいいから、僕も、アゾートさんや友達や、身の回りの大切な人達にぬくもりを与えられるようになれたらいいな。それくらいの火になりたいな」
「じゃあボクも。もし、キミの炎が消えそうになったら、ボクの火をわけるよ」
　微笑んだアゾートが弾に寄り添う。
　弾はアゾートの肩をそっと抱き寄せた。
　嫌がられないかなと、気になったが、そんなことはまったくなかった。
　受け入れてもらえたという安堵の後にきたのは、緊張だった。
　ゆらゆらと揺れる炎が作りだす不安定な陰影は、アゾートをいつもと違う雰囲気に見せていた。
　何故か艶めいて見えるアゾートの唇に目がいってしまう。
　まっすぐに見つめてくるアゾートに、弾は吸い寄せられるように顔を近づけ──。
　ちゅっ、と触れたのはアゾートの額。
　もう心臓が破裂しそうなくらいドキドキしていた弾には、これが精一杯だった。
　見ると、アゾートも頬も赤い。決して炎に照らされての色ではない。
　弾は恥ずかしさのあまり逃げ出してしまいたい衝動に駆られたが、それでもアゾートと一緒にいたい気持ちが勝った。
　アゾートも同じ想いだったのか、二人は離れずに炎を見続けた。

　つい今まで華美でキャッチしたお菓子を食べながらキャンプファイヤーを眺めていた山葉　加夜（やまは・かや）が、ある一点を見つめて不思議そうに言った。
「あのパラ実生達は、何を燃やしているんでしょうね」
　山葉　涼司（やまは・りょうじ）が何とも言えない顔で加夜を見る。
　その顔から、涼司は知っているのだと察しがついた。
「涼司くんは燃やさなくていいんですか？」
　加夜の問いは何の含みもないものなのだが、涼司はわかりやすすぎるくらい動揺した。
　とたん、加夜の目が冷たさを帯びる。
「そうですか……。私には言えないヤバい物があるんですか……」
「そ、そんなものはない！」
「いいんですよ、別に。私にだってありますし。持ってくればよかったかな……」
「あ、あるのか！？　俺に見られちゃまずいヤバい物が！」
「な、何でそんなに興味津々なんですか！？」
　肩を掴まれて迫られた加夜は、目を白黒させた。
　涼司は加夜を押し倒しそうな勢いだ。
「気になるじゃないか。俺の知らない秘密が加夜にあるなんて」
「そんなのありませんよ。ちょっと言ってみただけです」
　悪戯が成功したような加夜の笑みに、涼司はガクッと肩を落とす。
　そんなことだろうと思ったけど、と俯いた彼がこぼしたのが聞こえた。
「ところで、涼司くんのヤバい物って何ですか？」
「その話題はもう終わったのでは……？」
　涼司が顔をあげると、そこにはものすごい笑顔の加夜が。
「一人で無茶するようなマネはしないでくださいね。知ってるんですよ、修行僧みたいに修行に明け暮れていること」
　すっかり回復したとはいえ、厳しすぎる修行に体を壊してしまうのではと加夜は心配だった。
　涼司はしばらく加夜を見つめると、ほんの短い時間抱きしめた。
「またそうやってごまかそうとする……」
「そういえばさ、どうして泉で遊ばなかったんだ？　加夜ならきっと行くと思ったんだけど」
　首を傾げる涼司に、加夜の頬がパッと赤くなる。
「まさか、今さら恥ずかしいとか？」
「いえ、そうではなくて……。私だって、泉で遊びたかったです。でも、悩んでたら水着を買いそびれてしまいまして」
「去年のは？　ひょっとして、太って入らなく……ぶへっ」
　失礼な発言に、加夜は涼司を張り倒した。
「違うんです。少し、胸のサイズが合わなくなってたんです。その……きつくて」
　視線をさまよわせて恥ずかしそうに言う加夜に対し、涼司は何となく目を輝かせ、その視線は自然と加夜の胸元に向かっていた。
「店員さんに相談したら、やたらと布の少ない水着を勧められて困ってしまいました。……ちょっと、その手は何ですか」
「触って確かめてみようかと……イタッ」
　加夜は容赦なく胸に伸びる涼司の手を叩き落とした。
「加夜、本気で叩いただろ。……じゃあさ、今度一緒に買いに行こう。俺が似合う水着を選んでやるよ」
「それもいいですね。そうしたら、一緒に泳ぎに行きましょうね」
　二人は次の約束を交わして指切りをした。
「涼司くん、私達もダンスに加わりませんか？」
「いいな。楽しそうだ」
　指切りした手を、今度はしっかり繋いでダンスの輪に向かう。
　みんな好きなように体を動かして笑い合っていた。
　二人もリズムに合わせてステップを踏み、涼司がリードして加夜がくるりと回る。
　二曲ほど踊ると、音楽はしだいに小さくなっていった。
「終わりかな」
　加夜が呟いた時、今まで暗闇だと思っていた場所で大きな布が落ちるような音がした。
　直後、そこに照明が灯る。
　そこは、パラ実軽音楽部のステージだった。
　この日初めてローザマリアがマイクに向かって話した。
「これでＦｉｎｉｓｈだと思った？　お生憎様──まだまだ祭りは続くわよ！　瑛菜！」
「さあ、みんな！　体力が尽きるまでやるよ！」
　{SFL0018821#エリシュカ}の力強く正確なドラム、魂を解放したような激しいビートを刻む{SFL0017517#グロリアーナ}のベースギター、そこに華を添える上杉　菊（うえすぎ・きく）のキーボード。
　そして、リズムギターのローザマリアとリードギターの瑛菜が加わると、より一層情熱的な音が生まれる。
　派手好きなパラ実生がワッと盛り上がると、それにつられて今まで見物していた人達もダンスに加わってきた。
　音楽に合わせて楽しさだけを追求して踊る人々に、グロリアーナは満足そうな笑みを浮かべた。
「うむ、楽しきかな──ベースを爪弾く時は、違う自分になれる気がする。この瞬間が妾はたまらなく好きだ」
「はわ……ライザ、もっともりあがっていく、の♪　ローザも、菊媛も、えーなも、ね」
「ふふっ。明日のことは考えずに……ですね」
　いつも落ち着いている菊も、エリシュカの声に応えて思い切りやるつもりだ。
　そんな彼女達に、ローザマリアと瑛菜が応じないわけがない。
「よーし、伝説のライブにするよ！」
「いいわね！　やっぱり瑛菜とのライブは最高ね。魂が震えるわ！」
　二人は微笑み合い、息ぴったりのハーモニーを奏でた。


　朝日の眩しさと鳥のさえずりに、一人また一人と目を覚ました。
「もう朝か……。カンゾー、ブラヌ、朝だぞー」
　キャバクラ喫茶ゐずみのテーブルに突っ伏して眠っていたチョウコがむくっと起きて、同じテーブルで同じように眠っている二人に呼びかけた。
　眠そうに目をこすりながら、ふらふらと体を起こすブラヌ。
　伸びをしたカンゾーの背がバキッと鳴った。
「もう朝か……。あぁ、片づけめんどくせー」
「そう言うなよカンゾー。めんどくせーのは俺も一緒だ。片づけ終わったら二次会やろうぜ」
「それを言うなら打ち上げだろ。あぁ、でもそうしたらまた片づけか……」
「めんどくせー」
　寝起きの頭で三人は、終わらない片づけのループにはまり込んでいた。
　それでも、十分もすれば頭も平常に戻り、種もみ生と若葉分校生とで片づけが始まるのだ。
　片づけと言っても、キャンプファイヤーの木組みくらいだ。
　だるくなるのがわかっていたので、燃やせるゴミは全て燃やした。
「来年はもっとでかいキャンプファイヤーにするか」
「荒野のどこからでも見えるやつにしようぜ」
「もっとたくさんかわいい女の子に来てほしいよなー」
　祭りの後の会場のあちこちで、こんな会話が平和にささやかれていた。