蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

2024種もみ&若葉合同夏祭り開催!

リアクション公開中!

2024種もみ&若葉合同夏祭り開催!

リアクション



犬か、猫、その他か? じゃーんけーん……


 若葉分校生が集まるスペースには、いつものようにリーア・エルレン(りーあ・えるれん)の出店があった。
「今年のお祭り用に開発した薬はこれ!」
 リーアが今年、若葉分校生に提供したのは野球拳……ではなく、肉球拳を楽しむための薬だった。
「じゃんけんに負けると体の一部が動物化していくの。すっぽんぽん……じゃなくて、先に完全に動物化した方が負けよ」
「……肉球拳!?」
 楽しい薬でもないかと立ち寄った雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)の手が、にゃんこの肉球の描かれた薬瓶に伸びた。
「動物化?」
「そうよー。何になるかは不明! 勝利した方には解毒……じゃない、解除薬をあげるわ。負けた方は、1時間くらい動物ライフを楽しんでもらうことになるわ〜」
「1時間、動物化!?」
 リナリエッタは薬瓶を手に、振り向く。
 視線を向けたのは、百合園の生徒と会話をしている桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)。浴衣を着た美女だ。
「あの姿の鈴子さんもいいけれど、いつも通りすぎなのよね。やっぱりこれはあれよね、鈴子さんに是非飲んでもらわないとね。
 すっずこさ〜ん!」
 というわけで、リナリエッタは鈴子に駆け寄ると、手を取って肉球拳の会場へと急いだのだった。

「……肉球拳、ですか」
 催しの内容を見て、鈴子は怪訝そうな顔をした。
「そう、面白そうですよね、やりましょう〜」
「怪しい遊びではありませんよね? ……リナさんが乗り気な遊びというと、お色気関係を思い浮かべてしまって……」
「そういうのも好き……げふげふ、そういう遊びに鈴子さんを誘ったりしないですよぉ」
「ふふ、エリュシオンには“イケメン”という種族、いましたか?」
「そ、それはこれから探します。いえでも、イケメンを探しにエリュシオンに行くわけではないですからね?」
「わかっています。近況、ちゃんと報告してくださいね……リナさんのこと、心配ですわ」
 鈴子はリナリエッタを見て微笑んだ。
「わかりました〜。鈴子さんにお似合いの殿方見つけたら写真に撮って送ります」
「もう、そういう意味ではなくて……」
 くすくす2人は笑い合った。
 リナリエッタは百合園女学院を卒業した後、エリュシオンで暮らすための準備を進めていた。
 鈴子とも今までのように頻繁に会う事はできなくなり、今日は久しぶりに誘い出してのお出かけだった。
「それじゃ、やりましょうか」
 鈴子が肉球拳用の薬を手に取った。
「はい……あ、でも待って」
 鈴子の前で、リナリエッタは両手を合わせる。
「え、えっと……じゃんけんして負けてください! お願いします!」
「……え?」
「お願いしますっ! 鈴子さんの動物になった姿見たいんです」
「でも、私も動物になったリナさんを、抱きたいですわ」
「鈴子さん……!」
「リナさん」
 どうやら、本気で戦うしかないようだった。

「「じゃんけんぽん!」」

 互いを動物化するために、真剣な表情で戦う2人の対照的に美しい女性。

「あっ」
 ぴょこんと鈴子の頭に白い耳が生えた。

「あーっ」
 ぴろんと、リナリエッタの背からふさふさな尻尾が生える。

「「じゃんけんぽん!」」

 じゃんけんを繰り返し、最終的に勝利したのは……。

「オオーン!」
 リナリエッタが雄叫びを上げて、ガッツポーズ。
 狼になりかけのリナリエッタが、ペルシャ猫と化した鈴子に飛びつく。
「オーン(薬貰うわよ!)」
 審判の若葉分校生からもらった薬を飲み、リナリエッタは人間に戻る。
「ああ、鈴子さん……どうしよう、こんなに可愛くなっちゃって〜」
「にゃーん……(次は負けませんわ……)」
「きゃー、可愛い、エリュシオンに連れて帰りたーい!」
「にゃ、にゃあ、にゃあん(り、リナさんっ、くすぐったいですっ)」
 抱きしめてリナリエッタは会場を走り回り、写真に撮り、抱いている自分の姿を撮ってもらったり、大はしゃぎでお祭りを鈴子猫と楽しむのだった。

「よぅし、みすみちゃん。準備はいいかな?」
「いいよ。最初はグーでいいかな」
「グーね。それじゃ……いくよ!」
「……え?」
 最初はグー、の構えをしていた千種 みすみ(ちだね・みすみ)は、素早く背後に回り込んだ騎沙良 詩穂(きさら・しほ)に驚いた。
「何やって……」
 と思ったら、絶妙の力加減で肩たたきをされる。
 詩穂の手は『グー』の形だ。
「ああ、すごく気持ちいい……ぅおあああああ!」
 直後、みすみは謎の衝撃に襲われて地面に突っ伏した。
「これが快楽拳よ! さあ、みすみちゃん、肉球拳を見せて!」
「あ、あの、詩穂さん……」
 みすみは詩穂の勘違いを正した。
「え、そうだったの!? ごめ〜ん」
 まったく悪いと思っていない様子の詩穂には、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)の言葉が効くのではないかと思ったみすみが視線を向ける。
「セルフィーナさ……じゃなくて、種もみおねえさん。詩穂さん、どうしてこんな勘違いを……?」
「簡単なことですわ。詩穂様だからです」
「……そう」
 セルフィーナはにっこりすると、さっきまで続けていた絵本『種もみの塔』の読み聞かせを再開した。
 もとは地域のコミュニティセンターで行っていたのだが、種もみの塔そのものを理解されず追い出されてしまったため、新たにこの夏祭りの場を借りることにしたのだ。
 ともかく誤解はとけたのだから、今度こそ肉球拳をと意気込んだみすみに詩穂がのんびりと話しかけた。
「じゃんけんの別名が『邪拳』だってこと、知ってる?」
 みすみは一瞬呆気にとられたが、知らないと首を横に振った。
「『愚・著・覇』の三つから成り立ち、古来より物事の決定において話し合いで解決できない時に使われた拳法だよ」
「そうなの!?」
 みすみは興味深そうに詩穂の話に耳を傾けた。
「この愚・著・覇は、各々の技の性質を国家の状態に例えたものなの。愚は、愚かな大衆を指し、著は、書物あるいは知らしめることによる統治、覇は、覇道による統治を指してるんだよ」
「それって……?」
「つまり、知恵と法による統治が成されているうちは覇道は起こらないけど、衆愚は知恵と法による統治を理解せず破壊し、その結果覇者が現れて衆愚は恐怖に屈する結果になるという、大衆の愚かさを大衆社会が興るはるか昔に指摘していたってこと」
「……すごい」
「事実、この拳を実際に用いた時、愚で覇に負けようが相手を倒すことで威力を相手に示し、物事を決定しようとする愚か者がたびたび現れて、その度に武力衝突になったって言われてるんだ」
「ルールはちゃんと守らないとね」
「ちなみにこのことは、民明書房の『世界の決闘』に載ってるよ」
「詩穂さんは物知りだねぇ」
 周囲で肉球拳で遊んでいる人達が、猫耳を生やしたり犬の尻尾を生やしたりしている中、詩穂とみすみはすっかり座り込んでおしゃべりしていた。
「ふぅ。勉強したらお腹すいちゃった。たしか青白磁さんが屋台出してたよね。食べに行こうよ」
「そうしようか。セルフィ……種もみおねえさんはまだ読み聞かせの途中だね」
「セル……種もみおねえさんの分も買ってこようか」
 そして二人が清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)が出している広島焼きの屋台に行くと、ちょっとした行列ができていた。
 青白磁がカンゾーに広島焼きの屋台出店計画を持ち込んだ時、カンゾーはお好み焼きと混同していた。
 屋台を出すこと自体はすんなり通ったのだが、広島焼きがどういうものかわかっていないカンゾーに、青白磁は実際に作ってみせた。
「うまいじゃないか! 俺達でも作れるかな」
「材料さえあれば簡単じゃ」
「そうかそうか!」
 こんな感じで、カンゾーは広島焼きを好きになった。
 そうして出店して今に至るのだが、ここで青白磁を困難が襲った。
「しまった、水が足りん。これでは生地を作れんぞ……」
 その時、彼は順番待ちしている詩穂とみすみを見つけた。
「騎沙良、千種!」
 二人はこの後、広島焼きを食べる暇もなく青白磁を手伝うのだった。