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君を待ってる~封印の巫女~(第1回/全4回)

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君を待ってる~封印の巫女~(第1回/全4回)

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第4章 御柱の少女(花壇)
「今は八月だから、カンナ、月見草、コスモスなんかが咲く頃だね」
 花のある苗木を選び、時枝みこと(ときえだ・みこと)フレア・ミラア(ふれあ・みらあ)は植えていた。
 フレアは勿論、みことは特に熱心に心を込めて植えていた。
「オレにとっては、たかが花という事では済まないからね」
 今のみことにとっては。
 目に見えない存在が、皆が助け合って今のこの世界を保っている……それが感じられるから。
「でも、やはりここは歪んでいるようだね」
 風の声が聞こえない。
 自然に触れていると気持ちが良く……時折何かが囁いてくるのを感じる事もあるみことである。
 しかしここは、みんなひっそりと息を潜めているようで。
 何となく、落ち着かない。
「悪しきものそのもののを無くせば、ここには色んな草花が咲き乱れる……どうしたらいいんだろう」
 花を植えながら、みことは考えていた。
「ユキノ、知ってる? クローバーって食べられるんだよ。あと解熱や鎮痛効果もあるって言われてる」
「お薬になるなんて、すごいです。うさぎ以外でも食べられるのですか? 人間も? 剣の花嫁も?」
 外縁部にシロツメクサの苗を植えながらの甲斐英虎(かい・ひでとら)に、甲斐ユキノ(かい・ゆきの)は黒曜石の瞳を瞬かせた。
「うん。天ぷらとか油炒めにして食べるって話聞いた事があるんだけど、俺もまだ実際には食べた事がないから……無事に育ったら少し分けて貰おうね?」
「この苗がいっぱいに育つのが楽しみでございます」
 ペタペタ、苗の根本の土を叩きながら嬉しそうに笑むユキノ。そんなユキノに、英虎も思わず頬を緩めてしまう。
「さあ、おしゃべりはこのくらいにしておいて……今はたくさん花を植えなきゃね。ユキノ、息苦しいとかそういうのあったら隠しちゃ駄目だぞ。ちゃんと言うように」
「自分も微力ながら、雛子殿と白い少女のお力になるでありますよー」
「ふぉふぉ、人手は多い方がよろしいでしょうからなぁ」
 ロレッカ・アンリエンス(ろれっか・あんりえんす)クゥネル・グリフィッド(くぅねる・ぐりふぃっど)は、雛子やみことに植え方を教わりながら、花を植えていた。
 雛子達を助けたい。学園や、仲間を守りたい……そんな願いを込め一本一本丁寧に丹念に植え、一生懸命作業していく。
 実をいえば、ロレッカとて全然怖くないわけではないのだ。
 瘴気とかワケの分からない現状が。
 けれどそれ以上に、白い少女を助けたくて。
「頑張ればきっと、なんとかなるのでありますよー」
「はい、きっと」
 ロレッカと雛子は頷き合った。
「人の想念こそが封印の要……そういうこっちゃな」
 見ていた雪華は言ってから、
「ちゅうかそれ、ネタ繰りの場としてはちょっとマズイんちゃうか」
 ちょっとだけ困ったように頭をかいた。
「ところで、園芸部は在るのでしょうか?」
「園芸部、ですか?」
「せっかく素敵な活動をされてるのですから、わたくしもお手伝い、いえ、参加させていただきたいですわ」
 園芸部の有無を尋ねた荒巻さけ(あらまき・さけ)に、雛子は目を瞬かせた。
「私、ただ好きで花を植えていただけで……考えた事もなかったです」
「そうですか? 先ほども申しましたが素敵な活動ですし、この際作ってしまっても良いと思いますわ」
「その方が、宣伝や告知もしやすいのは確かでしょうね」
 さけのパートナー、日野晶(ひの・あきら)も周囲を警戒しながら言葉を添える。
「急いで結論を出す事はないと思いますけど、良いアイデアだと思いますよ」
 花を傷つけてしまわないよう、剣で地面を切り拓きながら、さけはふと手を止めた。
「これ、封印の魔方陣のような形に花を植えていったほうが良いかもしれませんね」
「それは確かに効果がありそうですが……」
「問題は、肝心の魔方陣の形ですね」
「なら、お役に立てそうです」
 軽く息を弾ませたオレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)が、ニコリと微笑んだ。

「次の花はもう少し右手に……そう、その位置でお願いします」
 オレグの指示に従い、ロレッカが花を植える。
「基本的ですが、封印の紋様の形に植えた方が、効果があると思うのです」
 イルミンスールが誇る大図書館でわざわざ調べてきたオレグは、はにかんだ笑みを浮かべた。
 レース編みをするように丁寧に、模様を編みこむように整然と植えられる花。
 それはまるで、荒地に描かれゆく芸術にも似て。
「花による封印……それが成れば、あの蔓から解放してあげられるかもしれません」
 オレグ自身祈りを込め、白き少女を見つめた。
『それは……』
「大丈夫、大丈夫だから安心して……私達がいるから」
 優しく微笑むオレグに、少女の顔にもやっと、微笑みが上った。

「花が枯れちゃ、何にもならないものね」
 小鳥遊美羽(たかなし・みわ)は花がちゃんと育ってくれるように、園芸ショップから買ってきた腐葉土を撒いていた。
「あの、大丈夫ですか……?」
 その美羽のパートナーであるベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、決意の面持ちで白き少女の前に立った。
 瘴気を止めているというのは嘘ではないのだろう。
 手足に絡みつく蔓はその本数を増し、表情にも堪えきれない苦悶が窺い見える。
 溢れそうになる涙をベアトリーチェは堪え、白い少女を抱きしめた。
 身にまとう、ホーリーメイスとホーリーローブ。魔を退ける力が込められた。
「そう……や、もと苦しみの原因が瘴気なら……」
 その様子に気づいたヘルゲイトが、【ヒール】を乗せる。
 それらの力……何より、込められた想いに。
 蔓がその本数を減らし。
『温かい……です』
 スゥ、と少女の表情が和らいだ。
「良かったであります!……え〜っと」
 ここでロレッカは困ったように小首を傾げた……そういえば。
「少女殿はなんとお呼びすればいいのでしょう……もし差し支えなければ、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
『差し支えはありませんが……』
 問われた少女は申し訳なさそうに、
『すみません。名前は……ないのです』
 そう答えた。
「名前が無いのは……とても寂しいのでございます」
 手を止め、ポツリと呟くユキノの手を、英虎はそっと握った。ユキノ……それは彼女の本当の名前ではない。英虎から与えられたものだ。
 剣の花嫁である彼女は古代の戦で命を落とし、記憶を失っていた。英虎から、幼くして亡くなった妹の名をもらい、そして彼女……ユキノは自分と居場所を手に入れた。
『ですが、呼ばれる時は御柱や巫女とお役目で呼ばれますから、支障はありません』
 何でもない事のように言われ、うっかり涙ぐみそうになるユキノだった。
「ちょっと待って! ずっと気になってる事があるのだけど」
 しんみりとした空気を打ち消すように、あーる華野筐子(あーるはなの・こばこ)が声を上げた。アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)と共に、ユキノや雪華を守る為にここにいるが、筐子はベアトリーチェ達のように無条件で、この少女を信じる事が出来なかった。
 安定していた”不毛の地の封印”が解け始めたのは、花が根付いた時からなのだ。
 故に、花と同調する白い少女は封印された”悪しきもの”なのではないだろうか?
 そんな胸の内を表し、今回の段ボール表面には”審判の天秤”が描かれている……真実を見極める為に。
「そもそも、雛子はどうしてここに花を植えようとしていたわけ?」
「えっ?」
 突然矛先を向けられた雛子は小首を傾げた。
「きっかけとか何かなかったの?」
「えと……入学して学校の中を色々と探検している時に、偶然ここを見つけて……何だかすっごく寂しいなって、感じて……」
「ここって奥まってるし、偶然見つけられるような場所なのかしら?」
「そういえば……そうですね、あの時何か……そう、声みたいなものが聞こえた気がしたんです。とても哀しい、声」
 グリン、筐子が顔(と思しき部分)を空中へと向けた。
「誘い込んだんじゃないの?」
『そんな?! そんな事、していません』
 必死で言い募る御柱。それはそれで怪しく見える気がする。
『……ですが確かに、この事態を招いたのは私自身です』
 じっと見つめられた御柱は、やがてポツリともらした。
『私はずっと、悪しき力を封印してきました』
「ずっと……?」
『はい。遥か昔からです』
 輝樹はなるほどと頷く。昔話に語られるくらいだ、そうとう古いのだろう。
『そうですね、私は封印の扉の閂として、悪しき力が外に出ないよう力を注いできました』
 少し前から、ずっと静かだった悪しき力が少しずつ活発化してきたのだと、御柱は言う。
『異空間といっても、関わりが全く無いというわけではありません。その影響がこの地に少しずつ現れたのでしょう』
「……少し前?」
「それはあの、時間の感覚が私達とは違うのではないでしょうか?」
『それで様子を見に来た所、道が開いてしまったようで……本当に、申し訳ありません』
 頭を深々と下げる御柱。
「みことさん……?」
 御柱の話に耳を傾けていたフレアは、みことの顔が険しいのに気づいた。
「いや……」
 そう、薄々思ってはいたのだ。
 まるで人身御供のようだ、と。
「まるで、どころじゃないじゃないか」
 巫女というと聞こえはいいが、まるっきり人柱ではないか。
 それがみことは何とも、嫌だったのだ。
「ではその蔓は、御柱さんの封印を破って外に出ようという、黒き力……その、悪しき力なのですか?」
 六本木優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、ビン底眼鏡の奥の瞳を微かに潤ませた。
 ベアトリーチェやヘルゲイトの尽力で今、手足に絡まる蔓は当初よりその数を減らしている。
 けれど、完全に消えたわけではないという事は……悪しき力は今も、封印を破ろうとしているに違いなかった。
(「というか、御柱さんは自分を閂と仰ってましたが、悪しき力が扉からあふれたら、御柱さんはどうなるのでしょうか?」)
 御柱はただ穏やかに優希を見つめていて、その問いは口にする事が出来なかった。
 だから優希は代わりに、問うた。
「黒き力はどうすれば再度封印出来るのでしょうか?」
 花を植える事で封印が補強される、と御柱は言った。
 けれど、それでは根本的な解決にならないのではないか?、そう優希は考えたから。
「なぁ……お嬢ちゃん……まだ何かあるだろ?」
 微妙に口ごもる御柱を、ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)はじっと見つめた。
「そうね……化け物の出現が災厄一部なんでしょ? たくさんのお花植えて他の災厄を押さえ込む事ができるの?」
『……それは』
 案の定、ベアのパートナーであるマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)の問いに、御柱は言いよどんだ。
「封印の補強なんて言っても結局、一時しのぎにしか見えないな」
 根本的な解決にはならない、と。
「俺達に何か出来る事があるか? この学園……いや世界を破壊されたくないんだ!」
『方法は…………』
 チラと雛子を見やり視線を落とす御柱。
『……いえ、或いはこの出会いは、それを示唆しているのかもしれません』
 けれど暫く後、その瞳が。酷く透明な光を宿した瞳が、上げられた。
『この地をこれ以上、危険にさらさせない為には……必要なのかもしれません』
 その時。
「気をつけろ、来るぞ!」
 頭上より声が、飛来した。
「危険が来ます……空からです!」
 そして、【禁猟区】から感じ取ったウィスタリアの緊迫した声。
 幾対もの鋭い眼差しが、空を貫いた。

「……っ!?」
 空飛ぶ箒で上空より周囲を警戒していた高月芳樹(たかつき・よしき)はその瞬間、肌が粟立つようなイヤな感覚を感じ取った。
 悪意とか敵意とか、言葉にするとそういう類の「よくないモノ」。
 そして、視る。
 花壇の真上、空間が避けようとしているのを。
 まるで無理やり、空間をこじ開けて出てこようとしているかのように。
「芳樹!」
 パートナーの異変に気づいたアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)の声に我に返った芳樹は、下方……和やかな雰囲気だった御柱達へと警告を発する。
「気をつけろ、来るぞ!」
「!? 瘴気の流れが集まってる……政敏!」
「応!」
 芳樹の警告、そして瘴気の動きを常に気にかけていたカチュアに、政敏が臨戦態勢を取った。

 そして、空がひび割れる。

「させません!」
 箒に跨った朱宮満夜(あけみや・まよ)は咄嗟に【雷術】を放つ。
 それは予感であり、直感だ。
 向こう側から押されている扉を押し返す、つもりで。
「……っ、くぅ!?」
「未熟者が粋がるな」
 不意にプレッシャーが途絶える。
 見やると、直ぐ横に無駄に端正なミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)の顔があった。
 それで悟る。
 自分の魔法に、ミハエルが力を足してくれた事を。
「間抜け面をしている暇はないぞ」
「うん!」
 ミハエルの言う通りだった。
 扉を、閉じる。
 同時に、吐き出された異物の落下地点を、ズラす。
 それは一瞬の攻防だった。
 空は直ぐにいつもの、穏やかな青を取り戻す。
 ただ、先ほどまで無かった『モノ』が、確かにそれが起こった事だと照明していた。
「無理をするな、と言っても無駄なのだろうな」
「うん。恐れる心が災厄を生む……そう思いますから」
「分かった。なら、我輩も付き合おうぞ」
 満夜の強気にミハエルは満更でもないように言い。
「その代わり、体力がつきそうになったら遠慮なく吸血するからな」
 ニヤリ、口の端を吊り上げた。

「危ないっ!」
 にゃん丸は咄嗟に雛子を突き飛ばした。直後、吹き出す黒い瘴気が身体を包み込む。
 冷たい手に身体を心を撫でられていく、不快な感覚。同時に、生命とかエネルギーとか表現すべき力を奪われ。
 膝を突く。だが、その視線だけはあくまで不敵に前を見据える。
 瘴気と共に現れたモノ。
 10匹ほどの巨大なモンスターを、睨みつける。
「ジャイアント・アントです! 巨大なアリ……外殻は固いですが、あの大きさだと刃物が通らないほどではない筈。鋭い顎には充分注意して下さい!」
 その正体を即座に見抜いた本郷翔が、皆に届くよう声を張り上げる。
「やれやれ、こんなに危険な物があちこちに埋まってるんじゃ、パラミタの資源調査も楽じゃないねぇ……」
 駆け寄る雛子に「大丈夫」と示してやりながら、にゃん丸は苦笑まじりに呟いた。
「ありがとうございます……ケガを?!」
 オレグは庇ってくれた鳴海士の左腕に走る赤に、顔色を変えた。
「それは大変じゃ、直ぐに回復せねば……」
 同じくアリと対峙する遥やサラス、その回復役を自負する緑が申し出る……が。
 士はやんわりと、だが頑なに拒んだ。
「大丈夫。ここを、守らないと……フラジールを守れなくなる……から」
 花を植える事で、封印ができ、この騒ぎを終わらせることが出来る。
 だからこそ、オレグや雛子を全力で守る……それが今の士の出来る精一杯だ。
 そうすることで、一秒でも早く離れ離れになったパートナーの所に、迎えにいけるから。
「僕を、待ってる人が……いるから。迎えに行ってあげるには……君達を信じて、ここを守ることだから……」
 言って得物を振るう士に、雛子とオレグは頷き合う。
 その期待に応えなければ、ならなかった。
「フラジール……もう少し……だけ、待って、て。」
 闘いながら、士はそう、もらした。
「みんなを傷つけさせはしない!」
 即座にカルスノウトを構えたのはアリア・セレスティ。倒す為、というよりスウェーで敵味方の射線軸が花壇から外れる様に立ち回る事に専心する。
「みんなの笑顔を護るため、私は負けない……」
「とにかく花から引き離さないとね」
 アリアの動きに合わせ、朱華も剣を振るう。
「敵を倒しても花がぐしゃぐしゃになっちゃったら、元も子もない」
「縁!」
「分かってるのじゃ!」
 御厨縁はサラスに従い、一歩下がる。
 尊敬する支倉遥の役に立ちたい……だが、自分はチームの回復役だ。
 そこを吐き違える縁ではない。
 【スウェー】を駆使しアントに肉迫するサラスと、ベアトリクスから光条兵器を受け取る遥。
 大切な者達の無事を祈りながら、縁は周囲へと目を光らせた。
「行くわよ、レティナ!」
「はいです」
 そして、陽神光(ひのかみ・ひかる)レティナ・エンペリウス(れてぃな・えんぺりうす)も同時に動く。さけや蘭を守るように、武器を振るう。
「皆、作業を続けて! こいつら多分、花の封印を邪魔しようとしてる……て事は、花を植えられたら困るんだよ」
 ポニーテールにした赤い髪を揺らし、
「皆には絶対、手出しさせないから!」
 気合一閃、光はリターニングダガーを突き出した。