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横山ミツエの演義(第1回/全4回)

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横山ミツエの演義(第1回/全4回)

リアクション


特別待遇にて出発


 パラミタにある学校の中で最初に修学旅行が始まった波羅蜜多実業高等学校。
 彼らの待遇はあらゆる意味において特別であった。
「これはこれは……」
 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は空京駅のプラットホームで自分達を迎えた新幹線に目を瞬かせた。
 ボディは鈍色に反射する装甲で強化され、窓という窓には鉄格子がはめられて、まるで武装列車である。
 誰からの攻撃に備えているのか──波羅蜜多実業高等学校の生徒達だ。さらに今回はそれに同行する他校生も警戒対象に含まれていた。
 ナガンは装甲を軽く叩きながら車内に乗り込んだ。

 先頭車両で横山 ミツエ(よこやま・みつえ)伊達 恭之郎(だて・きょうしろう)に絡まれ……いや、ナンパされていた。
 恭之郎はその目付きのせいか、怖く見られてしまうこともあるが性質は明るくフレンドリーだ。特に女の子には。
 ボックス席に座るミツエの向かい側に座った恭之郎は、身を乗り出すようにして言う。
「『魏の曹操』『呉の孫権』『蜀の劉備』……オレは知らねぇけど、スゲェ大物なんだって? そんでミツエちゃんはでっかい夢を持っている、と」
 ミツエは口の片端を上げて挑戦的な笑みを見せた。
「『天下三合の計』よ。覚えておいて」
「ばっちり覚えた。ところでミツエちゃんは三人のパートナーの中で誰が一番好きなの〜?」
 ミツエはその三人の方に目を向けた。
 古代中国で覇権を争った三人の英雄は今、鉄格子のはめられた窓にへばりついて大興奮中である。
「馬より早いとは!」
「雲長も乗せてあげたかった……」
「おまえら馬鹿だろ」
 上から曹操(35)、劉備(32)、孫権(22)である。
 そんなに一つの窓に集まらなくても他に窓はいくらでもあるのだが、何故かギュウギュウと押し合いへしあいしながら、流れる景色に夢中になっている。
 年齢は外見年齢だが、何にしろ三人ともいい年である。
 今後彼らとどんな展開が待っているにしろ、あんな姿に誰がときめくだろうか。
 あまり物事にこだわらない恭之郎も、さすがにタイミングがまずかったかと思った。
 横ではパートナーの天流女 八斗(あまるめ・やと)がため息をついている。
 ミツエも冷めた目で英霊三人を見ている始末だ。
 この微妙な空気を恭之郎の得意技であるケンカ殺法で瞬殺するか、あるいは八斗のカオスな料理で異次元に葬り去るかと悩んでいると、別の声が折りよく入ってきてくれた。
「今はあんな感じでも、実際は違うのでしょう? それとも、他に気になる殿方でも?」
 穏やかな声でミツエに尋ねてきたのはエレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)だ。彼女の後ろではパートナーのイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が軽く会釈をしている。隣にはトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)がイリーナと手を繋いでにっこりしていた。
「気になる殿方ねぇ……」
 ミツエは皮肉げに繰り返し、フンと鼻を鳴らした。何か嫌なことを思い出したようだ。
 その時、イリーナの頬に突然冷えたものが押し付けられ、思わず飛び上がって振り返った。
 そこにいたのは赤と緑のツートンカラーのピエロだった。しかも後ろには青と黒の、紫と黄色の、最後の一人だけ白黒赤のトリコロールカラーでゴスパンクデザインなピエロが続いている。とても目に優しくない四人組だった。
 イリーナの真後ろにいたのはナガンで、頬に押し付けられたのは冷凍みかんだった。
「いきなりそんな質問は不躾ってもんだぜ。しかも! ミツエファンクラブNO.00000のこのナガンを差し置いて!」
 反省しろ、と今度はイリーナの鼻の頭に冷凍みかんを押し付けるナガン。
 後ろでパートナーのクラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)馬鹿笑いしている。
 イリーナの目に剣呑さが宿ったが、ナガンの目にも冷たさがあった。
 突然現れた派手な四人に呆気にとられていたミツエだったが、静かに飛ばされる火花に気づくと止めに入った。こんなところで暴れられて、目的を達成する前に列車が壊れたのでは元も子もないからだ。
「やり合うのは降りてからにして。それと、あたしにもそれちょうだい」
 と、ナガンの持つ冷凍みかんを指差すミツエ。
 ナガンがビスク ドール(びすく・どーる)に目で指示すると、四人の中で一人だけ三色のトリコロールカラーである彼女がミツエの前に進み出て、ポリ袋に詰めてきた冷凍みかんを一つ、丁寧な動作で差し出した。
「はい、エサですよー」
 ピシッと音を立ててミツエは固まり、恭之郎と八斗はこけた。
「あ、ありがと……。あんた達も座って食べたら? どうせ車内販売なんて来ないんだから」
「私達はまた今度。もっと落ち着いた時にゆっくり話がしたいものだ」
「そう? それじゃあまたね」
 いろいろと話したいことがあったイリーナだったが、今はきっと邪魔されるだけだとわかったので次の機会を待つことにした。

 そして着いた上野駅。
 ここでは関東以北から青森までの各番長を倒しに行く生徒達が降りた。
 ホームまでミツエが見送りに降りる。
「軽く遊んであげなさい」
 彼らが負けることなど欠片も考えていない言葉で、彼女は送り出したのだった。

 再び車内で、
「その帽子変わってるね〜。どこで買ったの〜?」
「特別なところよ。これは天冠と言うの」
 などと恭之郎とミツエがのどかな会話をしているうちに、すぐに次の東京駅に到着した。
 ここでは、北海道に行く生徒や首都圏の番長を倒しに行く生徒が降りた。
 もちろんここでもミツエは見送りに出ている。
 上野駅同様、地上の番長達をなめきったエールを送り、車内に戻ったミツエに風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)がハンディカメラの録画を一度切って苦笑した。
「上野駅でもそうでしたが、すごい騒ぎですね」
「制覇しがいがあるでしょ」
 ミツエはニヤリとして座席に腰を下ろす。
 駅には噂のパラ実生をひとめ見ようと、不良やヤクザ警察にただの野次馬までが移動もままならないほどに集まっていた。
「あたし達のことを耳にした地上の不良達がずいぶん活気付いたらしいじゃない。もう伝説みたいに扱われている『番長』が、息を吹き返してブームになってるとか」
 そうじゃないとおもしろくないわ、と笑うミツエ。
 優斗は天下を狙うミツエのこれからの戦力拡充を考え、今回の全日本番長連合との戦いの撮影を提案した。こうして撮った映像を後日編集してインターネット上に流し、知名度を上げようというのだ。
「せっかくだから、あんたのことも撮ってあげようか?」
「いえいえ、僕はいいんです。ところで、もしこれがヒットしたら映画化したいと思っているんです」
 後半は声を落として優斗は言った。
 ミツエは訝しげに片方の眉を上げる。
 何か言いたそうだったが、先に優斗が口を開いた。
「その場合は環奈校長にスポンサーになってもらおうと……」
「環奈だとぉ!?」
 今までこちらの話などまったく聞いていなかったはずの孫権が、カッと目を見開いて優斗に詰め寄ってきた。
「あいつを呼ぶのか? 冗談じゃねぇ。あのデコを関わらせたらうまくいくものも全部パァになるぜ! スポンサーなら別の奴に頼め!」
「た、例えば?」
 聞き返されたとたん返答に詰まる孫権。彼にそこまでの人脈はなかった。けれど、蒼空学園の御神楽環奈園長だけはダメだと、過去の苦い経験からそれだけは譲れないと優斗に訴えた。
 必死の形相の孫権の気迫に押され、かといって優斗にも他にスポンサーになってくれそうな人のあてもなく、この話は保留になった。
 いつの間にか品川駅の次の新横浜駅に到着した。
 ここでもどこからか集まってきた人でいっぱいだった。
 群集の中に、日の丸を掲げた一団があった。その中の一人が拡声器片手に声を張り上げる。
「国士・石原先生が創設された波羅蜜多実業高等学校の生徒として〜」
 何やら演説を始めたようだが、新幹線は無情にも発車ベルを鳴らしたため声は掻き消されてしまった。
 誰もが軽く聞き流してしまうこの演説に出てきた人物の名を、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)は聞き逃さなかった。この修学旅行の出発前に目を通した波羅蜜多書房の歴史系の本にそんな名前があったのを思い出した。ついでにミツエ親衛隊を名乗る者で希望者にはそろいの衣服を彼は用意していた。中国風の特攻服である。
「国士・石原先生とは、もしかしてパラ実の校長先生ですか?」
「よく知ってるわね。その通りよ」
「けど、校舎と一緒にブッ潰れちまったはずだぜェ。人の命は儚いねェ」
 ミツエの返事に続くナガンは茶化すように笑う。
 ミツエもそれに肩をすくめて小さく笑うと、そのかわり、と先を続けた。
「生徒会があちこちに散ったパラ実生をまとめてたらしいの」
「まとめていたのはドージェではないのですか?」
 学校を崩壊させたドージェがパラ実生の新たな中心となっている、と思われていたが……。
「ドージェはパラ実の象徴として圧倒的な人気を誇っているけど、統治してたわけじゃないわ。パラ実百万の生徒のネットワークを作ったのは生徒会よ」
「生徒会……ミツエ殿をA級四天王に任命した集団ですね」
 頷くミツエ。
 それなら、とイレブンに疑問が生まれる。
「ドージェと生徒会は対立を?」
「いいえ。対立はしていないわよ」
「ふむ。生徒会とはそこまで権力を持っているのですか……」
「生徒会の四役は最強の四天王らしいわ」
 イレブンとミツエの間で交わされたこれらの会話は、グロリアーナ・イルランド十四世(ぐろりあーな・いるらんどじゅうよんせい)がうまく要点をまとめてノートに記していたのだが……。
「おやおや、何やってんのかなァ?」
 伸びてきた手にヒョイと取り上げられてしまった。
「おぉ、よくまとまっている。花丸をあげよう」
 赤いサインペンでノートに大きく花丸を描くナガンの横で、クラウンが「綺麗な字じゃん」と拍手している。
 ムッとした顔でグロリアーナはピエロ二人を見上げた。
「あなた達、先ほどからずいぶん失礼ではありませんか。ノートを見たければ一言おっしゃってくださればいつでもお見せしますわ。さあ、もう気がすんだでしょう。返しなさい」
「怒られた」
「ハハハハ! ダセェ!」
 悪戯っ子のように舌を出すナガンと、指をさして笑うクラウン。
 ナガンは丁寧な仕草でノートを返したが、それが嫌味であることをグロリアーナは言われるまでもなく感じ取っており、軽蔑の目でクリスマスカラーのピエロを睨んだ。

 新幹線は間もなく関が原駅に到着する。