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横山ミツエの演義(第1回/全4回)

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横山ミツエの演義(第1回/全4回)

リアクション

 孫権達が一息入れようとする少し前、曹操と共に戦場に赴いた者のうちの一人、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が真面目な顔で進言した。
「敵に孔明の影があります」
「何だと?」
 ピクリと反応する曹操。しかし食いついてきたのは他にもいた。
 賈 クだ。
 賈クは曹操の前に進み出ると懐かしい臣下の礼をとった。
「曹操様、お久しゅうございます。賈クです」
「おお、文和か!」
 かつての部下に出会えたことで喜びを隠せない曹操。何年ぶりとかいうレベルではないから当然だろう。
 膝を着く賈クは何故か十歳くらいの少女の姿になっていたが、その双眸に光る知はまるで変わっていない。
「孔明の策など私が破ってみせましょう」
「ほう、それで?」
 続きを促す曹操に、賈クはニヤリとして策を口にした。

 賈クの作戦通り、ガートルードはどこぞの番長の一団を引き受けた。
 出陣の時、彼女は愛読書である蒼○航路のとある武将になりきって言った。
「我が武を丞相にお見せします」
 と。
 馬の代わりにスパイクバイクが唸りを上げて走り出す。
 最初から飛ばすガートルードはドラゴンアーツで肉体を強化し、軽々と雅刀をかざす。
「我が武を見よ!」
 と、一直線に突撃する。
 その後ろをシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)ネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)パトリシア・ハーレック(ぱとりしあ・はーれっく)が一歩も遅れずについていく。
「親分! 俺はやるぜ! やるぜ!」
 興奮したネヴィルが雄叫びのような声を上げた。
 応えるようにガートルードの雅刀が一気に三人の敵を薙ぎ払う。
 いつになく生き生きしているガートルードの姿に、シルヴェスターの口元に苦笑が浮かんだ。
「確かその武将は忠義心の厚い男じゃったのう。親分の成長にはもってこいか?」
 踊りかかってくる不良をライトブレードで軽くいなす。
 ガートルードを挟んだ向こう側ではネヴィルのパンチが敵の一人を空高く飛ばしていた。三メートル近くあるドラゴニュートにドラゴンアーツでぶっ飛ばされては、ひとたまりもないだろう。
 そして、間隙を縫って飛んでくるナイフは、パトリシアのランスが全て叩き落していた。
 四人はあっという間に担当の一団を蹂躙した。

ここにも賈クの作戦で動く三人がいた。
「あの、イオ」
 サクサクと前を行くイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)の背に、アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)が躊躇いがちに声をかけた。
 足を止めて振り向いたイーオンに、アルゲオは小さく咳払いしてから告げる。
「賈クが行っていた場所とは違うようなのですが……」
 イーオンは視線をフェリークス・モルス(ふぇりーくす・もるす)へ移すと、彼女も黙って頷いた。
 イーオンは頭上をまばらに覆う木々の向こうの青空を見上げ、数秒後に二人に視線を戻すと何事もなかったかのように言った。
「問題ない。細かいことは気にしない方がいいとパラ実の誰かが言っていた」
 ニヤリする様子は、ちょっと方向を間違えたことも面白がっているように見える。
「要は、敵をたくさん潰せばいいのだろう?」
 それはそうなのだが、それならわざわざ作戦を立てる意味はなくなってしまう。
「それにしても、高いところから見る地形と実際に踏み入った地形とは、思った以上に違うものだな」
 自分の方向音痴を棚に上げて飄々と言ってのけるイーオンに、アルゲオは静かに諦観した。
 これで大勢の敵がかたまっているところに出られれば良し、である。
 アルゲオの小さな希望は運良く天に届いたようで、やがてガヤガヤと複数の人の声が流れてきた。
 イーオンが短く笑う。
 そして、まだこちらに気づいていない集団に向けて、おもむろに片手を上げるとアシッドミストを仕掛けた。高濃度の酸の霧に突然包まれたどこかの県の番長一団は、ピリピリする痛みに慌てふためき、一瞬にしてパニック状態に陥った。
「アル、好きに暴れてきたらどうだ?」
 一応アルゲオの意志を確認しているが、ほぼ命令である。
 たまに出るイーオンのこういう悪ふざけに毎回振りまわれながらも、それでも彼女は許してしまうのだ。
「フェルはここからアルの援護だ」
「イエス、マイロード」
 と、答えつつも、いつも冷静で派手に立ち回ることなどしないイーオンの豹変ぶりに、戸惑いを隠しきれないフェリークス。
 アルゲオは励ましと同情を込めてフェリークスの背を叩き、混乱状態の一団へ斬り込んでいった。
 全力でやれ、というイーオンの指示に忠実に従ったアルゲオとフェリークスの剣技と魔法により、三人は無傷で番長一団を壊滅させたのだった。

 小高い丘で曹操は賈クに続いて現れた、もう一人のかつての部下を思い出し、懐かしさに目を細めた。
 曹操と共に戦いたくてここに来たことを、パートナーのウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)に申し訳なく思っていたようだが、彼にしてみれば余計な気遣いで軽くチョップをされていた。
「馬鹿だな、俺だって戦いたくてここに来た。それに、曹操様と一緒に戦いたいなら、戦いたいと叫べばいいさ。遠慮してちゃ始まんねぇ!」
 豪快に笑い飛ばされて、ようやく張コウの顔に笑顔が戻ったのだった。
 そのウォーレンと張コウが下りていった方から、曹操は馴染み深い闘気を感じた。

 ウォーレンが『歴戦の将』と名付けたヒロイックアサルトを、最初から発動させた張コウは、的確な援護射撃をくれるウォーレンの信頼に応えるように、縦横無尽にランスを振るった。
 不良軍団の角材が掠るたび、突き出されたナイフが浅い筋を作るたび、張コウは高揚していく。疲労さえも力になる。
 そういう技なのだ。『歴戦の将』とは。
 戦場における一種独特の興奮状態になっていく張コウは、うっすらと笑みを浮かべながら、少しずつ紅に染まっていきながら次々と不良達を薙ぎ払っていった。
 張コウのランス捌きを毎日の鍛錬で熟知しているウォーレンは、自分が撃つゴム弾が邪魔にならないように、後方でまだピンピンしている不良達を撃ち倒していった。狙う箇所は額や顎、あるいは武器を持つ手や膝だ。
 シャープシューターで高められた命中度にウォーレンは満足だった。
「それにしても、ちょーっと分が悪いか? 思った以上に人数がいるな……もともと人数差は見るまでもなく、なんだけど!」
 『歴戦の将』はウォーレンにもかかっていたが、後方にいる分いろんなことが見えていた。
 結果、彼は囲まれる前にいったん引いて戦況を見直そうという結論を出した。
「張コウ! こっちだ!」
 片手で方向を示し、もう片手でアサルトカービンでスプレーショットを放つ。
 張コウは打ち合っていた相手を押し返すと、素早く戻ってくる。
「立て直しだな?」
「その通り!」
 すると、行く手に血に汚れた鉄パイプを持った一団が立ち塞がった。
「フッ。負け戦など! 慣れた、もの! いかに戦い! いかに引くか! 全ては! 己の心に! 従う、のみぃ!」
 言葉が途切れるごとに倒される不良達。その時につけられる傷にテンションが上がっていく張コウ。
「鬼か……!」
 喧嘩に明け暮れる不良達もさすがに怯んだように見えた。
「負けるって決まったわけじゃないぜ!」
 ウォーレンがとどめにスプレーショットで道を作り、二人は一気に加速した。

「まあ、任せておけ」
 と、賈クが言うので、サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)はその通りにした。
 新幹線の中で賈クが手紙を書いていたのは知っている。それも古風に墨と筆で。現代人でもわかるように楷書で。
 そしてその手紙は賈クのヒロイックアサルトにより現れた、敵に酷似した間者に託された。他にも数人の間者が放たれ、彼らはまだ戻ってきていない。
 二つの勢力を相手にすることになったサミュエルが、異変に気づいたのは戦いが始まって少ししてからだった。
「適当に挑発しておけ」
 と、賈クが言うので、サミュエルはチェインスマイトで突っ込んでくる不良達を軽くあしらいながら、ヒットアンドアウェイのような動きを繰り返していた。
 それを数回繰り返した時、急に敵の後方がざわつき始めたのだ。
 サミュエルに理由はわからなかったが、賈クの放った間者が味方を攻撃し、その勢力の番長の悪口を行って逃げる、という行為をしはじめたことによる乱れだった。
 単純な不良達は、裏切り者がいたことと自分達が慕う番長が侮辱されたことにカッとなり、間者を追いかけ出したというわけだ。
 その頃、協力関係にある二人の番長の仲には、取り返しのつかない溝ができようとしていた。
 一方の手には賈クからの手紙がある。
 その文面を見るかぎり、他愛のない近況報告だが所々訂正線が引かれているのが気にかかる。
 しかも、差出人は曹操だ。
 脇から覗き込んでいたもう一方の番長が疑わしげな目で言った。
「何で敵から手紙なんか来るんだ? しかもこの塗り潰した跡! お前……何か隠してねぇか?」
「何言ってんだ? 曹操なんて会ったこともねぇよ」
「そのわりには、親しげなこと書いてあるじゃねぇか」
「知らねぇっての」
 その時だ。
 前線の混乱から逃げてきた手紙を貰っていない方の不良が、裏切り者が出たと叫んだのは。
「てめぇやっぱりか!」

 何もせずとも崩れていく敵勢に、サミュエルは口笛を吹いた。

 きっちり整備された街の景観からかけ離れた、木々の生い茂るどこかの地。
 しかも、あちこちから怒号が響き、時折ナイフや角材が茂みを突き破って飛んでくる。
 ここはもしや!
「こ、ここ京都とちゃいます。岐阜どすえ!?」
「岐阜? ということは魏帝陛下がいらっしゃるのでございますね?」
 自転車の後ろでわめく清良川 エリス(きよらかわ・えりす)に、どこか浮かれた感じに答える邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)
 後ろにどこの誰とも知れない不良達が追いかけてきているのに気づいたのはその時だ。
 自転車をこぐ壹與比売は、捕まってたまるかとペダルをこぐ足にいっそう力を込めた。どこに向かっているのかなど、知らない。
 道なき道を突破し、腕や足に擦り傷を作りながら追っ手を巻いた末に飛び出た場所は、ちょっとした丘だった。
 ようやく静かになった背後に安堵し、自転車を停めた先で壹與比売はまさかの人物と目が合う。
 お互い呆然と見つめあったが、先に口を開いたのは目の前の男だった。
「何だ、貴公らは……迷子か?」
「迷ったのではありません! 占いで出ていたのです! ここを訪ねよと!」
 壹與比売はとっさに口から出任せを叫んだ。迷子だなんて恥ずかしすぎたからだ。そして、背筋を伸ばして堂々と名乗った。
「わたくしは倭王です」
「ほう、倭王。朕は曹操だ」
「曹操様でございますか……曹操様ですって!?」
 相手の正体を知ったとたん、壹與比売が素っ頓狂な声をあげた。そしてガラリと変わる態度。
「きゃぁ♪ 昔から一度、じかにお話をしてみたかったのです」
 その変わりようにポカンとしてしまうエリス。
 曹操もきょとんとしている。
 何だこのミーハーは、とその目は言っているように見えた。
 エリスはハッと壹與比売の気持ちに気づき、自転車を降りるとパパッと素早くお茶の席を整えた。メイドの素晴らしき技である。
「曹操様、少しお時間をいただけませんでしょうか?」
「よかろう」
 少し退屈をしていた曹操はあっさり応じた。
 このささやかなお茶会が、結果的に曹操の足止めになっていたりする。