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『君を待ってる~封印の巫女~(第4回/全4回)』

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『君を待ってる~封印の巫女~(第4回/全4回)』
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第6章 切り開く未来
「百花が護ってきた花壇。ここはね、大事な思い出の場所なんだ」
 響く、影が砕け散る音。
 その中で、十倉 朱華(とくら・はねず)はただ静かにウィスタリア・メドウ(うぃすたりあ・めどう)を……否、パートナーだけでなく操られた生徒達を見つめた。
「蒼空学園に来て、初めての依頼。雛ちゃんと陸斗くんと、皆と出会って、ウィスが二人の健気さに感動して、僕以上に張り切って」
 そうして皆で護った花壇なのだ、ここは。
 今も鮮やかに蘇る、あの日のお茶会。
 皆で笑って、楽しんだ、あの。
「ここで開いたあのお茶会を、もう一度、必ず皆で開くんだ!」
 だからこそ、この場所は誰にも何にも踏みにじらせたりしない。
「僕は僕の目の届く範囲、手が届く範囲の皆を助ける」
 それが難しい事なのは、知っている。
 だがそれでも、皆が心から笑顔になれる結果じゃないと、納得出来ないから。
「僕は絶対、諦めない」
 朱華は頭上をキッと睨みつけると、スゥと息を吸い込んだ。
「ねぇ、皆。パートナーとの関係は、人それぞれだと思うけど……でもその絆は、影使いなんかにどうにかされてしまうようなモノじゃないよね?」
 ユーベルもユアも必死に抗っている。負けるもんか、と強く強く。
 朱華はだから、その心に負けないくらい強く呼びかけた。
「負けないで。その心の中に、絶対あるはずだ。いつも繋がってる、パートナーの存在。想いの種類は何だっていい。その想いは、そう簡単に操られてしまうようなモノじゃ、ないでしょう?」
 影使いなんかの力より、自分達パートナーとの絆の方が、絶対に強いはずだから。
 そして、朱華はウィスタリアをひたと見据えた。
「ウィス! 僕は知ってる。この花壇が、ウィスにとってもとても大事な場所だってこと。だから、一緒に護るよ。……操られてる場合じゃないだろ」
 声が思いが眼差しが、真っすぐウィスタリアだけに向けられる。
「ウィスタリア・メドウ。お前はこの十倉朱華の守護天使だ。戻って来い!」
 それはまるで、闇を貫く光。
 瞬間、ウィスタリアは魂の奥底からあふれる光を感じた。
「……その声が届かないような、そんなパートナーなら……契約者たる資格は、ありません」
 その光を抱きしめるように、ウィスタリアは足元を身体を絡め取っていた昏いモノを、自らから追い出した。
「遅くなりましたが、ただいま帰りました」
「おかえり」
「……私が居るべきは、朱華の隣ですから」
 ようやく戻って来られた居場所に立ち、ウィスタリアは笑んだ。
「そうして共に、あの大切な花壇を、大切な人達の笑顔を、護るのです」
「よけてー! よけてー!」
 にゃん丸は暴れるリリィ・エルモア(りりぃ・えるもあ)を押さえつけていた。
 ただ身体を操られているだけ。
 ウィスタリアのように自力で呪縛を振り払った者もいる、解放された者もいる、けれどまだ全員ではない……リリィも。
 ただ、しみじみと思う。
「お前、いつもは手加減してくれているんだな……」
 それは意外で、少しだけ嬉しい発見だ。
 とはいえ、このままでは埒が明かないのもまた、事実だ。
 みんな、頑張ってくれている。
 だが、蝶の群れは未だ多く羽ばたき、リリィ達は自由を奪われたまま、影使いにも翻弄されたままだ。
「アリア、涼早く何とかしてくれー!」
「確かにこのままでは……何とかしないと」
 にゃん丸と刀真の顔にも焦りがにじんだ、その時。
「クックックッ……。なんだ、そのしょぼくれた顔は!」
 そんな刀真達の目の前の風景が蜃気楼のように揺らいだ。
 それはパートナーたる巨熊 イオマンテ(きょぐま・いおまんて)の肩に乗った、変熊 仮面(へんくま・かめん)
 但し、【光学迷彩】で姿を透明にした変熊仮面の姿は視認できず、体長18mの巨熊イオマンテだけがそびえ立っているように見えるが。
 勿論その声で刀真やにゃん丸には誰だか丸分かりだ……まぁイオマンテもいるしね。
「俺様のライバルを自称するなら、この程度は自力で乗り切ってもらわんとな!」
「分かっている……というか自称ライバルって何だ」
「ふっ、とはいえ、今回ばかりは手伝ってやろうじゃないか」
 刀真の突っ込みを悠然と流し、変熊仮面は芝居がかった動作で指を鳴らした。
 いつしか周囲は青い光に包まれていた。
 それはイオマンテと共に作った、誘蛾灯。
 蒼空学園校舎の巨大な野外照明にブルーシートを被せ、即席で作ったものだった。
「所詮は虫。本能には勝てまい!」
 蝶が蝶の姿をしている限り、形に捕われるはずだと。
 果たして、一つ意思の元、整然としていた蝶の群れの動きがバラける。
「さて時間も無いようだし……。ここは俺達に任せてもらおうか! 貴様らにはまだやることがあるんだろう?」
 操られた生徒達の上に覆いかぶさるイオマンテ。
 その止められた動き。
「アリア、涼、早く! 今のうちこいつら何とかせいっ!」
 イオマンテは吠えた。
 生徒達が解放されれば、影使いも焦り……ボロを出す筈だ。
「分かってる! 影……そういえばあの時も、ウィスタリアさんの影が!」
 見てずっと考えていたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、ハッと天穹 虹七(てんきゅう・こうな)と顔を見合わせた。
 あの時、ウィスタリアの足元の影が、ふっとかき消えた。
 そして今も、イオマンテに覆われた生徒達の動きがぎこちなくなった。
「風間先生は影使い……って言ってた……なら……」
 ともすればもっていかれそうになる意識を繋ぎ止めつつ、虹七は光条兵器を自らの影へと突き刺した!
「……夜魅ちゃんはもっとおっきい影と戦っているの……こんな影なんかに負けない!」
 瞬間、まとわりついていた昏い何かが、はじけ飛んだ。
「虹七ちゃん!」
 アリアを安心させるように一つ頷き。
 そうして二人は、光条兵器を構えた。
 二人で一本の光条兵器を、掲げ上げた。
「みんなの想いよ」
「みんなの絆よ」
 「「この剣に輝きを!」」
 持てる力全てを注ぎ込む。
 増大した光度は、オーロラの様な光を周辺に放ち、操られた者達の影を照らし出す。
「……みんなも負けないで」
「……ぁ」
 不意に身体の自由を取り戻し、ユーベルがユアが膝をつく。
 おそらく、完全に支配を解く事は出来なかっただろう。
 だが、ずっと抗い戦ってきた者達にとっては、十分だった。
 十分すぎるきっかけだったのだ。
「成程、影を消せばいいわけですね」
 光精の指輪から光の人工精霊を呼び出した涼は、ユアを振り返った。
 嬉しいし、安心した。
 本当は駆けよって無事を喜びたい。
 側についていてやりたい。
 でも、今はまだ。
 助けを待っている生徒達がいるから。
「ユア、落ち着いてから状況を見て……」
「私は大丈夫だよ」
 涼の言葉をユアは遮った。
 身体を案じてくれるのは分かる。
 でも、操られている間ずっと怖かったし、悔しかった。
 多分目の前の、涼が助けようとしている人達も同じだから。
「だから私も一緒に、皆を助けるよ」
 涼は誇らしげに笑ってから、大きく頷いてくれた。
「アリアさん、皆を助けましょう!」
「うん! にゃん丸さんや樹月さんが掴んだ真実、無駄にはさせない!」
 アリアは涼に応え、虹七と共に光条兵器を掲げる。
 夜魅の心に光をもたらそうとする仲間達。
 その道を開く為に。
「ここは任せて、行って!」
 声を限りに叫ぶ。
「夜魅ちゃん! 今度はみんなで戦うから、夜魅ちゃんも負けないで! みんなが君を待ってる!」
 虹七と共に光条兵器で、邪なる影を斬りながら、アリアは仲間達へと意志を託した。
「壮太も行って! 僕は大丈夫だから!」
 瀬島 壮太(せじま・そうた)へとミミ・マリー(みみ・まりー)もまた、託した。
 ミミはここに留まり、アリア達と共に光術で生徒達を助けるつもりなのだ。
「誰かが傷つくのは嫌だって、夜魅さんに言ったばかりだしね」
 今大切なのは、皆が幸せな結末を迎えることだと思うから。
「おねがい壮太、夜魅さんを助けて。世界は光で満ちてるって教えてあげて!」
「任せとけ!」
 ドン、一つ胸を叩く壮太。
「オレは馬鹿だから、何が正しくて間違ってるかなんて分かんねーよ。でも夜魅を助ける以外に、皆が幸せになれる方法なんてねえだろ」
 呟き、アリアやミミの作ってくれた道を、駆ける。
「こんな雑用に引っ張り出しおって! 影使いのアホを一発叩き落とさんと気が済まんわ!」
 そうして月夜の蝶の群れに向かい、巨大な熊は吼えるのだった。

「大丈夫ですか?」
「おっかわいこちゃん……とと、そんな目で睨むなって」
 本郷翔とソールは、解放された生徒達の治療に当たっていた。
 ソールはヒールやキュアポイゾンを駆使し、翔の方はナーシング技術やティータイムを用いて精神面からのサポートを試みる。
「無理はしないで下さい。ですが、もしも……」
「みなまで言うな。俺も蒼空学園の一員だ、学園を守りたい気持ちは一緒だ」
「……ありがとうございます」
 救った生徒に頭を下げる翔。
 戦力が少しでも前線に戻れば、それだけ全体の戦力は高まる。
 翔は執事としてのもてなしを最大限に行うことで、味方の戦力維持を図りたいとそう考え。実行した。

「どこかに本体がいるはずです」
 影野 陽太(かげの・ようた)は毒蝶を召喚する影使いをスナイパーライフルで狙撃していた。
 だが、結果は同じ。マントやシルクハットの下は空洞……影だった。
 それでもどこかに手がかりはないかと狙いを付ける。
 その前に立ち塞がる、蝶の群れ。
「……やはり邪魔ですね」
 陽太だけでない、一向に減らない厄介な蝶に皆、手こずっていた。
「……」
 意を決した陽太は、スナイパーライフルを構え集中した。
 極限まで高める集中力。
 それを解き放つ。
 クロスファイア。
 空に放たれた十字砲火は、蝶達を文字通り一掃した。
「素晴らしい! 正直あなた方がここまでやるとは、ここまで愚かとは思わなかったですよ!」
 状況だけ見れば、一つまた一つと追いこまれている筈なのに。
 未だ余裕の態度を崩さない影使い。
「見つけたぜ、クソ野郎!」
 しかしそこに、怒りそのものの声が気迫が、叩きつけられた。
「封印もそこのクソガキもどうなろうが知った事か! オレは……オレ達は只、そこのクソカスをぶっ殺す為だけにここへ来た!」
「そうです。例え……あり得ませんがもし万が一、貴方の目的が世界中の人々に期待される行為だとしても。私はリーズ様に酷い事をした貴方を許す事は出来ません。許す気もありません。私の全身全霊……存在の全てをかけて、貴方を否定してあげます」
 七枷陣の真奈の、本気。
「いやいやいや、実に心地よい憎悪ですね……力が満ち溢れてくるようです」
「御託はそれぐらいにしておけ」
 挑発を磁楠は一蹴し。
「やはり寺院は寺院だな、反吐が出る。……疾くナラカへ堕ちろ、俗物」
 獲物を構え、滑るような動作で動く。
「小僧!」
「言われなくとも!」
 普段はケンカばかりの陣と磁楠。
 けれど今は、今だけは、そんな事を言っている場合ではない。
「許せねぇんだ! オレの身体に代えても! 命に代えても! 魂に代えても! お前は……お前だけは!!」
 怒りに突き動かされつつ、磁楠と連携して攻撃を仕掛けた陣は、ふと、気付いた。
 自分達を包み込むような、優しい温もりに。

「陣くん優しい顔してた。でも、とっても怒ってた」
 保健室でリーズは一人、待っていた。
「ボクも一緒に行きたいのに止められた。どうしてボクは肝心な時にダメなんだろう?」
 知らず、頬を伝う涙。
 気付いて慌てて拭うと、リーズは両手を組み合わせた。
「陣くん、真奈さん、磁楠くん。……皆、どうか無事でいて。役立たずで何にもない、何も出来ないボクでゴメン、ゴメンね……」
 だからせめて、皆が無事で帰ってこれますようにと祈る。
「ほんの少し……ううん、ひとかけらだけでも良いから。誰か、この想いをどうか……どうか」

―――陣くん達に、伝えて

「力が……溢れて。リーズの、想いなのか……これは?」
 それは憎悪に我を忘れていた陣に、リーズを……守りたい者を思い起こさせた。
「おや? さっきまでの勢いはどうしましたか? 思い? はははっ、そんなもの、無意味でしかない……そうでしょう?」
「……分かるもんかよ。人の心を弄んで! こそこそ隠れて! 後ろから見て嘲笑ってるだけのお前に!」
 陣に夜魅に聞かせるように嗤う影使いに、陣は吠える。
 怒りはこの胸に。
 だが、ただそれに支配されたりは、もうしない。
「オレ達の身体を通して出る、アイツの……リーズの想いが! 分かってたまるかー!!
うおおー!!」
 陣はバーストダッシュで近づくと、片手で影使いの首を掴んで。
 それはただの影。形のない、影。
 しかし陣は気にした風もなく、力を解放する。
「蒼紫(そうし)の焔に抱かれて燃え散れ!」
 手の中、影へと、混ぜ合わせた火術と爆炎波とが連発する。
「何だ、何なのだ、この力は……?!」
 初めて、影使いの口調から余裕が消える。
「……ナラカへ堕ちろやあああ!!」
 陣の怒りが乗り移ったような攻撃は、常識を超える。
 その威力は影を通して、本体へと……。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 全身を貫く痛みと恐怖に駆られ。
 影使いはそして、仕掛けを発動させた。