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嘆きの邂逅~闇組織編~(第5回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第5回/全6回)

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第1章 春、訪れず

 シャンバラに心の休まる場所はあるのだろうか。
 夢や希望を持って訪れた者はもちろん、胸の躍る冒険を夢見て訪れた者もいるだろう。
 抱いていた希望は、その頃と変わらずあるのだろうか。
 希望がパラパラと流れ落ちて。
 さらさらと絶望のみが流れ込んできてはいないだろうか。
 ヴァイシャリーにある大病院に運び込まれる人々の中には、特に希望を見失っている人々が多い。
 辛い病や怪我は、人々の心も病ませていくから……。

 屋上で襲撃事件があったことから、百合園生や関係者への事情聴取が行われていた。
 入院中の早河 綾(はやかわ・あや)の元にも、時折警備員や野次馬が説明を求めに訪れ、彼女の精神は休まることがなかった。
 主治医はこれ以上の面会は危険と判断し、関係者以外立ち入り禁止の張り紙が大きく病室の前に張り出された。
「精神的に不安定な綾ちゃんに、あれこれ聞きすぎなのよ!」
 姫野 香苗(ひめの・かなえ)はぶつぶつ文句を言いながら、綾のお世話を続けていた。
 病室の側をうろうろしている野次馬や記者に突撃しては、
「ここは病院なんだからー。中に入りたいのなら、それなりの怪我や病気してからにしてよねっ」
 という具合に、追い払っていた。
「まったくみんな病院をなんだと思ってるのよ! みんな綾ちゃんに負担をかけすぎ!」
 そんな風に文句を言ったり、ぶちあたっていく香苗の声の方が煩かったり、ちょっと迷惑だったりするのだが。
 そんなことには気付かず、香苗は綾の世話をしていくのだった。
「綾ちゃん、ゆっくり休んでね。香苗が側にいるからね」
 綾はベッドに横たわっていた。
 綾は凄く凄く可愛い女の子だった。
 だけれど、今の表情は暗く、目もどこかしら虚ろで輝きがなく、可愛らしさが半減している。
(暗い世界に閉じこめられていた綾ちゃんが立ち直るのに必要なのは、何も考えなくても笑顔でいられるような環境じゃないかな)
 香苗は綾の顔を眺めながらそんなことを考えていた。……時々服の中のこととかも考えちゃったりしてるけど。
(どうしたら、笑顔が見られるのかな。もっともっと元気づけてあげたいのに)
「早河綾さん、ご気分はどうですか?」
「あ、先生お願いします」
 主治医が訪れたため、香苗は綾の側を離れて、綾へ届いた差し入れの整理などを行うことにする。
 主治医は簡単な診察と、いくつか言葉を交わした後、綾の側から離れる。
 綾は殆ど受け答えをしなかった。
「どのような状態ですか?」
 護衛件監視役として付き添っている氷川 陽子(ひかわ・ようこ)が主治医に問いかける。
「刺激をしなければ大丈夫でしょう。ただ、これ以上精神的負担が増すと、本格的な自傷行為に走りそうにも思えますので、十分ご注意ください」
 主治医は簡単に説明をする。
「治る見込みはあるのでしょうか?」
「一定の回復の可能性はありますが、事件続きで追い込まれている状態ですので回復はかなり遅れるものと思われます」
 課外活動では予期せぬトラブルや殺傷事件が多く発生しており、健全者であっても、傷を負って入院した者や、精神的なダメージを受けて休学している者もいる。
 綾は彼女を護ろうとした者が多かったた為、肉体的な負傷や障害をこれ以上負うことはなかったけれど、回復させなければいけない精神状態が悪化の道をたどってしまっている状況であった。
 体が完全に治らないことは、陽子も理解している。
 だけれど、早く彼女に心を強く持ち、立ち直ってもらいたいと心から思っているのに……。
 事態は好転することがなかった。強い心を持てる、そんな状況が訪れないのだ。
 今、直接話しをすると、傷つけてしまう可能性もあると考えて、陽子は綾には必要以上には近づかずに窓やドアの側で護衛を続けていくのだった。

「交代に来ました〜」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とパートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が綾の病室の前に顔を出す。
 病室の前では、ベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)が警備を勤めていた。
「今、主治医の先生とお話中ですので……あ、終わられたようです」
 病室の中から、主治医が姿を現す。
 ベアトリスはドアを開けて、主治医に礼をし、続いてメイベル達に「どうぞ」と頭を軽く振った。
「ありがとうございますぅ」
 メイベル、セシリア、フィリッパはそれぞれ微笑みを浮かべて病室へと入っていく。
「こんにちは〜」
「ごきげんよう」
 ドアの前で護衛を勤めている陽子に挨拶をした後、メイベル達は綾のベッドへと近づく。
「香苗さん、休憩どうぞ〜」
「ありがと〜。食べ物買ってくるね。何かいるものあるかな?」
 メイベルはちょっと考えた後、こう答える。
「常温でも美味しく飲める飲み物をお願いしますぅ」
「りょーかい。何にしようかなぁ……あっ、綾ちゃんに質問とか浴びせたらダメだよ! 今は」
「はい〜」
 メイベルの微笑みを見て、安心し、香苗は綾に顔を向ける。
「綾ちゃん、香苗ちょっと行ってくるね! ゆっくり休んでてね」
「ありがとうございます」
 香苗の元気な笑顔と声に、綾は目を細めて頷いた。
 香苗は頷き返して、メイベル達に綾のことを頼むと自分の食事を買いに売店へと向うのだった。
「綾さん、こんにちは」
「こんにちはっ」
「ごきげんよう」
 メイベル、セシリア、フィリッパの挨拶に、綾は「ごきげんよう」と小さな声で答えた後……目を閉じた。
 話しかければ、返事はしてくれるだろうと思うけれど……。
 何を言っても「ごめんなさい」という言葉が返ってきそうな気がして。
 メイベルはとりあえず、ベッドからそんなに近くはない位置に椅子を用意してパートナー達と座って、そっと綾を見守るのだった。
(出来ることなら彼女を支えてあげられる存在が必要です……)
 目を開けたり、閉じたりしながら苦しみに耐えている綾を見つめ、メイベルは考えていく。
 ルフラ・フルシトス。
 もう一人の綾のパートナー。彼は綾の義理の兄でもあるという。
 彼ならば、綾の支えとなり、心の傷を癒してあげることが出来るのではないかと思う。
 空京にいるという話も耳にしている。
 出来ることなら探してあげたい。
 でも、綾にそのことを聞くのは、亡くなったサーナのことも思い出させてしまい、刺激してしまうだろうから……。
(せめてもう少し、時が必要なのかもしれません)
 メイベルは瞳を揺るがした。
 自分の想いを綾に告げられる日が来るのもまだ先なのだろう。
 フィリッパは沈んでいくメイベルの様子に、軽く眉を寄せた。
 何とかしてあげたいと考えるが、鍵となると思われるルフラの行方の調べ方が分からない。
 可能であれば行方を追いたいとは思うのだけれど、こんな状態のメイベルを放ってもおけないのだ。
 組織の襲撃の可能性も全く無いわけではないのだから、綾を守ることも大切だろうし……。
(いつか、綾さんと一緒に探してあげたいですわ)
 メイベルと綾の様子を見ながら、そう思うのだった。
 セシリアは肘でちょんと、思い耽ているメイベルの腕を突いた。
「大丈夫、きっといつか思いは通じるよ」
 小声で、セシリアはメイベルにそう言った。
 こうして綾の傍に付き添っていたり、綾のことについて相談をすると……メイベルはいつになく思いつめた表情になる。
「でも今はそんな風に顔に出しては駄目だよ。世話をする人の方が笑顔でないと、看病されるほうも笑顔になることは無いのだから」
 セシリアの言葉に、メイベルは不安気な眼ながら首を縦に振った。
 セシリアは笑顔を浮かべていく。
「せめて心の傷が癒せるように僕らが笑顔で居ないと」
 小声で語られたそれらの言葉を受けて、メイベルも瞳に輝きを宿していく。
(そう、時が来るまでは私の出来ることを綾さんにしてあげますぅ……)
 半身を起こした綾に、立ち上がってメイベルは近づいた。
「ご飯にしますかぁ〜?」
 彼女の背を支えて微笑みかける。
 綾は首を左右に振って「お水を、少し」と答えた。
「今、入れますわね」
 フィリッパが水差しをとって、グラスに水を注いでメイベルへと手渡した。
 メイベルは微笑みを浮かべて、グラスを綾へと差し出した。
 暗い表情で礼を言い、暗い表情で水を飲む綾を見ながら、メイベルは穏やかな表情を向け続ける。メイベル自身の心も、贖罪の気持ちでいっぱいだったけれど……。
(綾さんの心の痛み、その痛みが少しでも和らぎ、いつか一人で外の世界に出られるようになるまで、こうして力を貸し続けますぅ……)
 自分自身の贖罪の気持ちはいつ消えるか分からないけれど……。
「歌を歌おうか」
 セシリアはいつものように優しい歌を歌い始める。
 メイベルとフィリッパも声を合わせていく。
 想いを込めながら、3人は歌うのだった。
 雪が日の光にあたって溶けるように、
 こころの澱のように溜まった悲しみが少しでも消えるように――。

「大丈夫ですよ、みなさんがついてますから……」
 病院のロビーで、稲場 繭(いなば・まゆ)アユナ・リルミナルの手をぎゅっと握り締めた。
 手術はもう終わったのだけれど、検査がまだ残っているので繭はまだ退院できずにいた。
 こくん、と頷いたアユナを繭は微笑みを浮かべてロビーで見送る。
「大丈夫よアユナ、あの子強いから」
 エミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)は、そっとアユナに近づいて、そう囁いた。
 アユナは少し驚いたような目でエミリアを見る。
「あの子が自分で思ってるより、ずっと……ね♪」
 そう笑うエミリアに、アユナはちょっとだけ笑みを見せる。
「エミリアちゃんには、怒られるかと思った。アユナのせいで、繭ちゃん怪我したから……ありがと。頑張るね……」
 不安をいっぱい湛えた目で、アユナは繭の方を振り向いて手を振った後、百合園女学院へと戻っていった。