イルミンスール魔法学校へ

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仮初めの日常

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仮初めの日常

リアクション

 代々実家に伝わる赤色の騎士風魔道衣を纏って、キメラ討伐に協力をしたフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は打ち上げに参加していた。
 本部に顔を出したことがなく、勿論会議に参加したこともないので、少し不安を感じながらの参加だった。
 事件全体の話を聞いたフレデリカは、しばらく考えた後、ラズィーヤに近づいて相談を持ちかけることにした。
「今回の事件の問題点なんですが……」
 フレデリカはそう切り出しながら、エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)の方をちらちらと見る。
 彼はイルミンスール生の調整役として本部で立ち回っていた人物だ。
 口ぞえを頼めないかと思っての目配せだったが……。
「お疲れ様。と言いたいところだが、どうも私は手放しでは喜べなくてね……」
 視線に気づいて近づいたエリオットは、ラズィーヤにつかつかと歩み寄る。
「十二星華の封印で離宮の問題は完全に解決した。もしそう思っているなら、貴女も所詮、その程度の人ということになる……」
 ラズィーヤの周りにいた人々の眉がピクリと動く。
 ラズィーヤは普段どおり余裕の微笑みを浮かべているだけだったが。
「ええっと!」
 フレデリカはエリオットの辛辣な言葉に驚きながら彼の前に出て遮る。
 口ぞえどころか、喧嘩になってしまいそうだとも思えた。
「あの、転送術を使える人がもっといたら、良い結果になったと思うの」
 フレデリカは自分の考えをラズィーヤに説明していく。
 使えないまでも、転送術について知ることで、術者と対峙した時に対処しやすくなるし、何か新しい術式が編み出せる可能性もある。
 そうして、積み重ねていけば、いつかきっと離宮の封印も、もっと別の方法で行うことが出来る。
 何もしないで諦めることはしたくない、絶対に嫌だから。
「フリッカ……フレデリカは、終わったことはどうにもなりませんが、これからのことと、終わってはいないことの為に、必要だと思っているです。学校などは関係なく、東シャンバラの首都であるヴァイシャリーのこと、そしてアレナさんのことを諦めたくはないからです」
 付き添っていたパートナーのルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)がフレデリカの言葉をそう補った。
「私は、転送術を学んでみたいと思います。ラズィーヤさんの紹介で学ばせていただくことは出来ないでしょうか?」
 フレデリカがラズィーヤにそうお願いをすると、ラズィーヤは少し考えてからこう答えた。
「転送術は非常に便利な術ではありますが、行使にはコスト的な問題があります。学ぶのでしたら、ご自身の学校で学ばれた方が可能性はあるのではないでしょうか?」
「そうですか……」
 フレデリカは残念そうに、吐息をついた。
「フレデリカさんのご意見は尤もです。わたくしからも、転送術者の育成などに関して、お父様に提案していきますわ」
「わかりました。何か進展がありましたら、またよろしくお願いいたします」
「……もういいか」
 話を終えたフレデリカに代わって、エリオットが前に出る。
 フレデリカははらはらと見守る。
「恒久的な封印などあり得ない。事実、5000年前の封印は最近破られた。今の封印が一生続くと考えられるか。いくら女王のクローンとはいえ、たかが十二星華。エリュシオンの神が相手ならすぐにでも破られるだろうよ」
 エリオットの言葉に、ラズィーヤは紅茶をゆっくり飲み、いつもの調子で微笑みながら「そうですわね」と返事をする。
「大体そうでなくとも、足の下に鏖殺寺院の遺産が『まだ残っている』のだ。それだけでも事件は終わったとは言い難いのではないのか?」
「……」
 ラズィーヤの様子を気に留めることなく、エリオットは言葉を続けていく。
「……結局のところ、我々は5000年前のツケを先延ばしにしただけに過ぎんよ。それも、出さなくて済むはずだった『無駄な』犠牲によって……」
「我々は、ですか。そうして自分達のことと考えて下さっていることがとても嬉しいですわ」
 その返答に、エリオットは小さく吐息をつく。
「私はこう見えて、かなり諦めが悪くてね。実は、このツケを完済するために『あの』エリザベート校長を扇動して離宮に乗り込む、というぶっ飛んだ計画を考えている。百合園が動かないならイルミンスールが動くまでのこと。まあ貴女ならその前に動いてくれるだろうが……」
 微笑んでいるラズィーヤの瞳が一瞬鋭い光を帯びた。
「と、エリオット・グライアスは無責任にのたもうた。所詮、他人の人生である。まあまた離宮関係の話が出てきたら、話題を振ってもらえるとありがたいな。では、失礼……」
 ガラリと態度を変えて、エリオットは手を軽く上げると会場から立ち去っていく。
 一緒に打ち上げに訪れていたヴァレリア・ミスティアーノ(う゛ぁれりあ・みすてぃあーの)は、ただ一礼だけして、何も言わずにエリオットの後を追っていった。
 フレデリカとルイーザもぺこりと頭を下げて、離れていく。
「……ずっと立ちっぱなしでお疲れでは。隣の部屋で少しお相手して下さいませんか?」
 頃合を見てチェスセットを手に、エミール・キャステン(えみーる・きゃすてん)がラズィーヤに近づいてきた。
「そうですわね。少しだけ息抜きさせていただきますわ」
 ティーカップを置いて、ラズィーヤはエミールと共に休憩室として解放している隣室へ向っていった。

「魔法に関してはイルミンスールの方が資料もあるし、学ぶ場もあるけれど……。今のヴァイシャリーにはエリュシオンの魔法施設もあるしね。その気になれば育成施設も作れそうな気も……でも、膨大なコストがかかるのかぁ」
 フレデリカは別のテーブルに移って、ケーキを食べながらため息をついていた。
「協力してくれた転送術者もヴァイシャリーの人というわけではなかったようですよ」
 ルイーザが周囲の人達に聞いた話を、フレデリカに話した。
 素性は知らないが、転送術者はヴァイシャリー家のお抱え魔術師というわけではなかったようだ。その為、手配に時間もかかったらしい。
「ヴァイシャリー家としても、専属の術者が欲しいだろうし。それでも雇っていないってことは、本当に術者は貴重な存在なんだろうね。ま、今日は報酬の変わりに沢山食べていかないとね! 今後のことは帰って考えよう」
 フレデリカはそう言うと、スイーツをあれこれ選び出す。
 ルイーザはそんなフレデリカを優しい眼で見ながら、思いを巡らせる。
 同じ剣の花嫁として、アレナをどうにか助けたいのはルイーザも同じだった。
 でも、ルイーザは少しだけアレナが羨ましいと思っていた。
 一緒に眠ってくれている人が、いるみたいだから。
 ルイーザは恋人を一人で逝かせてしまったから。
「どうしたの? 食べよう」
 フレデリカがルイーザにスイーツが沢山乗った皿を差し出す。
「ええ。戴きます」
 ルイーザはシュークリームを1つ手に取って、失った恋人の妹であるフレデリカに微笑みを見せた。

 校門から外へ出たエリオットは一度だけ、振り返って会議室の方に目を向ける。
(これで私が積極的に事件に介入する理由は無くなった。後は彼女次第だが……、場合によっては本当に校長を扇動してみるのも手かな……?)
「随分とケンカ吹っかけたわね……、睨まれるんじゃないかしら?」
 ヴァレリアが歩み寄って、肩を並べながら言った。
「私ごとき小者をどうこうしようと思う彼女じゃあるまい。それに『諦めきれない奴』がいるというのを知っていれば、それだけ選択肢は増える。それを無駄にするような人じゃないだろうよ」
「終わらせたがってる人もいるみたいよ……?」
「美談にしたがる者など放っておけ。忘れたくない奴が忘れなければいい。もっとも、私は忘れないどころか、無理矢理思い出させてやるがな」
 エリオットは夕焼けに軽く目を細め、百合園女学院を……そして、ヴァイシャリーを後にする。
 他人の人生などと言い捨てたが、忘れるつもりはさらさらなかった。
 だが今自分が動くことは得策ではない。少しだけ、ラズィーヤと周りの出方を見る必要がありそうだ。

「真菜華さんのお相手はしなくてよろしいのですか?」
 打ち上げ会場の隣室で、ゆっくりとチェスを楽しみながら、ラズィーヤはエミールに問いかけた。
「到着するなりすっ飛んで行ってしまいましたからね。食べ物が沢山ありますし、そう変なことはしないはずですよ」
 パートナーの春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)は、会場に着くなり「おなかいっぱいたべてきまーす!」と、目を輝かせてスイーツ方へ突撃していってしまった。
 ハーフフェアリーのティアニー・ロイス(てぃあにー・ろいす)も、「ティアもティアも!」と、彼女の側で、はしゃいでいるはずだ。
「そのピンクのじゃじゃ馬娘のことなのですけれど」
 エミールは、チェスの駒を進ませながら、切り出す。
「地球の百合園で学んだ事が、すっかり頭からすっぽ抜けてしまったようで、心底困っているのですよ」
 真菜華は元地球の百合園生だ。しかし今ではすっかり暴力が得意なパラ実生だ。
「どうにかなりませんかね?」
 エミールはにこにこ笑みを浮かべながら、ラズィーヤに問いかけた。
 百合園の教育レベルを尋ねているのだ。
 少し考えて、ラズィーヤはポーンを進ませながら答えていく。
「更生教育は行っておりませんわ。素行に問題のある娘には、パラ実に転校していただいてますのよ。何分、男性のいない学院ですし、暴力沙汰は困りますわ。ですが、真菜華さんには慕っている方もいるようですし、本人次第で百合園パラミタ校での生活を楽しめるのではありません? 地球の百合園女学院よりは、自由な校風ですし」
「なるほど。検討させていただきますよ」
 エミールの言葉に、ラズィーヤはくすりと笑みを見せる。
 エミールはちらりと彼女を見つめて、内心ほっとする。
 彼女の顔には今は疲労の色はない。
 まだ齢20のお嬢さんがあれだけの激務をこなしていたのかと思い返すと……自分の不甲斐なさに情けなくなる。
 言葉にも顔にも出さずに、エミールは反省しつつ、チェスを続ける……。
「おや……チェックメイト、ですね。お強くていらっしゃる」
「ふふ、今晩は特別に強いようですわね、わたくし」
 手加減をしていたことが、解っていたようだ。
 軽く笑みを浮かべながら、エミールは駒を片付けていく。
 ラズィーヤを待っている者は多いはずだ。長く独占してはいられない。
「また勝負していただけますよね?」
「勝負になるのかしら?」
「ラズィーヤ様ともあろうお方が勝ち逃げなんて真似なさるとは、私は露ほども思っておりませんよ」
 そう、にっこりエミールが微笑むと、ラズィーヤは手を差し出して、自分を立たせるよう命じてくる。
 エミールが歩み寄り、椅子を引いて彼女の手を取り立たせると、彼女は満足げに笑みを浮かべてこう言った。
「勿論、楽しみにしていますわ。チェスだけではなく、今後も楽しませてくださいませね」