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第四師団 コンロン出兵篇(序回)

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第四師団 コンロン出兵篇(序回)

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空路 5
タシガン交渉

 
「香取。現地の方は、どうだ?」
「ええ。調査班を編成することになったわ。まだ、報告書をまとまるには少しかかると思うけど……。
 そっちは? ジーベック」
「うむ、そうか。こちらはまだ二日目、明日にかけて葦原島に滞在する。最初の会議が持たれるが、今のところ現地からの報告はなしだな。
 到着にはまだ日数を要する。雲海に入るまでには、良い報告を聞きたいところだ」
「うん。……任せてジーベック」
 葦原島での会合については、もともとはローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の、教導団と湖賊側との連携のため会談の場を設けたいとの希望に端を発す。
 ローザマリアは、とくに頭領シェルダメルダと親しい刀真や夢見にその仲介を頼んでいた。(前章頭にもあったように水軍に関わってきたローザマリアとシェルダメルダの親交値自体も上がっていたことになるのだが。)
 夢見は教導団員・湖賊船員らの親睦会を上手く取り持つことになったわけである。
 一方で双方の幹部の者らは、今後についての会議を含めた会合を行う。刀真はこちらに協力し、ローザマリアが会合を執り行った。教導団側からはクレア、クレーメック、一条、月島らが、湖賊側はシェルダメルダとテバルク兄弟が参席した。
 これからの進路であるが、明日は午前中は葦原島に滞在、昼頃に発てば夕刻前後にはツァンダに着く。ロイヤルガードの刀真により、ツァンダ駐留関連は約束が取り付けてある。次が、問題のタシガンになるが。タシガン通過後は、雲海含めそこからまだ数日の空の旅となる。
 
「政治面においては、タシガン領空の通過が問題だな」
 クレアが発言する。
「鋼鉄の獅子(獅子小隊)のこれまでの行動等もあり、タシガン(薔薇の学舎)上層部は、「私的には」通過を認めてくれるかもしれない。
 が、教導団のコンロン行、建前上はコンロン軍閥らの紛争を収めることではあるが、その先を察している者も少なくないだろう。
 であれば、エリュシオンと事を構えてまで教導団を通すかと言えば、現時点での判断としてはどうだろう?」
 タシガンには、先行して交渉のため使者が訪れている。
 だが、タシガン側の返答にしばし時間がかかるようだという。それによってはツァンダに数日滞在せねばならなかもしれないか。
 タシガンへは、これまでの経緯から【鋼鉄の獅子】が駐留軍となっていることからレーゼマン少尉とルカルカ・ルー(るかるか・るー)が使者として訪問している。ルカルカはじめとして、この領地と隊との結びつきは強かった。現在、情勢が変わったことによりタシガンにおける教導団駐屯軍は形骸化しつつあるとのことだが、その結びつきの生きていたおかげで、上層と顔をつなぐことができた。そして交渉のための使節は、外交官として【ノイエ・シュテルン】から水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)、その補佐を申し出る形で【黒豹小隊】からジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)、更にその警護にクレア配下のエイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)という面々で構成される。
 優秀な者たちである。良い結果を待つしかない。
 

 
 ――タシガン……
「失礼します……【鋼鉄の獅子】から参りましたレーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)です。
 この度の交渉団を代表してご挨拶を。そして私からは、できることならば……」
 話を聴いている相手は、薔薇の学舎の警備を担当する(元)イエニチェリ。
「こちらの身勝手な頼みであることは十分承知しております。ですがこれもシャンバラの未来のため……私はそう信じております」
 あいにく自分は腹の探り合いのようなものは苦手だ――レーゼマンはただ誠意をもって、頭を下げ頼み込んだのであった。
「君の誠意はわかったよ。
 だがまだここですぐに返事はできない。交渉はこれからだ」
「はっ。どうぞ、お願い致します」
 ……「へぇ、あの堅物君がねぇ」レーゼマンに付き添っている、獅子ではまだ見慣れない一人の男。
 地上では論理的行動の多かったレーゼがこの姿……と、興味深げに見ている。レーゼマンの地球での時代を知っているこの男は一体?「……へっ、こりゃまた面白くなってきたな」
 
 この後、レーゼマンは、ジェイダス校長に会うことになる……のかと思っていたが、とくにそのようなことはなく、先の代表者とも別の使いと思しき者から、以降この話はタシガンのある貴族に会って進めてくれ、とだけ言い渡された。
「む。薔薇の学舎としてこの件には関知しない……? そういうことか?
 ふむ……いずれにせよ、ルカルカや交渉役として来ている二人と相談せねばならぬな」
 交渉団の水原ゆかり(みずはら・ゆかり)ジャンヌらは学舎の外のタシガンの館に滞在していた。交渉の場も、ここに設けられる。相手側の人間も、間もなくやってくることだろう。
 ジャンヌは、タシガンの街並みを見ながら、優雅な装飾の施された大窓の立ち並ぶ廊下を歩いている。
 ノイエの水原と共に、黒豹小隊から交渉団に抜擢され派遣されたジャンヌは、交渉内容と相手側の反応など情報面を新星からの使者と共有化することを提案した。情報の共有および並列化を行うことで、交渉における温度差を埋めることが目的である。これにより突飛な提案や無駄な条件を取り扱わなくて済む。そして何よりも責任の所在が明確になる、ということである。
 ジャンヌは外交官としての水原ゆかりの補佐にとどまることにした。
「どちらに転んでもあちらが上級部隊ですし。人手が足りないのはお互い様でしょうしね……ここは【新星】に恩を売っておきますか……」
 ジャンヌが歩んでいく廊下の進行方向から、女性が来る。
 水原ゆかりだ。
「ジャンヌ殿。レーゼマン少尉がお戻りになった様子。
 これからタシガン側と会うことになるでしょう、参りましょうか」
「ええ」
 交渉内容については、教導団内でも事前に十分に話し合いが持たれていた。
 ――水原はまず、駐留軍を通して、タシガン領空において戦闘を行うことを黙認してほしいとの要請をタシガン側に出す、という提案を行った。領空で賊を討伐する名目ができる。また、承認ではなくあくまで黙認ということで、首長家の顔を立てておくようにする。
 ジャンヌも幾らか意見を持っており、領空の治安回復(賊討伐)の通行税といった形で通過を認めてもらえばどうか、と、更にその上で、副次的効果として、仮に賊の拠点を接収した場合にそこをこちらの補給拠点・中継点として利用できるようにすればどうかと付け加えた。
 しかしこれについてクレーメックは、政治的観点からして、補給拠点をタシガン領空に置くのは避けるべきと述べた。雲賊の情報が入ってきているが、彼らはタシガン領空を抜けたコンロンまでの雲海に出没し、その活動拠点となっている砦なり浮島が雲海にある筈である、と言う。補給拠点に置くとすればそれを奪い取るべきであると。これに関して、水原はパートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)をしてその調査をさせることを申し出た。
 クレアの言うように、タシガン側はこれまでの経緯からして、教導団の通過を黙認はしてくれるかもしれない。しかし、相手が東側に属することを思えば、水原も言ったようにその顔を立てることも重要。何れにしても、まずは駐留軍を通して相手の上層と連絡をとるのがいいと思われたのだった。
 タシガンについては現状での論点は、その通過ということに焦点が定まっていたわけだが……
 
 
 また、会議では、空路においては、今後もコンロン間の補給ルート、ひいては交易ルートの復興にもつなげたい、との意見も上がっていた。それは主に、一条アリーセ(いちじょう・ありーせ)樹月刀真(きづき・とうま)から述べられらた。今後、その方面を担当していくことになるかもしれない。
 一条はそれにつなげるべくまず、タシガンから更に空峡、雲海を抜けるのに、空のプロである空賊の雇い入れを提案した。
 一条は、あのキャプテン・ヨサークの船に乗っていた経歴もある。そのコネで、空賊稼業から足をいたがっているような者がいれば、再就職先として第四師団を紹介。彼らの協力が得られないかことを進めたいという。空賊から人員を雇い入れることができれば、熟練の船員、空中戦闘のノウハウ、船の改良へのアドバイス等も得ることができよう。
 一条は更に、その後を見据えている。コンロンの戦乱が収束すれば、かつて盛んに行われたというシャンバラ〜コンロン間の飛空艇貿易が復活することを見込んで、今の内から貿易会社にアプローチをかけたいと。
 しかしこれにもやはり、当時と違う現在の問題として、その間にあるタシガンが東側に属しているため、ヒラニプラからにしてもツァンダからにしてもどうしても通れねばならないタシガン領空の問題が発生する。
 やはりこの問題がある内は、補給ルートの確保も貿易の復興も、影響を受けるであろう。
 ともあれ、一条はここから、補給や貿易に関わるであろう、空賊や貿易会社相手に動くことになる。
 また、刀真も交易を目算に入れており、その事始に、サルヴィン川等で行われている交易品を調べ売れそうな品物を予想(「経済」使用)した上で、シェルダメルダに打診の上、補給の際に実際に積み込んでいる。
 先述のように、補給・交易ルートの確保が問題としてあるが、一条、刀真らの目論見は、ルート復興への第一歩と言えるかもしれない。
 また、クレーメックも空路における補給ルート確保を推した。
「東シャンバラ陣営は、現時点では帝国との関係を悪化させたくはないだろう。
 東側領土を通過してコンロンに兵や補給物資を送るのはなるべく避け、補給ルートは空路を主体にすべき。ただし、陸路については何らかの理由で、空路が使えなくなる事態に備えてのルート確保はしておくべきだ、と思う」
 
「まあ、いずれにせよ、タシガン(交渉の結果)がどう出るか……はポイントになってくるか」
 座の空気は少し重たげになり、一同にはため息つく者もあった。
 もう深夜0時になるか。まだ、下の親睦会(宴会?)は続いているかもしれないが。
 
 
 この他に会議で同じ意見の幾つか上がったことに、以降、目的地到着まで、兵の訓練を行っていくということがあった。
 ローザマリアは、
「今回の出兵に始まる軍事行動では相互の協力が必要不可欠であり、この空路に関してもタシガン以降は不慣れな中で戦闘が不可避」との見通しを示した上で、「湖賊・水軍の合同訓練による連携と練度向上で難局を切り抜けるべきです」
 そう、滔々と訴えた。
 その上で、ローザマリアは三点の要請を教導団・湖賊の皆の前で行った。
「艦隊の指揮は統一しないが連絡を蜜にし定期的な無線協議の上で意思の疎通に努めること。
 頻繁に合同訓練を行い相互の交流を深め、信頼を醸成し、タシガン到達前には合同で対空賊用艦隊陣形を組めるようにする。ここまでいけるのが理想的ね。
 それから、偵察をカラス兵と教導団側とで負担し合うこと……」
 最後に、湖賊には常に誠実な対応を心掛けまた全面的に信頼することを述べた。
「ありがとう」とシェルダメルダ。
「ええ。詳細な航路や針路変更は湖賊側と無線で協議しつつ決めていきましょう」
「無線か……まったく慣れないことが色々出てきちまって大変だけど」
 月島少尉からは、鴉兵については、部隊の空戦戦力に組み込めないか、また、その訓練をルカルカとパートナーたちが積極的に行う意思のあることが述べられた。偵察についても、飛行能力のあるルカルカのパートナー、カルキノスが出ることを申し出ていると。
 鋼鉄の獅子に関しては、東の谷の戦いで鴉兵らを救った橘カオルのパートナー、ランス・ロシェ経由で鴉兵との結びつきがある。
 今回の任務で鴉兵をみている立場にある一条アリーセがちょうど、この場にいる。
 鴉兵については、一条自身もともと空戦の運用を視野に入れていたので、その統括を一条におきつつ、各艦に振り分けられる形となった。
 今回、この鴉兵については、一条アリーセ直轄の一隊、鋼鉄の獅子直轄の一隊がひとまず、選抜された。
 
 会議が終わって、各々、退出していく。
 さすがにもう、親睦会の行われていた下階の広間も静かだった。
 月島は、会議が上手くいったことにひとまず安堵しつつ、窓の外を見る。レーゼマン。ルカルカ。……タシガンの方は上手くいっているだろうか?