リアクション
〇 〇 〇 リビングが片付いた段階で、掃除が進められつつも引率者達と、提案のある者達が集まり、合宿の方針などの相談が行われていた。 「ここ、綺麗にすればいい?」 掃除を指揮している百合園生に竹芝 千佳(たけしば・ちか)が尋ねる。 パートナーの高木 圭一(たかぎ・けいいち)は、引率者の立場で来ているため、他の引率者達と話し合い中だ。 邪魔にならないよう気をつけながら、千佳は部屋の掃除を行っていた。 「ええ、届く範囲でいいですよ。上の方は大きな人にやってもらいますので」 「うん」 千佳は雑巾で壁をごしごし拭いていく。先にブラシで汚れを落としてあったが、それでも雑巾はすぐに真っ黒になってしまう。 洗っても落ちないほどに汚れた雑巾は、ゴミとしてゴミ袋の中に入れていく。 「そういえば、煙はあまりあがらないように気をつけた方がいいかも」 ゴミでパンパンになっているゴミ袋を見ながら、千佳はそう言った。 「どうしてですか?」 「盗賊のアジトが近くにあるかもって話だから、煙が見えたら気付かれちゃうでしょ?」 「そういえばそうですね。でも、警備に当たっている人もいるし、一人で出かけたりしなければ、大丈夫ですよ」 少し不安ながらも、千佳はこくりと頷いて作業を続けていく。 「温泉湧いてる場所見てきたぞ」 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)がパートナーのアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)と共に、話し合いをしているゼスタの下に戻ってきた。 彼は薔薇の学舎の生徒であり、ゼスタとは同じ学校に通う生徒同士ではあったが、スイーツのことよりも、ゼスタがパラ実生に提案した、混浴で保健体育の授業という話に惹かれてしまい、逸早く温泉近辺の地層の調査に向かっていたのだ。 「いい場所だった。湯の温度もちょうど良くて、野性の動物も利用しているようだ。渓谷が見下ろせて、景色も最高だし、整備すれば露天温泉として十分使えそうだ」 ただ、本格的に機材が持ち込めるのなら、将来の安全面を考えて補強工事なりの対策をしたいところだと、スレヴィは続ける。 「まあ、温泉は今回の合宿で楽しく♪ 利用できればそれでいいと思う。整備を整えても、維持が大変だからな。けど、場合によっては合宿後に専門家に依頼するかもしれないが」 なるほどと頷いた後、スレヴィは次の提案に移る。 「期間中、自給自足を目指すなら森や川から採れるものだけだと栄養偏るから、最低限の野菜がとれるよう畑も作ったほうがいいんじゃないか? 近くに花畑もあるし、自然も豊かな場所だ、出来ないことはないと思う」 「出来ないことは無いが、作物が育つには時間がかかるからなー。今の時期でも短期間で育つような野菜があるんなら、苗の手配くらいはするぜ」 「わかった。考えてみる。そういうのの必要資金ってレイラン先生が出してくれるの?」 「いや、東シャンバラ政府持ちだ」 「そっか。安心した。じゃ、土地の調査に向かおうか」 スレヴィはアレフティナに目を向けた。 「ん? 調査? ……伝説の果実を採りに来たはずですよね?」 「盗賊のアジトが近くにあるって噂もあるし、見張りよろしくな。何かあったら囮よろしく!」 スレヴィはポンとアレフティナの肩を叩いた。 そして、道具を手に建物から出て行く。 「え、ええええ? 話が違う。もしかして、騙された〜! 囮よろしくって何ですか!?」 アレフティナはスレヴィに抗議をしながら後を追う。 「終わったらきっと、美味いスイーツが食えるって。さて、日が出ているうちに、調査を終わらせるぞ」 スレヴィはアレフティナの抗議を聞き流して、すたすたと歩いていく。 「ううっ、やられそうになったらスレヴィさんを盾にして光学迷彩で逃げましょう、そうしましょう」 ボソリと呟きながら、アレフティナはしぶしぶスレヴィに続き、周辺調査に向かったのだった。 「完全な混浴だとまずいだろ」 若葉分校で教師を務めている高木圭一が、合宿所の設計図を皆に見せながら言う。 そして、温泉に関しては……。 ・男女とも水着着用。 ・露天風呂ではあるが、男女の湯は一緒ではなく、高くは無いが仕切りを設ける。 ・当然、脱衣所は別々。のぞきなんてもってのほか。見つけたら厳罰にする。 と、意見を出していく。 「固い、固すぎるッ。でも、勝手にそういう方針でやるっていうのなら、別に止めはしない。しませんよぉ、高木センセイ!」 ペシペシとゼスタが圭一の肩を叩く。 「パラ実の生徒は単純ではあるが、性格は意外と真っ当な者が多い。多少不満が出ても、おだてればその気になってくれるだろう」 「具体的に、どんな風におだてるのか、それが鍵だな」 その辺りは圭一はまだ考えてはいなかった。 現場を見ながら判断する予定だ。 「温泉は、安全性の確保に重点を置き、利用者にとって使いやすいものとしたいと思う」 また、盗賊のアジトが近くにある可能性があることから、近くに武器を用意しておくことや、交代で警備を行う必要もあるだろうと提案していく。 「了解。温泉の監督は任せる。けど、俺は俺の方針で楽しま……いやいや、指導させてもらうぜ」 にやりとゼスタが笑みを浮かべる。 圭一は深くため息をつく。 パラ実生より非常に扱いづらい存在だった。 「かっこいいゼスタせんせー。停学処分中の吉永竜司君の件なんだけど、お願いがあるんですよ」 続いて、部屋に現れて、ゼスタに近づいたのは白百合団員にして、若葉分校生でもある桐生 円(きりゅう・まどか)だ。 「停学中? 何やったんだイケメン番長」 吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)は若葉分校の番長だ。 「ほら、この間のフマナの件ですよぉ。で、彼は反省を示すためにボランティア、奉仕活動として。今回の合宿、温泉作成作業をやりたいと言ってた。だから、合宿中は奉仕活動として竜司くん含めて、他の停学者の奉仕活動を容認してくれないかな?」 「うん。竜司には勿論指揮をとってもらいたい」 あっさりと返ってきた返事に、円は少し拍子抜けした。 説得の言葉を色々考えてきたのだけれど、ゼスタはまるで問題視していないようだった。 他の教師達も何も口を出してはこない。 「ありがとう。たぶん百合園生は、寛大でかっこいい、王子様的な先生にあこがれると思うよ!」 「そうかそうか。可愛い女の子がいたら、連れてきてくれ。俺の好みは表裏の無い純粋な乙女だ。頭の良い女は嫌いでね」 にっこり、ゼスタは円に微笑みかけた。 「……優子さんにもちゃんといい先生だったって伝えておくよ?」 「神楽崎には合宿でのことは何も伝えなくていいぞー。全部俺から報告するからな」 「お茶をどうぞ〜。お菓子もありますよぉー」 円とゼスタのやりとりを見ていたオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が、紙コップに入れたお茶と、茶菓子を出していく。 「さんきゅー」 ゼスタに茶を出したオリヴィアは彼をじぃっと眺める。 (なんかこの人からはいやらしい感じがぷんぷんするわぁー) 彼は今日はラフな格好をしている。 しかしシャツのボタンは第二ボタンまで外してあり、首には金色の洒落たネックレス。 指にも高級そうな指輪、髪には髪飾り。 そして、仄かに甘い香水の香りまで漂わせている。 「ゼスタさーん、地球の大学に通ってらしたそうですよねぇー。大学ではなにを専攻してらしたんですー?」 「武道教育。地球の武道に興味があってな。しかし、段位の制度がどうも納得いかねぇ」 聞いてもいないのに、制度についてぺらぺらと語ってくる。 オリヴィアは自然に彼の隣に腰掛けて、相槌を打ち、雑談に興じる。 「スイーツ研究会に入りたいんですけどぉー、すぐ入れたりしますぅー?」 茶菓子を食べながら、そうオリヴィアが尋ねるとゼスタは「もちろん」と答える。 若葉分校にもスイーツ愛好会の分会があるそうだ。 「ヴァイシャリーなどの、主要都市あるじゃないですかー。一番お菓子が美味しいのはどの都市なんですかぁー?」 「地元の菓子が一番だな。慣れてるってのもあるけど」 彼は結構話好きなようで、オリヴィアとの会話も弾んでいた。 「でも、俺らにとって、一番のスイーツは……わかるだろ?」 「そうねぇー」 ゼスタとオリヴィアはくすりと笑い合った。 互いに、知的種族の血を吸って生きている魔族だから。 「……それじゃ竜司君に知らせた後、掃除に戻ろー」 頃合を見て、円はちらりとゼスタを見た後、オリヴィアに声をかけて部屋を後にした。 |
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