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リアクション
「初めましてこんにちは! 合宿に参加する蒼学の神楽授受です!」
掃除したて、修理したてのドアをぶち破るかの勢いで、少女が一人部屋に飛び込んできた。
「今回の講師のゼスタ……って」
「俺だけど? どうか……」
したかと聞くより早く、神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)はびゅんっと近づいて、捲くし立てる。
「あなた!? ここに、あたしと同じくらいの背丈で、桃色の長いふわふわ髪で、紅い眼でなんっか眠そうで、砂糖菓子みたいな人形みたいな雰囲気の女の子来なかった!? 『スイーツ愛好会に興味がありますわ』と飛び出していったんだけど、姿が見えないの!」
来てない!? 見てない!? と続けていく授受に、教師陣達は「落ち着いて落ち着いて」と声をかけていく。
「見てないなー。そんな娘が来てたら帰さなかったと思うぜ」
ゼスタはにやりと笑う。
授受はがくーんと膝を床についた。
「やばいわ……賊が出るって聞いたし……早いとこ保護しなきゃ!」
そして、嵐のように走り去っていった。
「見つけたら連れて来いよ〜」
そう声をかけるゼスタの前に、バサリと書類が置かれる。
「分担と、現在の進み具合について纏めたわ」
崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、責任者のゼスタの補佐として、各方面の作業の成果、経過のまとめ、連絡の伝達……つまり、彼の秘書のように自主的に動いていた。
「サンキュー。助かるよ、亜璃珠チャン」
「……勘違いしないでね。私はあくまでも優子さんのためにやっているのよ」
誘惑的に微笑む彼に、亜璃珠は冷たくそう返す。
ゼスタは優子がパートナーに選んだ相手だ。ケチをつけるつもりはないが。
亜璃珠としては、どうもすっきりしないものがある。
「合宿所の設営については、キッチンとこの部屋、医療に使う部屋が片付けられ、既に使用できる状態になっているわ。夜までに、もう1部屋くらいはなんとかなるでしょう」
「僕からも少し報告しておこうか」
グレイスも同席したため、彼からも、魔法的な仕掛けがあった部屋が1箇所だけあったが、大した魔法ではなかったこと、地下の状態、魔術的な書物の調査を進めている旨も、その場で報告がある。
亜璃珠はそれらについてもまとめていく。
この辺りの件についてはグレイス、リーアとイルミンスール生が中心に動いており、ゼスタも彼等に全面的に任せているようだった。
「それから、ロイヤルガードと志願者を中心に、盗賊の討伐に動いている者もいるわ。西シャンバラのロイヤルガードの姿もあるみたい。……こちらはまだ作戦前の段階のようね」
各方面への連絡要員として崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)を派遣しているが、今のところ賊に関する報告は何も届いていなかった。
亜璃珠自身はロイヤルガードに志願するつもりはなかった。
百合園からは白百合団の班長3人が推薦で就任している。他にも志願する者がいるだろう。
他校に比べて、百合園は荒事に対応できる生徒が少ない。自分は、隊長となった優子が安心してそちらの仕事に専念できるよう、こうして陰から支えていようと思っていた。
「あと、パラ実生を率いて温泉を作ってくれている生徒会長からは『温泉は合宿用だけでなく宿泊・レジャー用の入浴施設として一般開放してもいいんじゃないか』という意見が出ているわ」
ゼスタはその意見に軽く考え込む。
「一般開放か……情勢によるな。ま、考えておく」
「ところで、優子さんはこちらに来る予定はあるのかしら?」
「いや、合宿期間中に、こっちに顔を出すことはないはずだ」
「そう」
少し残念に思いもしたが、立場上代王の傍を長時間離れるわけにもいかないのだろう。
「資料まとめにパソコン使っていいぜ。とりあえず、ここでは俺の助手ってことでよろしく。妙なことをしたら学校に報告するぞ」
軽く瞳を煌かせ、笑みを浮かべてゼスタは亜璃珠にそう言った。
「良からぬことを仕出かしそうなのは、貴方ではなくて?」
亜璃珠も不敵に微笑み返した。
それから引率者達が見回りに向かい、ゼスタと助手の亜璃珠だけが残ったその場に、日比谷 皐月(ひびや・さつき)がパートナーのマルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)と共に訪れた。
「インターネットの環境整備が行えないかと思ってるんだ」
皐月は責任者であるゼスタに、電波の中継基地などを設置し、シャンバラ地方全体に電波が行き届くようにすることは出来ないかと提案していく。
「メリットは地球とのスムーズな情報交換と、兵員たる契約者たちのモチベーションの維持、緊急時の地球側の対応を早く出来る事。デメリットは資産的・時間的な物程度だと思う」
泣き所を作る事を考えれば維持費も相応だが、保険費だと考えれば安い、と話していく。
「俺には、機晶技術、先端テクノロジーなどの知識がある、電子工学と情報通信も得意としている。建設を手がけるというのなら、皐月ともども、協力は惜しまない」
マルクスもそう付け加える。
「そういった意見が出たってこと、政府に伝えておくぜ……って流しちまおーかとも思うが」
ゼスタは皐月とマルクスに椅子に座るよう、指で指示を出す。
2人はゼスタの前に腰掛け、彼の言葉を待った。
「まず、その提案は現実的ではない。トワイライトベルトは少し前まで、この位置ではなく、おそらくトワイライトベルトの位置がずれるまで、その場所で電波が受信できるなどということはなかっただろう。つまり、いつまでも電波が受信できるとは限らない。となると、資金と時間をかけることは得策とは思えないんだよな」
小声でゼスタは続けていく。
「次に、シャンバラ東西の情勢については、パラ実生といえど、蒼空学園出身のお前は良く知っているはずだ。東シャンバラはこの場所を確保する必要がある。ここに東シャンバラの建造物を立てて、その電波が受信できる場所を敷地の一部としてしまうこと。以後も西シャンバラに権利を主張されないような、状況に持っていくこと。それも俺達の任務だ」
西シャンバラでは、地球との行き来も交信も行えているが、東シャンバラには、地球に下りる手段も、素早く連絡を取る方法もない。
西シャンバラのうち、海京は元々地球にあるため、普通にインターネットが行える。同時に建設が進められた空京も天沼矛開通以降は可能になっている。
また西シャンバラの主要都市でも、政府回線などで地球との常時接続が行えるようになっているが、一般には普及しておらず、東シャンバラでは変らず1週間に1度の更新といった状況だった。
一般に普及していない理由は、インフラの整備不足といわれているが……。
「西シャンバラ政府による情報統制に違いない」
情勢が悪化し、国境が封鎖され、情報操作などが行われるようになった時。この場所を確保できているかどうかは、東シャンバラの命運に繋がってくるかもしれないのだ。
「お前達の故郷が、これから敵になるかもしれないんだぜ? 幼馴染と殺しあうことになるかもしれない」
皐月は眉を顰める。
蒼空学園の生徒であった彼は、罪を犯して放校となり指名手配されている身だ。
とはいえ、彼は根っからの悪人ではない。
地球への思いも、友人達への思いもある。思う気持ちもわかる。
だから、地球に残してきた家族や恋人と、すぐに連絡がつくような……そんなシステムが出来たらいいと思っていた。誰がいつ死ぬかというのも、わからないのだから。特に自分達は、戦場に出ることもある身だから。
若葉分校に顔を出しており、皐月は現在、東シャンバラの一員と数えられている。
置かれている状況の厳しさはわかっていても、地球が敵だなんて、自分は……パラミタに来た友達が思う日が来るのだろうか。
「……全く……」
考え込む皐月を見て、マルクスは深くため息をつく。
意志だけでも、技術だけでも、意志と技術があっても、どうにもならないこともある。
「ここに来ているヤツらの大半は深い事考えてないだろうし、それでいい。けど、西側のロイヤルガードは、表向きは友好的であっても、偵察目的で関わってくるに決まっている。俺ら引率側はそれを承知で互いに探りあっていくわけだ」
そいうわけで、電波の受信に関しては、シャンバラ全土は無理だが、温泉だけではなくこの合宿所内で行える程度の設備と、受信したデータを短時間で首都に送る程度のシステムは欲しいと、ゼスタは続けたのだった。
「まあ、情勢がどうなるかはわかんねぇし、とりあえず皆が行うことは、この合宿所を人の住める場所――活動拠点となりうる施設に作り上げていくことだ。よろしく頼む」
そして、今話したことは、迂闊に外部に漏らすなよ、と言うのだった。
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