リアクション
(・超能力部隊)
要塞内の一角。
その部屋で、医療活動をしている者がいた。
「戦闘が激化してきたようですね」
神裂 刹那(かんざき・せつな)だ。
彼女は、傭兵募集の知らせを受け、この戦いに参加している。
しかし、寺院に協力するためではない。あくまでも、今の鏖殺寺院を知るための敵情視察だ。
不和 零という偽名で登録し、顔を隠すためにバイザー型サングラスを着用。さらに、パートナーである魔鎧、ノエル・ノワール(のえる・のわーる)をその身に纏っている。
実際、傭兵のほとんどは偽名のようだ。とにかく、人が必要だったらしい。
彼女と同じような動機の者もいただろう。だが、多くの者が敵に感化された。
「シャンバラを解放する」
それが、今の寺院の大義名分だ。
先進国の植民地となり、傀儡国家となり、あるべき姿が蹂躙された今のシャンバラを救う。
しかし、そのためになぜ戦争という暴力を仕掛けようとしているのか。
刹那はこの「軍」の兵士の一人から話を聞いた。
『少数の強者が多数の弱者に対し、力でねじ伏せている。それに対抗するには、多数の弱い者達が団結して、力で打倒するしかない。それ自体、数の暴力で矛盾しているかもしれないが、それ以外の方法がないから血を流してでも戦わなければいけないのだ』
イコンの小隊長を任せられた、十八の少女はこう言っていた。
『パラミタと協調すれば、世界の貧しい多くの国々を救えたかもしれない。だけど、裕福な国はそれをせず、自らの利益のためだけに、名ばかりの協調を掲げ、手始めにシャンバラを支配した。それを、黙って指をくわえて見過ごしたくはない。たとえ、このやり方が正しいものではなくとも』
今の鏖殺寺院は、旧シャンバラ系寺院とはまるで別物だ。
そして、まさに今、この要塞にいた者達が命を賭して戦っている。
「くそ、やっぱり強え」
負傷した傭兵の一人が、足を引きずりながら入って来た。
「大丈夫ですか?」
応急処置を施す。
『傷が深いわ。ヒールも施した方がいいわね』
ノエルが刹那に助言をする。
ヒールを施し、傭兵を安静にさせる。
その後、一度外の様子を見るために部屋の外を覗いた。
そのまま脱出してしまうことだって可能だろう。しかし、彼女にはそれが出来なかった。
(まったく、私は何故いつもこうなのでしょうね)
それゆえに、彼女は悩んだ。
戦場は嫌いだが、どんな命でも軽んじていいわけではない。対立するのは善と悪ではなく、異なる「正義」「信念」という言葉だってあるくらいなのだから。
『行く道は簡単に見つからないかもしれない。でも、迷っていても忘れないで、私はいつでも貴方と共にあるから』
彼女の様子を悟ったのか、ノエルが励ましの言葉をかける。
そして今度は、目の前で天御柱学院の強化人間が倒れた。
すぐに、その人物へ駆けつけ応急処置をし、部屋の中に連れていく。
「なぜ……敵に対して、こんなこを……」
「私は私の意志に従って行動するだけです。そこには所属がどこかなんて関係ないだけですよ」
そうとだけ答え、治療を続けた。
同じように、PASDの医療班も治療活動を行っている。
「負傷者が増えてきたな」
エース達は入口付近まで負傷者を運び、そこで対応を行っている。
医学の知識を生かし、すぐに怪我の度合いを判断する。
学院の強化人間の負傷者が多い。今回動員された部隊だが、敵の黒い装甲服が同じ強化人間である以上、彼らが中心となって戦わざるを得ない状況のようだ。
それ以外の傭兵は、東西の有志による契約者達が相手をしている。
「とにかく、少しでも回復しないとね」
クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)がヒールを負傷者に施す。応急手当だ。
「薬も必要だね。強化人間向けの薬は、と」
メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が薬学の知識を生かし、投与を行う。
特に、強化人間に関しては肉体、精神へのダメージが引鉄になって暴走を引き起こしかねない。そのため、治療も慎重にならざるを得なかった。
「カルテを作成しておかなければいけませんね。今後の対処のためにも」
エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)がエースの診断を元に、カルテの作成を行う。
ある程度落ち着いたところで、クマラが動いた。
「ちょっとだけ、見てくる」
敵の情報がまだ少ないと判断したのだろう。
あまり危険が及ばない範囲で、戦闘の様子を撮影する。そして、支給されたPASDの連絡用コンピューターを通じて、情報本部に送信する。
今のところ、敵の情報で掴んでいるのは、超能力が使えるのは当然のこととして、装甲服が電気に弱いこと。そして、致命傷を負ったときだけでなく、捕まりそうになったり気絶しそうになったりした際も自爆するということだ。
「せめて死体から分析出来ればいいのですが」
続いて、エオリアが自爆した敵の死体を撮影し、資料として収集する。もはや原型は留めておらず、残った部分も焼死体同然のため、分析するのが困難となっている。
「敵兵の死体に関しては、別で手を打ってあるそうだぜ」
エースがそのことを伝えた。
PASD情報本部長のロザリンドが、前もって知り合いに協力依頼をしたらしい。
「クローンの強化人間に、独自のイコン。ここにそれらに関する情報はないのかな?」
メシエが呟く。
まだ伝わってきてはいないが、この要塞の機密は全て削除されている。
「イコンか。この前のプラントで思ったことなんだけど」
エースがメシエに思っていることを話す。
「莫大なエネルギーを使役する存在であることは事実だけど、破壊するためにしか使えないならそれは『神の力』ではないと思うんだ。
それとも、俺達は『破壊する』という『力の使い方の一部分』しか見ていないということなのかな」
「例えば、『神』という存在の、『破壊の力』を再現するための存在として造られた、その可能性だってあるね。あるいは、まだ引き出されていないとされる『真の力』に何らかの秘密が隠されているのか……」
「あるとすれば、それは『絶大な破壊をもたらす』以外の力の解放なのか。それで地球人とパラミタ人との両者が必要という構造に関わっているのか。だとしたら、今は単なる兵器に過ぎないけれど、本来は兵器として造られたものではない。そういうことになるのか……」
サロゲート・エイコーンの謎。
その答えがどこにあるのかはまだ知る者はいない。
いや、あのプラントのシステム、ナイチンゲールの最高レベルのアクセス権がなければ見れない情報には、それがあるのかもしれない。
* * *
(司令室はどこでしょう?)
榛原 勇(はいばら・ゆう)は、突入後指令室を目指した。
そうはいうものの、中がそれほど複雑ではない造りであるために、戦闘を避けるのが難しい状況だった。
そこで彼は、天井に飛び、排気ダクトの中を進んでいくことにした。
(敵も超能力者である以上、ずっと気付かれないようにするのは難しいかもしれませんが……)
むしろ、排気ダクトは迷路みたいな造りになっており、逆に敵に気付かれにくくなっていた。
とはいえ、客観的に見れる状況にはない勇には、それを確かめる術はない。
(ええと、ここはどの当たりでしょう?)
こまめに、通路や要塞の各部屋を覗き込む。はっきりと外が見れる場所は少ないが、それでも自分がどのあたりにいるか、大まかな目安にはなった。
(あれは……)
ある場所で、こちら側の契約者が一人の男と対峙しているのが見て取れた。
その会話から、指令室の場所を掴んだ。
(この先ですねっ)
そして、指令室の真上まで何とか辿り着く。
そこには、総督と思しき人物がどっしりと構え、仮面の男と向かい合っていた。
その会話を聞く。
『総督、そろそろ脱出した方がいいぜ』
『ふん、何を言っている。我々は負けん』
『だけどよ、もうすぐそこまで敵が来てるぞ』
『ローゼンクロイツがいる。それに、外ではカミロだって戦っているのだ。何を心配する必要がある?』
『とりあえず、ここは追い詰められたら逃げられねえ。それだけは覚えといた方がいい』
そして、仮面の男は部屋を去った。
『敗残兵ごときが、偉そうに。十人評議会がわざわざ人材を送り込んできたのだ。ただで済むはずがない』
(十人評議会?)
それ以上、総督は何も言わなかったが、勇の頭にはその単語が強く残った。
* * *
「話には聞いてたが……なんて戦いだよ」
西城 陽(さいじょう・よう)は、その光景に目を疑った。
学院の強化人間部隊と、敵の強化人間の戦いは熾烈を極めている。
むしろ、パートナーを持たないはずの強化人間部隊が、連携を行って的確に超能力で敵を排除していることが、強化人間をパートナーを持つ陽としては不思議でならなかった。
(強化人間って、こう……もっと精神的に不安定で、あんな風に冷静に対処するなんて出来ないような……偏見か?)
その横で、
横島 沙羅(よこしま・さら)は嬉々としていた。
「さーて、どうやってぶち殺そうかな?」
なにやら物騒なことを呟いている。しかも、手に持っているのは日曜大工セットだ。
「つっても、真正面からの超能力勝負じゃ厳しい。でも、超能力自体の『扱い』方だったら、俺達の方が上だ」
敵は力を、身体能力を補うために使っている。
そうではない使い方を、彼らは知っている。
「よし、武器庫を探そう」
その後は、ひたすらに武器庫の場所を探した。
おそらく、手持ちの刀剣や重火器類は傭兵が使っているだろう。もっとも、彼はそんなものに興味はない。
「ここか。使えそうなものは……あった」
手榴弾や爆薬を手に入れ、敵の方へ向かう。
それらを用いて、敵を倒すつもりだ。
「来たか」
黒い装甲服の姿を発見した。
その敵にむけてサイコキネシスで手榴弾を誘導する。
避けられても、それを操ることで敵に近づける。
「どうだ!」
狙いは、敵のヘルメットだ。
かなりの強度らしく、銃弾も一発や二発ではびくともしないのを戦闘の中で目撃した。だが、さすがに爆弾ならば、吹き飛ばせるだろう。
首ごと吹き飛ぶかもしれないが。
だがヘルメットを破壊したと思った瞬間、さらに大きな爆発が起こった。
敵が自爆したのだ。
「な、誘爆か!?」
そう見えてしまうのも無理はない。
また、沙羅は姿の見えた別の敵に向けて日曜大工セットの中にあった釘をサイコキネシスで飛ばす。
目潰しだ。
相手は傭兵だった。それを敵はなんとかかわしたが、すぐに金槌を飛ばす。
「あはははは!」
それは囮だ。
金槌に相手が気を取られた瞬間、沙羅はヒートマチェットを振り下ろす。
それが直撃し、敵は血を流して倒れた。辛うじて息はある。
「もういい、沙羅。とりあえず動けなくしておけば大丈夫だ」
「え、物足りないよ」
何とか沙羅を制止する。
むしろ、問題は傭兵ではなく強化人間だ。
「ヘルメットを割れば、自爆するし、かといって並の攻撃は当たらないし、どうしたものか……」
そこで、今度は時間差で手榴弾を投げ、サイコキネシスで操る。
一発目が避けられても、すぐに二発目を誘導するためだ。
(せめて気絶してくれよ)
だが、敵は気を失うくらいなら、自爆をする。そのせいで、自分が戦っている敵の顔を知ることが出来なかった。
「何で……簡単に命を捨てられるんだよ……! 何で……!」
要塞の中を進みながら、
榊 朝斗(さかき・あさと)は強化人間達が散ってゆく様を目撃する。
『指令室はおそらくこの先だ』
朝斗が装着している
ウィーダー・ヴァレンシア(うぃーだー・う゛ぁれんしあ)が、トレジャーセンスでその場所に検討をつける。
そこへ向かう過程で、黒い装甲服の敵は数を増していった。
「どうして、何も答えないんだ!?」
戦いの最中ではあるが、敵との対話を図ろうとする。だが、相手は何も言わず、ただ彼らを排除しようとする。
朝斗は、アウタナの戦輪をサイコキネシスで誘導しながら、敵を裂いていく。だが、やはり致命傷を負わせることは躊躇してしまう。
朝斗の後ろから、
ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が凍てつく炎を放つ。敵はそれをフォースフィールドで軽減するが、それで力を使っている間に朝斗が攻撃を仕掛ける。
「クローンでも……この世界に生まれてきた命だろ!? 戦闘や使い捨ての為に生まれたわけじゃない!」
だが、彼の声は一切届かない。
クローンだということは、前の戦いの後、知ったことだ。
だが、朝斗から見れば同じ人間なのだろう。どうにかして相手の真意を知りたかった。
チャクラムが敵の首筋を掠める。その瞬間、またもや自爆だ。
「どうして……!」
迷いは次第に強くなっていく。
なぜ、敵がこうも迷うことなく死を選ぶのか、それは彼らがそういう風に出来ているからにほかならない。
だが、そんな事実を彼は知らない。おそらく、知ったとしても受け入れることは出来ないのだろう。