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第四師団 コンロン出兵篇(第1回)

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第四師団 コンロン出兵篇(第1回)

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 本隊が到着したコンロンの入口クィクモから、北面を警戒する金住健勝少尉。
 ここでは何事も起こってはいないが……
「はぁ」隣で、ため息がもれる。「それにしてもこの任務、暇でしょうがないです。空の色もどんよりしていますし。わざわざやらなくてもよかったんじゃですか?」
 レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)の愚痴をさらりと受け流し、金住は、
「そうやって油断していると付け入られるのであります。
 これだけ多くの兵が動いているのだから、向こうも気付かないわけがないであります。
 さて、私語はこの辺にしておくであります!」
 どこまでも任務に真面目で、気を抜かない金住に、レジーナは、もぅ……と不満げな感じだが、仕方なくディテクトエビルで気合を入れて空を眺めた。
 内地では、龍騎士がすでに飛び回っている。その姿が目撃されている。
 そして、教導団からも、本隊がここより移動するミカヅキジマから調査班が出ており、このクィクモからも……金住は、昨日、さらわれた騎凛師団長を探すべく編成された救助班をここで見送った。その中には先行部隊の中にいた源 鉄心の姿もあった。無事、彼らは任務を果たすことができるだろうか。
 少数での行動なので、彼らや調査班が敵に見つかる可能性は低いだろうが、危険な任務だ。
 一方こちらは、すでに兵を動かしている。気付かれれば、相手――対立軍閥か、それとも帝国の龍騎士団か――も兵を差し向けてくるかもしれない。そうならないために、動いている者もいるわけだが、最悪の事態には、いち早く相手の挙動を察知し、備える必要がある。
 金住少尉は決して任務を怠ることはならないと、意を固くするのだった。
 
 
 クィクモを出た鉄心、トマス、ミレイユら救助班は、コンロンの平野を進み、廃都群やミロクシャのある北東へ進めていた。
 騎狼のおかげで、物音を立てずに、素早く移動することができる。
 この騎狼分隊の指揮を預かった鉄心は、隊を五班編成とし三班をそれぞれ展開、残る二班を交代・連絡などの管理要員とした。発見した場合、手出しはせず、距離は保ちつつ伝令か、緊急であれば信号を発するよう命じた。
「包囲体制を敷くことだな。逃がしはしない」
 鉄心のもとからティー・ティー(てぃー・てぃー)は単身騎狼で先行し、こちらは寒さや風雨を凌げる場所を見つけておくことに専心した。人が野営、休憩すれば必ず痕跡が残るし、と思ってのこと。
 ティーは任務に参加してくれた騎狼部隊の隊員らにも丁寧にお礼を述べた。本当は一旦休んでもらえる筈だったのでしょうけど、と。騎狼部隊の隊員は、そう言って頂けることをありがたく思うこと、しかし師団の任務に忠実にあたると、鉄心さんの采配ぶりに期待を高めていると述べた。
 ティーの見つけた場所で暫し休む、救助班。平野に一軒ある、廃屋であった。
 捜索に出ていた班が戻ってくる。
「鉄心殿。あと二里も行けば、これと同じような廃墟が点々と見えて参ります。おそらく、それが廃都群では」
「うむ。本当にご苦労だ。次は俺も捜索の一斑に加わる番だな。
 皆、今はしっかりと休みをとろう」
 今、外では、雨というほどではない細かい霧が立ち込めており、寒い。
「ティー、よくここを見つけてくれた」
「はい」
「この建物は昔は都に通じるまでの見張り塔か、詰め所かであったのかもしれないな」
 皆、暗い廃墟の中で影のようになってひっそりと各々が体を休めている。
「ん〜、騎凛先生をさらったのはよくないことだけど、国頭さんたちの事情がさっぱりだから困っちゃったなぁ……」
 ミレイユが呟く。「騎凛先生は何か知っているのかな? だとしたら、話し合った方がいいよね」
「今回のコンロン内戦状態への関与、という視点からすれば、」トマスの英霊でありよき先生でもある魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は言う。「国頭氏の勢力は「敵」ではありません。少し厄介な相手ですが、完全な敵ではないのですから、交渉と説得の余地は十分にあるかと存じます」
 第四師団がキマクの大荒野を通るにあたって、彼に協力を求めなかったこと、が彼の機嫌を損ね、騎凛教官をさらわせた原因である、と本人が明言していたことだ(国境の戦い)。それならば……魯粛の心算。
「ミカエラ。アレは」
「ええ。勿論」
「ぱん○……」
 トマスが何か付け加えるように呟いた気がするが、魯粛とミカエラは程よく無視した。
「ほら」
 トマスを弟と可愛がる熊(獣人)のテノーリオがトマスにパンを差し出す。「しっかり食べて、力をつけておかないと」
「ん……っ」
 鉄心は、廃墟の部屋をぐるりと回ってから、外へ出た。
 シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)が、戸口にもたれ、霧を前に佇んでいる。そうしながら、殺気看破をし周囲に注意を向けている。
「シェイド殿も、どうか休息を。俺が、交代しよう。
 ミレイユさんたちのところへ、行ってあげるといい」
「どうも。では、私は少し休みます」
 鉄心は頷いた。
 今度は鉄心が一人、霧を前に佇む。暗く、静かな土地だ。しかし常に戦が続いてきて都の周囲は荒廃し、今また、トマスの言っていたようにおそらく代理戦争に、か……。しかし、帝国のやろうとしていることが、コンロンや、世界の望まぬことであれば、なるべく阻止すべく動くしかない……
 ともあれ。
 コンロン軍閥や、我々教導団、それに帝国……それだけなく、その他諸勢力やときに個人の、それぞれの思いが交錯し、絡み合いもつれ合い戦に、なっていくのか。今追っている国頭にせよ、何故か。それが大きな事の火種となるかもしれぬ、もしくは解き解す糸口となるやも……
「鉄心。雨に濡れますよ?」
 ティーがやってきた。
「雨というほどでは……」
 そのとき、外側から気配がして……
「その声……? お父さまっ!!」
 廃墟の影から、飛びついてきた小さな影。見ればほんの十歳ほどの可愛い女の子である。
「な、……?」
 驚いている鉄心に、ティーは青さめた様子で一言、
「鉄心、子どもがいたんですね……」
 鉄心はまずティーにはぺちっと突っ込み、その子にも話を聴きつつこちらのことを説明し、と双方の誤解を解いた。
「変な格好。でもシャンバラ……なら、味方ですわね!」
 女の子は元気に言った。
「ふぅむ。そうであるか」鉄心は顎に手をあて考え込む。女の子は、隠れて待っているよう言い残し、戦場に向かった父親を、一緒に助けてくれるようお願いしてきた。女の子は、魔道書であるようだった。父親、すなわち作者はその子に、「必ず帰る」。そう最後に言い残したのだと。
 もう取り返しがつかないほど長い長い時が過ぎ去ってしまったことに気付かずにいて、女の子はその最後の嘘をただ無邪気に信じているのだった。
 その子の名はイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)
 後に判明することだが――とある魔法使いが狂気に蝕まれる中で記した最後の書(何故か料理本)。
 
 『これが我が生涯最後にして最高の傑作である。ナラカより連れ戻しし、我が娘である。
 再び目を覚ます時は、争いが絶え、平和の訪れし世界であることを願い、ここに封ず』