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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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chapter.14 内海(1)・理由 


 未解決の問題は、何も失踪事件だけではない。
 蒼空学園の生徒、小谷愛美はその異常なまでの肌荒れを抱えたまま、寮から飛び出しどこかへ姿を消していた。おそらく、寮を尋ねてきた数名の生徒とのやり取りの中で出てきたある話題をきっかけに。

 柔らかい感触が、全身を抱いていた。
 ふかふかしたその肌触りは温かく、まるで愛しい人に抱かれているような気さえする。
「うぅん……マナ、そんなに抱きつかれたらあたし息できないよぉ……」
 愛美の部屋で、布団に入ったまま寝言を呟いているのは、朝野 未沙(あさの・みさ)だった。
 彼女はここを訪れる際、最初なかなか戸を開けてくれなかった愛美を待ち続け何時間も外にいたため、その身を冷たくさせ気を失ってしまい、愛美によって布団をかけられていたのだった。
「マナ、マナに会いたいよ……会いたくて会いたくて震えるよ……」
 おそらく震えているのは寒さのせいである。そして若干危険な寝言である。
「ううん……うん?」
 自分の寝言でかは分からないが、ようやくそこで彼女は目を覚ました。布団から起き上がり、周りを見る。
「……あれ? マナはどこ? ていうか、なんであたしマナのお布団で寝てるの?」
 きょろきょろを辺りを見る未沙。そこには、愛美を見舞いに来たのであろう生徒たちの姿があった。しかし、肝心の愛美の姿がない。
「なんで皆いるのに、マナだけいないの? ねえ、あたしが夢の中でキャッキャウフフ……じゃないや、気絶してる間に、何があったの?」
 未沙の言葉を聞き、生徒たちは互いに顔を見合わせた。そして誰からともなく、未沙が気を失ってからの経緯を説明し始める。
 愛美が少し心を開いてくれたこと。愛美が幽霊船に乗った時に起きた事件を少し話してくれたこと。そして、パソコンの画面である画像を見た瞬間、愛美が血相を変えて部屋を飛び出したこと。
「あたしが寝てる時に、そんなことが……」
 一連の出来事を聞いた未沙が、噛み締めるように言う。
「幽霊船事件が何か関わってるなら、もしかしてマナ、手がかりを探しに行ったのかも」
 そう呟くと未沙は、こうしてはいられないとばかりに勢い良く立ち上がり、部屋の出口へ向かった。
「これ以上マナに何かあったら大変だよ! もし襲われでもしたら、あたしのマナの」
 そこから先は、外から吹き付ける強風で聞こえなかった。きっと大きな声では言えないような単語だと思われる。
 そして言うが早いか、未沙はひとり部屋を飛び出し、思い当たる場所へと走り出した。足を動かしながら、彼女は頭もフルに動かし予想を立てる。
「最近の失踪事件とも、もしかして何か関係があるのかな、マナ……」
 未沙は、愛美が見てすぐ部屋を出て行ったという「ある画像」が気になっていた。その画像が、タガザ・ネヴェスタの画像だったからだ。
「あのタガザさんって人が、何か関係してるのかな……」
 もしも、さっき部屋の中で他の生徒から聞いた話から強引な推理をするなら。
 タガザは本当は吸血鬼か悪魔か、そういった種族なのでは? そして、何らかの術で生気を吸い取ったとすれば、愛美の肌の説明はつく。ただそこで気になるのは、一連の失踪事件。
 短期間である程度の失踪者が出ていることを考えると、タガザに従って行動を起こしている何者かがいるのかもしれない。
 未沙はそこまで考え、気を引き締める。
「どっちにしても、気をつけないと……今回マナが救えなかったら、もうマナが帰ってこない気がするんだ。マナのことは、必ず取り返してみせるからね!」
 大学で会談が行われる、数日前の出来事であった。



 パラミタ内海。
 シャンバラの東側に位置するこの地は、時折モンスターが出現することもあって一般生徒はあまり気軽に近寄らない。そのせいか、色々な噂も絶えない。
 一年前の夏頃にも、幽霊船が出るという噂が流れ、見物に出かけた生徒たちがアンデッドに襲われ危険な目に遭うという事件があった。何を隠そう、愛美もその時の被害者のうちのひとりだった。

 未沙が向かったのも、この場所である。そしてこの内海には、彼女以外にも数名の生徒が足を向けていた。
 その中で、もうすぐ内海へ辿り着こうとしていたのが葛葉 翔(くずのは・しょう)とそのパートナー、クタート・アクアディンゲン(くたーと・あくあでぃんげん)である。
「クタート、本当にそこに小谷がいるのか?」
「容疑者や被害者がなぜか現場に舞い戻る……これは常識じゃ。つまり小谷愛美は以前の事件現場にいるに違いない!」
 自信満々に、クタートは翔の質問に答えた。ちなみに彼女の知識の根拠は、刑事ドラマである。
「ま、他に探す場所も思いつかないし、とりあえずそこに行ってみるしかないな……」
 やがて、内海が見えてきた。と、たまたま同じようにしてそこを目指していたと思われる緋山 政敏(ひやま・まさとし)が、ふたりの前に姿を現す。
「お、蒼空学園の生徒か。なあ、愛美さんを見なかったか?」
 政敏がそう話しかけたことで、翔たちも目の前の彼の目的が自分たちと同じであることを察する。
「いや、まだ見つけてないな。というか、俺たちも小谷を今丁度探していたところなんだ」
「そうか。いや、一度愛美さんと話がしたかったからどうにかして探し出せないかと思ってたんだけどな」
「話って……?」
「前の幽霊船の時に使われた手口、知ってるか?」
 政敏が逆に尋ねる。翔もその依頼を受けていたため、素直に首を縦に振った。すると政敏は話が早い、という感じで続きを話した。
「あの時は、噂を利用して好奇心を煽り、拉致するって手口だった。どうもそれが、今回の失踪事件と共通点がある気がしてね」
 どうやら政敏は、一連の出来事がどこかで繋がっているのではないかと踏んでいるようだった。さらに彼は話す。
「噂ってのは厄介なんだ。人の好奇心を煽るからさ。ネット上とかならそれが顕著だ。まったく、たちの悪い広告だよ」
 おそらく政敏は、センピースタウンのことを仄めかしているのだろう。タウン内で、美への憧憬を持った子が失踪していると判断した彼は、そのことで愛美と話がしたいと思っていたのである。愛美を放っておけなかった翔とは観点がやや異なってはいたが、彼女を探し出すという目的に変わりはない。
 目的を同じとした彼らは、行動を共にし、愛美の捜索を約束した。
「キーポイントは、人目を避けるようにしてた女性がいないか、ってとこだな」
 道中翔に愛美の状況を聞かされた政敏は、内海付近で焦点を絞って捜索活動を続けていた。
 翔、クタート、政敏と、捜索の人数自体は少なかったが、内海が比較的開けた場所であること、人影もさほどなかったことなどが良かったのか、目的に彼らが辿り着くまでにそう時間はかからなかった。
「小谷!」
 翔がその背中を見つけ、呼びかける。海辺のほとり、そこに彼女は佇んでいた。振り返る彼女の肌は、やはり10代の少女のそれではなく、直視するのがはばかられるほど衰えたものだった。
「本当にいたよ……」
「ほら、言った通りであろう」
 誇らしげに言うクタート。翔はというと、クタートの言うことも当たるんだな、なんてことを思いながら、愛美に歩み寄っていた。彼女は特に逃げることもしなかったが、いつものように元気に返事をすることもなかった。そんな彼女に、翔は着ていたオーバーオールを優しくかけた。
「これ着ろよ、見ているこっちが寒い」
 頭からかけられたそのコートは、愛美にとってサイズが大きかったのかその上半身をすっぽりと覆ってしまった。一見不格好なその姿はしかし、翔なりの気遣いでもあった。
 今の愛美は、きっと肌をなるべく人目に晒したくないはず。
 そう考えた翔は、せめてこのコートで少しでも愛美の肌を隠そうとしたのだ。願わくば、これで寒さだけでなく、心も和らいでほしい。翔のその思いが愛美に届いたのか、彼女が小さく口を開いた。
「……ありがとう」
 そこに、政敏が遅れてやってくる。彼はどうやら、捜索中に他にも愛美を探していた生徒が数名いたのを見つけたようで、彼の後ろにはその生徒たちが一緒にいた。
「ほら、愛美さんならあそこだ」
 政敏が案内すると、生徒たちは一様に喜んだ表情を見せた。とりあえずは、彼女がモンスターに襲われることもなく、生きていてくれたことに安堵していたのだ。もちろんその中には、未沙の姿もあった。
「マナ、会いたかったよ!」
「未沙さん……」
「会いたかった、会いたかった、会いたかった、イエス、マナに」
 愛美に会えたことが嬉しかったのか、テンションが上がりちょっと外国語が入った未沙。同時に、生徒たちの中からトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が進み出る。
「見つかって良かったぜ。突然走り出した時は驚いてしまったからな」
「ご、ごめん……」
 心配をかけてしまったことを謝る愛美。が、トライブは特に怒った様子もない。
「なに、色々思うこともあるんだろうし、引きこもってるよりは多少危険でも動いてる方がらしいぜ。それに」
 一呼吸置いて、トライブは愛美に告げた。
「危ないことがあるってんなら、俺がそばにいて守ってやればいいだけの話だからな」
「う、うん、ありがとう」
「それはそうと、ここに来たのは何かしたいことがあったからか?」
 もし彼女がここに来たことに何か目的があるなら、その手伝いをしたい。妹同然に大事に思っている愛美のことを心配し、トライブはそう尋ねた。
「えっと……」
 最初は話すのを戸惑っていた愛美だったが、やがてその口から答えがこぼれでた。
「部屋であのタガザって人の画像を見て、やっぱり、って思ったの。私が前に幽霊船で見た女の人と、瓜二つだな、って。それで……」
「もしかしたらここに来れば何か分かるかもしれない、って思ったわけか」
 こくん、と頷く愛美。トライブはコートの上から愛美の背中を軽くさすりながら、短く言った。
「手がかりを見つけるのは、俺たちに任せな」
 本当は、「もっと俺たちを頼ってくれ」とダイレクトに言いたかった。が、それをあえて言うのも、親切を押し付けているみたいではばかられたのだろう。トライブは早速周辺を調べようと、パートナーの名を呼んだ。
「ジョウ、デジカメは持ってきてるか?」
 名前を呼ばれ、ジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)がふたりの近くへとやってきた。
「もしかしたら何か証拠なり手がかりなりが見つかるかもしれないから、バシバシ撮ってくれ」
「……う、うん、まま、任せといて」
 気のせいか、声が震えているジョウ。彼女は何を隠そう、幽霊だのお化けだのが大の苦手だったのだ。雰囲気に当てられ、ジョウはすっかり縮こまっていた。
「大丈夫か? あちこち震えてるけど」
「べべ、別に震えてなんてないよ? 怖くないもん、そもそもお化けなんて非科学的な存在、いる方が……」
 その時だった。風のせいか、波打った水しぶきが音を立てた。
「い、いやあああっ!? お化け、お化けっ!??」
 反射的に、ハウンドドックを抜き海辺に発射するジョウ。
「はぁ……はぁ……」
「な、なあジョウ、そんなに怖いなら帰っても」
「か、帰らないよ! ボクだって愛美さんの役に立つんだから」
 愛美が発見されたことも手伝ってか、僅かばかり場に穏やかな雰囲気が流れる。しかし、その直後だった。
「……しっ、静かに」
 最初に気づいたのは、殺気看破で警戒を続けていた翔だった。続いて残った生徒たちも、はっきりとした気配を感じる。決してお化けや幽霊といった曖昧なものではない、明らかに「なにか」がいるという気配。同時に、近くの茂みから物音が聞こえた。
「っ!」
 生徒たちが一斉に振り向くと、そこにはおぞましい姿をした怪物がいた。姿形は、蒼空学園で生徒たちが遭遇したアンデッドに酷似している。生きている人間が集ったことでおびき寄せられたのか、たまたまジョウの銃声を聞き近づいたのかは不明だが、ひとつ、はっきりと分かることがあった。
 ここで目の前の敵を撃退しなければ、愛美がさらに危険な目に遭うということだ。
 彼らは、各々の武器を持ち戦闘態勢へと入った。