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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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chapter.17 空京大学(5)・歩幅 


 アクリトが受話器を取ると、相手は大学の職員なのか、事務的な言葉が最初に飛び交った。
「分かった。それでフィックスということで構わない」
 そう言うと会話を終え、アクリトは受話器を置いた。そのまま涼司たちの退室を見送るかと思われた彼だったが、意外にもアクリトは、帰ろうとした涼司たちを呼び止め今の電話について話をした。
「ああ、どの道君たちにも近く伝わる情報だろうから今ここで伝えていこう」
「今の電話が、俺たちにも関係あるのか?」
 不思議に思った涼司が尋ねると、アクリトが答えた。
「まあ、君たちというより各学校の生徒に、だな。特にネットをよく使っている生徒にとっては面白い話だろう」
 そしてアクリトが告げた言葉は、唐突で衝撃的なものだった。
「今インターネットを中心に賑わいを見せているタガザ・ネヴェスタというモデルが、この大学にゲストとして来て講演会をしてもらうことになった。講演会は誰にでも開かれているから、興味があれば君たちも来ると良い。彼女の方から打診があったのだから、あちら側も学生に興味を持っているのだろう」
「講演会……?」
 涼司が思わず呟く。確かに、著名人が学校を訪れ話をするというイベント自体はよく聞く話であったが、まさかアクリトの口からモデルの名が出てくるとは思わなかった涼司は、無意識に眉をひそめていた。
「……なんでわざわざ俺たちに告知を?」
「明日にでも全校に告知する予定で、目の前に丁度君たちがいたから一足先に教えてあげただけだ。そんな気遣いさえも、不満かね?」
 皮肉めいた口調で、アクリトが言う。どうも会談は両者の合意の上終わったと言えど、完全に和解したわけではなさそうだった。つい数十分前まで言い争いをしていたことを考えれば無理もないことだろう。もしかしたらアクリトがあえてこの場でそれを告げたのも、自分の学校の方が様々な人物を呼べるほど知名度の高い、優れた学校だと暗に示したかったからかもしれない。
「そう、か。勘ぐって悪かったな」
 胸中はあまり穏やかではなかったが、これ以上血を上らせるのもまずいと判断したのか、涼司は黙って礼を言うに留めた。
「さて、学園に帰ったら失踪事件の続きを調べないとな」
 そう言って、今度こそ帰ろうとする涼司たち。彼がドアに手をかけようとすると、それよりも先に逆側からドアが開いた。そのまま中に入ってきたのは、大学の生徒、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。
「はぁ……はぁ……っ、か、会談はもう終わっちゃいました!?」
 言いながら、詩穂は学長室をきょろきょろと見渡す。その雰囲気から、丁度今しがた終えたのだと察する。
「り、両校長の出された結論は、どのようなものだったんですか?」
 せめてそれだけでも聞こうと、彼女は乱れる息を整えるのも惜しんで尋ねる。そんな詩穂に涼司が答えた。
「とりあえずは、アクリトのフォローを受けることにした。ただ、俺たちが自立したと判断できた時点で、独立を認めてもらう」
「そ、そうですかっ……じゃあ校長同士で争い合うような、そんな事態は避けられたんですね!」
 ぱあっと、詩穂の顔が明るくなった。
「ああ。だからあとは、学園の失踪事件が全部解決すればまずは一件落着ってとこだな」
「そう、そうです! それですっ!」
 転がるサイコロのようにころころと表情を変える詩穂。失踪事件というワードを聞いた彼女は、相槌を打った後涼司に言った。
「お互いが衝突せずに済んだのは良いことですけど、まだ問題が綺麗に解決したわけじゃありません。まだきっと、事件を解決するために戦わなければいけない場所があると思うんです!」
 そう言うと詩穂は、携帯を取り出しディスプレイをバッと見せた。そこには、センピースタウンのログイン画面がある。
「両校長とも既にご存知かもしれませんが、失踪事件と高確率で関わっているであろう、流行のセンピ。そして、生徒の皆様が両校長の……いえ、両校のために集めてくださった様々な情報。それらを辿っていくと、どういった行動を取るべきか、見えてくるのではないでしょうか?」
 詩穂のその言葉は、涼司に何かを訴えかけているようにも聞こえた。
 方法はバラバラでも、事件を解決するために「蒼空学園の一員」として団結して動いてくれている人が大勢いる。それは私兵とかそういったものではなく、個人の意思として。だからそれを、どうか活かしてほしいと。
「詩穂も、そんな皆様のがんばりや覚悟を受け取りました。だから詩穂は、センピに入ってきます!」
 失踪者が軒並みセンピースタウンに関わっていることを考えると、そこに深入りするのはあまり安全とは言えない。しかし詩穂は、たとえどれほど危険な場所だったとしても、自らも動くことを恐れなかった。それはきっと、蒼空学園出身の空京大学生として、行動を起こさないことで自分が学園にいる間得たものをなくしたくなかったから。なくなってしまうことの方が恐かったからだろう。
 詩穂がタウン内でどこへ行き、何を調べるのかは周りの者には分からなかったが、その強い意志は少なくとも周りの者に伝わっていた。
「まずはこの事件を全力で解決する。アクリト、蒼空学園に来てもらうのはそれからで良いか」
 涼司が部屋を出る間際、アクリトに言った。アクリトは首を縦に振り、別れの言葉の代わりに短く告げる。
「構わない。こちらでも被害が広がらないよう、生徒たちに注意をしておこう」
 背中にアクリトの言葉を受けた涼司はそのまま学長室、そして大学を後にした。
 学園へと帰る彼の歩みは、往路よりも心なしか早かった。
 それは問題のうちひとつに決着が着き、荷が軽くなったからか。それとも自分の成すべきことを少しでも早く成そうとしていたからか。
 彼のその足取りはまるで、未来へと辿り着こうとしているようにも見えた。