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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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chapter.15 内海(2)・閃光 


「幽霊船の事件の時に小谷さんをちゃんと助けられなかった償いを、今果たす……!」
 そう気合いを入れ、愛美を背にし、アンデッドらとの間に立ち塞がるように構えたのはエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だ。
 当時の敵がアンデッド系であったことを思い出していた彼は、おそらく今回も似た敵と出くわすことを想定し、光輝属性の装備に身を包んでいた。早速その効果が現れたか、数歩後ずさりするアンデッドの群れ。エヴァルトがさっと目視しただけでも、敵は5〜6体ほどいる。が、そんなことすらお構いなしに、エヴァルトは突進していく。
「俺の学友を酷い目に遭わせた報いを、受けさせてやるぞ!」
「まったく、幽霊船と言いアンデッドと言い、やけにきな臭いな……気に入らねぇぜ。このアンデッドを裏で操ったりしてるヤツがいるんだとしたら、必ず落とし前をつけさせてやる!」
 エヴァルトとトライブが、同時に一番近くのアンデッドに一撃を見舞う。顔面に攻撃を受けたアンデッドは、どろっと顔を崩れさせその場に倒れた。
「もしトライブの言う通り、悪巧みが裏であるならボク、久しぶりに本気で怒っちゃうからね」
 ふたりの攻撃の合間に、ジョウの銃弾が飛ぶ。3人の攻撃は急造コンビネーションとはいえ、なかなかの威力を誇っていた。

 生徒たちの猛攻で次々とアンデッドは倒れ、ついにエヴァルトの放った一撃が最後のアンデッドを仕留める。
「これで、最後……か?」
 腕を下ろし、周りに目を配るエヴァルト。もう新たな気配を感じることもなければ、危険な匂いもしてはこなかった。
「ふう……今回はどうやら無事に護衛を成功させることが出来たな……」
 襲撃が一段落し、今度こそと一息吐く生徒たち。ようやく落ち着いて会話が出来る雰囲気になったことを察し、他の生徒同様内海へ来ていた朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)、そしてパートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)が愛美へと近づき話しかける。
「愛美さん、ちょっと良いか?」
「な……何かな」
「タガザという女性と、何か接点があったのか?」
 それはおそらく、その場にいたどの生徒も確かめたかったことだろう。画像を見た途端の彼女の慌てぶりを見ればそれは当然である。もちろん、その質問をするには彼女の傷にも踏み込まなければならず、躊躇が生まれなかったと言えば嘘になる。しかし彼女――千歳は、正式に裁判を起こし、犯罪を立証するためにどうしても聞かなければならなかった。おそらく唯一の証人であろう、愛美の口から。

 そもそも千歳がそこまでに至ったのには、イルマの口添えもあった。それは、千歳たちが愛美に会う前の話である。
「どうも、失踪した人たちを辿っていくと、タガザという女性に行き着くようですね。もちろん断定は出来ませんけど、灰色であることは間違いないでしょう」
 数日前から主にタウン内で失踪者の情報を集めていた千歳とイルマは、失踪者の共通点から、失踪者とタガザが何らかの関係があるのではないかというところまで予想を立てていた。もちろんそれは予想に過ぎず、立件するには明らかに証拠不十分である。そこで彼女は、別角度から情報を集めることを思いついたのだ。
「失踪と言えば、愛美さんがまた行方不明になっているみたいだな」
「ああ、幽霊船の時といい、よく姿をくらますのですね……」
 ふたりは幽霊船事件にも関わっていたからか、当時を思い起こすように呟くイルマ。
「それだ。あの事件以降、あまり彼女を学校で見ていない。聞くところによると肌のことで悩んでいたようだが……美容を気にしていたのなら、美貌で評判のタガザを追っていた可能性もあるな」
「確かに……見当違いだったということもあるでしょうけれど、ひとつの手段ではありますね」
 それに、とイルマは付け足す。
「あの幽霊船事件も、未解決と見るべきでしょうから。もし今回の失踪事件と繋がっているのなら、一度にふたつの事件を解決できるかもしれません。さあ、そうと決まれば行きましょうか。重要参考人を見つけに」

「接点っていうか……」
 千歳に尋ねられた愛美が口ごもる。が、彼女の口からやがて事実が語られる。
「私、前にここで幽霊船に乗った時に石にされちゃったの。その時私を石にした魔女がいて、その人とタガザって人がすごく似てるなあ、って思ったの」
 過去を思い起こすように、愛美が言う。千歳はそれを、証言として扱うべきかどうか逡巡した。
 なぜなら、千歳がそれを聞いた時、ふたつの疑問が浮かんだからである。
 ひとつは、一般生徒の類似発言だけでタガザを立件は出来ないのでは、ということ。
 そしてもうひとつは。
 仮にその魔女とタガザが同一人物だったとして、証言されれば致命傷になるような証人を、タガザはなぜ浜辺に打ち捨てるなどという適当な処理をしたのかということだ。
「そうか……他には、何か憶えていることはないか?」
「他は……当時船の中にはいっぱいアンデッドがいて、怖かったってことくらいしか……」
 そう言うと、愛美は俯き、口を閉ざしてしまった。せっかく現地まで赴いたにも関わらず、アンデッドと遭遇した以外は何も発見はなく、肌の劣化も解決しないままという現状が彼女にじわりじわりとショックを与えていたのだ。
 と、その時だった。携帯の着信音が鳴った。それも、数名の生徒のだ。
 生徒たちに届いたメールは、蒼空学園で失踪事件の調査をしていた生徒たちからの報告メールであった。そう、時を同じくして、学内でも生徒たちとアンデッドが戦いを起こしていた、その直後の送信メールだ。
 文面を見た生徒が、それを読み上げた。
「学内で生徒をさらっていた犯人が、生徒に扮したアンデッドであることが判明……?」
 それを聞いた周りは、途端にざわめき出す。
「こっちが戦ってる間、あっちでもアンデッドが現れてたってことか」
「でも、捕まって正体が分かったならとりあえずこれ以上の失踪者は……」
 口々に意見を言い合う生徒たち。が、愛美は依然下を向いたままだ。ともすると、涙を堪えているようにも見える。
「どうした、愛美さん!」
 政敏が近寄ると、愛美は目に涙を溜めていた。彼女が涙声で言う。
「な、なんだか失踪事件が起きた場所にいっぱいアンデッドが現れて……も……もし、さらわれた人が私みたいになって、段々アンデッドになっちゃうなら、私もこのまま肌が荒み続けたら……!」
 言い終えると、愛美は堰を切ったように泣き出した。
 目の前でアンデッドを見てしまったこと、そして各地でアンデッドと出くわした報告が上がったこと。それらが失踪事件に関わった場所で起こっていること。それらが、愛美の不安を掻き立て、自分の最悪な未来を想像させてしまった。
「じゃあ、その肌の荒れはアンデッド化の前触れ……? そんな、そんなことは……!」
 あるわけがない。そう言いたかった生徒たちはしかし、言い切ることが出来なかった。万が一そうだった場合、ただの慰めが彼女をどれだけ傷つけるかを彼らは理解していたからだ。
 そんな中、政敏が愛美の涙を止めるべく声をかける。
「なあ、誰かにどう思われるかって不安自体は、弱さかもしれない。でも、そこから踏み出すのは強さだ。ただ、紛らわせるために必死になるのは弱さだろうけどな」
 それは、慰めとは少し違う、あくまで前を向いた言葉。政敏は拳をすっと愛美の前に差し出した。
「踏み出す強さがあるなら、そんな想像通りにはならないだから……」
 そして力強く、彼は言う。
「取り戻そうぜ、愛美さん。ぶん殴ってでも」
 その言葉に、周りの生徒も士気を高める。ひとりじゃない。彼らがそう言われている気がして、愛美は涙を拭いた。それは、イメージを否定することを決意した表れでもあった。
「みんな、本当にありがとう」
 愛美はそのまま、幽霊船で起きた詳細を話し始めた。
「あの夜、アンデッドの群れから必死に逃げていたら、フードをかぶったタガザって人とよく似た女の人に船の上で会ったの」
 もちろんフードをかぶってて、暗かったから見間違えかもしれないけど、と言ってさらに愛美は話し続けた。
「そして、その人が持っていた杖でお腹を突かれて、肌が綺麗だとかなんかそんなことを言われて……」
「それで?」
 話の続きを促す千歳。が、愛美が語れるのはここまでだった。
「ごめん、後はもう、石になった状態で浜辺に捨てられてて……」
「やっぱり、タガザさんがその魔女で、何かの術を使って生気を吸い取ったんじゃないかなあ……」
 愛美と会う前に描いた推理を、改めて口にしたのは未沙だった。
 失踪事件に絡むアンデッド。幽霊船にいたタガザに似た女性。そして幽霊船にはびこっていたアンデッド。さらにタガザの周りでも起こっている失踪の噂。
 掴めそうで掴めない真実に、彼らはモヤモヤした気持ちを抱かずにはいられなかった。
 が、何気なく千歳が言った一言が、そこに新たな視点を生み出させる。
「ところで、その船にいた魔女はどうして愛美さんを石化したまま放置したのだろうな」
 さっき浮かんだ疑問をそのまま口にしただけだったが、そこに愛美の言葉が付け加えられたことで生徒たちは今までなかった推論を導き出した。
「もしかして、船にいた魔女がアンデッドを作り出す条件が、最初に石化させること……ってのはないかな」
「石化させて時間を止めることで、細胞を死滅させてく、って感じか?」
「だとしたら、愛美は早めに石化を治したからアンデッド化しないで済んだ……?」
「じゃあ、肌の劣化はその名残り? それともそれとはまた別の……?」
 次々と、新たな推論が飛び交い出す。
 真実はまだ掴めない。しかし、彼らの指先がなにかに触れたのは確かだった。