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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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chapter.11 蒼空学園防衛戦(4)・後退と交代 


 校門付近、校庭、裏門、そして校内。
 蒼空学園は、至る所が戦場と化していた。現時点での戦闘可能アンデッドは半分である残り250体をきっていたものの、応戦する生徒たちの限界は確実に近づきつつあった。主に迎撃しているのは10名、20名程なのだから、それも当然だろう。校内まで侵入する敵はまださほど多くなく、校内警備の生徒もいるお陰か被害はほとんど出ていなかったが、やはり外から荒そうとする敵の勢いが、容易には止められずにいた。
 カガチや陣、一輝らが途中から加勢に加わったが、彼らとて人である以上、疲弊し体力を消耗していくのは必然である。半分を減らしたとはいえ、それは「まだ半分も残っている」と取ることも出来る。生徒たちの頭を一瞬、考えたくない結末がよぎった。その時、生徒たちが築いたバリケードの中から、白波 理沙(しらなみ・りさ)と3人のパートナー、白波 舞(しらなみ・まい)カイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)、そして龍堂 悠里(りゅうどう・ゆうり)が前線に進み出た。彼女たちとほぼ同じタイミングで、学園裏門側に水上 光(みなかみ・ひかる)も現れる。
 敵の数が圧倒的に多いため味方が途中へ疲弊するであろうことを考慮し、体力やスキルを温存していた者たちだ。
「数だけいたって無駄よ! 私たちの連携が伊達じゃないってこと、証明してあげる!」
 そう言うと、理沙は、カイルと共に混戦地帯となった校庭のど真ん中へ飛び込み、持っていた剣で周囲のアンデッドを薙ぎ払っていった。
「その通りだ。どんなに敵が多かろうと、俺も仲間を守り抜いてみせる」
 理沙に併せるように剣を振るい、理沙の背後を守るように位置取ってカイルが言う。理沙が多少ペース配分を考えながら動いているのに対し、カイルはいつガス欠を起こしてもおかしくない、という程全力で体を動かしていた。
「カイル、いつになく張り切ってるわね」
 背中越しに、理沙の声が聞こえた。カイルは表情も、声のトーンも変えずに答える。
「俺に出来るのは、大切な仲間たちのために全力を出すことくらいだからな」
 その表情とは裏腹に、カイルは強く周りの者たちのことを思っていた。それを証明するように、彼の剣は鋭い勢いで敵を切り裂いていく。しかし、数十体を斬り伏せたあたりから徐々にペースが落ちてくる。あまりに短時間でフルパワーを放出したため、消耗の度合いが通常の何倍にもなって彼を襲ったのだ。それを素早く察した悠里が、入れ替わるように前線へと飛び出す。
「よし、カイル、交代だ!」
 体力を戻すことも戦い。それを知っているカイルは、大人しく悠里の指示を受け、後方へと下がる。ふたりがスイッチする隙を突かれないよう、舞がやや離れたところから銃を放ち交代の間を作り出す。
「カイル、悠里、今よ!」
 舞のお陰で無事前衛と後衛を入れ替えることに成功した悠里は、ダッシュした勢いそのままに、正面にいた敵を蹴り飛ばす。
「この場所は、オレたちで守るぜっ!」
 後方で回復を待つカイルの分まで倒そうという程の力強さで、悠里は次々と自分たちを取り囲む敵を殴り倒していく。その背後では、依然として理沙がアンデッドの腐肉を斬り散らしていた。
「理沙、みんな、頑張って……!」
 前線で理沙たちが奮闘する中、舞はカイルの他にも戦いの中で疲弊し、傷を負った仲間たちを回復させるべくヒールをかけ、その怪我を治癒していた。そしてそれは、一輝のパートナーであるコレットが絶えず続けていたことでもあった。
「また怪我してる人が来ちゃったよ! 早く治さないと!」
 舞とコレットがいる地点は、最も戦いが激化している校庭からはやや離れた、校内への出入り口付近である。アンデッドがここまで押し寄せてきていないとはいえ、戦場の一部である以上危険な場所であることに変わりはない。それでもコレット、そして舞が医療班としてここに残り続けることを選んだのは、単純に契約者から指示を受けたからだけではないだろう。彼女たちも、この場所を守りたいと思っていたからに違いない。
 しかし、そんな彼女たちにもついにアンデッドが襲いかかる。
 混戦模様となっている戦地、その中で生徒たちが戦っている場所はいわば大挙し攻め込まれるのを防ぐための防衛ラインでもある。しかし数が限られている以上、その網にはほつれが生じるのも自明の理だろう。そうして生徒たちが打ち漏らしたアンデッドの数匹が、校内出入り口へと到達してしまった。舞とコレットだけで怪我人を庇いながら戦うことは、とても困難に思えた。そこに、危機一髪駆けつけ窮地を救ったのは、海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)だった。
「おっ……と」
 二体のアンデッドが同時に放った、舞とコレットへの爪撃を海豹仮面がソードブレイカーとシールドで防ぐ。
「危ないところでしたなあ」
 やや上方からかかる圧力を押し返し、海豹仮面はぐい、とアンデッドたちと間合いを取った。攻撃が防がれたことにも屈せず、いや、そもそも意思がはっきりとあるのかさえ不明なその腐肉の塊が、海豹仮面に向かって再度襲いかかる。
「これは、村の宣伝をしている場合ではなさそうですな……」
 事あるごとに自分の村の宣伝をしていた彼は、溜め息と共にソードブレイカーを構え直した。守りから、攻めへの構えへと。
「まあ、事が済んで被害が少なかったら、その時改めて宣伝しましょうかねえ」
 呑気な口ぶりとは反対に、海豹仮面は素早く敵の伸ばした腕をかいくぐり、その手にした短剣で懐を斬りつけた。どろり、と膿みのような液体が流れ出る。短剣に付着したそれを払い、彼はそのまま横方向に数歩移動するともう一体の脇腹を突き刺した。その感触は嫌悪感すら抱かせるようなものであったが、海豹仮面はすぐ後ろにいる、守られるべき立ち位置の者を守るため迎撃に徹した。
 彼の迅速な応戦のお陰で、舞とコレットは無事難を逃れ、ひいては怪我人が引き続き治療を受けることが可能となる。海豹仮面は地面に倒れた二体のアンデッドに目を向けた。運良く一撃で仕留めることが出来たのか、起き上がる気配はない。
「これ以上、ここまで入り込まれなければ良いですな」
 依然土埃を上げたままの校庭に目を移して、ぽつりと呟く。その視界に映らない場所ですら、戦いの渦は膨れ上がっていた。



 理沙たちと同時に飛び出した光は、裏門側へ移動し、一輝のパートナー、ローザとユリウスを手伝っていた。光が到着したお陰で、前線で戦い通しだったふたりは一旦医療班の元へ向かい、舞とコレットの治療を受けることが出来ていた。当然その負荷は光にかかるが、それでも光は挫ける素振りすら見せない。
「さぁ来い……お前たちの相手はボクがしてやる!」
 持っていたグレートソードを手に、光はむしろ自分を鼓舞させるが如く言い放った。その言葉に従うかのように、アンデッドが門を抜け光に襲いかかろうとする。それを一体一体、腕力だけで放たれた剣撃で叩き伏せていく光だったが、ぞろぞろと引っ切りなしにアンデッドはやってくる。
「くっ、きりがないよ……でも、ここでボクが諦めたら……!」
 持久戦を覚悟し、スキルを極力使用しないようにしていた光だったが、今の状況でこの戦い方では長く持たないことを感じていた。
 回復が終われば、さっきまでこの場所で戦っていたふたりも戻ってくるはず。
 そう信じた光は、いざという時のために温存していたスキルを、ここで発動させた。あえて斬撃までの間をため、眼前の敵をギリギリまで引きつける。
「ここから先には……一歩も行かせないぞ!」
 距離が限りなく縮まったところで、光は溜めに溜めた力で武器に剣圧をまとわせ、その波動で複数のアンデッドを引き裂いた。ツインスラッシュによる閃光である。
 これにより裏門から押し寄せていた敵の先頭グループは、瞬く間に戦闘不能に陥った。しかし、後続組のアンデッドが再び迫ってきたことで、光はもう一度技を繰り出さざるを得なくなった。スキルの使用回数に限りがある以上、乱発は避けたいが、それでも光はツインスラッシュを放ち続ける。今この場所を守れるのが自分だけなら、黙って見過ごすわけにはいかないからだ。
 何度目かの技を光が打ち出した時、回復を終えたローザとユリウスが戻ってきた。
「よく持ちこたえたのですわ」
「再び交代だ。一旦後方で戦う力を戻すのだ」
 ふたりの声と姿に、光は安堵した。が、後ろに下がることはしなかった。
「ボクは、何があってもここを守るよ!」
 それを聞いたローザとユリウスは、少しだけ顔を緩ませた後、敵の方に向き直った。裏門側に回ったアンデッドの数は、正門や校庭側より多くない。終わりの見えてきた戦いに、3人は今まで以上に闘志を滾らせた。

 裏門だけでなく、正門と校庭を襲っていたアンデッドらも、徐々にではあるが確実にその数を減らしていた。医療班による回復、戦う者たちの予想以上の奮闘により、防衛が現実味を帯びてきたのだ。
 しかし、気を緩めることが許される状況にないことも、また事実であった。規模が縮小し始めたアンデッドの群れ、その中に異質な存在が混じっているのを、防衛していた生徒が発見した。
 数多のアンデッドに紛れ、蒼空学園を蹂躙せんと侵入を始めていたのは、人と獣を交えたような体躯に、蛇を纏わせた怪物――メデューサであった。
「アンデッドの中に、なんであんなヤツが!?」
 戦いながら、誰かが声を上げる。その敵は、体長5メートルほどの強大さも兼ね備えていた。そのためどの位置からもメデューサの位置を確認できたのか、次々と生徒がその姿を認識していく。周りにいた残りのアンデッドたちと共に襲いかかってくるメデューサだったが、この期に及んで逃げ出す生徒はひとりもいなかった。それぞれが自分の武器を手に、最後の山を越えようと、体を奮い立たせた。
 現時点での戦闘可能アンデッド、残り120体。