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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

リアクション


chapter.13 cnps 


「……外が、静かになったな」
 校長室。
 涼司は、校外の様子を気にかけながらも、改ざんされたパスワードの解析に四苦八苦していた。ウイルスによる被害は凶司や真人のお陰でどうにか食い止めていたが、このままではジリ貧なのは目に見えていた。
 闇雲にパスワードを入力し続けても正解に辿り着けないだろうと、涼司はタウンをいじった張本人を突き止め、そこから答えを導き出そうとしていた。それは、真人の助言を受けて選んだ解決策だった。
「このサイトのパスワードを改ざんし、なおかつウイルスまで送り込んだ犯人……」
 涼司がパソコンを睨んでいた時、新着メールが届いた。それは、タウン内で書き込まれた抗争の噂について調べていたセルマからのものだった。涼司がメールを見ると、そこにはセルマが調査した末に出たある結論が書かれていた。
「こないだ書かれた抗争の書き込みが、ログごと消えてしまったみたい。もしかすると、タウンをいじくっているのは、普通ではない、相応の力を持った人の仕業かも」
 文面を読んだ涼司が、ぽつりと呟く。
「相応の……力?」
 さらに彼は、受信ボックスにもう一通のメールが届いていることに気付いた。それは、セルマと同じくセンピースタウン内で調べごとをしていた、裏椿 理王(うらつばき・りおう)からのものだった。そこに書かれていたのは、これまで理王が調べ続けた、多くの情報だった。

 彼、裏椿理王は、パートナーの桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)と共に、ここ数日の間、否、事件が始まり出した時から、長い時間をタウン内で過ごしてきた。それは、今も変わりない。
 タウン内にあるネットカフェ。
 ここに、理王と屍鬼乃のアバターはあった。理王がつくったアバターは幼い外見に褐色の肌と黒髪をまとい、さながらパルメーラのような姿だった。おまけに、彼はタウン内で「パルパル」とまで名乗っていた。一見悪ふざけをしているように見える彼だが、ひたすらタウンを探り続けた報酬か、これまでに4つの気になる話を入手している。
 まず、センピースタウンの由来には様々な説があったこと。そして、件の書き込みに関して、大学にアクセスポイントが見つかったこと。これらが、この数日間で得た情報である。さらに今日に入り、タウン内で理王は残るふたつを手に入れた。タガザが大学で講演会を開くということ。最後は、アクリトのパートナーの姿が最近見えないということ。
「共通するキーワードがあるとしたら……空京大学、ってくらいだな」
 タウンの由来、そこには3つの説があった。ひとつは千のピースからなるセンピースタウンという説、ひとつは細胞内の、興奮を伝える部位シナプスから来ているという説。もうひとつが、大学に入れなかった何名かが母体となったというところから来た、キャンパスという説。つまり、理王が手に入れた4つの話すべてに大学が絡んでいるということだ。
「そんなこと言って、しかもそんなアバターまでつくって、もしも空大がなーんにも関係なかったら、理王、入学拒否されないかなあ」
 屍鬼乃が茶化すように言う。さらに屍鬼乃は続けた。
「そういえば理王、元々タウン自体に興味を持っていたよね。もしかして、運営側に入りたいと思ってる?」
「コミュニティータウンの運営に参加する必要はない。面倒くさい。時々データ収集をこことか蒼学施設内でさせてもらえたらそれでいい」
 そっけなく屍鬼乃の問いに答える理王。それよりも彼には、まとめたいデータがあった。それはおそらく自身の好奇心を満たすため。それを涼司に渡した彼に学園を守りたいという気持ちがあったのかどうかは、分からない。
「とりあえず、このくらい送っておこうかな。ここからどう判断するかは、山葉に任せるとして」
 自身が得た情報をすべてを箇条書きにし、理王はメールを送信した。
「あ、一応由来の候補、全部送ったんだ。これ、個人的にはシナプスって説が好きだけどな」
「何がパスワードを選び出す情報になるか分からないしね。屍鬼乃の好みはどうでもいいけど」
 送信メールを見た屍鬼乃と理王が、そんな会話をしつつタウンからログアウトした。
 今から十数分前、涼司がセルマのメールを読んでいた時の出来事である。



「随分たくさん調べてくれたヤツがいたんだな」
 メールを読み終え、涼司が言った。そこから彼は、自分の知らなかった情報だけを抜き出していく。と言っても、タガザが講演会を行うということ以外は、まったく涼司が知らなかったことばかりである。
「大学にアクセスポイントがあって、パルメーラの姿が最近見えない……か、まさかパルメーラが犯人なんてことはないと思うが、念のため入力してみるか」
 言うと、涼司はパスワード入力欄に彼女の名前である「palmera」を打ち込む。が、赤い文字でパスワードの相違を告げる文章が表示されただけだった。スペルミスかもしれないと何パターンか入れてみても、結果は変わらない。
 次に涼司が目をつけたのが、タウンの由来が書かれた文面だった。
「千ピースにシナプス、キャンパスか……これもひとつひとつ片っ端から入れてくしかねぇな」
 涼司がその中で最初に入力したのは、最も雰囲気が近い「シナプス」だった。しかし、ここで真人が疑問を口にする。
「シナプスのスペルは、synapseのはずです。頭文字を抜き出して由来にしているなら、cnpsではなくsnpsとなるのでは?」
「……てことは、シナプスって線は消えるのか」
 次に涼司が入れようとしたのは、関連性が特に高そうな「キャンパス」であった。が、それも凶司が異論を唱える。
「その理論でいくと、キャンパスもスペルはcampasですね。cmpsになってしまいますよ、涼司さん」
「けどよ、残った千ピースなんて、英数字しか入らないパスワード入力画面にどうやって入れるんだよ」
 結局、由来とパスワードは何の関係もなかったのでは。その場にいた生徒たちが一様に結論付けようとした。しかしその時、涼司は先程真人が言っていた言葉を思い出す。
 ――誰が改ざんしたのかは分かりませんが、恐らくそれを登録した人物が憶えやすい言葉や数字ではないでしょうか?
「憶えやすい言葉や、数字……」
 涼司の脳内で、真人の助言やセルマ、理王らの情報が一気に膨れ上がる。それらはまるでルービックキューブのように、カシャカシャと音を立てながら形を整えていった。
 登録した人物。センピースタウン。相応の力を持った者の介入。由来。頭文字。姿が見えないパルメーラ。大学からのアクセスポイント。大学側には起こらないバグ。ウイルス。cnps。
「もしかして、パスワードは……!」
 涼司は、十本の指をキーボードに配し、その文字列を入力していった。一文字一文字、間違えないように。その指は、微かに震えているようにも見える。涼司が打ち込んだパスワード。それが入力欄に出た時、思わずそこにいた誰もが、自然とその単語を口にしていた。
「canopus……?」
 涼司がエンターキーを押す。すると画面には、今まで何度も見たエラーの文字ではなく、タウンの管理画面が表示された。
「山葉くん、なぜ答えが?」
 真人が不思議そうに問いかける。涼司は、口にするのを少し躊躇いながらも、理由を告げた。
「カノープス……アガスティアの別称だ」
 その答えを聞き、生徒たちは涼司の表情の意味を知る。登録した人物が憶えやすい言葉、それがアガスティアであったということは、あるひとつの事実を示していたからだ。
 涼司はそれを素直に受け入れることを拒もうとしたが、数ある情報が皮肉にもその事実を後押ししていた。
 大学で見つかったアクセスポイント。相応の力を持った者がタウンに介入していること。パルメーラの姿が見えないこと。蒼空学園でばかり問題が起き、空京大学では問題が起こっていないこと。そして、大学の学長アクリトのパートナーのフルネームが、「パルメーラ・アガスティア」であること。
「アクリト……お前は……」
 涼司は無念とも後悔とも、怒りとも悲しみともつかないこの感情をどこに追いやって良いか分からなかった。パスワードを入れた時に震えていた指のわけを知ってしまった生徒たちも、言葉をかけられない。
 信じていた。衝突をしながらも、信じていた。
 環菜が戻ってくるまで、ふたつの学校で力を貸しあえると。会談の時に交わした握手が、嘘ではないと。アクリトが、蒼空学園を思っていた気持ちは本当だったと。
 椅子をひき、涼司がゆっくりと立ち上がった。その雰囲気は、彼の暴走を予感させていた。
「山葉君……!」
 涼司の後ろにいた終夏が、慌てて止めようとする。が、彼女より先に涼司の動きを抑えたのは閃崎 静麻(せんざき・しずま)だった。
「とりあえず、座ったらどうだ?」
 静麻は強引に腕に力を込め、座り直させる。何かを言おうとした涼司に、静麻が言った。
「確かに、ウイルスを仕込んだ大元は空京大学のパソコンからかもしれない。ただ、それがアクリトとは限らないだろ?」
「これだけ証拠が揃ってるんだ。間違いない」
「逆に怪しいんじゃないか、ってことだ。cnps-townを改ざんしたパスワードがcanopusで、アクリトが自分のパートナーの名に設定した? あれだけ聡明な学者が、そんな自分だとバレるような単語にするのか」
 静麻の反論を聞いているうちに涼司は少し話を聞く気になったのか、その続きを待った。静麻は自身の考えを述べていく。
「空大も、被害者だって線は考えられないか? たとえば外部から直接空大のパソコンに別種のウイルスを仕込んで、それが作動したせいでパソコンの持ち主の意思とは関係なく、勝手にパスワードの偽造などがされたってことも有り得なくはないだろ」
 静麻はそう説きつつも、その理論もまたおかしいものであることに自分自身気付いていた。
 アクリトが真に聡明ならば、そのような罠にかかること自体が異常だからだ。それに、何を言ったところで、これまでの背景や数々の証拠が示していた。涼司がアクリトに敵意を向ける理由と根拠が充分に足りているということを。
 ならばせめて……と静麻は、自分が動くことを選んだ。
「なあ山葉。校長は校長らしく、デンと構えてくれ。事態の究明には、俺が動く」
 それは、あの抗争の書き込みを思い浮かべた彼が、涼司のためを思って言った言葉だった。ここで涼司が動けば、噂で終わりかけていたことが現実になってしまう。それを回避する一番の策は、涼司ではなく自分が積極的に究明へと乗り出すことではないかと静麻は考えた。仮にその結果、事実を捏造し、罪に問われることになったとしても、である。
「山葉はここでまだやることがあるだろ。せっかく管理画面に入ったんだ。タウンを元にするのが優先じゃないのか?」
 その一言で、涼司はバッとモニターに向き直った。そうだ、タウンのシステムを落とさなければならない。涼司がキーを打ち出した時、静麻の姿はもう消えていた。
「蒼空学園のデータに該当するのは、この部分か……いや、念のためタウン自体を一旦閉じた方がいいか」
 素早く管理画面を操作し、タウンへのアクセス自体を不可にした涼司は、キーから手を離し一息吐く。
「これでとりあえずシステムはダウンさせたから、これ以上のデータ流出はないはずだ」
 作業に集中せざるを得ないという状況が、幸運にも失われていた冷静さを取り戻させたのだろうか。涼司はディスプレイを凝視していた目を一旦閉じると、目に疲労が溜まったのか眼鏡をこと、と机の上に置き、窓までゆっくりと歩いていく。彼は遠くの方を見つめると、複雑な心の中を吐き出すように、言葉を口にした。
「アクリト……一体お前は、何を……」
 気付けば雨は止んでいた。