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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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chapter.6 安全策 


 お昼を過ぎた頃。蒼空学園で生徒たちが攻勢を凌いでいる一方で、大学の御神楽講堂ではタガザの講演会が間もなく始まろうとしていた。
 講堂の座席は満席で、たくさんの生徒たちのがやつく声があちこちから聞こえてくる。
 そんな中、講演会を――もしくは講演する本人を警戒してか、講堂の警備を志願した生徒が何名かいた。緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)も、その中のひとりである。彼はパートナーの紫桜 瑠璃(しざくら・るり)と共に、講堂の外、講堂がある棟に隣接している棟の一室で見張りをしていた。遠くから双眼鏡で講堂内の様子を窺っていた遙遠は、顔からそれを離すと隣にいる瑠璃に告げた。
「今のところ異常はないようですね」
「兄様、かんしさぎょーってつまらないの」
 じっとしていることに飽きてきてしまったのか、瑠璃は少しだけ頬を膨らませて答える。そんな瑠璃を、遙遠は冷静になだめた。
「瑠璃、我慢ですよ。どうもあのタガザさんという方は、なにかありそうですからね。現場にいるのが危険な以上、こうして監視するのがベストです」
「うー、わかったの。兄様と一緒だから我慢するの」
「良い子ですね」
 遙遠がそっと瑠璃の頭に手を置いた。喜ぶ顔を見せる瑠璃だったが、その体は幼い外見にとってあまりに不釣り合いな武器を抱えていた。彼女の武器、それは自分の体の半分ほども大きさがあるロケットランチャーであった。
「兄さまが良いって言ったら、ドーンしていいんだよね?」
「はい、瑠璃にしか出来ない仕事ですから、頼みましたよ」
 ふたりの会話からも推測できるように、遙遠は瑠璃に指示を出していた。会場に何か異常があれば、すぐに弾を放ち、突入する心積もりだ。
「うん、頑張るの!」
 その期待に応えようと、瑠璃は力強く頷いた。遙遠はその様子を見て安心したのか、再び監視作業へと戻る。何事も起こらなければ、もちろんそれに越したことはない。双眼鏡を覗きながら、遙遠はそう思っていた。同時に、もしその平穏を乱すような者がいれば、容赦はしないということも。
 レンズから見える景色に、まだ変わった点は見えてこない。

 その講堂内では、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が講壇の両脇に設置されたスピーカーを念入りにチェックしていた。生徒たちとは別個にアクリトによって配置された警備員が近くにはおり、壇上と座席の間には透明な分厚い仕切り板が用意されており、一見したところトラブル対策は万全に思える。しかし、正悟にはまだ不安が残っていた。
 それは、言わずもがなこれから講演を行うタガザのことである。
 周りの様々な生徒から情報を得て、彼はタガザが以前発生した幽霊船の事件に絡んでいるのではないかと予想していた。そればかりでなく、タガザが事件の関係者、最悪黒幕であった場合、今回の講演会で何かをしでかすかもしれない、とも。
「今回の講演で、スクリーンに映像を映したりということは?」
 近くにいた警備員に、正悟が尋ねる。彼の服装からロイヤルガードだと警備員も理解したのか、特に怪しむ様子もなくその問いに答えた。
「いえ、そのような話は回ってきていません」
「そうか……」
 もし映像データがあれば、その映像に何か仕掛けられていないか調査をするつもりだったのだろう。正悟は思っていた答えを返さなかった警備員に短く返事をすると、再びスピーカー付近へと戻った。先程もスピーカーの点検をしていた彼は、講演会に裏があるならどうにか事前に暴きたいと思っていたのだ。
「もし、もしもタガザがここで行おうとしているのが講演会ではなく、何らかの『儀式』だとしたら……」
 ぽつりと正悟が呟く。それは、彼なりに導いた推理だった。
 異様な若々しさを見せるタガザ。そして彼女の周りでは若い女性が失踪したり何らかの事件に巻き込まれているという噂が立っている。そこから推測される答えを、彼は口にした。
「映像や音声、あるいは別の何か……それらを組み合わせることで、儀式のようなものの条件を満たしている危険性がある」
 もちろん、それが正しい予想かどうかという確証も何もない。儀式が行われるのかも分からない。ただ、多くの生徒が集まるこの会場で、その生徒たちの若さを奪う――そういったことも考えられるのでは、と正悟は思う。
「講演を中止できなかった以上、少しでも対策を取っておかないと」
 正悟はここに来る前、アクリトの元を訪れ講演会の中止、もしくは延期を願い出ていたが「講演会の中止はない」と一蹴されていた。正悟も簡単に譲りはしなかったが、アクリトに諭されこうして半ば強行策に近い形を取っていたのだ。
「腐っても俺だってロイヤルガードだ。人の命が懸かっているかもしれない状況で手段は選んでられない」
 ちら、と周りを確認し、自分に視線が向いていないことを確認すると、正悟はスピーカーをチェックする振りをして、僅かな細工をしかけた。
「これで、もし音を使って何かしようとしても、止められるはず……」
 正悟はそのまま、立ち見客すらいる生徒たちの群れの中へと紛れていった。

 何十と並んだ座席に座っている生徒たち、その中には彼と同じように警戒を強めている者がいた。講堂の前列隅の方に席を取り、考えを巡らせていたのは橘 恭司(たちばな・きょうじ)だった。
「タガザが何者なのか、憶測が飛び交っていてまだ真相が掴めないな……」
 これまで集めた情報を元に、恭司はタガザの本当の姿が何なのか、あらゆる候補を頭の中に挙げていた。
 果たしてその正体は吸血鬼なのか、魔女なのか。はたまた、アクリトのパートナー、パルメーラと何か、関係があるのか。
「こういったことは本人に聞くのが一番早いが……まぁ、はぐらかされるだろうな」
 直接の接触を早々に断念した恭司は、せめて何かが起きた時、いつでも飛び出していけるよう会場の中で動きやすいこの位置に陣取っていた。
 もしも。彼女が魔女やそれに類似した種族の場合。
「歌を呪詛に見立てる、という可能性もあるか」
 正悟同様、恭司もまた、音による儀式または呪術を恐れていた。恭司はスピーカーの方に目を向ける。先程正悟が細工をした、そのスピーカーである。
「万が一の時は、アレを止めるしかないな」
 恭司は自分の足に力が入っていくのを感じた。それは、もちろん恐怖による緊張などではない。すぐに動けるよう、力を溜めている証拠である。
 正悟や恭司らが警備に注意を払う中、開始の時間は刻々と迫っていた。



 学長室でパソコンを操作していたアクリトは、顔を上げ、部屋にかけてある時計に目をやった。時刻は午後の1時半を指している。
「そろそろ講演会の時間だな」
 ふう、と一息吐き、アクリトが立ち上がる。どうやら講演会の方へと一時その身を移動させるようだ。ゆっくりとドアを開けると、その向こうには訪問者が待ち構えていた。廊下へと出たアクリトは、その生徒に声をかける。
「どうした? 何か用かね」
「はい、アクリト学長の護衛をさせていただこうと」
 そう答えたのは、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)であった。彼の後ろには、3人のパートナー、シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)アレス・フォート(あれす・ふぉーと)、そして龍 大地(りゅう・だいち)も控えている。
「護衛か。もう既に何名かの生徒がついてはいるが」
 アクリトが後ろを見て言う。そこには早くから護衛についていたラルクや司の姿があった。
「大学と蒼空学園の和解を望んでいない人もまだいる可能性がある以上、アクリト学長を講演会中に襲撃する輩がいないとは言い切れません。護衛の人手は多い方が良いでしょう」
「確かにあらゆる事態を想定することは賢明なことだ」
 リュースの言葉にアクリトは頷き、直接的な言葉ではないが護衛を許可する。
「では、これから講堂へと向かう」
 周りにいた護衛の生徒たちに告げ、廊下を進み出そうとするアクリト。しかしそれを、リュースが呼び止めた。
「待ってください。その前に、疑問がひとつあります。答えてもらえますか?」
「……出来れば手短にしてもらいたいがな」
 振り返り、アクリトが言う。リュースはそれを聞き、質問へと移った。
「パルメーラさんが、現在どこにいるか把握してますか?」
「パルメーラが?」
 リュースの質問が何を意図しているのか判断に迷ったのか、アクリトは一度聞き返す。恐らく、リュースの真意は護衛よりもこちらにあったのかもしれない。浮かんだ疑問を解消するという、その点に。
「……今、彼女はこの学内にはいない」
「いない? パートナーにも関わらず、ですか?」
 少し問いつめるような口調になるリュース。そこに、リュースよりさらに落ち着いたトーンで、アレスが問いかけた。
「ここにいないとしても、行き先を告げずにあなたと長期的に離れるわけはないと思います。仮に、行き先を告げなかったとしたら、告げることの出来ない場所にいると考えるのが普通です」
「もしかしたら、パルメーラさんが学内にいらっしゃらない理由を学長は知っていて、それに対して何か悩みを持っていたりはしませんか?」
 アレスの言葉に呼応するように、シーナが質問を付け加える。アクリトは一通り彼らの言葉を受け入れた後、ふう、と息をひとつ吐いて答えた。
「私は常にパートナーと共に行動しているわけではない。私も彼女も、忙しいのだからな。そこにそれ以上の理由が必要かね? それと、行き先については当然把握している」
「その行き先とは?」
「今君たちにそれを言うことも、必要とは思えないな」
 アクリトの、明言を避けるような態度に痺れを切らしたのは、これまで黙っていた大地だった。
「必要ない? ああ、必要はないけどさ、話さない理由もないよね? ただ所在を聞いているだけなんだからさ」
 大地は、知らないとは言わせない、と食ってかかりそうな勢いである。アクリトがそんな有耶無耶にするわけがない、と思っているのだろう。
「答えられない場所にいるって自分で言ったようなもんだよ、アクリト学長。とことん聞かせてもらおうかな」
 ずい、と大地が一歩進み出る。アクリトはさらにもうひとつ、大きく息を吐いた。
「パルメーラは、今ナラカにいる。これで満足かね」
 リュースや彼のパートナーたちが、その言葉を聞きアクリトを見据える。その瞳は、嘘や適当を言っているようには到底思えない。
「ナラカに? それはまた、どうして……」
「君たち生徒の一部も、御神楽前校長に会うためナラカへ行っているのだろう? それと大差ない」
 環菜に会うため、パルメーラはナラカに行っている。初めて与えられたその情報を、リュースたちはどうにか吸収しようと脳をフルに働かせた。その結果、リュースはまた新たな疑問を生じさせた。
「今、御神楽さんの名前を聞いてふと思ったんですが、そういえば学長は類まれな演算能力をお持ちですよね。その力をもってしても、あの暗殺は予見できなかったということですか?」
「私は数学者であって、予知能力者ではない」
「……そうですか。なら、数学者として、御神楽さんを連れ戻せる成功率はどのくらいと見てますか? 根拠と共にご教授いただきたいのですが」
 リュースの言葉は、ともすればパルメーラを不審に思っているように取れなくもない。しかし、リュースが抱いている意志は、あくまであらゆる可能性を排除しておきたいというものだった。そんなリュースを安心させるには、「御神楽環菜は必ず戻ってくる」ということが正解かもしれない。しかしアクリトは、あくまで自分の理を貫くのだった。
「ナラカからすべてを無事に帰還させるということは、極めて困難なことだ。それが容易に出来るのなら、今頃このシャンバラはナラカから蘇ったもので溢れているだろう」
 学者のジョークか、現実的な推測かは読み取れない。ただアクリトとの会話の中からは、今のところリュースが危惧しているような影は出てこなかった。
「もう良いかね? 時間だ」
 アクリトが再び廊下を踏み出そうとする。その横顔に、シーナが声をかけた。
「学長……人の心はデジタルではありません。もしそれに懸けたいというお気持ちと、ご自分の理がせめぎあっているのなら……すべては、あなた次第ですよ」
 アクリトは一瞬立ち止まったが、その言葉に対し何かを返すことはしなかった。
 ただそこに生まれた僅かな沈黙は、きっとアクリトにとって計算されたものではないだろう。

 その後アクリトが講堂に到着すると、既に講堂では司会によるアナウンスが流れ始めていた。いよいよ、講演会が始まるようだ。アクリトはおもむろに壇上に目をやる。それとほぼ同時に、司会が主役の登場を告げた。
「皆さん、大変長らくお待たせ致しました! ついに、タガザ・ネヴェスタさんが皆さんの前にお見えになります!」
 講堂全体を覆うボリュームで拍手と歓声が鳴る。その喧噪の中、彼女がその姿を現した。