イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第2回/全2回)

リアクション公開中!

【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第2回/全2回)

リアクション



●ベルゼビュート城:地下1階

 『入口の間』を過ぎ、『罪人の間』へと足を踏み入れた真言たちは、その空間に漂う表現しがたいモノ、鼻を突く異臭に顔をしかめる。
「うわっ、いかにも、って感じー。ここにもしアーデルハイト様を閉じ込めてたら、あたし怒っちゃうかも」
 言葉の通り怒ったような表情を浮かべるのぞみを横に、真言が思いに耽る。
 もしアーデルハイト様に会えたら、聞きたいことはたくさんある。
 何故、イルミンスールを出て行ったのか。それはアーデルハイト様ご自身の意志か、それとも大魔王の介入を許したからなのか。
 ……もう、戻ってこないのか。
(これからは、少しはアーデルハイト様が頼れるような存在に成長していかなければと思っているんです。誰かに頼っているばかりではなく、自分や生徒達みんなでイルミンスールを守れるように。失ってはいけない大事なものを、自分の手で守っていけるように)
 もしもアーデルハイトに会えたら、その気持ちを伝えられるだろうか。そう思い立った所で、先頭を進んでいたマーリンが後方に止まれと仕草を見せる。ここまで一行は、何やら複雑に入り組んだ道を、周囲のトラップをかいくぐりながら進んできた。そこでマーリンが止まれと指示したということは、ここから先は様子が変わるということ。
「……敵ですか?」
「……いや、違うな。こっちに明確な殺意はねぇ、言うなら……憎悪だ」
 一行が慎重に足を踏み入れると、その空間は四角状の、牢屋が密集している場所であった。通路の外側にのみ鉄格子と出窓が設けられている。
「ここに、アーデルハイト殿が?」
「いるかどうかは分からないけど、ここは確かに、罪人を閉じ込めておく間だろうね」
 要は刑務所を想像してもらえればいいが、趣が異なるのは通路の外側にのみ外部との接触点が設けられている所(よく見かけられるのは、通路の両側に設けているもの)と、奥への入口が手前側と奥側で互い違いに設けられている点である。これだと罪人が外を見ても、見えるのは壁ばかり。つまり罪人は、閉じ込められている間常に孤独に苛まれることになる。また、入口(壁の切れ目)を互い違いに設けたのは、罪人が脱走しにくくするためではなく、巡回に来る使用人のためである。この造りだと、使用人は一つのルールを守れば、ほぼ一筆書きで全ての部屋を回ることが出来る。
「なんだか、罪を償わせるんじゃなくて、苦しませてるだけみたい」
 そして、ここは結局の所、刑務所ではなく“死刑執行所”であった。魔族の概念として、“罪を償わせて更正させる”というものがないからである。罪を犯した者はその場で殺されるか、さもなくばこのようにして殺されるか、どちらかである。

「…………誰じゃ?」

 そして、一行が一つ一つの牢屋を見て回り、空間の中心へ辿り着いた時、おそらく一行にとっては聞き覚えのある声が、弱々しく響く。
「! アーデルハイト様!?」
 一行が駆け寄り、そして見たものは、かつての十歳前後の姿ではなく、老婆と成り果てたアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)であった――。

●ベルゼビュート城:5階

「まいごのまいごの〜……♪」

 『要職者の間』、四魔将や実力者のための部屋が用意されている階に到達したジークフリート一行の内、来栖は壁に手を触れながら歩いていた。来栖も一応はアーデルハイトの下へ行くつもりでいたが、それ以外にも意図を持っていた。
(……噂に聞くような、負を糧にする存在ならば、こんな緩い事で満足出来ますか?)
 来栖が、心でクリフォトへと呼びかける。壁に手をついていたのはこのためであった。同行するジークフリートは西王母の庇護者、扶桑は契約者を“中”に招き入れたりと、契約者と世界樹の関係が各地で見られる中、もしかしたらクリフォトも……という考えは(そうだとしたら)当然あるだろう。
「……俺だ、どうした? ……なに!? ……そうか、分かった。こちらも直ぐに向かう」
 その時、ジークフリートの下に連絡が入る。周囲の様子を伺い、声を小さくしつつやり取りを交わしたジークフリートが、端末を仕舞って一行を集める。
「地下で、アーデルハイトが見つかったそうだ。俺達も向かおうと思うが――」
『待て、ジーク。……近付いている、こちらに明確な殺意を持った存在が』
 クリームヒルトの警告に、皆が緊張の色を浮かべる。
「チッ、策が暴かれたか? ……もし向こうがこちらの気配を察知していた場合、俺達が地下に向かうのはみすみす敵を呼びこむようなものだな。
 ここはやり過ごすしかないか。……なぶら、向こうと連絡を取り、余裕があれば聞きたいことを聞いておくようにしてくれ」
「分かった。カレン、手伝いを頼む」
 ジークフリートの指示を受け、なぶらとカレンが真言たちと連絡を取り、アーデルハイトから聞き出せたことを記録する準備をする。ジークフリートはメフィストフェレスに、ひとまず身を隠せそうな場所を教えるよう言う。
「う〜ん、私たちが入れるような場所ってあるんですかね〜」
「入れなければこじ開けてでも入るまでだ。急げ、敵は待ってくれないぞ」
 一気に慌ただしくなる中、来栖は一人涼し気な表情だった。
(この殺気……私も皆も本気を出した所で、まぁ、勝てないでしょうね。
 クリフォト、ここで私を見殺しにしますか? きっと後悔しますよ……奴を生かしておけばよかったと、殺すべきではなかったと……)
 クリフォトへの呼び掛けを続ける来栖、しかし、クリフォトは何も発しない。声を発するでもなければ、何か動きを見せるわけでもない。
 まるで、彼らごときの生死など、何とでもないと言わんばかりに――。

「アーデルハイト様、どうか答えて下さい。この状況は、あなたの望んだ事なのでしょうか」
 真言の問いに、皺だらけの顔を向けて、アーデルハイトが答える。
「こうなることを望んではおらんよ。……ただ、イナテミス防衛戦の時、こちらの情報を流し、結果生徒たちを危地に陥れた者がいたことに、私が不信感を抱いたのは確かじゃな。……今思えばそのことが、私を衝動的な行動に駆り立たせたのじゃろうな」
「なぁ、ルシファーとかパイモンとかの関係って、その、本当なのか? 親子だっていう……」
「…………認めたくはないがの。パイモンは私と奴の直接の子。そしてエリザベートは、私と奴の血と力を併せ持った子。
 二人には共通するものがある」

 5000年前、圧倒的なルシファーの力で顕現しようとしていたザナドゥを封じ込める為、アーデルハイトはルシファーの下に嫁ぎ、子を成した。
 その時アーデルハイトは、ルシファーの血と力の一部を自らの身に(ルシファーに気付かれない程度に)蓄えた。そしてザナドゥ封印後、アーデルハイトは地上に降り、そこで後に続くワルプルギス家の子を成した。
 5000年の間ワルプルギス家は断絶することなく続いていた故、アーデルハイトとルシファーの血と力自体は、親から子へ、その孫へと引き継がれてはいた。ただ何の因果か、顕現しなかったのである。それでも片鱗は見せていたので、代々ワルプルギス家は優秀な魔法使い足り得た。
 そして、5000年の時を経て誕生したエリザベートに、アーデルハイトとルシファーの血と力が顕現した、というものであった。

「ザナドゥを封印しなければならない理由とは、なんなのですか?」
「……封印されるのは、彼らに与えられた遥か昔からの“使命”なのじゃよ。地上の民同士が争うことのないようにするためのな」

 しばしば人は、『戦いたくない』と言う。しかしそれは、生物から見れば異端だ。
 生物は、毎日が戦いの連続だ。餌を取る、外敵から自らの身を守る、子孫を残す、これら全てに戦いが必ず関係する。
 勝てば餌を取れ、明日へ命を繋ぎ、子孫を残すことが出来る。そうでなければやがて死ぬ。それが当たり前なのだ。
 勝たなければ死ぬのだ。

 だが人間は、その類稀な知性を以て、その摂理に抗おうとする。そうではないと。
 そうではないと抗い続け、そして行動に移すのだが……その行動が常に正しい行動であるとは限らない。
 同胞同士の戦いも、その一つと言えた。

 長く同胞同士の戦いを続け、心身ともに疲れ切った時の者たちは、この戦いが非常に無意味であることを悟る。
 そして自分たちが、これからも同じような戦いを続けてしまうだろうということにも。

 『戦いが避けられないというのなら、戦うべき価値のある相手を常に用意しておけばよいのではないか』

 そうした考えのもとに生まれたのが、魔族であり、ザナドゥという国である。
 ザナドゥは定期的に地上に侵攻し、その都度地上人に撃退され、地下に帰る。再び力を蓄え、地上に侵攻する。
 絶対的な悪を用意することで、地上人は自らの肥大する正義心を心置きなく振り向けることが出来る。
 そうやって世界は回ってきたのだ。

 ……しかし、気の遠くなるような年月を経て、その循環も変化していったようだ。
 もはや魔族は、絶対的な悪足り得ない。どれほど巨大な悪を用意しても、もう決して地上人は満たされない。
 やっても無駄だと分かると、人はそれをしなくなる。でも人は、何かしないと生きていけない。抗うのが人だから。
 故に人は、今度は分かり合おうとする。どれほど巨大な悪に対しても、分かり合おうとする。
 魔族にとっては迷惑千万である。自分たちは戦うつもりで準備してきたのに、相手が分かり合おうと言い出すのだからたまらない。個々で見れば反応は様々だが、大きく見ればだいたいそんな所であった。

「ザナドゥの顕現が行われると、地上には何が起きるの?」
 その問いに、アーデルハイトは長らく沈黙し、諦めたように口を開く。
「私にも分からんことはある。それについては分からんよ。地上人も、そして奴らすらも、ザナドゥが地上に顕現するなど思っておらんのじゃ。
 ……いや、違うな。思っておった、じゃな。あやつ……ルシファーがいち早く気付きおった、魔族が地上に出たらどうなるのか、とな」
 そこからアーデルハイトの、気の遠くなるような昔の話が始まる。ルシファーはザナドゥの先住民ではなく、ある所から“堕ちてきた”こと。ザナドゥの魔王となったルシファーが、魔族に課せられた“使命”を断ち切らせるため、地上への顕現を目指したこと。そのルシファーを、アーデルハイトとイナンナが封印したこと。アーデルハイトが語った部分を簡単にまとめると、以上のようになる。
「気をつけよ、パイモンを始めとする奴らは、自分たちの“使命”を断ち切ろうとしておる。そのような奴らに対し、話し合いで分かり合おうなどとは思わぬ方がよい。“使命”を全うさせてやることが、最善となる場合もあるのじゃ」
「あたしたちは、仲良くすることは出来ないの? イルミンスールとザナドゥが仲良くなることは出来ないの?」
「…………出来ないとは言わん。個々の単位では仲良くしとる者もおるじゃろ。それはおまえたちにも出来ることじゃ。
 じゃが、範囲が大きくなればなるほど、成すのに時間がかかる。おまえたちが生きている間に解決する問題ではなかろう。
 それでもおまえたちは、分かり合おうとするか? 自らが生きている間に達成されない目標に対して、努力を傾けられるか?」

 強い口調で言い切ったアーデルハイトが、ふぅ、と息を吐いて付け加える。
「どのみち今の戦いは、何らかの決着を見ん限りは収束せん。奴らが地上に興味を失くせば、また話は別なんじゃがな」
 戦う価値がない、関わる価値がなければ、魔族とてわざわざ行動はしない。あるいはそれが最も穏便な解決方法なのかもしれない。ヒーローもので悪側が『戦う意味なくなったので帰ります』と帰って戦いが終結するようなものであるが、もしかしたらそれが一番、穏便な解決方法ではないだろうか。……強烈に後味は悪いだろうが。

「ふむ、ここにいたか」

 突如声が聞こえ、一行がそちらを振り向くと、一人の魔導師と思しき人物が立っていた。
「おまえ……クロウリーか。こんな所にいて、ホーリーアスティンの方はいいのかの?」
 老いてなお顕在なアーデルハイトの嫌味に、クロウリーと呼ばれた男性はふん、と鼻を鳴らして答える。
「あんなものはもはやどうでもよい。……ようやく辿り着いたのだ、“魔”の原典に」
「まだそんなものを追っているのか。止めておけ、人の身では到底背負い切れん。エリザベートのようにな……」
「ふん、戯言だけは達者と見える。だが弱った貴様に何が出来る?」
「……私をただのおいぼれとしか見えぬおまえにこそ、何が出来ると説くがな」
「……何?」

 しばらく二人のやり取りが続いた後、話に取り残された一行を光が包み込む。見ればアーデルハイトが元の姿に返り、片手を一行に向けていた。
「帰って皆に伝えよ、後は任せよ、とな。……撒いた種は、自らの手で刈り取らねばならぬ。
 おまえたちが身を張ってここに来てくれたこと、感謝するぞ。おかげで事を成す気になった」
「貴様……! 偽っていたのか!」
 男性の表情が驚愕に歪み、そして全身が光に包まれる。
「伊達に5000年……いや、それ以上生きておらんわ。……長く生きた故に、過ちも多かったがの。
 じゃが、それも全て精算してくれよう」
「アーデルハイト様、一体何を――」
 問いかけようとした言葉は、それ以上続かなかった。視界一面が光に包まれ、次の瞬間には浮遊感と共に、意識が切り離されていく――。