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リアクション
第二章 遠野大川周辺
「お喜び下さい、徹様、魅夜様。補償金を不正に受給していた村、見つかりましてございます」
「本当!?」
「さすがは《十嬢侍》。よくやってくれました」
主である徹の賞賛に、端正な顔立ちの侍は静かに頭を下げる。
十嬢侍の報告に、水無月 徹(みなづき・とおる)と華月 魅夜(かづき・みや)は色めき立った。
徹たちは「洪水の被害を過剰に報告して、藩からの補償金を不正に受給している村が、遠野地方にある」という噂を調査していた。
魅夜は、そもそも東野公暗殺の犯人を捜査しに来たのだが、徹の巧みな誘導もあって、今ではすっかり調査に夢中になっている。
徹にしてみれば、暗殺について(そもそも本当に暗殺されたのかどうかも含めて)の情報が全く手に入らないための次善の策であったが、実際には徹の予想以上に上手くいっていた。
「それで、ドコの村なの?」
「これをご覧下さい」
十嬢侍は懐から地図を取り出すと、二人の目の前に広げた。
そこには、複数の村に印がついている。
「ここにあるのが、遠野地方を貫いて流れる大川(おおかわ)。この大川沿いの村は、全て補償金の申請をしております」
「それは私たちも、藩の勘定方からの資料で知っています」
「この大川ですが、ここで大きく流れを変え、南に向かっております」
「そうだね」
魅夜が相槌を打つ。
「このカーブの外側、川の北岸なのですが、ここにある村々は、昨年の洪水の時に、あまり大きな被害を受けていないことが分かりました」
「どうして?」
「この北岸は、南岸よりも若干標高が高いのです」
「――つまり、溢れた水は全てカーブの内側に流れ込み、外側には行かなかったと、そういう事ですか」
「はい」
「やったね!なら、この村の村長を問い詰めれば、一件落着だ!」
「……それはどうでしょうか?」
「どうしてよ、徹?」
少しムッとした顔をする魅夜。
「もし村長が被害を水増しして報告したとして、藩の役人がそれに気づかないほど無能とは、ちょっと思えないのですよ」
「……じゃあ、その役人が黒幕ってコト?」
「あるいは、さらに上かもしれませんが――十嬢侍、洪水被害について調査した役人について、何かわかりますか?」
「もちろんです。洪水被害の調査は、藩の直轄地については藩の巡察使が、そして家臣の所領については、家臣が巡察使に代わり、調査することになっています。そしてこの大川沿いの村々は、九能 茂実(くのう・しげざね)様の所領となっています」
「ではこの不正の黒幕は、九能茂実――」
「無論、部下の独断という可能性もありますが」
「なら、その調査にあたった役人を問い詰めよう!いいよね、徹?」
「それは構いませんが、我々がこうして調査をしている事に、向こうも気がつくかも知れません。今後の調査は、くれぐれも慎重に進めないと――いいですね?」
「うん、わかってる」
「私も、微力ながらお手伝いさせて頂きます」
徹と、魅夜と、十嬢侍。
おぼろげながら見えてきた黒幕の影に、皆の士気はいやが上にも高まるのであった。
「すみません、工場長さん。無理言ってしまって」
「いえ、我々としても皆さんに協力していただけるのは、非常に有難いんです。何せ、隣の印田であんなコトが起こってますからね。勿論、ウチは何の問題もありませんが、我々も現地の人たちからみたら、同じ外国人ですからね。一緒くたにされて、襲われるんじゃないかと思って、ヒヤヒヤしてたんですよ」
内心余程不安だったのか、今日の工場長は、とみに饒舌だ。
矢野 佑一(やの・ゆういち)たちは、三益(みます)にある日本企業、東洋縫製の工場を訪れていた。
先日一度視察に訪れたのだが、「隣町の印田での暴動が、万が一にもここに飛び火しては」と、警備に協力しに来たのである。
「念のため、印田での暴動が収まるまでは、僕たちは極力ここにいるようにしますので、ご安心下さい」
「本当ですか!?有難うございます!」
工場長は、佑一の手を両手で握り、何度も何度も頭を下げた。
「まずは、工場の周辺に物陰を作らないことが大切です。侵入者の絶好の隠れ家になりますので。手分けして、工場周辺のヤブを除去しましょう」
佑一が【防衛計画】に基づき、警備担当者に説明する。
「防犯カメラの映像、見せて欲しい……。死角がないか確認したいし、罠を仕掛ける場所も決めたい」
「罠ですか!?」
プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)の言葉に、警備員は目を白黒させている。
可愛らしい外見からはとても想像できないが、プリムラは優秀な【トラッパー】でもある。
「あと、今日から夜の見回りにはボクたちも協力します」
「本当ですか!これは心強い!」
ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)の提案に、安心した顔をする警備員たち。
「では、早速作業に取り掛かりましょう。暗くならない内に、草刈りだけでも終わらせてしまわないと」
「ハイ!」
佑一の号令一下、全員が作業に取り掛かった。
カタカタカタ……。
ミシンの規則正しい音が、静かにこだまする。
日没後の人気の無い工場の一角。そこにだけ光が灯り、人の話し声が聞こえる。
「ミシンって、難しい……」
「でも、動かせると楽しいでしょ?」
「うん……。それに、こんなに単純な機械なのに、すごく奥が深い……」
プリムラが、「ミシンを練習したい」と言い出したのは、警備のチェックが一通り終わり、日が傾きはじめた頃だった。
先日工場を見学した際に、自分と同じくらいの年頃の少女がミシンを使って作業しているのをみて、興味を持ったのだ。
幸い工場長も、「皆の仕事が終わった後なら」と快く許可してくれた。
さらにプリムラにとって嬉しいことに、彼女がミシンを始めるきっかけとなった少女が、ミシンを教えてくれる事になったのである。
「良かったね、プリムラ……。ホラ見て佑一。プリムラったらあんなに笑って……」
「うん。スゴイ楽しそうだ……」
いつもは滅多に感情を表すことのないプリムラだが、今はとても楽しそうにミシンを踏んでいる。
それだけでも、「四州にやって来てよかったな」と、佑一は思う。
「このまま、何もないといいけど……」
「そのためにここに来たんでしょ。ボク、頑張るよ!」
「そうだね」
(この場所は、なんとしても守りぬく――絶対に)
楽しげにさざめき合う少女たちを見ながら、佑一はそう決意するのだった。
「それでは、旦那さんが自殺されたというのは、本当なのですね」
「はい、間違いございません」
目の前の老婆は、短くそう答えた。
氷室 カイ(ひむろ・かい) は、工場用地の地上げに反対して切腹したという神主の、妻だった人物を探し当て、話を聴いていた。
彼女は印田を引き払った後、隣町の三益に住む孫夫婦と同居していた。
孫たちは席を外しており、ここにいるのは彼女とカイ、そして雨宮 渚(あまみや・なぎさ)の三人だけである。
「旦那さんが切腹されたというのは――」
「それも、間違いございません。社の前庭で、腹を切って倒れているあの人を最初に見つけたのは、私でございますから」
「そ、それは――」
渚は絶句した。
渚には、最近カイという婚約者が出来た。
だから、愛する人を失ったという彼女の気持ちも、多少はわかるつもりでいた。
しかし、何十年も連れ添った夫の変わり果てた姿を間近で見、何もする事が出来なかった婦人の、何とも言い様のない悲しみを目の当たりにした時、渚はそれが、とんでもない思い上がりであったと思い知られた。
その後も、カイが神主の自殺した状況について色々と質問していたが、渚はまるで頭に入らなかった。
「地上げにあったっていう人たちの話も、切腹した神主さんの話も、みんな本当だったな」
カイ達は、このところ常宿にしている旅籠に帰った後、今一つパッとしない気分のまま夕食をつついていた。
強制的に立ち退きさせられた住民は散り散りになってしまっていたが、それでも全体の半分程度から話を聞けた。
その結果、立ち退きに抵抗した挙句、捕らえられ獄中死した人や、立ち退きの心労が元で病気になり、亡くなった人がいたことが分かった。
また立ち退きに同意した人々の間に「地権者を代表して企業との交渉にあたった大地主が、企業から多額のディベートを受け取っていた」という噂が流れていて、元地権者たちの不満がかなり募っているという事もわかった。
「結局、得をしたのは領主と大地主、それにオーバスクラフト社だけってカンジだものな」
「…………」
「どうしたんだ渚。さっきっから、ずっとボーッとして」
「ご、ゴメン……」
「どっか、具合でも悪いのか?」
「ううん……違うの。あの奥さんの顔が、どうしても頭から離れなくて……」
「ああ、あの人か……可哀想だったな」
カイも、あの切腹した神主の話は強く心に残っていた。
あの神主が受けたという、切腹しなければならない程の悔しさ。
「例え醜く足掻こうが、絶対に生き残ってみせる」
と常々口にしているカイにとって、どれほど神主の心情を慮ってみようとしても、理解することは難しい。
「ねぇ――カイ?」
「ん?どうした?」
「どんな事があっても、カイは絶対に自殺なんかしないでね」
「……バカだな。俺がそういうタイプじゃないのは、渚もよく知ってるだろう?」
「それはわかってるけど……。もう!こういう時は、素直に『ハイ』って言っとけばいいの!」
顔を「ぷぅ」と膨らませて怒る渚。
「そ、そうなのか?」
「そうなの!」
「わ、わかった――ハイ」
「よろしい!」
ホッとした顔をして、夕餉に箸を伸ばす渚。
あんな話を聞かされて、感傷的になっているのかもしれない。
(例え醜く足掻こうが、絶対に生き残ってみせる――か)
何があっても、絶対に渚よりも長生きしよう。
改めて、そう決意する渚だった。
「長谷部様。宗右衛門(そうえもん)が『会わせたい者がいる』とやって来ておりますが」
「――わかった、すぐに行く」
長谷部 忠則(はせべ・ただのり)は、宗右衛門の待つ離れへと向かった。
彼等が根城にしているこの屋敷は、かなりの広さがある。
「おお。そなたは!昨日の娘ではないか」
長谷部は、脇に控える宗右衛門には目もくれず、部屋の端で低頭している娘に声をかけた。
「お侍様には、その節はお世話になりました」
そう言いながらも、娘は尚も頭を上げようとしない。
「苦しゅうない、表を上げよ。おお……!昨夜もちらとは目にしたが、明るい所で見ると、やはり美しい面立ちをしておる」
「そんな、滅相もございません」
促されて顔を上げた女を見て、男の相好が崩れる。
「謙遜せずとも良い、本当の事だ――おお、そうそう。何か、俺に話があるのだったな?」
「はい。お侍様がお探しの男。あの男の居場所を、お伝えしに参りました」
「なんと、真か!」
「はい」
「して、あの男は今何処に」
「お待ちください、お侍様。お話をする前に、一つお願いしたき儀がございます」
「心配するな。約束通り、礼なら弾むぞ」
「いえ、そうではございません。私が欲しいのは、お金ではないのです」
「金ではない――?では、一体なんだ?」
「私を、ここにおいては頂けないでしょうか?」
「お前を、ここに――?」
「はい。私は幼い頃に両親を、そして親類全てを昨年の洪水で亡くし、今では天涯孤独の身にございます。例え大金を頂きましても、女一人ではそれを守ることすら叶いません。遊女のような日々を送るのにも、ほとほと疲れ果てました――。お願いでございます!炊事なり洗濯なり、いかようにも働かせて頂きます故、ここにおいて下さいませ!」
女は目に涙を浮かべ、畳に額をこすりつけるようにして哀願する。
「……わかった。そなたも、苦労しているのじゃな……。ならば、ここにいるが良い」
「ほ、本当でございますか!有難うございます!」
「後ほど部屋を用意させる故、しばらくはそこにいるが良かろう。して、彼の者の居場所だが――」
「はぁ〜ヤレヤレ〜。やっと解放された〜。薄幸の美少女を演じるのも、楽じゃないぜぇ〜」
着物の裾をはだけさせ、畳にどっかとあぐらをかく娘。
言葉遣いといい立ち居振る舞いといい、まるで男のようである。
「しかし、まんまと上手くいったな。やはり、俺の読みに間違いはなかったぜ」
懐から取り出した《桃幻水》を弄びながら、「男」はほくそ笑む。
そう。この娘は、桃幻水で女体化した南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)なのである。
(まずは潜入に成功した。次は長谷部のオッサンをたらしこんで、更に上にいるヤツに渡りをつける。待ってろよ、九能 茂実(くのう・しげざね)……)
光一郎は、この馬賊の背後にいるのは、九能茂実だと踏んでいた。
馬に始まって、餌や馬具、果ては調教師に至るまで、騎兵の維持育成にはとにかく金がかかる。
藩に内緒でそれだけの金を動かす事が出来、しかも馬賊の行動範囲と領地が隣接しており、さらには動機まである。
どう考えても、茂実がぶっちぎりで第一候補だ。
(ここからは、スピードが命だ。気張っていかないとな――)
茂実が本格的な行動を起こす前に、尻尾を掴まねばならない。
光一郎は、見慣れぬ自分が映る姿見を覗き込むと、両頬をピシャリと叩いて気を引き締める。
「まぁ、でもダイジョブか?こんだけ可愛いんだし?」
両の頬を手のひらで包み込み、にっこり笑う光一郎。
早くも、女体化が癖になりつつあるようだった。
「――!」
《女王の加護》が告げる危機の知らせに、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は一気に覚醒した。
不用意に体を動かさないよう気をつけながら、すべての方向に意識を集中する。
草を掻き分けるカサカサと言う音に、ごく僅かな足音。そして、押し殺してもなお発散される敵意。
それらが、河川敷に設けた野営地を取り囲んでいた。
(ざっと見積もって5人以上――。突破するのは難しいか……)
クリストファーは、数メートル先につないである《フライングポニー》を見た。
ポニーも何者かの接近に気がついたようで、落ち着かな気に辺りを見回している。
(あれに乗れさえすれば、何とか――)
クリストファーは敵に気取られないように、少しずつ身体を動かし始めた。
クリストファーは今、追われる身である。
クリストファーの首には、かつて二子島で深手を追わせた由比 景継(ゆい・かげつぐ)によって100万ゴルダという賞金がかけられているのだ。
ヒタヒタと迫る気配から敵との距離を計算しつつ、敵が近付いて来るのを待つ。
【トラッパー】であるクリストファーは、寝床の周囲に罠を仕掛けている。
罠にかかった敵が混乱している隙を突けば、脱出出来る可能性は十分にある。
クリストファーは、ひたすら待った。
(まだだ……まだもう少し……。あと10…………5……3、2……ナニッ!)
仕掛けた罠まであと一歩という所で、敵は足を踏み出す位置をスッと横にずらした。
誰一人、罠にかかった者はない。
(バカな、気づかれたのか!)
クリストファーの焦燥を他所に、敵は淡々と迫ってくる。
しかしクリストファーは、なおも動こうとしなかった。
今敵は、ポニーの横を通り過ぎようとしている。
充分引きつけてから行動を起こさないと、先にポニーを抑えられてしまうかもしれない。
クリストファーは焦る心を必死を抑えながら、間合いを図る。
相手は、同じペースで近付いて来る。今のところ、気づかれた様子はない。
(……今だ!!)
敵が、クリストファーまであと一歩まで近づいたところで、クリストファーは一気に身体を起こした。
いや、起こそうとした。
しかし、身体が思うように動かない。
(しまった……!《しびれ粉》か……!)
おそらく、別行動を取って風上に移動した敵が、密かに撒いていたに違いない。
近付いて来る敵にばかり気を取られて、さらに遠くにいる敵にまで注意が向かなかったクリストファーの失態だ。
悠然と近付いて来る敵に一矢報いるべく、手を振り上げようとするが、身体がまるで言う事をきかない。
クリストファーは、まるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちると、刺客の胸の中へと倒れ伏した。
その直後、首筋にチクリと何かが刺さる感覚が走る。
続けて襲ってくる、強烈な眠気。
(今度は《眠りの針》か……。移動経路すら掴ませる気はないと……。念の入った事で……)
それを最後に、クリストファーの意識は途切れた。
そして、翌朝――。
クリストファーがいた野営地には、4人の男女の姿があった。
「荷物はそのまま、ポニーも繋ぎっぱなし。どうやら、連れ去られたと見て間違いですね」
「同感ですわ」
野営の跡を見渡して、和泉 暮流(いずみ・くれる)と瀬田 沙耶(せた・さや)は頷く。
「寝床の周りに、複数の足跡がある。襲撃者の者だろう」
麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)が、地面に顔をつけるようにして、痕跡を辿る。
由紀也は所属する『追いかけ隊』で、日々【追跡】の腕を磨いている。
「ん?」
「どうしたの?」
「見てみろ。この足跡だけ、他の物よりも深い」
由紀也の後ろから、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が覗き込む。
クリスティーは、狙われているクリストファーと一緒に行動することを避け、由紀也たちに同行していた。
「――つまりこの足跡の持ち主は、体重が重いってこと?」
「後は、何か重い物を持っているかだな」
「その荷物は、クリストファーだね」
「正解」
足跡を、慎重に辿っていく由紀也。
やがて足跡は、既に発見済みの馬の足跡と合流した。
「ここから、馬で移動したんだな」
「やはり、昨日からわたくし達が追っていた一団に襲われたのですね」
「もう少し早く追いついていれば、クリストファーを誘拐されることもなかったのに……」
悔しそうな沙耶と暮流。
「焚き火の燃え具合から見て、攫われたのはせいぜい数時間前という所だ。大丈夫、馬の足跡を追っていけば、必ず追いつける」
「急ぎましょう」
一秒たりとも無駄にすまいと、《小型飛空艇》に駆けていく沙耶。
その手を、由紀也が掴んだ。
「沙耶ちゃん、一昨日怪我したばかりだろう?今回は無理するな。クリストファーは、俺たちで必ず連れ戻すから――グハァ!」
いきなり強烈なボディブローを喰らい、由紀也の身体が「くの字」に折れ曲がる。
沙耶の拳が、由紀也の鳩尾(みぞおち)にめり込んでいた。
「心配して頂くのは有難いのですけれど、魔女を舐めるのも大概にしてくださいませ。あんな目に遭わさせて、このまま黙って引っ込む気など更々ございませんわ」
腹を抱えてうずくまる由紀也を、冷たい目で見下ろす沙耶。
「そ、それは……おみそれ致しまして……」
由紀也はそういうのがやっとだ。
「……仲が良いのは結構ですが、急ぐのではなかったのですか?」
「先に行っていいかな、ボク……」
そんな二人を、暮流とクリスティーが呆れ顔で見つめていた。
「おい、起きろ……。おい、クリストファー!」
頬を叩かれ、クリストファーは目を覚ました。
まだぼんやりとする頭を振って、辺りを確認する。
板張りのガランとした部屋に、縦横に走る頑丈そうな木の柱。そして、しばられたまま動かない両手足――。
どうやらここは、座敷牢のようだ。
それはいいとして、この眼の前にいる女は誰だろう。
美しい顔をしているが、仕草といい、言葉遣いといい、どうにも品がない――というか、まるで男だ。
(そういえば、この人を喰ったような小生意気な顔、どこかで見たような――)
「――!もしかして、光一郎か?」
「残念♪光ちゃんです♪」
「……気持ち悪いから止めろ。男のお前がそのセリフを言ってる所を想像すると、怖気が走る」
「チッ、ノリの悪いヤツ……。こんな美少女が直々に助けに来てやったのに、なんだその態度は」
「それはどうも――。ここはドコだ?」
「御狩場にある、馬賊のアジトだ」
「アジト?にしては随分と立派だな」
「ああ。かなり広さだし、人も馬も沢山いる。千はともかく、五百はくだらないだろう」
話をしながら、光一郎は握り飯を差し出す。
「食いながら話をしてくれ。囚人の食事の世話に来てるんだからな」
正直あまり食欲も無かったが、ともかく言われるままに握り飯にかじりつく。
「これ、お前が作ったのか?」
「うんにゃ。作ったのはおさんどんのおばちゃんだ。光ちゃんの手料理、食べたかった?」
「いや。それを聞いて安心した――俺はこれからどうなる?」
「使いの者が、お前をとっ捕まえた事を、何処かに知らせに行った。誰が来るかはわからないが、いよいよ感動のご対面だな」
「この状態でか……。ツライな」
「クリスティーは?」
「さっき、ウチの鯉から連絡があった。クリスティーは由紀也たちと一緒に、こっちに向かってるらしい」
「鯉」というのは、光一郎のパートナーのオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)の事だ。旅の医師『鯉之堀灰路』として、遠野の何処かに潜伏していた。
オットーとは《腕時計型携帯電話》を使って、連絡を取り合っていた。
発見される危険があるため、長時間の通話は滅多に出来ないが、隙を見て何とか連絡を取る事が出来た。
「そうか!なら、なんとかなるな」
「それで、どうすんだ?逃げる気があるなら、手引きすっけど――」
「まさか。折角ここまで来たんだ。鬼が出るか蛇が出るか、見極めてさせてもらう。逃げるのは、それからでも遅くない」
「そうこなくっちゃだな――よし、そうと決まればとっとと食っちまってくれ。長引くと、怪しまれる」
クリスティーは頷くと、あっという間に食事を平らげた。
「それじゃ、また次の飯の時間に来る。それまでに殺されてんなよ」
「お互いにな」
軽口を叩きあって、二人は別れた。
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