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【四州島記 巻ノニ】 東野藩 ~擾乱編~

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【四州島記 巻ノニ】 東野藩 ~擾乱編~
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第八章  東野の亡霊

「ユーレイ?そんなモノが出るのかい?」
「最近、東野のあちこちに出没してるらしいんですか……。ご存知ありませんか?」
「いや、知らないねぇ」

 大岡 永谷(おおおか・とと)の質問に、居酒屋の女将は「とんでもない」と言う風に首をブンブンと横に振った。

「そうですか……」
「お、ネェちゃん!オレその話聞いたコトあるぜ!」

 奥のテーブルで、一人酒を飲んでいた男が、永谷に声をかけた。
 見たところ、男は伝馬屋(でんまや)のようだった。
 伝馬屋とは、馬を使って急ぎの荷物や手紙を運ぶ仕事である。

「ホントですか!」

 そのテーブルに、そそくさと近づいていく永谷。

「仕事で寄った町でその話聞いたよ。何でも、神社に出るとか」
「え!一体なんていう神社なんですか!?」

 神社、と聞いてググッと身を乗り出す永谷。
 どうやら、信憑性の高い話のようだ。

「えっと……なんて言ったかなぁ〜。うーん……」

 そこまで言って、男はカラのお銚子を覗き込む。

「あ、すみません女将さん、お銚子もう一本!」
「あいよ!」
「へへっ。済まないねぇネェちゃん、催促したみたいで。えっと、何てったかな――そうそう!首塚明神だ首塚明神!」
「首塚明神?どちらの首塚明神ですか?」
「どちらもこちらも、首塚明神の本宮様だよ」
「本宮様に、幽霊が?」
「あぁ。一昨日の夜、誰かが神社に侵入してお社を荒らしたらしくってな。その次の日に幽霊が出たもんだから、みんなで『大神様の祟りだ!』って、それは大騒ぎだったらしいぜ」
「その話なら、俺も聞いたことがあるぜ。なんでも幽霊は幽霊でも、鬼の幽霊だっていうじゃねぇか――ちょっともらうよ」
「あ、テメェ!」

 隣のテーブルの旅姿の男が話に加わると、ヒョイっと伝馬屋のお銚子を拝借する。

「鬼の幽霊――?」
「おうよ!だからさ、お社が荒らされた事に怒った大神様が、祟りに出てきたんじゃねぇかって」
「お前、それ返せ!」
「いいじゃねぇかよちょっとくらい。俺だってこの姉さんに話してやってんだから」
「あぁ、喧嘩しないで下さい!女将さん、お銚子もう2本追加!――それで、誰か怪我人とかは?」
「いや。神主やら巫女さんやらが総出でお祈りして、収まったらしいぜ」
「でも『今日もまた出るんじゃないか』って、神社じゃ戦々恐々としてるらしい」
「そんな、大変なコトに……」
「ハイ、お銚子2本お待ち!」
「おっ!待ってました!!」

 奪いあうように酒を飲む二人を横目に見ながら、永谷はこれまでに得られた情報を整理する。

 今までの調査で、幽霊は神社に限らず、古戦場や墓場に刑場跡、災害慰霊碑など、多くの場所に現れた事が明らかになっている。
 多くの場所では怪我人は出ていないが、中には幽霊に襲われて熱病に罹ったとか、死んでしまったとかいう話もある。
 首塚や、首塚大神(くびづかのおおかみ)を祀る神社にも幽霊は多く出現しているが、鬼の幽霊や大神様直々の降臨というのはこれが初めてだ。

(神の怒りか……。【御託宣】が降(くだ)らなかった事も、何か、関連があるのかもしれないな――)

「すみません、色々と有難うございました――女将さん。お金、ここ置きますね」
「ありがとうございました〜」

 一刻も早く本部に連絡を取ろうと、永谷は足早に店を出た。



「こ、ここここ怖くないよ!ぜーえへへへへんぜん怖くないんだよぉぉぉ?!」

 ヒタヒタと迫ってくる亡霊たちに向かって、震える手で《工事用ドリル》を構える木賊 練(とくさ・ねり)
 ドリルが霊体に全く効き目がないのはわかっているが、それでも構えずにはいられない。
 現実主義者でしかも理系一筋の練は、科学で解明できないものは苦手であり、幽霊はその最たるモノである。

「落ち着かれよ、木賊殿!あやつ等には、この私が指一本触れさせはせぬ。落ち着いて、術に集中するのだ!」

 彩里 秘色(あやさと・ひそく)は【ガードライン】で練を庇いつつ、一喝する。

「う、うん!わかったよ、ひーさん!スー……ハー……スー……ハー…………」

 深呼吸しつつ、【セルフモニタリング】で自分を奮い立たせる練。
 落ち着いて状況を判断しつつ【防衛計画】を練る。

「よしっ、やってみるっ!」

 練は《腰道具》を取り出すと、秘色を中心に【対電フィールド】を設置し始める。

「ひーさん、絶対にここから出ないでね!――行くよ、チカちゃん!」

 練は《パラミタモグラのチカちゃん》を拾い上げると、《フライングボード》に飛び乗った。
 亡霊たちの頭上を一回転すると、敵の中心に狙いを定める。

「行っけーーー!」

 練の【放電実験】で発生した雷が、辺り構わず降り注ぐ。
 激しい光と轟音に、対電フィールドに守られている秘色も思わず顔を背けた。
 高圧の電気に打たれ、亡霊たちはかき消すように消えて行く。

「効いてる!?コレなら!」

 二度三度と雷を降らす練。
 見守る秘色の前で、亡霊たちは、瞬く間に消えていった。

「ひーーさーーん!」

 喜びの声を上げながら、練が急降下して来る。

「やった、やったよーー!ひーさんの言う通り、あたし、出来たよ!」
「よくやりましたね、木賊殿。お見事でした」
「てへへへ……」

 秘色の満面の笑みに、思わず照れる練。

「――ですが、今はまだ喜んでいる場合ではありません。首塚明神の橘殿たちが心配です」

 中ヶ原(あたるがはら)古戦場の中心にある首塚明神(くびづかみょうじん)では、自分たちと同じように、
藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)橘 柚子(たちばな・ゆず)、それに安倍 晴明(あべの・せいめい)の3人が襲われているはずなのだ。

「そ、そうだね!急がないと!」

 練たちは、首塚明神へと急いだ。


「セイッ!」

 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)の振るった《仕込み番傘》から放たれた【真空波】が、亡霊を襲う。
 これまで幾多の首を刈ってきた優梨子の【急所狙い】の技は、過たず亡霊の首を捕らえた。
 しかし亡霊の首は、本体共々溶けるように虚空に消えていく。

「結局、一つの首も穫れなかった……」
「げ、元気出して下さい優梨子さん!今ので、幽霊全滅ですよ?スゴイですよ!ね?」

 駆けつけた練たちの活躍もあって、彼等は首塚明神に現れた亡霊たちを全て退治していた。
 しかし首が狙いだった優梨子は、相変わらず落ち込んだままだ。

「藤原殿、折角邪魔者を追い払ったのです。首塚を調べて見ませんか?もしかしたら、首の一つも埋まっているかもしれませんよ?」

 秘色の言葉に、すっくと立ち上がる優梨子。

「そうよ、塚よ!私には、まだ塚がありますわ!」
「優梨子さん、立ち直るの早っ!」

 練のツッコミは気にも止めずに、首塚に歩いていく。

「みんなで、もう一度よく調べみましょう。一度目の調査の時には見落としていたものが、見つかるかもしれないわ!」

 号令一下、首塚に群がる一同。


 しばらくして柚子と晴明が、御幣(ごへい)を持ってやってきた。
 この首塚明神の御神体として使われていたものである。

「少しお話したいことがあるのですが、よろしいですか?」
「ちょうど良かった、私たちもお話したいことがあったんです」
「――じゃ、じゃあ、柚子さんからどうぞ」

 練に促され、これまた柚子が話し始める。

「この御幣なんですが……これは、御神体ではあらしまへん」
「え!?」

 予想だにしなかった柚子の言葉に、目を丸くする一同。

「では……これは、一体何なのですか?」
「確かなことは言えないが……たぶん罠だと思う」
「罠?」
「そうだ。この御幣には、誰かが術を施した形跡がある。それも、死霊を扱う類の術だ。たぶん、私たちを襲った死霊を喚び出すための依代か何かに使われたんだろう」

 晴明が説明する。

「では、御神体は一体何処に?」
「御神体はたぶん、持ちさられたんだと思います」
「なるほど……。首だけじゃ飽きたらず、御神体まで持ち去ったと――バチあたりもいいところだ」

 秘色が吐き捨てるように言う。

「首?」

 今度は、柚子が聞き返す。

「みんなであの動かされた巨石があった辺りを調べてみたんだけど……。そしたら、泥の下に大きな穴のあるのが見つかったの……でも中にあったのは、泥の塊だけ。他には、何もなかったの」
「それはもう、綺麗サッパリと。まるで、盗掘にでもあったみたいですわ」

 深刻な表情の練に続き、ガッカリ、という顔で優梨子が言う。

「一体、何処の誰が――」

『……か』
 
「え?」
「どうしたの、秘色さん?」
「いや、今誰かの声が聞こえたような気がしたのだが……」
「誰かって――誰も声もしませんわよ」
「しませんでしたなぁ」

 優梨子や柚子、晴明も首をかしげている。

「いや、今確かに――」

『……ているか』
 
「誰だ!」

 もっとはっきりとした声を聞いて、秘色が振り返る。
 しかし、そこにあるのは首塚の巨石だけだ。

「ま、ままままさか、ゆゆゆゆ幽霊!?」

 素早く柚子の後ろに隠れる練。

『……聞こえているか』

 今度は秘色を含む全員に、低く押し殺した男の声が聞こえた。

「や、やっぱり幽霊だ!」
「――何者だ。姿を現せ」

 秘色が刀の鍔に手をかけたまま、一歩前に踏み出す。
 すると、巨石の辺りに、ボォっとした人影が現れた。

「ひ、ひーさん危ないよ!!」
「大丈夫です。この霊から、悪意は感じません――一体、何の用ですか?」

 口ではそう言いながらも、尚警戒を解くこと無く秘色は訊ねた。

「我は、この地に斃れし者にして、この首塚に葬られし者。そして今、永久の眠りを妨げられし者也――」
「眠りを妨げられた――?」
「如何にも。この首塚に葬られし者は皆、あの男に眠りを妨げられ、そして皆、あの男の下僕となった――我を除いては」
「貴方を除いて――?いえ、それより、『あの男』って?」

 優梨子の質問に、その霊は首を横に振った――様に見えた。

「それは、わからぬ――。あの男が誰なのか。そして何処に行ったのかも……。頼む。あの男を探してくれ……。
そして、皆を解き放ってくれ……。我等はただ、安らかに眠りたいだけなのだ……」

 霊のその言葉と共に、秘色の懐から光が漏れ始める。
 慌てて懐に手を入れる秘色。
 その手に握られているのは、刀の鍔だ。
 中ヶ原の古戦場で掘り出した鍔が、光を放っているのだ。

「その鍔と合わせ、使うが良い……。あの男を倒す、一助となろう……」

 謎の霊は、先ほどまで練たちが掘り返していた穴を指差すと、スウッと消えた。

「消えちゃった……」
「今のは、一体……」

 呆然としている皆を尻目に、穴に走り寄る秘色。
 穴の中に詰まっている泥を、猛然と両手で掻き出していく。
 その手が、何か固い物に触れた。

 必死に泥をかき分け、その「何か」を取り出す秘色。

「ひーさん、手伝うよ!」
「頼みます」

 今度は、皆で水をかけて、固まった泥を溶かし、取り除いていく。

「これは――骨と……刀?」

 泥の塊の中から出てきたのは、人間の腰から上だけの骨と、その骨に刺さる短い刀――脇差だった。
 しかしその刀は刀身だけで、鍔や柄は一切無い。

 秘色は骨を傷つけないように、慎重に刀を抜いていく。
 「パキ」という音を立てて、刀は骨から抜けた。 
 秘色は取り出した刀に水をかけて汚れを落としながら、状態を確認する。

「これは――!」
「どうしたの、ひーさん?」
「ここを、見て下さい」

 皆に、刀の茎(なかご)を指し示す秘色。
 そこには――

「――飯綱(いづな)?」
「はい。この刀の名です。名刀飯綱……。こんな所に埋もれていたとは――」
「スゴイ、ピカピカだ……」
「本当。とても、数百年の間地面の下にあったとは思えませんわ」

 光を反射して輝く刀身に、練と優梨子が感嘆の声を上げる。
 その刀は、まるで手入れをしたばかりのように汚れ一つない。

(何故、この刀がここに――。そして、この刀にどんな力が……)  

 飯綱の放つ光を見つめながら、「その答えは自分で探すしか無いのだ」と、秘色は、思い始めていた。



「おねーちゃん、もっと『くびとりおに』してあそぼーよー」
「ごめんなさい。ちょっと、疲れてしまったの。また後で、遊びましょうね」
「えーつまんなーい」
「そうねぇ……。あ、そうだ!みんなで、おやつにしない?おねえさん、美味しいお菓子持ってるのよ?」
「え!お菓子!?」

 菓子と聞いた途端、これまで不満そうにしていた子供たちの眼の色が変わる。
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が《ショコラティエのチョコ》や《葦原団子》を取り出すと、子供たちは我先にと手を伸ばす。

 彼女は今、中ヶ原周辺の村々を、訪ねて回っていた。
 首塚明神に関するフィールドワークを行うためである。

「はいは〜い。みんな順番順番!ちゃんと一列に並んで下さ〜い!大きな子は、小さな子を先にしてあげて下さいね。ちやんと、みんなの分ありますからね〜」

「おねーちゃん、これ、美味しい!」
「うん、こんなに美味しいモノ、食べたこと無いよ!」
「そう、良かったわ。また今度、持って来てあげるわね」
「うん!」

 子供たちが落ち着いたのを確認すると、優梨子はノートを取り出した。
 これまでに見聞きしたことを、書き留めておくためだ。

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フィールドノート No.2   『くびとりおに』

 子供の遊び。様々なバリエーションがあるが、その多くは「鬼役が、自分の後ろに立った人物を当てる」という『かごめかごめ』に近い形を取る。
 また、くびとりおにの最中に歌を歌う所もかごめかごめと共通しており、この歌の歌詞には東遊舞(とうゆうまい)と共通する箇所が見られる。

 この遊びに対し、一部の大人は「明神様のバチが当たる」といい顔をしないが、逆に「明神様も子供たちと遊びたいのだ」と奨励する向きもあり、結局消滅すること無く、現在に至るまで遊ばれ続けている。

 また、「無理に止めさせようとしたところ、かえって鬼神の怒りを買った」という、「子供と遊ぶお地蔵さま」と同系列の昔話も存在する。
  
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フィールドノート No.3   『首占(くびうら)』

 吉凶を占う習俗、あるいは神事。首占神事とも。
 首塚に使われる巨石に形の似た石や果実などを首に見立て、独特の口上を述べる(あるいは祝詞を奏上する)。
その後、水をかけたり、棒で叩くなどして、石の濡れ方や、叩いた時の音などで吉凶を占う。
 この口上や祝詞にも、東遊舞と共通する箇所が多々見られる。

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「あ!ここにいたんだ、優梨子さん。探したよー。もうすぐご飯の時間だよ」

 向こうから木賊 練(とくさ・ねり)が駆けてくる。
 練と彩里 秘色(あやさと・ひそく)は、あれからずっと、優梨子と行動を共にしていた。

「ごめんなさい。すっかり、調査に夢中になってしまって……」

 優梨子は手早く荷物をまとめ、立ち上がる。

「ごめんなさい、みんな。おねえさん、そろそろ行かないと――また、遊びに来るからね」
「えー!」
「もっとあそぼーよー」
「今度また、お菓子いっぱい持って遊びに来るから。ね?」
「……うん」
「わかった!早く来てね!」

 まだ遊び足りない子供たちを何とかなだめすかして、優梨子は戻ってきた。

「お待たせしました、では、行きましょうか」
「優梨子さん、すっかりなつかれちゃってんじゃん」
「子供から情報を得るには、まず第一に遊んであげるコト。第二に物で釣るコトですわ」
「て、手馴れてる……」
「ライフワークですからね――それより、急がなくてはいけないのですか?」
「あぁ、そうだったそうだった!」

 夕日に背を押されるようにして、練と優梨子は歩みを早めた。