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五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

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五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

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「イルミンスールに元気がない、だって?
 そりゃあれだ、まぁたなんか拾い食いでもさせたんかオメーは。夏場は特に物が傷みやすいんだから、やたらめったらに拾い食いなんかさせちゃダメだろーが」
「そんな事するはずないじゃないですかぁ! それに「また」って何ですかぁ! 私は一度も拾い食いなんてさせた事無いですよぅ!!」
「うむ……言われてみれば世界樹が魔力を得るのは、根付いている土地からじゃから、全くの見当違いというわけでもないかの」
「……そうなのでしょうか? ……あ、お母さん攻撃魔法はストップ、ストップです!」

 『イルミンスールに元気がない』というエリザベートの言葉を聞いて、挨拶代わりに冗談を見舞ったアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)とそれを真に受けたエリザベートの間で危うく一触即発の事態になる所を、ヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)とミーミルが間に入ってとりなす。
「……ま、冗談はこれくらいにして、だ。んじゃ、不調の原因について順に確認していくか。まずはそうだな……世界樹とくりゃ、コーラルネットワークか。そこんとこはどうなんだ?」
「特に問題はありませんよぅ。他の世界樹も変わらず挨拶してきたりだんまりだったり適当なことを言ったり罵倒を浴びせてきたりしましたよぅ。
 でも肝心のイルミンスールが、自分の不調について何も言ってこないのですよぅ」
「うおっと、一つ聞いたつもりが三つ回答を得ちまった。こりゃ思いの外俺の出番が少なそうだな……。
 大ババ様、イルミンスールの不調はパラミタ崩壊の危機と関係していると思うか?」
「エリザベートが言うように、今回はイルミンスールのみが不調なのだ。全ての世界樹に何らかの異変があればそれはパラミタ大陸の異変に繋がるかもしれんが、今回はそこまでの関係はないと見るのが現時点での意見じゃな」
 相談事の殆どを終えてしまったアキラが、うーん、と腕を組んで唸る。
「後はこうなりゃ、色々見て回るしかねぇか。校長、今根っこの方には行けるか? 行けるなら俺とヨン、あぁそれと、ピヨを連れて行ってほしいんだけど」」
「根っこですかぁ? 見ても何もないと思いますけどぉ……」
 そんな事を言いつつ、エリザベートはアキラとヨン、ジャイアントピヨをイルミンスールの根っこへとテレポートさせる――。

「お、もう着いたか。うーん、予想していたより暑くないな。これもハズレかぁ?」
 ピヨの背中に乗りながら、アキラがじゃあ次はどこを調査しようか、そう考えているとヨンがあっ、と声をあげる。
「どうした?」
「今、何か人の影が……」
 ヨンが指差した先を、アキラが目を細めて見る。しかし根に阻まれて遠くを見通すことは出来ない。
「よし、行ってみよう。ピヨなら楽に進めるはずだ」
 ピヨに命じ、絡み合った根の間を奥へ、奥へと進む。外見からは想像もつかない俊敏さ(森の中限定)で進んだ先、行き止まりになっている地点で、根っこの影に隠れた人影――一見すると少女のようだ――をアキラ達は発見する。
「契約者か? ……にしちゃ見たこと無いカッコしてんな。おい、ここで何してたんだ?」
「…………」
 アキラが呼びかけても、少女は怯えているのか一向に出てこない。ピヨを降り、アキラが少女の元へ歩み寄る。
「せめて姿だけでも見せてくれねぇか?」
 そして、後少しで少女の所、という所で事件は起きた。突然少女が樹から飛び出たかと思うと、華奢な身体つきからは想像もつかない俊敏さと力強さでアキラに絡み付き、たちまち絞め落としてしまう。
「アキラさん! あっ――」
 ヨンが一歩を踏み出すより早く、ヨンの元に擦り寄った少女がやはりヨンを行動不能に陥らせる。
「ピーーーッ!!」
 一瞬の間に二人をやられ、ピヨが仇を討たんと少女に詰め寄る。森の間なら自分が有利のはず……その思い込みは直後、あっけなく打ち砕かれることになる。
「ピ、ピ、ピヨ……」
 薄れゆく意識の中、ピヨは腕をまるで蔦のように意のままに操る少女を見た気がした――。


(『炎龍』出現の陰で、イルミンに異変、か。……何か、きな臭いな。
 ま、やることは決まってる。何時もの如く、ってやつだ。何事もなければそれでよし、何かあれば然るべき奴に伝える。
 そんな仕事だよ、オレの仕事は)

 日比谷 皐月(ひびや・さつき)が、まずは世界樹イルミンスール地表を巡り、次いで地下へと続く道へと至る。マルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)は世界樹内、隣接する都市ザンスカール内で生徒や住民の噂話を収集している。
(異常はないように見えるが……ま、専門家ならまた違った意見を言うかもしれねぇしな。何はなくともデータ収集、っと)
 何度かイルミンスールを見ている皐月の目には、世界樹の元気がないと聞いた所で普段と変わる様子はなかった。『コーラルネットワーク』に行けば何か違うのかもしれないが、アレは人の身が行けるものではない。そっちの方は専門家にお任せだ。
(……そろそろ、地下へ行ってみるか)
 地表付近の観察を一通り終え、地下へと続く道をしばらく進んだ所で、マルクスから連絡が入る。
『皐月、今どこに居る?』
「地下に向かってる所だ。どうした、何かあったか?」
 わざわざ連絡を入れてきたこと、聞こえている声色から用件が緊急を要するものであると推測した皐月が問う。
『アーデルハイトから、地下に向かった生徒の様子を見に行ってほしいと連絡があった。予定時刻を過ぎても戻ってくる気配がないそうだ』
「……了解。けど、もし何かに襲われていたとしても、オレだけじゃ無理だぞ?」
『その時は退いても構わん、生きて情報を持ち帰ることを第一に優先しろ』
 消息が途絶えたであろうポイントを聞き、皐月が気持ち表情を引き締め、該当する場所へ向かう。まずは中央ゲートへ行き、おそらく先に入った生徒が残したであろう足跡を頼りに進んでいくと、枝が入り組んだ箇所で倒れ伏す二人と一匹を発見する。
「…………何者かの攻撃を受けて気絶している、か。辺りに気配は……感じられないか」
 今この時も、彼らを襲った何者かが潜んでいれば一大事だったが、どうやらその気配は感じられない。
「マルクス、聞こえるか? 話の者たちを発見した、場所は……」
 十分に警戒しつつ、皐月はマルクスに連絡を入れ、応援を要請する。すぐにアーデルハイトの意を受けた応援が寄越され、軽傷を負った者たち――アキラとヨン、ピヨ――は適切な治療を受けることが出来た。


「アーデ、今までに炎龍が現れたことってあるの?」
 その言葉を皮切りに、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がエリザベートとアーデルハイトに何か心当たりがないかを尋ねる。だが、今回はそれらの中で、ハッキリと手がかりとなるものが得られなかった。
「過去に炎龍が現れ、イルミンスールに敵対するなどの出来事は確認されておらん。精霊世界ではまた別かもしれぬがな。その精霊も、『龍』という存在には抽象的なイメージしか持っておらん。
 出現した原因は、前回の闇龍のように『きっかけを作った何者か』がいるであろうと推測は立てた。その何者かが『守護龍』という存在を創造した、という可能性まで含めてな」
「世界樹は自分の不調について、何も言わないんですよぅ。……わ、私は別に何ともないですからぁ、熱計らなくてもいいですぅ」
 アーデルハイトが以上のように答え、ルカルカに額に手を当てられて少し恥ずかし気にエリザベートが答える。
「曖昧な存在を原因に挙げるのは、たとえそれが第一の原因であったとしても早計だ。まずは現存する資料や文献から、原因の可能性を探るべきだろう」
 次の方法として、ダリルの言葉をきっかけに二人はイルミンスールの大図書室へ向かう。入る度に構造が変わる室内を、二人はサーバー情報と何度か潜ったという経験を生かし、目星のつけた文献や資料を読み漁っていく。
「大規模な事件が起きた時に、世界樹とその周辺がどうなっていたか……関連する資料は必ずあるはずだわ。これだけの蔵書が揃っているのだから」
 その読み通り、いくつかの資料が見つかる。それらを分析・考察した結果導き出されたものは、『大規模な事件が収束へ向かった直後、周囲の環境が一時的に荒れるなどの兆候が見られた』であった。
「これは、今のイルミンスールの状況に合致するんじゃない? ……でも何でだろ、事件が長期化する中で世界樹や周りの環境が荒れるなら分かるけど、終わった後なんでしょ?」
「…………。事件の収束と世界樹に、何らかの関係があると見ていいな。事件の起こりから終わりまでを確認できる資料を当たってみよう」
 こうして、二人は大図書室内を、目的の書物を探して翔け回る。その中でダリルが、これまで見たことのないような書物を見つけ、手に取る。
「……何か、気になる。内容はよくある大衆文学のようだが……」
 一通り目を通し、最後に発行のページを見た所で、ダリルは目を見開く。発行年が『2822年』となっていたのだ。落書きかと思い調べてみるが、確かに周りと同じ印字がされている。子供の悪戯にしては手が込んでいる、だがこの現象をそのまま受け取れば、『未来に発行された本』を手にしていることになる。
「何故このような本が……」
 ひとまず該当するページを撮影・保存し、ダリルはルカルカの元へ戻る――。


 世界樹イルミンスール内部には、小さな湖がいくつか点在している。
 空気中の水分が枝葉から吸収され、幹を伝って流れ落ちて出来た湖は、魔法学校生徒の癒しになっている。

「うーん……濁っているわけでもないし、特に変化があるようには見えないね」
 その湖の一つを訪れた五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)が、先に採取していた湖の水と今のとを見比べ、違いがないのを確認する。
「湖が荒らされた形跡もなし、と。シロ、何か分かった?」
「あぁ! 乳白金の魔女よ、我に話しかけるでない! 折角何か声が聞こえてくる所であったのに!」
「……あーはいはい、何も手がかりなし、ね」
 ンガイ・ウッド(んがい・うっど)がそういう言い回しをする時は大体上手く行かなかった時と、経験則からそう判断したリキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)が、東雲へ視線を向ける。
(なぁんか、ね。イナテミスも、もちろん自分の家も気になるんだけど。
 それよりも、東雲? どうしたの、なんか変だよ?)
 パートナーとしての絆が、リキュカリアに東雲の異変を感じ取らせる。とはいえ表立って聞くことも出来ず、リキュカリアはうーん、と思案する――。

(校長先生の話だと、体調不良ではないみたいだから、気持ちの問題なのかもしれない。気分を紛らわせるために幸せの歌でも、どうかな)
 そう思い、口を開いて声を発そうとして、躊躇う。――本当に気分を紛らわせたいのは、誰なのか――。
(それは……俺、かな。煉獄の牢に行かなかったのは、世界樹が気になった以外にも俺自身が逃げたかったから。
 昔から体調はおかしかったけど、ここ最近は特におかしい。身体の端から、中身から、腐っていくような……)
 視線を落とし、自分の手を見つめる。何の変哲も無い手、それが先端からボロボロ、と崩れ落ちるような感覚を、ここ最近は頻繁に感じる。
(戦いの場に行けば、本当に崩れてしまうかもしれない……。世界樹に向かう事で、俺はそこから逃げたんだ)
 思い至り、東雲が周りに視線を運ぶ。リキュカリアがンガイににじり寄り、「ま、待て落ち着け、我をそのように扱えば必ずや――あっ」という声を残してンガイの姿が消え、慌てたリキュカリアも後を追うように湖に落ちる。
「ぷわー! もう、何でボクまで落ちちゃうかなー!」
「知らぬわ! それより早く助けるのだ乳白金の魔女、我は率直に言って泳げないのである!」
「いや、飛べるんだから飛べばいいじゃん」
 ジタバタともがくンガイに、冷静なツッコミを入れるリキュカリアを見、くす、と東雲が笑う。多分、こんな気分の自分を励まそうとしてくれているのだと分かった。
 ――だからこそ、この事を相談する事は、怖くてできなかった――。
(……世界樹にも、そんな不安や戸惑いがあったりするのかな。言葉は通じなくても、歌なら届くだろうか。一緒に歌えたら一番いいんだけど)
 そこまで考えて、ふるふる、と東雲が首を左右に振る。今はそんな事を考えている場合ではない、と。
(ともかく、世界樹の不調を調べなくちゃ)
 自分に言い聞かせて、東雲はまず湖からリキュカリアとンガイを救出するべく、二人の元へ向かう――。

(……世界樹の機嫌は……そうだな、案外術師と物の怪の振る舞いで治ったやもしれん。
 だが東雲……普段通りに振る舞っているようでも、俺には気落ちしているように見えるぞ)
 三人の動向を見守っていた上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)が、心にポツリ、と呟く。彼もまた東雲の異変に気付いてはいたが、気付かれたくないと思う主の意向を汲んで声を発さずにいた。
(今はそっと、見守るしかあるまい)
 楽しげに笑う東雲を、三郎景虎が見つめる。