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五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

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五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

リアクション

「んー……ここにゃとりあえずめぼしいモンはなし、っと。
 しっかしまあ……こーいう所を探索となると、昔を思い出すっつうか、懐かしいというか……」
 道の先に広がっていたちょっとした広さの空間を、ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が慎重かつ大胆に探索していく。
(そういやあ、獣が住み着いているっつう情報があったな。
 ま、多少荒い程度のやつ等なら、ひと睨みでもしてどっちが上かわからせりゃいいだけだよな。「あんま騒がしくしてっと晩飯の足しにすんぞっ」って感じで)
 そんなことを思いつつ入口へ戻ると、待っていたレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)が出迎える。
「ウルさん、どうでしたか?」
「あー、危険もなかったが成果もなかったな。ま、そう簡単に見つかるモンでもねぇしな」
 レイナの微笑と、灼熱の洞窟にしては妙に涼しい空気に一息つきながら、次行くか、とウルフィオナが告げ、レイナが後に続く。
(……なぁんか、妙だな。誰がこの冷気を運んでいる?)
 気付かれないように、チラ、とレイナの顔を伺う。平然としているように見えるが、かなりの量の汗が浮かんでいるのが見えた。
(……いや、まさかとは思うが……でも、時たま無茶することがあっからな。気にかけとくか……)
 レイナと付かず離れずの距離を保つよう努力しながら、ウルフィオナが進む――。

(……これは……予想以上でした。熱中症対策……大事ですね)
 その頃レイナは、ジワジワと襲い来る暑さを我慢比べのごとく我慢していた。アーデルハイトに暑さ対策の魔法薬ではなく、魔力増強薬をもらったことで、自身が目的とする『暑さに弱い方々のため、威力を弱めた冷気魔法を展開し続ける』はなんとか達成されていたものの、それは同時に『煉獄の牢』の耐え難い暑さとの戦いを自身に強いる結果となった。冷気を強めれば自分も冷えるが、それだと冷気魔法を使っていることがバレてしまうし、魔力消費も激しい。
(雪だるまさん……大きな雪だるまさん……冷たい雪だるまさん……)
 結局の所、レイナは『雪だるま王国』のシンボルである雪だるまを思い浮かべることで、暑さを乗り切ろうとしていた。雪だるま王国神官として称えられるべき精神だが、しかし身体は正直だった。
「あっ……」
 段差を乗り越えようと足に力を込めた瞬間、くらっ、と落ちるような感覚を得たかと思うと、お尻が痛みを訴える。自分が地面に尻もちをついたことに気付いたのは、駆け寄ったウルフィオナの脚が見えたからだった。
「おい、レイナ! しっかりしろ!」
 声が遠くに聞こえ、目の前にあるはずの顔がぼんやりとする。大丈夫です、と答えようとしても口がうまく動かない。なんだか身体が小刻みに震えている。高熱を出した時身体が震えると聞いたが、まさにそんな感じだ。
「――――」
 気遣われてはいけないのに――そう思いつつも段々と意識が遠のいていくのを感じかけた瞬間、まるで内部から噴き出していくかのように急速に熱が引いていくのを感じる。
「もう! 倒れるまでやる前に止めなさいよ、こういうこと!
 あんたに何かあったら、ミオになんて顔すればいいのか分かんないじゃない!」
「……カヤノさん」
 レイナが目を開くと、カヤノの険しい顔があった。どうやら自分は、カヤノに背中から抱きつかれている格好なのだと気付いた。

「……で? あなたがどうしてあんなことをしていたのか、聞かせてもらおうじゃない。
 あ、ちなみにあたしは最初から、あなたが冷気魔法使ってたの気付いてたからね。伊達に氷結の精霊長やってないわよ」
 すっかり熱も引き、立っても問題ないレベルまで体力が回復したのを見計らって、カヤノが腕を組んでレイナに立ちはだかる。
「ごめんなさい……暑さが凄まじいと聞いて、皆さんに快適に探索をしてもらおうと……。
 カヤノさんが物凄くダレている様子でしたので……」
 伏し目がちにレイナがそう答えると、カヤノは頭を抱えて何回か首を振って、そしてレイナに向き直って言う。
「そりゃ、あたしが暑さに弱いのは確かよ? 嫌だとも思うわよ?
 でもね、同行する以上、あたしなりに対策もしたし、覚悟もしてきたわ。迷惑掛けたくないもの。
 あなたがあたしと周りのみんなのためを思ってしてくれたことは嬉しいわよ。でも、それであなたに何かあったりしたら、あたしはなんて顔したらいいか分かんない。結局あたしは迷惑掛けてるのかな、って思っちゃう」
「…………」
 目を落として黙り込んでしまうレイナを見、カヤノも顔を伏せてレイナに何か持たせたかと思うと、背中を向けて立ち去ってしまう。手に握られた物を見たレイナは、それが暑さ対策のための魔法薬であることに気付く。
「まぁ……なんだ。とりあえずそれ飲んで頑張れ、ってことだろ。
 まだまだ先は長い、ゆっくり行こうぜ」
 ウルフィオナの手が、ポンポン、とレイナの頭を撫でる。
「……はい」
 少しだけ笑顔になって、レイナがもらった魔法薬に口をつける。だいたい美味しくない魔法薬は今回だけは、ちょっぴり美味しく感じられた。

「……ハッ! 今何か邪悪な気を……!
 ぐぬぬ、あの駄猫、お嬢様に良からぬことを教えているのではありませんよね!? あぁ、何故お嬢様は私を連れて行ってくださらなかったのでしょう。私だってお嬢様のお役に立ちたいのに……」
 一人留守番を言い渡されたリリ・ケーラメリス(りり・けーらめりす)が、悔しさに歯噛みしながらレイナの帰りを待っていた――。


「セリシアさん、お水が出来ましたですよ」
「ありがとうございます。カヤノさんから氷をもらってきました」
 土方 伊織(ひじかた・いおり)が用意した水に、セリシアがカヤノからもらってきた氷が注がれる。アーデルハイトの魔法薬を飲んでいる契約者は確かに暑さに強くなったが、それでも暑いことに変わりはなく、動けば喉も渇く。こまめな水分補給は必要であった。
「はー、冷たくておいしーです。どこまで調査終わりましたかねー」
 キンキンに冷えた水で喉を潤して、伊織が持ってきたHCで状況を確認する。この区画の調査は順調で、もうひと頑張りすれば全部の場所を調べ終えることが出来そうであった。
「これ、今まで私達が調べてきた場所ですよね? 簡単に分かってしまうなんて、凄いです」
 隣からセリシアが、画面を覗き込むようにして身を寄せてくる。極熱の地でも伝わってくる肌の温もりと、ふわりと鼻をくすぐるいい香りにうっとりしかけ、慌てて言葉を紡ぐ。
「た、大したことじゃないですよー。セリシアさんもやり方を教わればすぐ出来ますー」
「本当ですか? 伊織さん、よかったら今度教えてもらえますか?」
 覗き込んでいた姿勢から振り向いたセリシアと、伊織の目が合う。息のかかるような近さに伊織の顔が溶岩のように紅くなりかけた所で、別の場所を調査していたサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)が戻ってくる。
「お嬢様、私とサティナ様が調査した分をそちらのHCに転送します」
 ベディヴィエールがHCを操作すると、伊織の持っていたHCに二人が調査を行った分が反映される。残る場所は二つか三つか、といった所であった。
「お疲れさまですー。お水が出来てますので、べディさんも休憩してくださいー。
 ……はぇ? サティナさんはどこ行きましたですかー?」
「サティナ様でしたら、「あまりに暑いので着替えてくる」と仰ってましたが……」
 ベディヴィエールの回答に、確かにこの暑さですからねー、と納得しかけた伊織は、直後やって来たサティナの姿を見て危うく座っていた岩から転げ落ちる所であった。
「さ、サティナさん、何て格好してるですかー」
「む? なんじゃ伊織、我はただ暑いから水着になっただけじゃぞ?
 ……ふふーん、さては伊織、我の『せくしーぼでぃ』に欲情しとるな? 顔が真っ赤じゃ」
「違いますー! 皆さんの目もあるんですから、せめて何か羽織ってくださいですー」
「……その手があったとは、気付きませんでした。私も水着、持って来た方がよかったでしょうか」
「セリシアさんも張り合わないでくださいー」
 『姉妹』に翻弄される伊織を、ベディヴィエールが微笑ましげに見守る。

「この地で存在が示唆されているのは、ヴァズデル様方以外の龍と聞きました。
 私としてはその様な存在がまだ居た事に驚きましたが、何故今頃その様な存在が確認される様になったのかが気になる所ですね」
 水を口にして、べディヴィエールが疑問を口にする。ヴァズデルとメイルーン、二人の存在が表に出た時に一緒に表れてもおかしくなかったのに、何故今なのか、と。
「確かに、この炎龍は何故今頃目を覚ましたのか、気になるのう。
 我のような存在が居るのか、そもそもどのような状態なのか分からぬが、少しばかり覚悟はしておくべきかのう。
 万が一必要であれば、一時的に我が封印して時を稼ぐ事ぐらいは――」
 鮮やかな緑色のパレオを纏ったサティナがそこまで口にした所で、横から向けられるセリシアの鋭い視線を感じて言葉を止める。
「……まぁ、杞憂に終われば良いのじゃ。これまでの方法以外にも、炎龍と接触し、御する他の方法もあるやもしれん。
 保険、じゃったか、我の方法は其れ位で考えておけば良いじゃろうよ」
 セリシアに配慮した言葉をサティナが言い終え、伊織が後に続く。
「色々気になることはありますけど、情報が無し無しです。もうちょっと頑張って、調べてみるのが一番の近道ですかねー」
 セリシアとサティナ、べディヴィエールが同意の頷きを返す。
「では私とサティナ様は引き続き、調査に当たります。
 お嬢様、安全の確保と退路の維持、どうかこの二つをお忘れなきよう。折角お二人の想いが重なってこれから面白……こほん、大切な時期なのですから」
「べディさん、今の絶対からかってますよね?」
 伊織の指摘に、何のことでしょう、ととぼけてべディヴィエールが立ち上がり、サティナと共に新たな場所の調査に向かう。
「はうぅ……二人をこのままにしておいていいのか、悩みますよぅ」
 頭を抱える伊織の隣にセリシアが立って、微笑みを浮かべる。
「お姉様もべディさんも、大丈夫ですよ。ちゃんと伊織さんの力になってくれます」
「それは分かってるんですけどー。
 僕としては、二人の“戯れ”にセリシアさんが迷惑してないかなー、って思うのですよ」
 伊織とセリシアは先日、晴れて恋人同士になった。それまでもべディヴィエールとサティナはちょくちょく二人にハッパをかけていたが、二人が恋人となってからはより直接的に関与するようになっており、その事がセリシアにストレスになっていないか……と伊織は気にしていた、のだが。
「? 迷惑、ですか? 私は全然思いませんでしたけど……。
 ちょっと驚かされることはありましたけど、でも、楽しいですよ。伊織さんが一緒ですから」
 セリシアの回答に、伊織はあぁあ、とまたも頭を抱える。色々と考えていた自分が空回っていたことに、恥ずかしくなる。
(うぅ……悔やんでも仕方ないです。今はセリシアさんが恋人さんなんです、堂々としてろーです)
 ちょっぴり開き直りにも似た思いを抱きながら、伊織がセリシアの手を取って言う。
「恋人さんになって初めてのお出かけが、すごい場所になっちゃったですけど……。
 でも、必要な事ですし、一緒にがんばろーなのですよ」
「ええ、一緒に頑張りましょう、伊織さん」
 満面の笑みを浮かべて、セリシアが伊織の手を握り返す。