イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

リアクション公開中!

五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

リアクション



●『煉獄の牢』中層部:中層A

 ――契約者が調査を開始する前日の夜。

「…………」

 闇が、蠢く。眠りについていた獣達が異変を感じ取り、接近する闇に向けて吠える。
「…………」
 それでも闇の動きは止まらない。段々と獣達の様子がおかしくなり、闇から逃れようと四散する。
「――! ――!!」
 壁を背に、迫る闇へ懸命に吠える獣。しかしその啼き声も掻き消え、辺りは静寂に包まれた――。


 翌日、『煉獄の牢』中層部、【中層A】に生徒たちと入ったリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)モップス・ベアー(もっぷす・べあー)フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)は、進むたびに疑念に囚われていった。確か中層部には獣が住み着いているという報告があったはずだが、その気配が一切しないのだ。
「獣さんたち、どこに行っちゃったんだろ?」
「他の場所には居るみたいなんだな。ここだけいないのはおかしいんだな」
「僕たちが来たから、逃げてしまったんでしょうか」
「うーん、それだと悪いことしちゃったかも。後でごめんなさいって謝っておこうっと」

「…………」
 前方で交わされる会話を耳にしながら、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)はそうであったらまだ気が楽になれたのに、と思う。
「博季。もしかして……例の噂のこと、考えているの?」
 西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)の問いかけに、博季は険しい表情を崩さぬまま答える。
「……その化け物が、ここに来るとは限らない……けれど、胸騒ぎがするんです」
 『異形の化け物が、契約者や家畜を襲っている』という噂は、こと契約者の間では徐々に広まりつつあった。彼の者は神出鬼没にして狡猾であり、加えて強大な力を振りまく、危険な存在。そして何より、化け物が元はイルミンスール魔法学校の研究員であったという話。そんな化け物がこの地に現れでもすれば、最悪のシナリオだ。
(どうか、出て来ないでくれ……それがお互いにとって、一番いい結果のはずだ)
 そうは思いながらも、出現する可能性を拭い切れないからこそ、これほどまでに警戒している。気にすれば相手の思うツボかもしれないのに、気にせずにはいられない。
(たわけが。そうした気分こそが魔物を近付けていることに気付かんのか。
 ……とはいえ、俺様も博季に説教出来たものではないな。この気配……何か、いる)
 一行の少し前を行くコード・エクイテス(こーど・えくいてす)も、神経を尖らせて辺りの様子を伺う。

「あつーい! あついあついあつい! まったくもー、この暑さ、どーにかならないの!?」
 ……あー、こんな暑いのが分かってたらあの薬、全部飲んじゃうべきだったよー。でもでも、あれは貴重なサンプルだし……」
『……えぇい、五月蝿いなレスリー。おまえはもう少し静かに出来ないのか?』
「まぁまぁ、いがみ合えば余計に暑くなりますよ。レスリー、あなたも分かっているでしょう?」
『う、うむ……』「はーい、ごめんなさーい」

 アーデルハイトから貰った魔法薬を『後の解析のため』と残したため、しきりに暑さを訴えるスクリプト・ヴィルフリーゼ(すくりぷと・う゛ぃるふりーぜ)に、魔鎧としてフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)に装着されているグリューエント・ヴィルフリーゼ(ぐりゅーえんと・う゛ぃるふりーぜ)の叱責が飛ぶ。危うく一触即発の事態を、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が宥めて落ち着かせる。
「大丈夫、フィル君? 暑くない?」
「あ、あはは……大丈夫です、って言いたい所ですけど、正直、暑いですね。
 あ、でもフリッカさんのおかげで少し快適になりましたよ。ありがとうございます」
「良かった……。うん、私はほら、炎系得意だから、慣れてるし。
 何か困ったことがあったら言ってね」
 操る魔法の属性、及び体質柄暑さに強いとはいえないフィリップを、フレデリカは炎への耐性を高めてあげることで気遣う。
(……このままずっと、こんな時が続けばいいのにな)
 それが希望的観測を含んだ思いであることは、フレデリカ自身がよく分かっていたことだった。

(……あぁ、やっぱり目撃されてたんだ。エッツェルさん……来るのかな。
 エッツェルさんが何を考えているのか、ボクには分からないけど……でももし、もしもだよ、エッツェルさんが自身を犠牲にしてでも、ボクたちの前に立ちはだかる事でボクたちに眠る力を引き出す意図があるのなら……その願いには応えたい、な)
 ここ数日の情報を見返し、異形の化け物が目撃されたというのを発見した赤城 花音(あかぎ・かのん)が化け物――エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)――の意図を想像する。それは希望的観測で、実際は違うのかもしれないけど、だからといってネガティブな方向には考えたくはなかった。恨みや憎しみを抱いて戦っても、それで何かを得られるとは思えないから。
(ボクは『新しい力』を創造したい。ただ相手を討ち滅ぼすだけじゃない、もっと別の形で戦いを終わらせられる力を……)
 それが何なのかは分からなかったが、それに最も近いのは『歌』なのかな、と花音は思う。
「……姫がイコンでの応戦でなく、このような形を取った理由……まっ、何となく想像はつきますが」
 思案する花音の背中を見つつ、申 公豹(しん・こうひょう)の呟きにリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)が返すように口を挟む。
「花音は……自分の『歌』がどんな『力』になりうるのか、見極めたいと思ったのでしょう。
 ただイコンで対峙するよりは、花音らしいとは思いますが」
「そうね。……でももしエッツェルさんが出た場合、全力でこちらに向かってくると思う。
 そうなったら……私達のうち誰かが、しっかりと応戦しないといけないわね」
 ウィンダム・プロミスリング(うぃんだむ・ぷろみすりんぐ)の言葉に、公豹とリュートがしっかりと頷く。
 ――この意識が、出来ればただの空回りで終わってくれることを願いながら。

「あっ、獣さん見つけた! 良かった、逃げちゃったわけじゃないんだね」
 リンネが指差した先、確かに獣らしき姿が見えた。しかしリンネが数歩近付くと、獣は途端に警戒態勢を取り、今にも飛びかかりそうであった。
「うぅ、すっかり怖がられちゃってる。ごめんね、勝手に入っちゃったこと、謝るよ。だから機嫌なおして?」
 謝罪の言葉を口にし、リンネが一歩、二歩足を進めた所で、弾丸のように獣がリンネへ向けて飛び出す!
「リンネさん!!」
 咄嗟に博季がリンネの前に出、突撃を受け止める。モップスが射撃で獣を追い散らし、そこへコードの打刀が獣の足を打ち、地面に転がす。
「『妹』の前で、命までは取れん。……そこでしばらく大人しくしていろ」
 一瞥くれて振り返れば、博季が負った傷を幽綺子が回復していた。幸い大した怪我ではなく、行動に支障はない様子だった。
「大丈夫ですか、リンネさん」
「う、うん……博季くんこそ、大丈夫?」
「僕は平気です。……その、リンネさん、気にしないで。きっと『炎龍』の影響でああなっているだけで、本当は優しい子だから」
 博季の言葉にうん、と頷くも、影は完全に抜け切らない。なおも言葉をかけようとした時、コードの珍しく驚いた声が響く。
「何っ!? 何故こうも早く動ける!」
 一行が視線を向ければ、先程足に打撃を負ったはずの獣が平然と立ち上がり、殺意を剥き出しにしていた。それだけではない、奥の道から、そしてどこからやって来たのか、手前の道からも複数の獣が現れ、やはり殺意をその全身から湧き上がらせていた。
「こいつら……何故僕たちを狙う!」
 博季の言葉に、獣は牙を煌めかせて跳びかかることで応える。やむを得ず繰り出した博季の術にかかる獣、しかし予想された威力を与えるに至らない。
(! この術が通じない、ということはまさか……)

 奥の道の先で、闇が蠢く。やがて一つの形を取って、一行の前に姿を見せる。
 異形の化け物、エッツェル・アザトース。彼の目的は如何に――。

「!! 父さん!!」
 同じ頃、別の場所でエッツェルの行方を追っていた緋王 輝夜(ひおう・かぐや)は、エッツェルの気配を感じ取り、即座に駆け出す。
(誰でもない、あたしが、父さんを止めてあげないと。
 ……その時はあたしもタダじゃ済まないだろうけど、そんなの構うもんか)
 もちろん、エッツェルが元に戻ってくれるのが一番いい結果だが、それが無理ならたとえ刺し違えてでも止める。これ以上、無関係な人たちを巻き込みたくない――。
「……見つけた!」
 道の先、おそらく“喰らった”であろう獣達を操り、契約者を襲わせている異形の化け物。……あぁ、またこうやって無関係な人を巻き込んでしまっている――。

「久しぶり輝夜、アレは『私が知ってる奴』かな?」

 その時突然、背後から声が耳に届く。聞き覚えのある声に振り返れば、坂上 来栖(さかがみ・くるす)の姿がいつの間にかあった。
「え、あ、そ、そうだけど……つうか感じ変わった? それに喋り方も……」
「やっぱそうか〜。私が寝てる間に色々あったんだな……。
 え? 口調? あぁ、あの喋り方面倒臭かったからやめたの」
 そんなことより、と呟いて来栖がスッ、と輝夜に詰め寄り、問いの言葉を発する。
「お前はあいつを、どうするつもり?」
「どうする、って……。あたしはあいつを……エッツェルを放っておけない。
 捕まえて、元に戻す。それが無理なら……倒してでも、止める」
「ふ〜ん、なるほどね……いい考えだけど……駄〜目」
 輝夜の答えを聞いた来栖が不敵な笑みを浮かべ、拳を輝夜の腹にめり込ませる。ぐったりとした輝夜を抱え上げ、背後で待機していたナナ・シエルス(なな・しえるす)に寄越す。
「ナナ、ここで待ってなさい。戦闘の余波が来たら、守ってあげて」
 そう言い残し、来栖がエッツェルの元へ向けて駆け出す。
「……柄にもねぇことやりやがりますね」
 呟き、ナナが輝夜を背に、周囲に鋼の粒子を散布して防御を固める。