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五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

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五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

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●『煉獄の牢』中層部:中層C

「燃えたぎる熱気……焼けつくような空気……くぅ〜、たまんねぇぜ。
 イルミンスール近郊じゃこういった環境少ねぇしな。十分堪能しとかねぇと勿体ねぇぜ、なー火吹王」
 【中層C】を友人の『炎帝 火吹王』と共に進むカレン・ヴォルテール(かれん・ゔぉるてーる)は、炎熱の精霊とあって非常に上機嫌であった。普段は相田 なぶら(あいだ・なぶら)や他のパートナーに渋々くっついていくことが多い彼女が、進んで『煉獄の牢』探索の協力を申し出たのは、常人であればとても耐えられない熱を目一杯浴びたいという思惑あってのことだった。
(カレン、ノリノリだなぁ……やっぱ炎熱の精霊だし、この場所と相性いいんだろうなぁ。
 にしても、あっついなぁ……パートナーがやる気満々なのは心強いけど、これだけあっついと堪ったもんじゃないよ)
 カレンの後ろを進むなぶらは、魔法薬を飲んでも感じる暑さに「俺、今回はカレンのサポートでいいよね」と思うようになっていた。これが普段なら「ふざけんな働け」とカレンにツッコまれたかもしれないが、今日のカレンは一味違う。
「おっ、早速湧いてきやがったか。ったく、ここが落ち着くってんならもっと下行きゃいいのに、勿体ねぇ。
 来るなら来いよ獣共、今日の俺は機嫌も体調もすこぶる良いんだ。特別に優しく黙らせてやるよ」
 侵入者の気配を察知し集まって来た獣達へ、火吹王から降りたカレンが臆することなく眼前に立ち、力をみなぎらせる。結んだ髪、纏った巫女服が力の波動で光を放ち、バタバタと躍動する。
「――――!!」
 そして、みなぎらせた力を解放すれば、カレンの全身に無数の眼が出現し、獣達を睨みつける。視線を合わせてしまった獣達はことごとく身の自由を奪われ、中にはその場にバタリ、と失神してしまうものもいた。
(うわぁ、えげつない。えげつないよカレン。優しくない、全然優しくないよ)
 背後で見守っていたなぶらが、先の瞳で獣達を脅すカレンの姿を想像して戦慄する。確かに、炎をぶつけたり炎を吐いたりして蹴散らさないだけ『優しい』のかもしれないが、地面にふるふる、と震えながらのたうつ獣達を見ていると、同情を禁じ得ない。決して彼らの全てがこちらに牙を剥くつもりでなかったのだろうと思うから。
「ふぅ。ま、こんなもんか。
 おい、今度俺の前に立とうものなら容赦しねぇからな、分かったな!」
 一息ついたカレンが、遠くで怯えている獣に宣言すると、悲鳴のような鳴き声を上げて獣が一目散に逃げていった。事情を知った他の仲間も、不用意にカレンの前に立つことはなくなるだろう。同じ場所で調査を行なっている契約者が、獣達に襲われることは少なくなりそうだ。
「さーて、俺達も調査をすっか。火吹王、行くぜ」
 応えるように啼いた火吹王に乗って、カレンが奥へと向かう。
(今日は楽だなぁ……あ、ごめん、ちょっと通るよ)
 その後ろをなぶらが、倒れ伏す獣達に一礼入れて、追う。


「『煉獄の牢』入口にベースキャンプが設置されているが、ニーズヘッグ、あんたはここには来ないのか?」
『あぁ、そっちにゃアメイアが行ってるはずだからな。オレまでイナテミスを離れたらカラになっちまう。
 ま、オレにとっちゃ大した距離じゃねぇ。危なくなったら今みたいに連絡しな、飛んでってやる』
「分かった、ありがとう……では、行ってくる」

 『煉獄の牢』へ向かう前、イナテミスで警戒態勢を取っているニーズヘッグと連絡を取り、緊急事態の際には救援要請を送ることを伝えた瓜生 コウ(うりゅう・こう)が、【中層C】の調査を開始する。
(周囲に獣の気配は……ある、が、こちらに敵意を向けているわけではないな。
 不用意に刺激しなければ、安全に進めるだろう)
 感覚を研ぎ澄ませ、獣のおおよその位置をHCに登録し、情報の共有を図る。地上とは違う閉鎖空間での行動は、情報の不足は最悪、死に繋がる。
(この場所は、避難場所に使えそうだな。溶岩の流入も比較的少ないと考えられる。登録しておこう)
 岩の強度、周囲の高低差を調べ、万が一この場所に溶岩が流入してきた際に一時的に避難できる場所をHCを通じて登録しておく。こうしておけば、万が一の時に生存の可能性が高まるはずだ。
(……む、音が聞こえるな。これは……蒸気が噴き出す音か?)
 足を止め、聞こえてきた音の正体、どこから聞こえてきたのかを探る。
(……あそこか)
 そこは、人一人が通れるかどうかといった通路だった。いかにもこの先に何かありそうなものを感じさせるため、うっかり他の誰かが侵入してしまいかねない。だが先には、おそらく超高温の蒸気が噴出しているはずだ。
 試してみるか、とばかりに、コウが自分の身長の2倍ほどある長さの棒を通路の先へ伸ばしていく。そろそろか、という所でボッ、という音が聞こえたコウは、咄嗟に棒を手放す。地面に落ちた棒は乾いた音を立て、その長さは明らかに短くなっていた。
(……ただの蒸気ではないようだな)
 棒を蒸発させるほどの蒸気とはどのようなものなのか想像もつかなかったが、ともかくこの通路は決して通ってはならないと判断したコウは、HCにその旨情報を送る。いくら契約者が暑さに耐性の付く魔法薬を飲んでいたとしても、これほどの蒸気に晒されれば骨も残らないだろうから――。


(……もしかしたら俺は、イルミンスール生徒のことを一意的にしか見ていなかったかもしれないな。
 少なくとも、この人達の調査方法、意図は俺にも理解できるものだ)
 イルミンスール生徒に同行し、【中層C】の調査を進めていた酒杜 陽一(さかもり・よういち)が、思案する。

 イルミンスール生のイメージは、まあ色々あるだろうが、代表であるエリザベートやアーデルハイトを例に取ると、
 ・常人では持ち得ぬ魔力・知識を有する
 ・天才肌
 ・事態の変化への適応に弱い
 ・神出鬼没でどこか陰湿
 ・気まぐれでわがまま、身勝手
 ……などが挙げられる。魔法の才を持たぬ者からすれば、何となく理解し難い、というのがイメージにあるかもしれない。

 だが勿論、イルミンスール生の全員がエリザベートやアーデルハイトのようなわけがない。努力タイプの人もいるし、周りの環境に難なく順応し、コミュニケーション能力に優れ、組織行動に秀でた生徒だっている。昔はまだ生徒数も少なく、それでいて校長が皆個性的だったため偏ったイメージが形成されがちだったが、生徒数も増えた今ではどの学校もそれなりにならされたイメージ(無論、例外はあるが)が形成されている。
(確信は知識ではなく無知から生まれるともいう。少なくとも今日、俺は一つのことを知った。
 これからも偏見と憶測に囚われぬ様、常に自戒していきたい)
 心に留め、陽一が情報を蓄積させるため、行動に移る。ナノマシンを組み込んだ熱感知センサーで、溶岩・高温蒸気の噴出箇所を調べ、まだ記録されていない場所であればHCを通じて登録していく。途中で徘徊する獣を見つけて警戒するが、彼らはこちらを見て警戒こそするものの、襲い掛かるような真似はしてこなかった。
(彼らは、これからここに定住するのだろうか?
 安全が保証されているなら良いかもしれないが……)
 獣の外見を見るに、暑い場所に適した姿ではない。それなのに平然としているということは、もしかしたら『炎龍』の加護とやらがあるのかもしれない。
(……それでも、もしこの場所で大規模な戦闘が起きることになれば、崩落したりで危険だ。
 いざという時のため、避難経路は想定しておいた方がいいな)
 事によっては、地上に待機させているレモンちゃんにも協力をしてもらうことになるかもしれないと思いながら、陽一が調査を進めていく。


(ここ入った時下見たけど、流れてる溶岩、すっごい熱そうだったよね……。
 でも今は、ちょっと暑い、くらいで過ごせてる。アーデルハイト様の魔法薬、凄いな……)
 紅く熱されたような壁や、流れる溶岩を目の当たりにした五月葉 終夏(さつきば・おりが)が、おそらくかなりの暑さであろう内部を調査することを可能にした魔法薬を素直に、すごいな、と思う。今度機会があったら調合している所を見せてもらおう、そう終夏が思っていると、草原の精 パラサ・パック(そうげんのせい・ぱらさぱっく)が終夏に先行して駆け出そうとする。
「パラサ・パックの第六感をビリビリ働かせて、手付かずのお宝を探してみるぎゃー」
「こらこら、となりの。分かってるとは思うけど、もし手付かずのお宝を見つけたとしても、
 ちゃんとエリザベート校長やアーデルハイト様の所に持っていくからね?」
 釘を差しつつも、終夏自身もパラサ・パック同様、未だ見ぬ土地に胸踊らせていた。
(ふふふ、どんな発見があるのか、楽しみだなー)

 足場の欠けている道を箒で飛び越えた先、開けた空間の入口で、終夏が通って来た道をメモ帳に記録する。自分達はHCなどの機器を持っていないが、持っている人に伝えれば情報として蓄積されるだろう。
「くんくん……この部屋には何か隠されている匂いがするぎゃー。
 となりの、あの壁が怪しいと思わないか?」
 メモを取り終えた所で、パラサ・パックがある一点を指差す。終夏もそちらへ視線を向けると、確かに紅く光る壁の中、一際光を放っているように見えた。おまけに何やら窪みまで見える。
「いかにも、って感じだね。あの先にお宝があると思うんだけど、どうする?」
「鍵開けなら任せるぎゃー……と言いたい所だけど、多分物凄く熱くなってるんだぎゃ」
 腰から試しに金属の棒を抜き取り、パラサ・パックが扉に見立てられた壁へ向かい、窪みの所に棒を触れさせる。
「うわっち!」
 瞬間、棒がジュッ、と溶け、パラサ・パックがふー、ふーと指に息を吹きかけて冷ます。
「うーん、やっぱり熱いか。これで冷ませると思う?」
 終夏が、水が魔法によって込められた球体を取り出して見せる。
「冷める以前に、爆発しそうだぎゃ」
 何せ相手は、金属を一瞬で溶かす壁である。パラサ・パックの言う通り、冷める以前に水から蒸気への変化イコール爆発が起きそうであった。
「そこは、ほら。そうしてくださいと言わんばかりに壁があるじゃない?」
 終夏が示した先、確かに人二人くらいが身を隠せそうな壁があった。
「……誰が投げ込むんだぎゃ?」
「誰って、ほら。私は手先、器用じゃないし?」
「手先が器用とか関係ない気がするぎゃー」
 終夏に指名されて、パラサ・パックが渋々球体を握り締め、壁の窪みに狙いを定めて投擲する。
「ひゃー」
 パラサ・パックが壁に隠れた直後、弾けるような衝撃が空間を伝播する。恐る恐る壁から覗き見ると、光輝いていた部分が盛り上がって左右に分かれ、その中に燃え盛る球体が据えられていた。
「お、お宝発見、って感じ? あれも見た感じ熱そうだよね……じゃあ、これで」
 終夏が両手に氷術を展開、燃え盛る球体を掴み取る。
「うん、なんとか運べそう。皆と合流して、保管手段を確保しないとね」
「じゃあ行くぎゃー」

 手に入れた『サークル炎塊』と共に、二人がその場を後にする。