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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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「ポイントは絞った方がいいな」
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が、 時間が無いからとばらばらに動いては意味がない、と、焦りを押し殺しながらざっくりと現在の配置を記したマップを前に言う。
「超獣の中に突入するなら、最も効率が良さそうなのは口だ」
 迂回するロスを減らすためには、突入するのは正面、それも巫女へ向って道がある口が理想ではある。そのため、囮は正面への注意を逸らすために出来るだけ派手にひきつけるべきだ、と言うのに、頷きながらも「だが」と別の声も上がる。
「デコイは多いほうが良いが、あまり分散させすぎるのも問題だ」
 三船 敬一(みふね・けいいち)の言葉に、小次郎も頷いた。
「正面を中心に、左右に展開させるのが良さそうだ。距離はあまり離れない方が良いだろうな」
 あまり広範囲で分散させると、意識は分散されるだろうが、いざ突入となったときに逆にそちらを無視されるようでは、対処が間に合わない可能性もある。それならばいっそ、近い距離で左右に振ったほうが、その谷間を突くことが出来るかもしれない。
「超獣は視力ではなく、熱で敵を認識しているからの。熱源が近くにあれば、その合間が穴になる可能性はあるじゃろうな」
 禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)が同意を示したのに、佐野 和輝(さの・かずき)も頷き、人数調整のために、各担当をマップの上に乗せて、小次郎達と調整していく様子を見ながら「だが」と狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)が難しい顔で口を開いた。
「そもそも、口から突入するんじゃ、危険が大きすぎないか?」
 対策はできているとはいっても、音波攻撃は顕在であり、今は歯が生え揃っている上に、凶暴性が増している状態だ。危険は、最初に刀真が突入したタイミングよりも、大きな物となっていると考えて間違いはないだろう。だが、それには当の刀真が首を振った。
「承知の上だ。それでもやらなきゃ、始まらないだろう」
 その会話を聞いていたエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が「ふむ」とどこか面白がっている様子で口を挟んだ。
「同じ危険なら、もっと手っ取り早く巫女の元へ行く手が、無いわけじゃあないですよ」




 そうやって、突入組みがその作戦を共にする面々で手早く打ち合わせを済ませていく中、「後は、あんたの仕事だ」と、呼雪はディミトリアスを正面から見据えた。
「想いを一万年も抱き続けるなんて、並大抵の事じゃない」
 執念や怨念にも近い頑なな感情は、他人がどう言おうと何をしようとそう容易く解けるものではない。命を救っても、望みを果たさせたとしても、それだけでは意味がないのは、判っているはずだ、と、巫女の記憶と、その思いを知ったためか、どこか青ざめて見えるディミトリアスの肩を、呼雪はぐっと掴んだ。
「あの2人を本当の意味で救えるのは――『お前』しかいない」
 そんな呼雪の言葉に、佑一も頷く。
「あなた以外に、巫女の悲しみを払える人はいません。歌うのは無理でも、声を届けてあげてください」
 そう訴える二人の言葉の意味も、必要性も、判っているはずだ。それでも、何かを躊躇う様子のディミトリアスに、プリムラが怒ったような顔でぎゅうっとその袖口を掴み、プリムがもう片方の袖をくい、と引っ張って、物言いたげにその目を見上げた。両の視線に気圧されるように、ぐと詰まったディミトリアスは「だが」とその躊躇いの原因を口にした。
「……この体は、俺のものじゃない。ただでさえ影響を与えすぎる少年の体で、術士の俺が言葉を使えば……」
 どんな影響が出るか判らない、と苦い声が呻く。だが、それに返されたのは大きな溜息だった。
「全くねえ、この期に及んで、心配することが違うんじゃあないのかな?」
 言いながら、ヘルは肩を竦めつつ、呼雪とは逆側の肩を叩いて、意味深に目を細めて笑った。
「どっちにしたって超獣を何とかしないと、ディバイスくんだって危ないんだよ。それに、ディバイスくんだって、危ないのなんか多分、最初からわかってたはずだ」
 では、それでも何故ディミトリアスにその体を貸して、しかも殆ど完全な形で預けているのか。答えは簡単だよ、とヘルは指を振った。
「ディバイスくんは君を、ディミーを信じたんだよ。だったら、君も信じてあげなきゃあね」
 ぱん、と景気付けのように背中を叩かれたディミトリアスは、一瞬瞬き、直ぐにそれを飲み込んで目を伏せた。ぎゅう、と錫杖を握りる手が、最後の迷いを振り切るように握り締められる。そして。
「……わかった」
 再び開いたディミトリアスの目には、強い決意が宿っていた。





 同じ頃、アルケリウスと向き合う面々は、一瞬ではあるが、その動きが僅かに鈍ったのを感じていた。力が弱っているのではない。もっと別の何かによって、心が乱れたのだ。それを察知し、実際にはそれが、巫女の記憶の逆流によるものだとは知らないまでも、優はそのアルケリウスの揺らぎに賭けるようにして口を開いた。
「貴方の本当の願いは何だ。本当に取り戻したいのは何だ!?」
 その、叫びに似た問いに、アルケリウスの妙に不穏な色をした目が、じろりと睨みつけたが、それにもめげずに優は続ける。
「今ならまだ、間に合う。答えてくれ、アルケリウス……!」
 だが、アルケリウスはその言葉に、口の端を引き上げるようにして笑った。
「……揃いも揃って、やかましい連中だな」
 その口から、小さく呟きが漏れる。双方は知らない事だったが、先ほどからのアルケリウスの揺らぎは、祠から訴えかける、レンの言葉によるものだ。揃って自身の望みを、家族を思えと訴えかけてくるのに、わずらわしげに首を振ると、「最初から言っているはずだがな」と目を細めた。
「俺の望みは、復讐だ。今更何が間に合う……貴様らが止めたのだろう?」
 その声は、敵意というよりは嘲笑のようだった。それでも尚、優は詰め寄ろうとしたが、前線へと戻ったニキータは、そんな優の前へと出ると、すっと手を出してそれを制した。
「……悪いけど、そろそろ時間切れよ」
 物言いたげな優だったが、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が逆側から前へ出ると、その銃口をアルケリウスへと向けた。
「もう、倒す以外方法はないわ。復讐が既に、彼のアイデンティティ……いえ、存在意義になってしまっているのよ」
 そんな風に、憎悪に凝り固まってしまったものを、救う手段は、一つしかない、と。その銃口を向ける手に、無念さを滲ませる力が篭っていたのに気付いていたが、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は黙ったまま、自らもその武器を構えてアルケリウスに相対した。恋人がそうして添ってくれるのを感じながら、セレンフィリティは決意に目を細めた。
「殺してあげる。それが唯一の救いでしょうから」
 

 その一声を引き金に、再び戦いは始まった。
「本気……出しますよぅ!」
 戦闘開始と同時、セレアナの光術が、閃光弾のように光を弾けさせて、周囲を白く埋める中、最初に飛び出したのは九断 九九(くだん・くく)だ。愛用のトマホークを振り上げ、鬼神力による足のばねに任せて突っ込むと、アルケリウスの肩口をめがけて振り降ろす。飛び込んだ勢いと、全体重を乗せた重い一撃が、ガギン、と槍とぶつかって大きな音を立てた。だが、体格で勝るアルケリウスは、掌への痺れを感じながらもそれを耐え切ると、ぶん、と大きく槍を振り払うことで攻撃をいなしてしまう。
「ち……っ」
 九九はすぐさま、猫のように体勢を立て直して、弾かれた力にまかせて距離を取る。そんな九九を追うように、アルケリウスの槍が伸びたが、それは、フォースフィールドによって強化されたカイトシールドを突き出した陽介によって防がれた。
 続く2撃。そうして槍と楯のぶつかった一瞬の隙に、今度は横合いからニキータが飛び出して、槍の破壊を狙ってその拳を柄に向けて突き出した。が、それは、アルケリウス自身を軸にし、横回転した槍の柄が、ひゅっと横薙ぎに払われて防がれる。ばしん、と互いの攻撃のはじける音と共に、ニキータは素早い身のこなしで僅かに距離を取った。声の届く距離だ。
「ねえ、あんた……弟君が裏切った……って、本気で信じてるの?」
 その言葉に、アルケリウスは答えず、槍を突き出してきたが、それをばしん、とボクシングの要領で穂先を横に叩いて受け流しながら、ニキータは続ける。
「ただ、巫女を救いたかっただけよ。そんなこと、あんた、判ってたんじゃないの?」
 一体何が、あんたをそう思いこませているの、と、続けられた言葉に「煩い」とアルケリウスは強い苛立ちを示した。
「貴様などに、何が判る。俺達が、生まれた意味が!」
 叫ぶように声を荒げたアルケリウスだったが、ニキータは眉を寄せて「なら」と切り替えした。
「どうして超獣を担ぎ出したのよ」
 ディミトリアスの話では、戦士と術士は、超獣とその巫女を守るためだけの存在だった筈だ。現に、ディミトリアスは、巫女と同時に超獣を守らねばと思ったからこそ、巫女が超獣を降ろすのを待ってから、命を使って封印を施したのだ。それを考えれば、アルケリウスの行動は超獣を守ることから逸脱しているように思える。その言葉は、思わぬところをついたらしい。ほんの一瞬、アルケリウスの手が鈍った、その時。その隙を突いて、セレンフィリティの幻覚が、その身を蝕むように襲い掛かっていた。
「……っ!?」
 突如、脳裏に蠢き始めた黒い幻覚に、アルケリウスは、その眼を敵から離さないまでも、片方の手で頭を押さえた。
(何だ、これは……)
 地面から生えてくる、無数の黒い手。恨みを、呪いを、苦しみを訴える、かつての一族の屍の群れ。仲間の無念が纏わりついて耳元で囁く。”お前も裏切るのか”と。
「――……ッ!」
 耐え切れず俯いたアルケリウスに、今だ、とばかりにミスノ・ウィンター・ダンセルフライ(みすのうぃんたー・だんせるふらい)をはじめとして、セレンフィリティ達が一斉に飛び掛った。が。
「違う……っ!!」
 叫び、一閃。
 まるで爆発するように、黒と赤がない交ぜになった炎が、雷を纏いながら唸りを上げてアルケリウスの全身から吹き上がり、飛び掛ろうとした九九達を、陽介の楯ごと吹き飛ばした。
「きゃああ……!」
 攻撃のタイミングで、まともにそれを食らったのだ。セレンフィリティたちの体が、地面へと叩きつけられるようにして転がる。その体めがけて、どんな幻覚を見たのか、血走った目をしたアルケリウスが、バチバチと炎と雷を纏わせた槍を、まとめて全てを吹き飛ばさん勢いで振り下ろそうとしていた、その時だ。
「お止めなさい、アルケー!」
 叫んだのは、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だったが、アルケリウスはほんの僅かに目を奪われた。
「……巫、女……?」
 冷静な頭で、よく見れば判っただろう。リカインは、ディミトリアスから聞いていた巫女の仕草、そしてアルケリウスの呼び方を、ただ真似ただけだと言うことに。だが、アルケリウスがそれに気がつくよりも早く、リカインは口を開いた。
「我が身と引き換えに、皆に加護を……!」
 瞬間、発動したサクリファイスによって、突如目のくらむような光がリカインからあふれ出し、倒れたセレンフィリティたちへと降り注いで癒していく。しかし、その代わり――光が収まった瞬間、リカインは、糸の切れた人形のようにしてがくん、と崩れ落ちた。
「……っ」
 その名の通り、身を犠牲にするその技を目の当たりにし、アルケリウスが一瞬、うろたえるように動きを止める。そんなアルケリウスに向って、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)は思わず、といった様子で「……どういう、気持ちです?」とアルケリウスを睨みつけた。
「その気持ちが、あなたのしていることに対して巫女の抱く気持ちだと、理解なさい」
 冷たく響くその言葉に、アルケリウスの目が、一瞬揺らぐ。
 それを見て、ニキータは聞こえないほどの声で、通信機に告げた。

「……今よ」