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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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 同時刻、西、七本の稲穂の祠では、超獣の呪詛を祓う際に負った、体へのダメージに、ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が真っ青な顔をして肩で息をしていた。
「ユリ、大丈夫かい?」
「吐いたらだいぶ良くなったのですよ」
 その背中を支えながら、ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)が心配げに言うのに、ユリはなんとか笑い返して見せた。そんな二人を横目に、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は、珍しく苛立たしげに爪を噛んだ。
「珍しいな、リリ。何を気に病んでいるんだ?」
「ピースが足りない…」
 ララの言葉への答えとも、独り言もとれる声を漏らすのに、ユリとララは「ピース?」と揃って首を傾げた。そんな二人に向って、リリは続ける。
「神官達は槍で祠に繋ぎ止められていた。地下神殿では超獣だ。ならば巫女は?」
 その言葉に、ララとユリが顔を見合わせた。
「……巫女は、眠りの封印を受けていたんだろう?」
 ディミトリアスのかけた封印によって、永い眠りについていたはずだ。
「それが問題なのだ。その封印によって干渉する術を失って、一族を滅ぼした者達は、超獣を操るのを諦めたはずなのだ。なのに、今になって、眠ったままの巫女を担ぎ出し、実際成功している……何か、重要なピースを見落としている気がしてならないのだよ」
「なら、聞きに行けばいいのです」
 そうやって唸ったリリの言葉に、まだ僅かに顔色が優れないものの、ユリが顔を上げ、力強く言った。ぱちりと目を瞬かせるリリに、ユリは続ける。
「呪詛が晴れた瞬間、超獣の陰に巫女さんを感じたのです。もう一度やれば届くかもですよ」
「ふむ……」
 その言葉に、リリは考えるように唸った。この場所は、復活した超獣が地上へ顕れるのに使った祠だ。廟が浄化され地力の増した今なら、祠の本来の機能にあわせて、同化する巫女の精神へも辿り着けるかもしれない。だが。
「いや、それは……危険過ぎる」
 止めたのはララだ。ユリが負ったダメージは、まだ完全になくなったわけではない。その状態で無理をさせるのは、とララは渋い顔だが、当のユリはふるふると首を振った。
「いいえ、やります。大丈夫、きっとうまくいくのですよ」
 そう言って、ユリは、リリとララの手をとると、にっこりと微笑んで見せた。
「だって、何があってもワタシの騎士とワタシの魔法使いが……太陽と月が守ってくれるのですから。違いますか?」
 そう言われてしまっては、二人とも肩を竦めつつ、その手を握り返して応える他なかった。





 そして更に同じ頃、ディミトリアスから確認した通り、祠を起動させるための手順――完全な形となった”槍”であったものを取り外された祭壇に、その手を触れさせ、その名と意思を明らかにする――を終え、各祠で歌い手たちがその歌声を響かせていた。
 ユリのように、受けたダメージから回復しきっていない者や、体力的な問題もあるため、回復した者からローテーションで行っているのだが、内ひとつ、南の五匹の魚がレリーフに刻まれた祠では、幸せの歌に乗せて、鎮めの歌を歌っているノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)の隣で、レン・オズワルド(れん・おずわるど)が眉を寄せていた。祠の機能が戻ったことで、エールヴァントの懸念の通り、超獣からの力も逆流、すなわち荒らぶっている超獣のエネルギーが流れ込んできているのだ。そしてそれは同時に、アルケリウスの憎悪そのものも、流れ込んできている、ということだ。
「アリス様、大丈夫ですか!?」
 ふるり、と身を震わせるように腕を抱いたアリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)に、リンダ・リンダ(りんだ・りんだ)が慌てて寄ると、アリスは僅かに顰めた顔で首を振り「大丈夫ですわ」と安心させるように笑ってから、視線を廟の中心、超獣へと繋がる祭壇へと向けた。
「……これが・アルケリウス・ディオンの憎悪、いえ、絶望なんですわね」
 そこから溢れ、祠の中へと響く、超獣の慟哭のようにも取れる”声”に、アリスは呟いた。
 彼女の耳が拾う、声。突然全てを奪われた、理不尽への怒り、邪教と誹られたことへの憤り、一族を皆殺しにされた恨み、何より、自身の守ってきた巫女、そしてたった一人の家族を、踏みにじるようにして奪われたことへの憎悪。そんな、昏くも激しい執恨の咆哮の中に、アリスはその憎悪の中に、決して満ちることのない「虚」を見つけた。
「本当は、判っているのですわね。もう何も、取り戻せないことなど、最初から……」
 希望は残されず、悲しむにはその嘆きより、身を焦がして余りある憎悪が勝る。忘却を、絶望を恐れるように憎悪を燃やし続ける心はやがて、憎悪そのものと化したのだ。
 その経緯を思って表情を曇らせたアリスだったが、レンはノアの歌う歌に寄り添うようにしながら手を伸ばし、祭壇の中央へと触れた。
「それなら……その憎悪を上回る想いを呼び覚ますことが出来れば、正せるかもしれないな」
「できるでしょうか?」
 難しい顔をするノアに、レンはこくん、と力強く頷いた。
「できる、と思う。この憎悪の根源は、恐らく愛情だからだと、俺は思う」
 本当は、弟たちの幸せを願っていたのではないかと。そんな深い愛情ゆえに、反転してしまったそれは激しく深い憎悪に成り代わってたのではないか、と。なら今、その復讐を果たせないだろうと、察し始めている今なら、本当に望むものがなんであるかを探り、ここから訴えかけることが出来るかもしれない。
 まるで、そんなレンの心の声が聞こえていたかのようなタイミングで、唐突に鳴った通信機に、北の祠にいた源 鉄心(みなもと・てっしん)が手を伸ばした。発進先はツライッツだ。
「どうしました?」
 問うと、ツライッツは「提案があるんです」と切り出した。
『皆さんに、歌の切り替えをお願いしたいんです』
 咄嗟に答えの返せない面々に、ツライッツは説明を続けた。
『現在の歌は、一定の効果は出ていますが、それ以上の進展がありません。これは賭けですが……こちらからもっと、アプローチを変えて、意図的に”語りかける”べきでは無いでしょうか』
 その提案に、『俺は賛成だ』と最初に反応を示したのはアキュートだ。
『巫女やアルケリウスを蔑ろにして、解決できそうもねえしな』
 ここは、超獣だけではなく、巫女たちにも歌を、声を届けることで、その憎悪や嘆きを緩和させる必要があるのではないか、と。そう賛同を示しながらも、アキュートは僅かに笑った。
『しかし……らしくなく冒険するな?』
 からかうようなアキュートの声だが、ツライッツは通信機の先で小さく笑った。
『クローディスさんなら、そうするだろう、と思ったまでです』
 普段はクローディスのフォローを主とするツライッツだが、流石彼女の調査団のサブリーダーと言ったところか、その根っこのところは彼女と同質のものらしい。表情を引き締めたツライッツは、手順を変えることで生じるリスクも、責任の所在も提示した上で、続ける。
『”なんとかなる”という確証はありません。前線だけでなく、皆さんにも危険が及ぶかもしれない。それでも……手を貸していただけますか?』
 問いに、鉄心はくる、と振り返ってパートナーであるイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)を見やった。
「……やれるかい、イコナ?」
「も、もちろん、ですわ」
 突然話をふられて一瞬びくんとなったイコナだが、こくん、と頷く瞳は真剣だ。
「ティー?」
『勿論です』
 北東の祠で、ティー・ティー(てぃー・てぃー)も力強く答えを返すのに、鉄心は微笑んだ。
 その様子を見て、ちらりと送られたエールヴァントの視線に、ぱん、とアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)が掌と拳をあわせて、不敵に笑った。
「任せとけ。歌姫ちゃんは、俺がちゃんと守るぜ」
 力強い言葉に、エールヴァントも笑みで応え、イコナも表情を緩めた、が。
「なんたって、女性の危機は世界の危機だからなっ」
 巫女やクローディスを失うわけにはいかないし、近い将来可愛く成長するだろう女の子を見過ごせるか、と拳を握り締めるアルフの意気込みに、いつものことながらエールヴァントは盛大に溜息を吐き出した。
「まぁ……ちゃんと守ってくれるんならいいけどね」
「大丈夫、女の子”は”ちゃんと守るって」
 どこまでいってもアルフはアルフのようである。きょとんとするイコナに、鉄心とエールヴァントが苦笑を向け合う中、そのやり取りに少し笑いを含みながら『僕も協力するよ』と北都が通信を寄越した。
『言葉が与える影響は大きいよ。だからこそ、言霊で……歌で、伝えよう』
 そうやって次々と返る答えの、一人一人の言葉を受け継ぐようにして、ツライッツは通信の先をイルミンスール校長室へと繋げた。
『そう言う訳です……許可を、お願いできますか』
『聞くまでも無いことです。許可は、既に取ってありますよ。いえ……許可、ではないですか』
 ツライッツの言葉に、浩一が応えた。
『何とかしたい、という思いは皆同じです。危険だなんて、言っていられませんよ』
 許可と呼ぶより、託すと呼ぶ方が近いのかもしれない。