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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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 一方のイルミンスールの森では、結界の中で荒れ狂う超獣の姿をやや遠巻きに、簡易スタジオの主は、超獣へカメラを向けながら「危ないな、光源が足りなくなってきた」と、状況に対してはやや暢気とも取れる呟きを漏らした。勿論、夜の影の落ち始めたイルミンスールの森の中は、見通しが悪く足元も危険だ。だが、彼が口にすると、撮影の為に不便だ、という前提があるように聞こえてしまうだけだ。
「照明機材は邪魔かな?」
 アルケリウスが太陽の象徴であり、その力を借りれる、ということは、月を象徴に持つディミトリアスもまた、力を借りることができるということでもあるはずだ。照明の光が月の光を阻害しないか、というその問いに、ディミトリアスは「いや」と首を振った。
「単純な人工灯なら、妨げにはならない。明るさよりも、その姿が現れているかどうかのほうが重要だな」
 そう言って見上げた、木々の隙間から見える空に、月はくっきりとその輪郭を描いている。
「この闇なら、俺の刻、俺の領分だ」
「太陽に月、陰と陽……本当に、対極なんだね」
 まるで日向と日陰のようだ、と、関谷 未憂(せきや・みゆう)が呟くようにそう言ったのに、月をその象徴とするディミトリアスは苦笑を漏らした。
「そうだ。俺たちは一つの魂の光と影。生まれたときから、そう決まっていた」
 思い出すよ記憶は、あまり良いものではないのだろうか。僅かに遠い目に苦いものを交えながら「双子と生まれた、その時からな」と続けたディミトリアスだったが、それを遮るように、小さく笑う息がこぼれた。
「それで、影は光を越えられない……とでも思ったのか?」
 クローディスだ。
「光……だの闇だの、くだらないな。優劣なんぞ、あるものか。巫女は君を選んだんだろう?」
 怒る、というより、大人が子供を諭すかのような物言いに、ディミトリアスが黙ってしまうと、白竜が「そのことで、確認したいことがあります」と口を挟んだ。
「負担が大きいのは判っていますが、巫女と繋がる貴方にしか判らないことです」
 協力をお願いできますか、と続く言葉に、クローディスが了承の意味でただ頷いたのを見て、白竜も続ける。
「巫女が最も悲しんでいることは何か、そして彼女の望みは何かが、知りたいのです」
 それが判れば、巫女へ訴えかけ、その精神を慰め、強いては現在も暴れ狂う超獣を鎮めるための糸口になるはずだ。心得て、クローディスも意識を巫女の側へと集中したが、その表情は硬い。
「……なんというか、強い、感情は伝わってくるん、だが……眠っている、せいかな」
 どうやら、感覚は強く伝わってくるものの、具体的な何か、というのは漠然としているらしい。悲しみのきっかけが、目の前でディミトリアスを失った事実であることは判るのだが、その前後や悲しみが向う方向となると、酷く曖昧になってしまうのだという。それをはっきりさせるには、もっと深く意識を繋げる必要があるのだが、それは危険だ、とディミトリアスは首を振った。
「通常の状態でもリスクが高いんだ。今の状況下でそれは危険が過ぎる」
『同感だな。完全なシンクロも出来ないんだから、最悪、あんたの意識が吹き飛ばされちまう可能性だってあるんだぞ』
 いずれにしろ、リンクの深度を上げれば眠りの封印の影響を受けるということでもある。愚者まで口を挟んできたことで、その案は一端却下されたが、白竜はやや食い下がった。
「なら、そのイメージだけでも構いません。巫女の、悲しみ以外の感情を手繰れませんか」
 続く問いには、眉を寄せたクローディスは「そうだな」と、目を伏せながら、感覚を辿り、イメージを表す言葉を探すような間を空けると、「寂しさ……かな」と漏らした。
「裏切られた、と……そして、どこに居るのか……、探している、のか」
「そういえば、お兄さんが言っていたもんね”また裏切る”……って」
 アルケリウスの言葉を思い出して、リン・リーファ(りん・りーふぁ)が呟き、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)も頷いた。
「ねえ、この……裏切った、ってどういうことなのかな。何か、巫女さんと約束してたんじゃないの?」
 その約束を守らなかったことが、裏切りだ、というイメージになってしまっているのではないか、と指摘するリンの言葉に、便乗する形で「あたしも聞きたいことがあるのよね」と口を開いたのは、治療のために一端下がっていたニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だ。再び救護テントまで引き返してきた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)の治療を受ける傍らで、質問を続ける。
「アルケリウスはこうも言ってたわよね、『術士頭まで上り詰めながら超獣を還すなどと言いはじめ』って……これ、どういう事?」
 二人の言葉と、皆の視線を受けながら、ディミトリアスは一瞬言い辛そうに唇を噛んだが、そんな状況ではないと判っているからだろう、諦めたようにその口を開いた。
「……あんた達には理解してもらえるかどうかわからないが、巫女は超獣を鎮める為だけに生まれ、戦士と術士は彼女を守ることを至上として存在する。故に、尽きる時は共に尽きる……そういう、存在だ」
 ぴくり、と僅かに反応する者もあったが、沈黙に先を促されるようにしてディミトリアスは続ける。
「俺も兄も、それが正しいと、信じていた。超獣と共に生き、役目を全うすることを、巫女と共に誓った」
 名と、血と、それぞれの象徴にかけて、役目に忠実であること、互いに誠実であることを、そして最後の時には、超獣の一部として、共に在ろうと。
「だが俺は、その内に、彼女を……そういうものから自由にしたいと、思うようになった。その為に、超獣をあるべき場所に還すことが、大地のためにも最良だと……が、俺一人そう考えただけでは、どうにもならなかった」
「じゃあ……実際には試したことはない、ってことかしら?」
 ニキータの追求に、ディミトリアスは頷いた。
「巫女にとっては、超獣は生まれた意味に等しく、一族にとっては存在の意義だ。考えそのものが異端でしかない」
 ディミトリアス自身にも、それは良く判っていたのだろう。それでも、自由に人を想う事も許されない現実を変えたかったのだろうが、兄、アルケリウスはそれを一族への裏切りだと否定し、巫女もそれを望まなかったこともあり、いずれにしても一人では手に余るその考えは、考えのまま、実行されることは無かったのだと言う。
「一族が滅んだのは、そんな風に諍いあった直ぐ後のことだ。彼女がまだ、俺が裏切ったと思っていても、可笑しくない」
「どうなんだろう……」
 ディミトリアスの言葉に、未憂はどこか懐疑的だ。彼女が感じている裏切りは、もっと別のもののように思えるのだが、それが何か、と言われればそこまでの確信のあるものはない。そんな未憂に、「『賢者の贈り物』だっけ、お互いが相手のためにと思って、自分の大事なものを引き換えにしてしまったのは」とリンが口を開いた。それは、弟を守るためにその身を犠牲にしようとした巫女と、その巫女を助けるために自身の命を投げ打ったディミトリアスの姿に重なる。命を懸けて救いたかった相手が、その命を逆に捨てる行為は、違う見方をすれば相手の意思を裏切った、と言えなくも無い。
「それだけ相手を想ってたってことだけど……すれ違ったままじゃ、悲しいね」
「巫女の誤解を解く必要がある……その悲しみを」
 リンの言葉に、そう言ったのは一旦ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)と共に上空から帰還した早川 呼雪(はやかわ・こゆき)だ。呼雪はふらつきながら何とか立っている、といった様子のクローディスに近付くと、失礼、とその手を取った。巫女とリンクで繋がっている今、クローディスから彼女に向けて、働きかけるためだ。
「彼女の感じる裏切りは、ディミトリアスにとっての本意ではないのは、確かだろう。なら……それを、伝えなければ」
 そう言って、取った手を包み込むようにしながら、クローディスの向こう側に居る巫女に語り掛けるように、呼雪はゆっくりと旋律を口に乗せた。
『月はずっと傍にいた、地の底で君を覆う天蓋となって』
 彼は裏切ってなどいない。今までも、そして今も、君を助けようと傍に居る、と。そうやって歌と共に巫女に語りかける呼雪へと、ぱたぱたと小さな足音を立てながら、タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)が近寄った。そのまま巫女の手を取る呼雪の逆の手に、すっと手を伸ばしたのに、首を傾げながらも呼雪がそれを小さく握り返した。ヘルがその様子に「ん?」と軽く目を細める中、タマーラは巫女に語りかける呼雪の歌に添うように、口を開いた。
『――……明かりを灯せ大地が上。地に人、見えざる糸に結ばれ、手と手を取り、その想い……点と点、点と天を繋ぎ星の如く瞬く』
 小さな歌声が、呼雪の歌と重なって、繋がった掌――ディバイス少年から繋がっていく縁を辿るようにして、巫女に語り掛けるように響いていく。
『太陽は天よりの頼もしき守りとなり、月は君の傍らで。忌むべきものの届かぬよう、想いの星達と共に君を守らん』
『――地の底、君を覆う天蓋になりて』

 その歌を聴きながら、口を開いたのは矢野 佑一(やの・ゆういち)だ。
「…ディミトリアスさん、これって…あなたがアニューリスさんへ向けて歌っているように聞こえませんか?」
 月はディミトリアスを、君は巫女を、それぞれ示す単語だ。それはディミトリアス自身にも感じているのだろう、頷くと佑一は「それなら」と語気を強めた。
「あなたなら、どう言葉にするか……考えてみてくれませんか?」
「……言葉?」
 思わず、と言った様子で繰り返したディミトリアスに、佑一はこくんと頷く。
「巫女の悲しみは、あなたを失ったこと。なら、それを取り除くためには、あなた自身の言葉が重要だと思うんです」
 その言葉に、何か憚るところがあるのか、急に口を重たくしたディミトリアスに、プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)もつよく頷く。
「彼女……いえ、アニューリスに、あなたの声を届けて」
 その為に、自分たちも力を貸すから、と、ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)を連れ立って、呼雪と共にクローディスに寄り添い、声を重ねて歌を補強することで、歌の効力を強めていく。巫女の方が眠りの封印によって意識が曖昧なせいか、その効果は中々上がっていない様子だが、意味や効果がないわけではない。
 重なり、呼応し、上手く言葉に出来ない様子のディミトリアスの心を、代弁するように巫女の心へと呼びかけるその旋律に耳を傾けながら、プリムは僅かにそれを羨ましい、と言う感情で見ていた。
 精霊である彼女に寿命は無く、肉体が消滅すれば『精霊の源』に還りそこで知識や経験を共有する存在だ。それ故に、人間の持つ、例えば巫女のような悲痛な嘆きや、アルケリウスのような執着を持つことは稀なのである。それほどまで何かを、誰かを強く想えるのが、羨ましいようにも思う。だが恐らく、彼らはそれ故に……
「……留まり、続けるのかな」
 淡くではあるが、複雑な思いを浮かべるプリムの傍で、音波対策とはまた別に、歌を増幅させるためのスピーカーを設置するのに勤しんでいた甲斐 英虎(かい・ひでとら)が、その呟きを拾って軽く眉を寄せた。
「留まる……かあ」
 封印の楔に利用されてしまったディミトリアスの魂、そして悲しみのまま眠り続けた巫女、そして恐らく、最も同じ場所に留まり続けたアルケリウス。彼は、救われることすらも望まずにただ憎悪のみを抱いて今も戦い続けているのだ。
「彼はずっと捕らわれたままなんだよねえ」
 多分に思うところの篭った声音に、甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)は痛ましげにきゅう、と掌を握った。
「トラ……助けが必要なのは、巫女様だけではございませんね」
 その言葉に、英虎は頷く。一万年もの長い間、大切な者を全て失って、ずっと憎悪の中に囚われ続けていたアルケリウス。その憎悪と苦しみは、全てとは言わないが、判る。だからこそ、救ってあげられないだろうか、とそんな気持ちが胸に疼いた。
「あの魂を、なんとかしてあげられないかな」
「魂……で、ありますか」
 その呟きを拾う形で、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が腕輪に視線を落とした。
「助けることになるかどうかは兎も角、何とかする手段は、あるかと思います」
 それは、クローディスが丈二に預けていた、嵌めた相手の魂を封じることのできる腕輪だ。勿論、前提として相手の腕に嵌めなければならないが、アルケリウスにそれが叶えば、その魂を封じることが可能、ということだ。
「あの炎は、魂を糧にしているということでありますから、この腕輪に封じることが出来れば、少なくとも消滅は防げるはずであります」
 勿論、目的はそれだけではなく、超獣への憎悪の供給をストップさせる狙いもある。軍人らしい損得勘定も込んだ提案だが「あたしは賛成よ」とニキータは手をあげた。
 今現在も、その憎悪の槍を下ろす気配の無いアルケリウスを、救うことは難しいだろう。それでなくとも、彼のしたことは、許されることではないのだ。だがそれでも、一万年もの長い間、憎悪だけで生きてきた結末が、ただ消滅することだというのは、あまりに虚しい。

「あーんな、迷子の子犬みたいな目を間近で見ちゃったら、なんか他の手無いのって思うでしょ。そうでしょお」