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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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「あの女王を倒せば解決か。シンプルで助かるぜ」

 アーデルハイトの記憶の中、真の王に纏わると思われる記憶を封じる扉の前で、それを守る女王と対峙しながら、強盗 ヘル(ごうとう・へる)がやれやれ、といった調子で肩を竦めた。
「あの数にやってこられちゃ、面倒なことになっただろうからな」
「だが、油断は出来ない」
 鋭く言ったのは瓜生 コウ(うりゅう・こう)だ。
「一体へ集約された分、あの茨全てのエネルギーを、この女王が保有している、ということだからな」

「ごちゃごちゃ言ってても埒があかないぜ」
 銀色の全身鎧である魔鎧、ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)を纏った夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が、草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)と共に女王の前へと踏み出した。
「時間も無いんだ、敵は目の前の一体、再生しようともそれ以上に切り刻んでやろう!」
 言うが早いか、他が口出しをする前にタイムウォーカーに乗って飛び込むと、接近と同時、女王の足元の茨がうぞりと蛇のように蠢き、棘を剣のようにして接近を阻んだかと思うと、直撃を避けて一歩退いたところに、今度は頭上から、女王の指が槍のように襲い掛かってきたのだ。
「ち……っ!」
 咄嗟に、タイムウォーカーの機能を発動してそれを避けたものの、人間と同じ形をしているとは言え、植物がただ人を模しただけのものである。手を引いて振り下ろす、と言う一連の動作を必要としない、伸縮自在な指が、絶え間なく降り注いだのだ。甚五郎が光条兵器で切り裂き、羽純がブリザードで指の動きを止めながら、何とか避け続けたが、限度がある。そう、タイムウォーカーの持続限界の方が、先に来たのだ。その直後に、指が甚五郎達を進行方向を囲むようにして、振り下ろされようとしていた。
「……駄目だ、避けられ――っ」
「させないよっ!」
 瞬間。レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)の放った弾丸が指先を打ち抜き、レキ自身もその中へ飛び込むと、財天去私でまとめて茨の指を叩き折ると、タイムウォーカーに一端同乗する形で距離を取った。
「全く、無謀をするでない」
 ミア・マハ(みあ・まは)が息をつき、追撃に備えたが、距離を取った甚五郎たちを、茨が追ってくる気配が無い。
「……襲ってこないね?」
 レキが首を傾げると「なるほどのう」とミアが漏らした。
「封印は封印らしく”解かせない”ためだけに存在しておる、ということか」 
「防御に特化しているのか。厄介だな」
 今までの茨は、防御が弱い故に簡単に倒せたが、女王はそうは行かない、ということだ。コウが難しい顔をしたが、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は「だが」と、女王を分析するように目を細めた。
「だが、行動は狭められたと言って良い。守る、という意思が明確な分、それ以外の行動をする可能性がなくなった」
 ふむ、と思考を廻らせるコウとは別に、黒崎 天音(くろさき・あまね)が確認するように口を開いた。
「超獣の影響は、こちらには及ばないようだね」
 浩一が定期的に送ってくる報告によれば、超獣がその姿を変質させた、とあったが、記憶の回廊や茨の女王たちには、特に大きな変化は見られない。
「歌の影響も無いようだし……”こちら側”は、あちらの状況とは切り離されているのかな」
「そうとも言えませんわよ。何しろあの刻印がありますもの」
 独り言にも似た天音の言葉に、どこか自慢げに胸を張ったのは、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)だ。女王の胸にある刻印は、トゥーゲドアの地下遺跡を封じていたものと似ている、らしい。らしい、というのは、ノート自身の記憶が曖昧であるからだが、そういうことはいつものことだとばかり、伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)が「正確さは期待しておらん」とさっくりと断じて「どういう意味ですの!」と喚くノートをあっさり無視しつつ、切り口を変えた。
「印象で良い。どう違う気がするのか、言うてみい」
 まだ不満げなノートではあるが、そんな場合ではないことは判っている。記憶を探るようにううん、と唸って、ノートは首を傾げた。
「女王のアレは太陽ですけど、あちらは月っぽい感じだった気がするんですのよ」
「月に、太陽……か」
 聞いていた天音が思わず、と言うように漏らす隣で、山海経が情報を思い出すように記憶を辿りながら、ふと思いついたように口を開いた。月と太陽の刻印の類似性、そしてその配置される場所のニュアンス。それらへの一致が、おぼろげながら浮かんだのだ。
「……あくまで印象による推測じゃが、太陽は外部からの、月は外からの干渉を防ぐ役割なのかもしれんのう」
 歌の一説にも、太陽を天からの守り、月を地の天蓋として表現している。
「いずれにしろ」
 興味を惹かれていつつも、そう口を挟んだのは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。
「あの刻印が、何らかのキーであることは間違いない。弱点と見るのは性急だが……」
 続く言葉を引き取るようにしてザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が頷く。
「狙ってみる価値はあるでしょう」
「よおし、それなら一気に畳み込んで、ぶっ壊そうぜ」
 意気揚々と、ぱんと手を叩いたのはカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だ。だが、今にも踏み出しそうな足をとどめさせたのは「いや待て」と苦いアーデルハイトの思念体の声だ。
「すまんが、あまり無茶をしてくれるな。エリザベートの負担が増すからの」
 負担だけで済めば良いが、最悪、維持できなくなった記憶の回廊が閉ざされれば、ここから誰も出れなくなってしまう。その言葉に、一同が難しい顔をした。茨の女王が防御に特化しているのはわかっている。これをまず突き破らなければ、刻印には辿り着けないと言うのに、その突き破るために必要な攻撃が封じられたも同然だ。
「仕方が無い」
 難しい声ながら、口を開いたのはコウだ。 
「幸いにも相手は移動しない。陣形を組んで、オフェンスとデフェンスを分けて交代しつつ戦線を維持し、対策を練るべきだろうな」
 その攻防のスイッチによって、できるだけ消耗を防ぎながら戦おう、というのにクレアも頷いた。
「いずれにしろ長期戦になる。被害を出来るだけ出さず、記憶にも影響を与えないためには、それが妥当だろうな」
 だが、それに対してやや懐疑的に首を捻ったのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。
「体力がいくらあるかも判らないのに?」
 茨が同化している分、残るエネルギー残高は想像がつかない。長期にわたってエリザベートに負担が掛かるのではないか、とルカルカが疑問視したが、クレアは「そうだ」と頷いた。
「どちらをとっても負担になるなら、申し訳ないが、最優先は命、次に記憶だ」
 そのためには、長時間の負担を強いてでも、記憶ごと消滅されてしまうのは避けなければならない。それは判っているのだろう、何ともいえない顔のルカルカに、クレアも複雑な表情のまま続けた。
「勿論、エネルギー切れを待とうというのではない。確実な手段を見つけるまでだ。できる限り一撃で方がつくような」
 そうだな、とコウもクレアの後を引き取る。
「我々だけが戦っているわけじゃあない。あるいは祠や遺跡側から、何らかの手段が見つかってくれるかもしれんしな」
 そう、努めて明るい声を出したコウだったが「外の情報を待つまでもありません」と挟まれる声があった。東 朱鷺(あずま・とき)だ。
「敵は目の前なんですから、敵自身から情報を確保すればいいんです」
 そう言って、朱鷺がその手をひらひらと翳した。
「朱鷺が接近して、サイコメトリで情報を引き出すのです」
 その顔は、茨の女王を倒すため、というより好奇心に彩られていたが。
「だがその前に、近付かせてもらえるかどうか、だな」
「当然、無理にでも近付かせてもらうに決まってるわ」
 ルカルカが、ぎ、と厳しい目で茨の女王を睨みすえたのに、向けられた本人ではないはずのカルキノスの方が、何となく身を竦ませたのだった。