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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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終章  終わらない悪夢

「大殿様。先ほど、東野より早馬がありました。九能 茂実(くのう・しげざね)が、広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)との戦に敗北したとの事。茂実と兄上は、敵の虜になった模様です」

 水城 薫流(みずしろ・かおる)の報告にも、上座に座る水城 永隆(みずしろ えいりゅう)は眉一つ動かさない。

「増援に送った我が軍は、何をしておった?」
「はい。敵の築いた関を突破出来ず、迂回している内に決戦に間に合わず――」
「どいつもこいつも役立たず共め」

 永隆は、腹立たしげに言った。

「それで大殿様。東野藩より、内々に和議の申し入れが」
「和議?」
「はい。兄上を返す代わりに、兵を引いてはくれぬかと」
「兵を引けじゃと――馬鹿馬鹿しい」

 永隆は、吐き捨てる様に言った。

「ですが、最早東野に兵を出す理由が――」
「それこそ、『隆明を救うため』とでもすれば良い。いやいっその事、隆明には死んでもらうか。隆明復仇の戦――。それも、士気が上がって良いかも知れぬ」

 ククク、と一人含み笑いを浮かべる永隆に、絶句する薫流。
 薫流は自分の中で、何かが音を立てて崩れていくのを感じた。

「『あの男』のお陰で、新たな契約者も手に入れた。兵も、追加で送る。そうすれば必ず、東野に勝てる」
「大殿様は、そうまでして、この戦を続けると……」
「無論じゃ。この四州を夷狄に明け渡す訳にはいかん――そうと決まれば、早速手筈を整えばならんな」

 永隆は、右筆(ゆうひつ)を呼びつけると、早速文(ふみ)をしたため始めた。
 最早薫流の事など、全く眼中に無い。
 薫流は、何かに取り憑かれた様に右筆に熱弁を振るう永隆を、ただただ呆然と見つめていた。

「なんじゃ薫流。まだそこにおったのか――丁度良い。そなた、この文を持って東野に行って参れ。そして和議の件、正式に断ってくるのじゃ」
「……畏まりました」

 右筆から文を受け取ると、薫流はのろのろと永隆の前より退出した。

 いつの間に、戻ってきたのか。
 気がつくと、薫流は自室にいた。

「お疲れ様でした。大殿様のご機嫌は、いかがでございましたか?」

 両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)が、全てを見透かしたかのような目で言った。

「六黒さん、大殿様を――水城永隆を、殺して下さい」

 薫流の血を吐くような言葉に、三道 六黒(みどう・むくろ)がおもむろに立ち上がる。

「決心が、ついたか」
「はい。私はもう、あの人はついて行けません。あの人は――あの男は死ぬべきです」

 薫流は、何のためらいも無く言った。
 初め、六黒から永隆暗殺を持ちかけられた時、「少し待って欲しい」と頼んだのは薫流である。
 しかし、永隆の隆明に対する態度を見て、薫流の中から一切の迷いが消えた。

「本当に、よろしいのですか?永隆殿が亡くなられたら、貴女が、西湘を率いていかなければならないのですよ」

 薫流の決心を試すように、悪路が訊ねる。

「構いません。その程度の事、あの男がこの先何年も生き続ける事に比べたら、余程マシです」
「良かろう――ここで待っていろ。すぐに済む。ゆくぞ、狂骨」

 それまで置物の甲冑のように微動だにしなかった葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)の目に、朱い光が灯った。
 そしてそれを合図に、狂骨の身体が跳ね起きる。
 
「悪路、案内せい」
「では――」

 薫流に向かって優雅に一礼すると、悪路は六黒と狂骨を伴い、部屋を出て行く。
 それは、まさに死神の列と呼ぶに相応しい光景だった。
 薫流は、三人が部屋から出て行くのを見送ると、のろのろと寝室へと歩いて行った。
 海外から特別に輸入した天蓋付きのベッドに、うつ伏せに倒れ込む。
 何故か、涙が次から次へと溢れてくる。
 しかし薫流は、その涙を拭おうともしない。

「兄上……」

 薫流はそう呟いて、布団に顔をうずめた。
 


「こ、コレは――!」

 室内に踏み込んだ悪路が最初に目にしたのは、 脇息(きょうそく)にもたれかかったまま微動だにしない、永隆の姿だった。 
 すぐに駆けより、脈を取る。

「脈がありません――死んでいます」 

 抱き起こした永隆の目は、まるで何か恐ろしいモノを見たかのように大きく見開かれていた。
 見たところ、外傷らしきモノは何も無い。
 無論、自然死という可能性もゼロではないが、状況的には明らかに他殺である。

「一体誰が――」

 悪路がそこまで言いかけた所で、室内の空気が変わった。
 部屋の隅に、何か影のようなモノがわだかまり、ゆっくりと人のような形を取る。

「久し振りだな、三道六黒」

 六黒は、その声に聞き覚えがあった。一度は、配下として雇われた事もある男――由比 景継(ゆい・かげつぐ)だ。

「貴様が殺したのか」
「これだけ業の深い魂、人にくれてやるには惜しい」

 景継は、人の魂を吸い取り、自分の糧とする特殊な力を持っている。

「やはり、西湘の背後にいたのは貴方でしたか。大方今回の異常気象も、全て貴方の仕業でしょう」
「さすがは悪路。『蛇の道は蛇』と言ったところだな」

 景継の声はどこか楽しげな響きを孕んでいる。

「しかし、コレで貴方もやりにくくなりましたね。最大の手駒を失っては、もう東野で戦を起こす事は出来ないでしょう」

 悪路が、皮肉たっぷりに言う。

「確かに、あの男は優秀な手駒だった。だが、代わりの手駒が無い訳ではない」
「代わり――?」
「……まさか!薫流!?」

 景継の言葉の意味する所を悟り、部屋を飛び出す六黒。

「あの女を、一人にしたのは失敗だったな。この城は、既に儂の庭のようなモノ。どこに出入りするのも、女一人連れ出すのも、造作も無い」 

「狂骨!」
「キヒャヒャア!」

 悪路の命あらばこそ、奇声を上げ、狂骨が影に踊りかかる。
 だがその一撃は、影の塊を散らしたに過ぎなかった。
  
「六黒に伝えろ――『せいぜい、あがいてみせろ』とな」

 そう言い残して、影はかき消すように消えた。


「薫流!」

 薫流の私室に飛び込んだ六黒は、そのまま寝室へと直行する。

「薫流、何処にいる!」

 ガラリ、とふすまを開ける六黒。
 しかしそこには、薫流の姿は無い。
 室内にはわずかに争ったような後があり、大きく開け放たれた窓の向こうでは、細い筋のような月が、僅かな光を放っている。
 六黒は窓から身を乗り出して辺りを見渡すが、そこには塗り込めたような闇が広がっているのみだ。

「ん……?」

 ふと、六黒は足元に光るモノを見つけ、手を伸ばす。
 それは、薫流がいつも身に付けていた首飾りだ。
 争っているうちに鎖が切れ、落ちたのだろう。
 その首飾りを、強く握りしめる六黒。

(景継……!)

 六黒は、景継への復讐を誓った。


 
「うわああぁ!」
「ど、どうしました雄信様!」

 突然の叫び声に、隣室で寝ていた三船 敬一(みふね・けいいち)が、広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)に駆け寄る。

「ゆ、夢か……」

 雄信は、何かを確かめるように、寝衣の合わせをギュッと握りしめた。
 余程恐ろしい夢をみたのか、全身にびっしょりと汗をかいている。
 敬一は、念の為室外に異常がないのを確認してから、雄信の元に戻った。

「大丈夫ですか、雄信様」
「は、はい……。嫌な夢を見たようです……」
「どんな夢か、覚えてらっしゃいますか?」
「いえ……。でも、とても恐ろしい夢だったことだけは、覚えています」
「そうですか……。しかし、昨日初陣を務められたばかりですからね。そのせいではないですか?」
「そう……なのでしょうか……」
「初めて戦を経験して、人を斬ったのですから、うなされても当然ですよ」

 取り敢えずそう言っては見たものの、あの時の雄信の変わり様は、敬一でも、戦慄を覚えるモノだった。

 敵軍の完全包囲が完成してしばらく立った頃、突然、契約者の一団が、本陣に奇襲をかけて来た。
 形勢の不利を悟った敵軍が、全滅覚悟で斬りこんで来たのである。
 直前に隼人・レバレッジ(はやと・ればれっじ)が《殺気看破》で気付いたため事無きを得たが、一時は総大将である雄信も、自ら刀を抜いて、敵と戦わねばならない事態に追い込まれた。
 その戦いの最中、突然、雄信が巨大化したのだ。

 身長が倍近くにも伸び、全身の筋肉が山のように盛り上がり、額からは角が生え――明らかに《鬼神力》の発現だった。

 鬼神化した雄信は、驚く敵を、まるで子供のように抱え上げると、そのまま力任せにへし折り、絶命させた。
 その後も雄信は、敬一たちの声にも耳を貸さず、次々と敵に襲いかかった。
 一時は身の危険すら感じた敬一達だったが、雄信は敵が全滅してしまうと、自然と元の姿に戻り、そのまま意識を失ってしまった。
 そして目を覚まして見ると、雄信はその時の事を、綺麗さっぱり忘れていたのである。

 あとで大倉 定綱(おおくら・さだつな)から聞いた所によると、マホロバ人の血を受け継ぐ四州人には、稀に鬼神力を受け継ぐ者が生まれる事があり、広城一族においても、過去そうした例が何件かあるのだそうだ。
 ただここ数百年間はそうした事は無かったので、定綱も相当に驚いていた。

(もしあの光景を覚えているとしたら……、うなされても当然だろう)

 敬一は、鬼神化した雄信の姿を頭の中から追い出すと、改めて雄信を落ち着かせようと、語りかけた。 
 もちろん、鬼神化した事には一切触れない。

「自分も、初めて実戦で人を殺した時は、しばらくうなされたものです」
「敬一殿も、ですか?」
「はい――明日にでも、医者に診てもらいましょう。PTSDかもしれません」
「PTSD……?」
「はい。ヒドいショックを受けた事により、心に傷が残る病気です――ああ、病気と言っても、我々の世界では、かなり一般的な病気ですから、心配には及びません」
「そうなのですか……。わかりました」

 敬一の話を聞いて少し安心したのか、雄信は再び横になった。
 それを見届けて、敬一も隣室へと下がる。
 雄信はその後、自分の見た悪夢の中身が気になって、なかなか寝付く事が出来なかった。
 はっきりとは覚えていないが、自分の中の『何か』が目覚めるような、そんな感覚が、なんなとく頭の片隅に残っている。

(あれは……、一体なんだったんだろう……。)

 結局雄信は、まんじりともせず夜明けを迎えた。

担当マスターより

▼担当マスター

神明寺一総

▼マスターコメント

 皆さん、こん○○は。神明寺です。今回も、〆切に遅れてしまいました。取り敢えず、明日のジャンボリーにはなんとか間に合ったと、胸を撫で下ろしているところですが……。本当に、申し訳ありません。

 実に、1年以上放置していたキャンペーンにもかかわらず、多くの方々に戻ってきて頂けました。
 本当に、感謝しています。


 また、大変多くの方から、

「また続きが読める様になって嬉しい」

 という趣旨のコメントを頂きまして、本当にマスター冥利に尽きると、しみじみと喜びを噛み締めております♪
 あ、もちろん、今回初参加の方にも大変感謝しております。
 なにせ、こんな長期のキャンペーンに飛び入りというのも、非常に勇気のいるコトですから……。

 という訳で、今回が完結編の一。
 「どんなに遅くても、後2話程度で完結させねばならない」と言う事で、方々にバラ撒いた伏線を、取りこぼしの無いよう必死に回収しつつ(笑)、終わりに向けて突き進んで参ります。

 話を完結させるのはモチロンですが、

「四州島記という大きな物語を進める中で、それに関わったキャラクター一人ひとりの物語も一緒に進めていって、最終的にみんなキレイな形で終われたらないいなー」

 と思っておりますので、最後までお付き合い頂けたら、これに勝る幸せはございません。

 出来ましたらば掲示板や、明日お会い出来る方はジャンボリーにて、一言コメントなり、今後の展望・要望なり、頂けましたら、大変有難いです♪


 また、一応最後に一通り校正はかけておりますが、誤字脱字等問題のある表記がございましたら、お手数ですが御連絡下さい。
 すぐに対応させて頂きます。

 では、再び四州にて皆さんに会える事を楽しみにしつつ――。




 平成甲午  夏水無月


 神明寺 一総