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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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第三章  北嶺

「なるほど……。お話は良くわかりました。その由比 景継(ゆい・かげつぐ)という人物が、この異常気象を引き起こした張本人である可能性が高い、と」
「あくまで、状況証拠に過ぎませんが……」

 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)の話を聞き終わった峯城 雪秀(みねしろ・ゆきひで)は、ふぅ、と大きなため息をついた。
 異常気象の原因を探るため、五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)が北嶺に赴く事になった時、クリストファーは真っ先に同行を申し出た。
 クリストファーは以前から、昨年の東野の大洪水や今回の異常気象の背後に、四州島を破滅に導こうとする、由比景継(ゆい・かげつぐ)の存在を感じ取っていた。
 彼は、自分の危惧を北嶺藩の首脳陣に伝える事で、景継という危険人物の存在を喚起すると共に、景継に対して、共同戦線を張れないかと考えたのである。
 北嶺藩には、代々斎主(いつきのぬし)を中心に、白峰輝姫(しらみねのてるひめ)を祀ってきたという宗教的伝統があり、峯城 妙(みねしろ・たえ)峯城 雪華(みねしろ・せつか)といった、高い能力を持った術者がいる。
 その北嶺藩ならば、自分の危惧を共有してもらえるので無いかと思ったのだ。
 幸い、景継の生い立ちやその所業などについては円華からも説明があり、自分の言いたかった事は十分言い尽せたと思う。
 後は、北嶺藩側の反応だが――。

「仰る事は良くわかりました。由比景継についても、危険人物として、我々も出来る限り注意を払うように致しましょう。ですが……」

 雪秀の次の言葉を、固唾を呑んで待つクリストファー。

「今はこの猛吹雪をどうにかする事が先決。それさえ解決すれば、協力する事も出来ますが……」

 雪秀の言葉に、クリストファーは取り敢えず胸をなでおろした。今は無理でも、将来的には協力してくれるというのだ。
 どのみち、異常気象を解決に導びけば、景継は必ず姿を現すだろう。
 一石二鳥と言えた。

「では雪秀様。やはり一度、白峰における破壊活動について、一度お調べになった方がよろしいかと存じます」

 円華が、雪秀に提案する。
 一応、破壊活動らしきモノの痕跡を、白峰に入った巫女が発見してはいるのだが、未だ正式な調査はされていない。

「それは構いませんが、何分にもこの吹雪。現場に立ち入るのは不可能かと――」
「その件でしたら、私達に一つ考えがございます。試させて頂いても、よろしいでしょうか?」
「考え?」

 円華とクリストファーは、雪秀にその『考え』を説いて聞かせた。



「円華さん!白姫の具合、どうですか?」
「大丈夫です。今は、よく眠っています」
「そうですか。良かった……」

 すやすやと眠っている白姫岳の精 白姫(しろひめだけのせい・しろひめ)の寝顔を見て、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は安堵の溜め息を吐いた。

 そのエヴァルトを、円華が身振りで室外に誘う。

「すみませんでした、エヴァルトさん。私達の想定が甘かったばっかりに、白姫ちゃんがあんな事に……」
「頭を上げてください、円華さん。円華さんにわからなかったのに、他の誰にもわかるハズがありません。それに元々、白姫のヤツが言い出したことです」

 手をついて謝る円華を、慌てて止めるエヴァルト。
 
(そもそも、俺が白姫を連れてこなければ、こんなコトにはならなかったんだ……)

 エヴァルトは、白姫を北嶺に連れて来る事になった経緯を、思い出していた。

「あ゛!?お前が、北嶺の猛吹雪を鎮める!?」

 白姫の口をついて出た言葉に、エヴァルトは耳を疑った。

「そうじゃ〜。北嶺の神である白峰輝姫は、雪と氷の神なのであろ?その力を抑えられるのは、火山の神であるこの妾しかおるまい?」

 これ以上ないくらい、胸を反り返らせて威張る白姫。
 
「いやいやいや!確かにお前は白姫岳(しらひめだけ)の分霊だし、白姫岳は立派な活火山だよ?でもお前、本体じゃないだろ?力だって、お前の背丈を考えれば、本体の何分の一か何十分の一か知れたもんじゃ――イテ!イテテテ!髪引っ張んな!!」
「力と身長はカンケーないのじゃ!それに、妾が呼びかければ、本体も力を送ってくる!分霊とはそうしたものじゃ!」
「本当かぁ〜。ウソくせぇなぁ〜」
「本当なのじゃ!」
「わかった、わかったから髪引っ張んなって!」
「わかれば良いのじゃ。さぁ、さっさと妾を北嶺に連れて行くのじゃ!」

 ゼェゼェ肩で息をしている癖に、エラそうなのは変わらない。
「まだダメだ」
「なんじゃと!たった今、連れて行くと言ったばかりではないか!」
「誰も連れてかないとは言ってない!『まだ』って言ったろ、『まだ』って!取り敢えず、円華さんに相談してからだ!」
「なんで円華に相談など――」
「お前の言ってる事が本当かどうか、確かめてもらう」
「だから、本当じゃと言っておろうが!!」

 その後エヴァルトは、白姫を伴って円華の元を訪れると、白姫の計画を打ち明け、どの程度実現の可能性があるか訊ねた。
 白姫は以前白峰に行った時、急に体調不良になった事があった。
 おそらく白峰輝姫の氷の力が、火の力を持つ白姫に悪影響を与えたのだろう。
 そのためエヴァルトとしては、もし実現性が低いのなら、白姫を白峰には連れて行かないつもりだった。

 しかしーーである。
 白姫は、実際に円華やエヴァルトの目の前で、火山の神の力を見せつけたのだ。
 白姫の身体から発せられた熱波は、確かに白姫本人の力をはるかに超えていた。円華が事前に結界を張っていなければ、部屋ごと消し炭になりそうな激しさだったのだ。

「確かに白姫ちゃんは、二子島(ふたごじま)の火山の力を喚び寄せる事に成功しています。これだけでは白峰輝姫様の力を抑えるのは難しいでしょうが、私や峯城 雪華(みねしろ・せつか)さん、それに藩主の峯城 妙(みねしろ・たえ)さんや、巫女の皆さんの力を白姫ちゃんに注ぎ込めば、あるいはそれも可能かもしれません」

「ほれみぃ!やはり、北嶺を救うのは妾を置いて他にはいないのじゃ!」

 白姫は、「フフン!」と鼻を鳴らして威張る。

「でもそんな事、可能なんですか?そもそも、北嶺藩の協力が得られるかどうかもわからないのに――」
「それは、心配しなくても大丈夫です」

 円華がそう請け負うのには訳があった。
 先日の白峰への登山行の際、円華と雪華は無二の親友となっていたのである。
 互いに同じような境遇に育った事が二人を引き寄せたのか、特に雪華の円華への懐きっぷりは尋常ではなく、円華を「お姉様」と呼んで慕っている。
 藩主で雪華の曾祖母にあたる峯城妙も円華を気に入り、直々に円華の手を取って、「雪華の事を頼みます」と言ったほどである。

 

 こうして北嶺へと赴いた白姫は、円華の作戦の通り、多くの術者たちのエネルギーを借りて、火山の神としての力を発現させた。
 その力は強大で、一時は猛吹雪が完全に止む程の成果を上げた。だが――。
 やはり最終的には、白峰輝姫の力が白姫のそれを上回った。
 より正確に言うと、幼い白姫の肉体が、輝姫の力と、周りから注ぎ込まれる力のぶつかり合いに耐え切れなかったのである。
 円華が、白姫への力の供給を遮断するのがもう少し遅かったら、白姫の身体はそれこそ分子レベルにまで分解してしまったかもしれない。
 まさに、危機一髪だったのだ。

「そんなに、自分を責めないでください」
「でも……」
「白姫ちゃんのお陰で、調査は上手くいったじゃないですか。採取した機晶石を調べれば、何かわかるかもしれません」

 白姫の力で吹雪が止んでいた間に、エヴァルトやクリストファー達は、手分けして白峰の調査を行った。
 その結果、嶺野山地(れいやさんち)北斗山(ほくとさん)で見つかったような砕かれた機晶石の他、まだ破壊されていない機晶石も発見することが出来た。
 特に破壊を免れた機晶石の存在は重要である。
 これを調べる事により、白峰輝姫の力を抑える方策が見つかるかもしれないのだ。

「白姫ちゃんは、すぐに元気になります。そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ」
「分かりました……。有難うございます」
「あと、私からエヴァルトさんに一つお願いがあるのですが……」
「お願い?」
「白姫ちゃんが目を覚ましたら、いっぱい褒めて上げてください。きっと、スゴく喜びます♪」
「は、ハイ!」

(そうだな……。円華さんの言う通り、今回は目一杯誉めてやるか……)

 昏々と眠り続ける白姫。
 その寝顔を見詰めるエヴァルトの顔に、優しげな笑みが浮かんだ。 



「は〜、やっと帰ってこれました……。今度という今度は、死ぬかと思いました……」
「でもでも、とってもオモシロかったの!」

 及川 翠(おいかわ・みどり)徳永 瑠璃(とくなが・るり)は、楽しげにそう言いながら、「鏡の滝」のほとりに腰を下ろした。

「何を気楽な事を言ってるんですか、翠さん!危うく西湘軍に捕まる所だったんですよ!」

 (人の苦労も知らないで……!)

 と言わんばかりの口調で、翠と瑠璃をたしなめるミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)

「でもぉ〜、さすがに私も、今回みたいなのは、もう遠慮したいですぅ……」

 一番最後に、身体をひきずるようにしてやってきたスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)は、それだけ言うと、草原の上にバッタリと倒れ伏した。

 全員、身体中土まみれで真っ黒で、オマケにクタクタだ。

「お帰りなさい、皆さん。お帰りが遅いので、心配していたんですが……」

 ザザーッという音と共に、滝壺から姿を現したのは、この滝の主である水の精霊、陽菜(ひな)だ。

「あ、陽菜ちゃん!ただいまなの!」

 一人、元気に挨拶する陽菜。

「すっかり、真っ黒になってしまわれましたね。しかも、だいぶお疲れのご様子」
「帰り道で、西湘軍に見つかってしまって。間者と勘違いしたらしく、しつこく追ってくるものですから、巻くのに苦労しました」

 ミリアが、疲れ切った顔で言う。

「それはお疲れでしょう。ではまず、ゆっくりと水浴びをして、旅の汚れと身体の疲れを取って下さい。お話は、それから伺います」
「は〜い、なの!」
「やったぁ!」

 陽菜の笑顔に誘われて、我先に水の中に入っていく翠達。
 4人は、心地良い滝の水を、心ゆくまで堪能した。


「それで、水分(みくまり)神社の様子はどうでしたか?」
 
 一同が身支度を調え、一息ついた所を見計らって、改めて陽菜は訊ねた。

 この2ヶ月の間、一行は、翠と瑠璃の好奇心に引きずられるまま、古い神社や遺跡、それに精霊の住まう聖地などを探検し続けてきた。
 今までは、翠が「どこか探検したいの!陽菜ちゃん、どこか知らない?」と陽菜を問い詰め、陽菜が思いついた場所を探検するというのが、お定まりのパターンだった。
 それが今回の水分神社に限っては、陽菜の方から「様子を見に行って欲しい」と言い出したのだ。
 ミリアから「東野と西湘の間で戦がある」と聞いた陽菜が、太湖(たいこ)の東岸にある神社が戦災にあってはいないかと、心配したのである。
 水分神社は、太湖から東野へと流れ出た大河が、北と東に別れるその分かれ目に鎮座しており、そこに祀られている水分大神(みくまりのおおかみ)は、太湖の地祇だというのだ。

「実は陽菜さん、その事なのですが――」

 やや言い難そうに、ミリアが口を開いた。
 その隣では、翠と瑠璃がいかにも何か言いたげな表情でウズウズしている。
 きっと予め、「事情は私から説明しますから」とミリアからきつく口止めされているのだろう。
 確かに、この二人に好きなように喋らせていては、伝わるものも伝わらない。
 
 果たして、陽菜の危惧通り、水分神社は荒らされていた。
 しかしそれは、今回の戦乱によるものではない。
 水分神社は、ずっと前に荒らされていたのである。

 一行は、昨年の洪水によって流されてきた土砂や流木をかき分けるようにして境内を進み、やっとの事でご神体である巨大な磐座(いわくら)に辿り着いた。
 その途端、一行を取り囲むように亡霊の群れが現れ、襲い掛かって来たのである。
 どうにかこれを退けて磐座を調査してみると、それが、何者かによって大きく動かされているのがわかった。
 調査団の報告にあった、中ヶ原(あたるがはら)古戦場首塚明神(くびづかみょうじん)と同じ手口である。

「そんな、水分大神様が――」

 ミリアの報告に、悲痛な表情を浮かべる陽菜。

「それで陽菜さん。コレは私達の推測なのですけれど――」
「去年の洪水って、この水分神社の磐座が壊されちゃったのが原因じゃないかって、翠たち思っているの!陽菜さんは、どう思う?」

 とうとう我慢できなくなって、横から翠が口を挟む。

「皆さんの、仰る通りだと思います。あの水分神社は、単に水分大神様を祀る社であるだけではありません。東野と西湘とを繋ぐ『力の道』の要でもあるのです」

「ちからのみち……?」

 小首をかしげる瑠璃。

「北から南へと流れるこの力の道は、水分神社を通り、そして山や川の流れに沿って、東野全域へと広がっていきます。その流れが水分神社で断ち切られたのであれば、行き場の無くなった力が溢れ出し、大洪水を引き起こしても不思議はありません」

「大変ですぅ、すぐに、みんなに知らせないとぉ!」
「すぐに、本部に連絡を取ります」 

 慌ただしく無線機を取り出すミリア。

(もしかして、今年もまた洪水になったりしちゃうのかな……?)

 一気に緊迫の度合いを増した場の空気に、ミリアの胸が早鐘のように打ち始める。
 胸の動悸は、なかなか収まる様子がなかった。