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海開き中止の危機に!

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海開き中止の危機に!

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 手で陽の光を遮りながら、浜を見回した陽神 光(ひのかみ・ひかる)は満足そうに笑みを見せた。
「みんな頑張ってるねぇ… これなら海開きできそうだね、レティ」
 調理台を布巾で拭いていたパートナーの剣の花嫁、レティナ・エンペリウス(れてぃな・えんぺりうす)は顔を上げて応えた。
「そうですねぇ、あら? 光? 何をしているの?」
 光は小さな体をいっぱいに使って、自分の背丈ほどもある看板を持ち上げようとしていた。フラつく姿を見て、レティナも光の傍で支えた。
「何ですか?これは」
「何って? 看板だけど?」
 レティナは笑みを見せながらも、声だけはしっかりと怒りを滲ませていた。
看板には「特製フェニックス焼きそば」の文字。フェニックスにはひのかみとルビが振ってある。
「陽神流のひのかみを、火の神フェニックスで捩ったんだ、カッコいいでしょう」
「いけませんよ、光。由緒ある陽神流の名をこのように扱うなんて」
「いいのよ、この方が宣伝にもなるでしょ、決まり事なんて堅苦しいだけなんだから」
「またそんな事言って。お父様に怒られても知りませんよ」
 へっへっへっ、と言わんばかりに光は笑んで看板を取り付けた。
 屋台の中には調理台にコンロに鉄板、外には簡易テーブルとイスにバーベキュー用のコンロも用意されている。あとは看板を取り付けるタイミングだけ、光は浜の状況を見て待っていたのだ。
「材料も氷も、少しならあるのよね」
「えぇ、準備用に少しならお持ちしてますけど」
「よし、海開きの為に頑張ってくれたみんなに、私たちは焼きそばと飲み物を御馳走しよう!いいよね!」
「えぇ、良いですよ。その為にも、私たちの準備を終わらせましょう」
 早速調理の準備を始める光。決まり事なんて堅苦しい、と光は言った、だから時に非難されるような行動を取る事もある、でも。共に準備した者たちを労おうとする心、その暖かく優しい心に私たちは魅かれついてゆくのですよ。光の笑顔にレティナは思い、笑顔で皿の準備に取り掛かっていた。


「寺美、暑ぅないか?」
 額にタオルを巻いたウィザードの日下部 社(くさかべ・やしろ)は、パートナーの望月 寺美(もちづき・てらみ)を見て呟いた。
「こんなクソ暑い時でも着ぐるみ脱がへんのかぃ…」
 ゆる族にとって着ぐるみは命、いや失礼、着ぐるみは体の一部。脱ぐなどという発想が間違いであるのだ。
「いらっしゃいませぇ、お暑いですねぇ、熱々のお好み焼きはいかがですか?」
「余計暑ぅなるわ、つーか、お前が一番暑苦しいんじゃ」
 体全体でツッコミを入れて、2人は停止、そして静かに元の位置と形に戻った。
「まぁまぁやな、所見の客さんなら今のでイケるやろ」
「社〜、ボク、ちゃんとお客さんの前で出来るかなぁ」
「ぼくちゃん、って。どないやねん、どんだけ可愛い狙っとんねん」
「ぼくちゃん、何て言ってないよ、ボク、ちゃんと、だよ」
「分ぁっとるわ、やかましい、なぞっただけのツッコミなんか要らんねん」
「うぅ、社がイジメるぅ」
 落ち込んでいるのであろうな、肩を落としている、項垂れているからだ。全く、ゆる族は、ややこしい。
「ねぇ社〜、暑いのに熱いお好み焼きを売るのって、どうなのかなぁ」
「おぉう、ようやくツッコミよったな、エエんや、客さんがツッコめる所があったほうが楽しめるっちゅうモンや」
「なるほどぉ、だから「お好み焼き」の看板なのに「もんじゃ」を作ってるんだね」
「… … …」
 はっはっはっ、ん? もんじゃ? そうか、何や随分水分が多い思たら、そういう事やったんか、なるほど、これは、もんじゃ言うんやったな。
「そ、そうや、もんじゃの方が熱いやろ? 余計に熱いわ!っちゅうツッコミを入れた客は代金なしや」
「おぉぉ〜 さすが社、完璧だねぇ、ボクも頑張るよ」
 そんなこんなで準備をしています。どこに向かうか分からない、それも魅力だと感じていただけるなら、楽しさ溢れる屋台をお楽しみ頂ける事、間違いなしです、よ。


 浜の外れにある岬、深さも十分な海の中に、みんなが集めてきた繭を浮かべゆく。
 指揮をとっているのは樹月 刀真(きづき・とうま)、地引網で囲った範囲に繭を浮かべる指示をして、繭に海水をかける事も担当している。
 浜を見渡せば、残る繭はあと僅か。繭の撤去作業は終わりを迎えようとしていた。
 ふぅ、と刀真が息をついた時、パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は海原をじっと見つめていた。
「月夜、どうした?」
「うん… これが海なんだね… 大きい」
 水平線が見える海、空の青と海の蒼も境界線では白く見えている。
「何か、思い出せそうか?」
「ううん」
 風が吹いたら気持ちいいのに。刀真は思っても、風は吹かなかった。
「そうか、なら、さっさと片付けて、海での思い出いっぱい作ろうぜ」
「うんっ」
 月夜はようやく笑顔を見せた、そう、笑顔を「見せて」いた。
「はぁ〜、何やってんだ俺?」
 言葉にせずに呟いて、顔を上げて決意する。何度も何度も決意したはず、月夜の記憶が戻るまで、俺が月夜の記憶になると。嫌な想いは刻ませない、一瞬だって刹那だって、ずっとずっと笑っている、そんな記憶でいっぱいにしてやる。
 ずっとずっと繰り返す、波は凄いな、なんて思った。刀真も笑顔を月夜に見せた。


「あっ、凄ぉい、準備が良いんだね」
 青い髪色、ショートウェーブで、身長もショートな瀬田川 瑠璃華(せたがわ・るりか)は立て看板を見てそう言った。
 立て看板を立てたのは黒髪前髪ぱっつんロングの、こちらもチビッ子、峰谷 恵(みねたに・けい)である。立て看板を作ったのも恵である。
「いくら準備しても、最後は皆のモラル頼みなんだけどね」
 立て看板には「ゴミのポイ捨てはしないでください」と書かれている。半年振りとはいえ、今日一日で恵は大量のゴミを拾っていた。モラル頼みと言ったのは、恵の本心と願いだった。
「大丈夫だよ、みんなで楽しみたいっていう人が増えれば、ポイ捨ても減るよ」
「うん。自分勝手な人が減れば、ゴミなんて出ないんだよね」
 砂浜を見れば、美しい。サラマンダーを捕獲して、繭の撤去を終えた浜。みなで一斉に掃除をした事もあって、砂浜にはゴミ一つ落ちていない、そう思え見えた。
「ねぇねぇ、恵は明日どんな水着、着るの?」
「えっ、ボク? あぁと、ボクは、その…」
 打ち明けるには、まだ早い。そんな風に思ってしまった。恵には言えない、水着を着れない理由があるのだ。
「あの、ボクは水着は着ないんだ。好きじゃないんだ」
「えぇ〜 もったいないよ、せっかく大きな胸してるのに」
 瑠璃華の胸は、大きくは無い。健康的だとでも言っておこう。
「瑠璃華は? 明日の準備はしなくて良いの? 今日はずっとボクを手伝ってくれてたけど」
「え? 水着?」
「いや、じゃなくて」
「あぁ、終わったの、それもすぐに。浮き輪とビーチボートって、膨らますのは明日だし。明日が楽しみで、じっとしてられないんだもん!」
 明日が楽しみ、そう明日の海開きが。この浜に居る生徒すべてが、その想いを共有していたからこそ、夕陽がはっきりと見える現在までに、事態の収拾を完了させる事ができたのであろう。
 屋台の準備組の仕上げの作業。そして捕獲したファイアサラマンダーとその繭を火山島へ運搬すること。残る項目はすでに、大きく二つに絞られていた。