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chapter4 エリザベート、襲来

「やっと見つけましたよ……エリザベート校長」
 時を同じくして、イルミンスール校。エリザベートの前には、誠、芳樹、アメリアの3人がいた。
「どうしたんですかぁ、そんなに息を切らしちゃってぇ」
「校長、今からどちらへ向かわれるつもりですか?」
「あぁ〜っ、その様子だと、さては行き先を知ってますねぇ?」
 エリザベートは特に隠す様子もなく、開けっ広げに言った。
「今からちょっと蒼空学園に行って、環菜に会ってくるんですぅ」
「……それは、お見舞いとかじゃない、ですよね?」
「当たり前ですぅ! イタズラしに行くに決まってるじゃないですかぁ!」
 エリザベートの雰囲気から、説得は無理だと悟った3人。
「……分かりました。けれど、おひとりで行って万が一何かあったら私たちが困ります。せめて私たちもお供させてください」
 エリザベートは少し考えた後、箒に跨りながら答えた。
「来たければ勝手に来ていいですよぉ。でも、置いてけぼりになっても知りませぇん」
 言うが早いか、蒼空学園に向かって飛び立つエリザベート。
「これは……大変なことになりそうね」
「君はパートナーに箒を貸したままだろう? 早く乗るんだ」
 言われるがまま誠は芳樹の箒にふたり乗りし、アメリアと3人で蒼空学園を目指した。
「そうだ、お嬢に連絡しなければ……!」
 誠は空を飛びながら、携帯電話を取り出した。
 現在時刻、14時00分。

 一方、保健室の覗き騒動が起こっている真っ最中の蒼空学園。騒がしい保健室に向かって、先ほど蒼空学園に着いたばかりの少女が歩いてくる。白いワンピース姿のその女の子を最初に見つけたのは、廊下にいたエルミルだった。
「あら、香様!?」
「おぉ、エルミル殿、すぐに見つかってよかったのじゃ」
 学校は違えど知り合いのふたりは、お互いに会えた喜びを分かち合っていた。
「そうだ、香様も、寄せ書きに何か書いていってくださいな」
「寄せ書き……? やはり環菜殿が倒れられたというのは本当じゃったか……」
ううん、と悩ましげな様子の香。
「……? どうしたのですか?」
「うむ。急な話じゃが、わらわたちの校長が、もしかしたらここに来るかもしれんのじゃ」
「えぇっ!? ど、どうしてですか?」
「おそらくは、思うように動けない環菜殿にイタズラでもするのであろうな」
 突然の話に驚くエルミル。ちょうどその時、香の携帯が鳴った。
「噂をすれば誠からじゃ……もしもし、わらわじゃ。そうか、やはりそうなってしまったんじゃな……」
 数回相槌を打った後、香は電話を切った。
「大変じゃ、つい今しがた、校長がこちらに向かったとのことじゃ!」
「そんな、わたくしはどうすれば……」
「おそらく夕方には来てしまうはずじゃ、それまでに連絡を済ませ、対策を練るのじゃ!」
「……分かりました、まさか、あの掲示板に書いてあったことが本当に起こるなんて……」
「時に、エルミル殿。先ほどの寄せ書きじゃが、もし差し支えなければ、わらわに少し預けてもらえんかの」
「寄せ書きを、ですか?」
「うむ。もしその場で説得が上手くいけば、わらわたちの校長から一筆いただけるかもしれないのじゃ」
 エルミルは少し迷ったが、香を信じ預けることにした。
「礼を言うぞ、エルミル殿」
 寄せ書きを預かった香は、箒を握り締め、廊下を走り去っていった。

 エルミルや他の生徒が香から聞いた情報を周りに伝え、1時間後にはエリザベート対策班が結成された。
 本丸である保健室を守るのは、あーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)とそのパートナー、剣の花嫁のアイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)とそのパートナー、魔女のヒメナ・コルネット(ひめな・こるねっと)
 可能性として狙われる恐れのある校長室には、ルミーナのお手伝いをしていたメンバーに加え赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)、パートナーで機晶姫のアイリス・零式(あいりす・ぜろしき)犬神 疾風(いぬがみ・はやて)とパートナーで剣の花嫁の月守 遥(つくもり・はるか)
 真っ先にエリザベートを見つけるため屋外を警備しているのは、葉月 ショウ(はづき・しょう)影野 陽太(かげの・ようた)、陽太のパートナーで魔女のエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)ルーシー・トランブル(るーしー・とらんぶる)鳴海 士(なるみ・つかさ)出水 紘(いずみ・ひろし)
 学内の廊下などで見回りと警備を行うのは、荒巻 さけ(あらまき・さけ)神城 乾(かみしろ・けん)ウォーム・コンタバレ(うぉーむ・こんたばれ)

 加えて、蒼空以外の生徒にも関わらず、蒼空の味方として警備に当たる者がふたりいた。驚くことに、ふたりともイルミンスールの生徒である。志方 綾乃(しかた・あやの)緋桜 ケイ(ひおう・けい)のふたりだ。綾乃が蒼空を守る理由は、以前エリザベートが環菜から受けた仕返しにあった。将来のため貯金のほとんどを欧州の株に投資している綾乃にとって、環菜の報復手段である経済制裁は破滅に繋がる大打撃になりかねない。エリザベートが環菜にイタズラをして、環菜の怒りを買わないため、ひいては自身を守るため、綾乃はあえて蒼空学園に身を置いた。たまたまメイド服を着ていたためイルミンスールの生徒だとバレなかった綾乃は、保健室付近をハウスキーパーで掃除しつつ不審物を探していた。エリザベート校長なら、事前に何か仕掛けておくくらいのことはやりかねないと判断したためだ。近くの部屋で待機していたお見舞いメンバーと目が合ったが、特に何も尋問はされなかった。不審物を探していたのは真実だし、何より綾乃の大きな胸は、男性陣にとってどんな合言葉よりも真実だった。繰り返し言うが、一部の人間にとって胸が大きいことは正義なのだ。
 ケイが蒼空を守る理由は、もっと単純だった。時々蒼空の学食に来ては、和食をおいしそうに食べていくケイ。そう、彼はイルミンスールと蒼空が喧嘩になり、学食が食べられなくなると困るのだ。現に、さっきからイルミンスールの制服を着ているケイは周りからじろじろと見られている。構内にいてはあらぬ疑いをかけられると思ったケイは、屋外へ出た。誤解を解くため、ケイはイルミンスール生徒が来たら真っ先に迎え撃つことにしたのだ。
「こんなことで、和食御膳を失ってたまるかよ!」
 気合を再度入れるケイだったが、闘志が溢れれば溢れるほど、周りの蒼空生の警戒を招いていることに本人は気付いていなかった。

 そして、時計の針が17時に差し掛かろうとしたその時。小型飛空艇で学園外周部の見回りをしていた紘の目が、遠くから飛んでくる数人の影を捉えた。
「参ったな……どうやら、第一発見者ってやつになってしまったらしいな」
 影はぐんぐん近付いてきて、それがイルミンスールの校長だと紘が理解するまで、数秒もかからなかった。紘の目の前に現れたエリザベート。少し遅れて、誠、芳樹、アメリアが現れる。
「あ〜、あんた達の事情は察するよ。ただ、こっちも校長にバレると後々厄介なことになりそうなんでね……そういうことで、今日は帰ってくれないか?」
 一応説得を試みるが、こんなことで帰らないであろうことも紘は自分で分かっていた。
「どかないと、その乗り物が壊れちゃいますよぉ」
 エリザベートは右手に魔力を集め始めた。
 ――やばい。
咄嗟にそう判断し、位置をずらして回避する紘。
「どいてくれてありがとうございますぅ」
 空いた空間からびゅうっと空を駆け抜けるエリザベート。3人は申し訳なさそうにそれに続く。紘が地面を見下ろすと、さっきまで自分が浮かんでいたであろう地点に、微かに焦げ跡があった。
「……これは、どっちみちバレるな」
 飛空艇の高度を下げながら、紘は呟いた。
 屋上にいたショウは、何かが一瞬光ったのを見逃さなかった。その光の方角に目をやると、箒に乗ったエリザベートがいた。ショウは予め用意していた文面を、メールで一斉送信した。
『イルミンスールが来た 屋上より』
 急いで携帯をしまうと、ショウは臨戦態勢に移った。
「屋上から来るようなら、この剣で相手してやるぜ」
 しかしエリザベートは、ショウを視認すると箒を下向きに変え、侵入経路を変更した。
「わざわざ時間を潰す必要はないですぅ」
「……このっ……!」
 踵を返し、ショウは下へと続く階段を駆け降りた。
 エリザベートの魔力を感じとったケイ、そしてウィザードのルーシーは魔力の中心へと走り出した。蒼空学園入口に着いたふたりの目の前に、エリザベートたちが降り立った。
「あれぇ、そちらは私の学校の生徒じゃないですかぁ?」
「すいません校長、今回は諸事情でこっち側の味方なんです」
 そんなやり取りの最中、少し遅れて陽太とエリシアが駆けつけた。
「私の生徒でも、容赦はしないですぅ」
 エリザベートはケイに向かって小さな炎を投げつけた。際どくかわしたケイだったが、その炎はちょうど駆けつけたばかりの陽太にジャストミートした。
「あっつ! 熱いっ!」
 地面を転がり、どうにか火を消した陽太は「仕切り直しです」と言わんばかりに立ち上がり、アサルトカービンを構えエリザベートの前に陣取る。
「俺は蒼空学園を守ってみせます! 環菜校長のところに行きたいのなら、俺を倒してからにしてください!」
「あたしも、魔法でサポートしますよお」
 ルーシーは先ほどのエリザベートと同じように炎を出し、真っ直ぐ炎をけしかけた。
「魔法で私を倒そうなんて、千年早いですぅ」
 いとも簡単に炎を跳ね返すエリザベート。反射した炎は微妙に角度を変えて、ルーシーの隣にいた人物に当たった。
「熱い! 火傷しちゃう火傷! あっつい!」
 陽太だった。また地面を転がり、どうにか火傷せずに済んだ。
「ご、ごめんなさいねぇ」
 ルーシーに謝られ、避けられなかった自分が逆に申し訳ないと感じる陽太。
「もう面倒ですぅ、まとめてこれでも喰らいなさぁい!」
 エリザベートが両手をかざすと、上から雷が落ちてきた。ギリギリのところでそれをかわすケイとルーシー、エリシア。
 そしてまともに喰らう陽太。プスプスと音を立て、仰向けに倒れながら彼はエリザベートに言葉を残した。
「憶えておいてくだ……さい、君の魔法をこれだけ喰らって、意識を失わなかった男の……名を……!」
 そんな彼のことなどお構いなしに、エリザベートたちは蒼空学園の敷地内へと進む。空を見つめながら陽太は満足そうにしていたが、そこにエリシアの残念な言葉が飛んでくる。
「陽太……そういうのは、きちんと名乗って初めて意味があると思いますの」
「そう、か……名乗ってなかったんですね、俺……」
 陽太は力尽きた。
 構内へ入ろうとするエリザベートたちだったが、その前に士が立ちはだかった。屋上から急いで降りてきたショウも、息を切らしながら士に並ぶ。
「4対2だが、怖気づかなければ勝機はあるぞ」
 ショウが士を鼓舞する。間合いを詰めるように、数歩前に出るショウ。そのショウの足元に、ロープが伸びる。片足をとられたショウはバランスを崩し、それを見計らったかのようにエリザベートたちはショウの脇を通り抜けていく。ショウの足にかかっているロープの先端を握っていたのは、士だった。
「5対1じゃあ、さすがに勝ち目がなかったんだね」
「お前……裏切ったのか!?」
「裏切ったも何も……最初から僕は親愛なるエリザベートさんの味方だよ」
「私は味方にした覚えはないですぅ」
 度重なるアプローチを思い出し、嫌そうな顔で否定するエリザベート。当の士はそんなエリザベートの様子など気にせず、アプローチを続ける。
「こんなに可愛い子に頼まれたら、学園間の障害なんて気にならなくなっちゃうよね」
「だぁかぁらぁ、私がいつ何を頼んだんですかぁ!」
 本格的に機嫌が悪くなる前に、この場から離れようと誠、芳樹、アメリアはエリザベートを誘導する。そのまま構内へ侵入していくエリザベートの後ろ姿を、士はただじっと見つめていた。そんな士の様子を見てショウは、今一度メールを一斉送信した。
『鳴海士、ロリコン疑惑浮上』
 17時20分。エリザベート他3名、蒼空学園構内へと侵入成功。