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図書館の自由を守れ

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図書館の自由を守れ

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2日目 月曜日




 放課後・図書館・学術書区画(旧娯楽図書区画)。
 多くの生徒で賑わいを見せた娯楽図書区画は、難解な書物が並んだ学術書区画に変わってしまった。かつての栄華はどこへやら、寄り付く人影はほとんどなく閑古鳥が鳴いている。それもそのはず、ここに並んだ書物は教師であっても理解するのが困難なものばかりなのだ。
 静寂に包まれたこの区画に人影が二つあった。
「ここも随分静かになっちゃったね」
 そう言ったのは、小谷 愛美(こたに・まなみ)だ。分厚い学術書を手に取り、寂しそうに視線を落とした。
「愛美さんにお勧めの本を紹介して貰うつもりだったのにな……」
 もう一つの人影は朝野未沙(あさの・みさ)。窓際の椅子に腰掛け、ぼんやりと書棚を眺めた。
「……なんかごめん。約束してたのに、こんな事になっちゃって」
「ううん。愛美さんの所為じゃないよ」
 未沙は慌てて首を振った。
「まさかこんな事になるなんて誰も思わなかったもん……」
「そうだね……」
 ため息を吐く愛美。いつもの元気な彼女の姿は見る影もない。
 それには理由があった。図書館の自由を守るため、未沙と一緒に柳川先生の元へ抗議に行ったのだが、先生の鉄壁のガードの前にあえなく撃沈してしまったのだ。「何もお話する事はありません」「図書館は勉強する所です。恋愛小説が読みたいなら、家で勝手に読みなさい」「本の置き場に困る? 私の知った事ではありません!」逆に説教をくらってしまい、完全に心を折られて今ここにいるのであった。
「何もあそこまで言わなくても……」
「愛美さん……」
 落ち込む愛美の姿を見てると、未沙もなんだか暗くなってきた。
 愛美さんのために図書館をなんとかしたいけど、先生があの様子じゃ無理かも……。
 未沙はそんな事を考えながら、なんとなく窓の外へ視線を移した。
「……なんだろう、あれ?」
 三階にあるこの部屋の真下では、ちょうど学生活動家チームが演説をしている所だった。
「皆さん、図書館に自由を取り戻すため、一緒に戦いましょう! 私たちなら出来ます!」
「今こそ蒼空学園の魂を見せる時です!」
 熱弁をふるっているのは、伽耶とアルラミナだ。
「恋愛小説は私たちのビタミン! コメディは鉄分です!」
「そうだそうだ。伽耶の言う通りだよ!」
 演説はなかなか好感触のようである。演説に賛同する生徒たちが大きな拍手を送った。
「……そうだよね」
 未沙はぼそりと呟いた。
「みんな、図書館から楽しい本がなくなるのは嫌なんだよね」
「どうしたの、未沙さん?」
 愛美は不思議そうに未沙を見つめた。
「愛美さん。まだ諦めちゃ駄目だよ」
「え?」
「ここで挫けてたら、図書館に本が戻ってこないんだもん。最後まで頑張ろうよ」
「未沙さん……」
 迷いのない未沙の言葉を受けて、愛美の心に失われた自信が復活した。
「そうだよね……。私たち間違った事なんてしてないもんね」
「うん。学校はみんなで作る場所、あたし達が動かなくちゃ」
 未沙が微笑むと、愛美も恥ずかしそうに笑顔を見せた。
「心配かけて、ごめん。いつもの私らしくなかった」
「今は……、いつもの愛美さんに戻ったのかな?」
「もうばっちり。いつものマナミン復活です!」
 そう言って、愛美は未沙の手を握りしめた。
「ありがとう。未沙さんのおかげだよ」
「お礼なんて……。だって、あたしは……」
 未沙は頬を赤らめて、きらきら輝く愛美の瞳を見つめた。
「あたし、愛美さんのこと……」
「ん?」
「あの、あのね……」
 意を決し、未沙が口を開いたその時。お約束ながら、邪魔が入ったのであった。
「お姉ちゃん!」
 現れたのは、未沙のパートナー、朝野未羅(あさの・みら)だった。
 未沙の妹として一緒に暮らす女の子である。彼女は蒼空学園の初等部に在籍中だ。
「私の読みたい本もなくなってるの」
「み、未羅ちゃん……」
「先生に出してって言いに行くから、一緒に来て、お姉ちゃん」
 そう言って、未羅は未沙の服を引っ張った。その様子に未沙はへなへなと力が抜けた。
「……で、未沙さん」
 二人の様子を微笑ましく見つめながら、愛美が尋ねた。
「さっき、何か言いかけてなかった?」
 そう言われても、しばらく勇気は出てきそうにないのであった。
「ううん、ごめん。やっぱなんでもない……、今のは忘れて」


 同刻。同区画内。
 未沙たちの位置から離れた書棚の影で、なにやら人目を忍ぶ生徒の姿があった。
「例の計画……、聞いたか?」
 押し殺した声で、比賀一(ひが・はじめ)は言った。
 図書館内にも関わらず、彼の耳にはイヤホンが装着されていた。体制に対する何かの反抗の現れのようにも見えるが、彼はただ単純に音楽が好きなだけである。図書館だけに留まらず、彼は常に音楽と共に生活を送っている。そして、音楽に盲目過ぎて図書館の規則が目に入らなかっただけなのだ。
「ああ。昨日、クルードから連絡があった」
 一の問いかけに答えたのは、ウェッジ・ラスター(うぇっじ・らすたー)
 一のイヤホンを一瞥し、彼は言葉を付け加えた。
「……ちゃんと聞こえてる?」
「そこまで爆音で聴いてないって」
 イヤホンの事を突っ込まれ、苦笑いする一だったが、やはり外す気はないらしい。
「聞こえてるんなら、まあ、いいんだけどよ……」
 ウェッジは周囲への警戒を強め、そして話を本題へと戻した。
「それにしても、クルードの奴、ガラにもなく乗り気だったな」
「ユニに頼まれた……、とか言ってたぞ?」
「ああ。なるほどねぇ」
 ウェッジは静かに笑った。
「まあ、男は女の頼みを断れないように出来てるって事だな」
「……それで、ウェッジ。あんたは参加するのか?」
「おいおい。こんな所に呼び出して何を聞くのかと思えば……」
 そう言って、ウェッジは大げさに肩をすくめてみせた。
「女子があんなに騒いでる事件なんだぜ。こいつは女子に良い所見せるチャンスってもんだろーが」
 ウェッジ・ラスター。彼は本当に。それはもう心の底から本当にモテたかった。
「ここは一つ活躍して、薔薇色の学園生活を……。未来は明るいぞ、こりゃあ」
 顔は良いのだが、内なるエロスを隠蔽する術を知らないため、彼は未だモテたためしがない。
「えっと、参加でいいんだよな?」
「そう言う事」
 ウェッジは元気よく親指をおっ立てた。
「でも、一」
「なんだよ?」
「アソコにはアレがあるって話だろ?」
「ああ。アレか。なんだアレをアレする手段の事か?」
 会話の内容を知られる事を恐れ、二人は曖昧な表現を用いて会話を進めた。
「そうそう。アレはアレしたらアレするって言うじゃねーか」
「その件はアレがアレで……」
「いや、そうするとアレがなぁ……」
「だから、アレはアレすれば、アレがアレになって解決するんだって」
 しばらく議論を続けていた二人だったが、ふと会話が止まり静寂が訪れた。 
「……なあ、ウェッジ」
「ああ」
「アレってなんだ?」
「悪い。俺もわからん」



 夜・図書館前テント。
 今日の活動を終え、テントへ戻って来た犬神疾風は、困惑の表情を浮かべ立ち尽くしていた。 
 昨晩まで二つだったテントが、三つに増えているのである。
「疲れてんのかな……。テントが三つあるように見える……」
 疾風は目をこすって再び確認したが、目の前の光景に変化はなかった。
「テントが増えたんだってば」
 狐につままれたような疾風に、時枝みことは笑いながら声をかけた。
「どういう事だ?」
「署名活動チームが、荷物を置きたいからって、夕方設営してったんだよ」
「驚いたぜ。なんだよ、そう言う事か」
 そう言って苦笑した疾風は、みことの隣りに見慣れない人物がいる事に気がついた。
「……で、その人は?」
「その人はって……、失礼だよ」
 みことが咎めると、その人物は笑ってこう言った。
「いいんだよ。初めまして、犬神くん。現国教師のトアル・コクガノと申します」
「せ、先生だったのか……。す、すみません」
「蒼空は教師の数も多いからね。気にしなくていいんだよ」
 トアル先生は温和な初老の先生だ。奇麗な白髪をきっちり整え、しわが笑顔の形に張り付いている。
「引率を引き受ける事になったんでね。君たちの様子を見に来たんだ」
「……あれ。引率は柳川先生って」
 昨日の事を思い出し、疾風はみことを一瞥した。
「……柳川先生は多忙みたいで、引率は引き受けてもらえなかったんだ」
「すまないねぇ。彼女は新任で忙しいから」
 申し訳なさそうに言う先生。みことは慌てて首を振った。
「い、いいえ。こちらこそ、すみません。オレ達に付き合わせてしまって……」


 そんな話をしている所に、春日井茜とアルフレート・シャリオヴァルトが現れた。
「やあ、お疲れ」
 と、茜。アルフレートは先生を見つけ、軽く会釈をした。
「お疲れさん。まだ学校に残ってたのか?」
 疾風が尋ねると、茜はアルフレートと運んでいたある物を見せてくれた。
「ああ。これを借りに行ってたんだ」
「これは印刷機か?」
 二人が運んでいたのは、最新型の印刷機であった。一度に大量印刷が出来る優れものである。
「印刷技術研究会に頼んで、貸して貰ったんだ」
「へえ。こんなものまで持ち出すなんて、そっちも気合い入ってるな」
「目標は署名千人だ。使える物はなんだって使うさ」
「……ああ、そうだ」
 ふと、思い出して、アルフレートは口を開いた。
「これを動かすのに電源が必要だ。悪いが、バッテリーがあったら貸してもらえないか?」
「ああ。それなら……」
 と、みことはテントの裏手を指差した。
「裏に置いてあるから自由に使っていいよ」
「……感謝する」
「困った時はお互い様だよ」
 そう言って、みことは微笑んだ。


 一方その頃。
 テントでは、女性陣が夕食の支度をしている所だった。
 水を汲みに外へ出た赤月速人は、テントの前でもじもじしている少女を見つけた。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」
「あのね、切り株の先生を探してるの」
 少女の名はフェイ・セブンスランク。向飛雉里のパートナーである。
 フェイの不思議な言動に戸惑いつつも、速人は大人として優しく諭してあげる事にした。
「いいかい、お嬢ちゃん。そんな妖怪の類いはこの学校にはいないんだよ」
「でも、ちさとが『ふせきのいって』だから調べてって……」
「切り株じゃなくて、古株よ……」
 暗闇から聞こえた恨めしい声。現れた声の主は勿論雉里である。
「古株の先生から柳川先生の情報を集めるように言ったでしょ?」
「うう……。ごめんね、ちさと」
「ちゃんとメモに書いて渡したのに……」
「……無くしちゃったんだもん」
 頭を垂れるフェイの姿に、雉里はため息を吐いた。
「……で、私にくれたあの情報はどこから仕入れたの?」
「……近くの森にいた木こりのおじちゃんに。なんだか切り株っぽかったんだもん」
「通りで先生に通じないはずね……」
「でもね、ボクもなんか違うなって思ったの。だから、また調べてたんだよ」
「せめて、私にその疑念を報告してからにして欲しかったわ……」
 昼間かいたいらぬ恥を思い出して、雉里は苦悩の表情を浮かべた。
「まあまあ、その辺にしておけよ」
 そう言って、雉里のあとからやってきたのは、永夷零。
 彼に続きルナ・テュリンと、昼間図書館で一緒になった、愛川みちるとエルネスト・アンセルメも現れた。
「やれやれ、今夜は千客万来だな」
 突然の来客に驚いている速人に、エルネストは食料の入った大きな紙袋を渡した。
「これ差し入れです、どうぞ」
「え、差し入れ?」
「皆さんで召し上がってください」
 と、人の声を聞きつけて、テントの中から初島伽耶が姿を現した。
「あれれ、どうしたの、みんな?」
「俺たちに差し入れだって」
「わっ、こんなにたくさん。みんな、わざわざありがとう!」
「差し入れはついでなんですけどね」
 そう言うと、エルネストは本題に話を移した。
「実は今日、柳川先生とお話して来たんです」
「柳川先生と?」
 思わず速人と伽耶は顔を見合わせた。
「ええ。それであなた達にも報告したほうが良いと思いまして」
「そうだったのか。それで、先生はどんな感じだったんだ?」
「それが拍子抜けするほど、良い先生だったんですよね……」
「そいつは、意外だな……」
 思いがけない答えに、速人は言葉を詰まらせた。
「怖い人のイメージだったけど……」
 伽耶も脳内イメージとのギャップ補正に苦労しているようだ。
「調べものの事で先生に質問したら、とても丁寧にアドバイスしてくれたよ」
 昼間の事を思い出しながら、みちるも証言を加えた。
「親身になって話を聞いてくれて。すごく優しい先生だったんだよ」
「まあ、私は怒られたけど」
「そうだな。俺も怒られたな」
 優しくしてもらえなかった、雉里と零がつけ加えた。
「ゼロは怒られて当然です」
 忘れずにルナは突っ込みを入れておいた。
「……なんだか聞けば聞くほど謎が深まるな」
 速人は腕組みをして唸った。