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図書館の自由を守れ

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図書館の自由を守れ

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5日目 木曜日




 昼休み・図書館。
 二度ある事は三度ある、と昔から言われている。
 大草義純が知りたいのはその続きだった。四度目はあるのか、ないのか。希望としては無いほうがいい。
 度重なる失敗と敗走を重ね、精神的に一回り成長したのかは定かではないが、一つわかった事がある。それは物事は簡潔に素早くである。思えば、いつもなかなか話しかける決心が着かず、時間を浪費している間にチャンスを逃してきたのだ。
「今日こそは必ず……!」
 義純は図書館に入るなり、一直線に柳川先生の元へ向かった。
「あら、こんにちは。今日も何かご用……」
「これ、読んでくださいっ!」
 先生の挨拶もそこそこに、義純は手紙を突きつけた。
「……え、ええ。わかりました」
「や……、やった。ついにやったぞ!」
 勝利のガッツポーズ。ついに彼の思惑は達成し、顔を赤らめながら走り去って行った。


 本当に義純はナイスタイミングで目的を果たした。
 あと少しでもためらっていれば、とある少女の大型アームで粉砕されていた事だろう。
「今、いた。なんか邪魔者っぽいのがいたよ〜」
 背中のバックパックに大型アームを搭載した、ヨツハ・イーリゥ(よつは・いーりぅ)が走り込んできた。
 彼女は周囲を見回し、柳川先生にまとわりつく悪い虫を探している。
「先生、大丈夫だった?」
「ええと、なんの話でしょう……?」
「邪魔者はボクが全部粉砕するからね。それでね、ライに欲しいもの買ってもらうんだ〜」
 ライとはライ・アインロッド(らい・あいんろっど)。彼女は彼のパートナーなのである。
 無邪気にはしゃいでる彼女の所に、そのライはすたすたと駆け足でやってきた。
「ヨツハ、それを言っては駄目です」
 人差し指を口元で立て、ライは小声で注意を促した。
「なんで? なんで駄目なの?」
「……なんだかカッコ悪いじゃないですか。それに、娯楽図書の件で悪意を持つ生徒から、先生を守れとは言いましたが、先生に言いよる生徒を粉砕しろなんて、一言も言ってませんよ」
「そっか。なんか間違えた〜」
 コホンと咳払いを一つ入れ、ライは先生のほうを向いた。
「お恥ずかしい所をお見せしましたね」
「なにが恥ずかしかったのか、わからなかったので大丈夫ですよ」
「これ、お借りしていた動物図鑑です」
「ああ……。返却にいらしたんですか」
 先生に本を渡しながら、ライはねぎらいの言葉をかけた。
「いつもお疲れさまです」
「いえ。ありがとうございます」
「あの、これ良かったら……」
 と言って、ライはリボンを取り出した。
 それはカーネーション・ムーンダストがあしらわれた奇麗なリボンである。色はプリンセンスブルー。女の子なら誰もが喜びそうな、細やかなセンスの光る素敵なアクセサリーだった。ちなみにムーンダストの花言葉は『永遠の幸福』である。
「綺麗なリボンを見つけたのでつい買ってしまったんですが、私が持っていても仕方ありませんし、さつきさんが使ってください。きっとお似合いになると思いますよ」
「私にですか……?」
「ええ。そのほうがこのリボンも喜ぶでしょう」
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
 高そうなので受け取るのをためらったが、不要なものと言われては、彼女も断る理由がなかった。
「よかったら、夜、お食事でもどうですか?」
「食事ですか?」
「この所、図書館も騒がしいし、お疲れでしょう。息抜きにでもなれば……」
 なかなか良い雰囲気で会話が進んでいた所だったが、ライはふと視線を感じ言葉を止めた。


 書棚の影から、こっちを見つめる少女の姿があった。
 見つめるだけである。何かをしてくる気配はない。ただ見つめているだけ。だが、妙に熱の入った視線である。ライに対する好意とは少し違う。どちらかと言えば、やや不健康な気配を発しているだった。
「あの……、そこのお嬢さん」
 先生との会話に集中出来ないため、ライは仕方なく彼女に駆け寄り声をかけた。すると、
「あなた、なかなかグーですわ!」
 親指をおっ立てて、ライを賞賛した。何を賞賛しているのかは全く不明だが。
「私が何か……?」
「教師と生徒の禁断の恋を披露してくださるなんて……。満たされました。ありがとうございます」
 賞賛した上に感謝までしてくれたが、ライには何の事だかサッパリである。
 このエキセントリックな言動の少女は、リルハ・ルナティック(りるは・るなてぃっく)
 彼女が何をしているのかと言えば、本当にただ見ているだけなのである。教師と生徒の禁断の恋と言う彼女の欲望の対象、もとい萌え対象を鑑賞して、心の胃袋を満たしているだけなのだ。なかなかに歪んでいるが、誰にも迷惑はかけていない点では、良心的と言えなくもない。
「あなた、お顔も奇麗ですし、合格です。絵になる二人って素敵ですわよね……」
「そ、それはどうも……」
「あの……、僕の事忘れてませんか?」
 心細そうな台詞と共に現れたのは、リルハのパートナー、フラーテル・インファンティア(ふらーてる・いんふぁんてぃあ)だった。
「あら、遅かったじゃありませんか?」
「リルハがお洒落して来いって言うから、トイレで髪をセットして来たんですよ」
「そんな事言ったかしら……?」
 そう言って、リルハは視線を宙に漂わせた。
「まあ、いいでしょう。さあ、フラーテル。先生を口説いてくるのですわ」
「はい、リルハ。任せてください」
 教師と生徒の絡みが見たいからと、パートナーを突撃させるリルハもスゴイが、それに素直に応じるフラーテルはもっとスゴイ。スゴイと言うか、コワイの域に達しているコンビである。
 ライも心なしか表情が引きつっているようだ。
「ねえ、ライ。この人達は追い払ったほうがいいの?」
「……わかりません」
 残念ながら、ヨツハの質問に確信を持って答える事はできなかった。
「こんにちは、先生。今日もとてもお美しいです」
 先生を口説くため、カウンターまでやってきたフラーテル。
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「礼には及びません。事実を言って礼を言われるなんて、おかしな事ですからね」
 優雅にカウンターに腰を下ろし、フラーテルはそっと先生の手を取った。
「先生、恋を長続きさせる秘訣はなんだかわかりますか?」
「ちょっと思いつきませんけど……」
「それはサプライズですよ」
 そう言うと、フラーテルの握った先生の手が白く光った。
「な、なんですか……?」
 光はすぐに消え、おそるおそる先生は手を開いた。
 手の中には一本の栞があった。一点の曇りもない純白の栞である。
「僕の愛を込めた栞です。必ずや先生を守ってくれるでしょう」
「奇麗ですね」
 先生は光に透かして、その栞をまじまじと眺めた。
「……でも、図書館勤めでは、守ってもらう機会はなさそうですね」
 穏やかな表情を浮かべる先生だったが、フラーテルは気持ちのよい笑顔で否定した。
「図書館を制圧する計画まであるんですから、近いうちに必要となる日が来ますよ」
「……あの、よく聞こえませんでした。……今、なんと?」
「ですから、生徒が図書館を制圧すると意気込んでるんですよ」
 ばんとカウンターを叩き、先生は身を乗り出した。
「なんですって! 誰がそんな馬鹿な事を!」
「う、う、噂で聞いたんですよ」
 先生は胸ぐらを掴み、フラーテルを上下に激しく揺さぶった。
「しゅ……、首謀者はわかりません。彼らは神出鬼没の集団ですから、居所も不明で……」
「こうしてる場合じゃありません!」
 カウンターを華麗に飛び越えると、先生は慌ただしく走り去って行った。


 時を同じくして図書館の別区画の事である。
 新書コーナーでは、突発的かつ加速度的に利用者数が激減している所だった。
 コーナーからは乱暴な声が上がり、生徒たちは蜘蛛の子を散らすように飛び出して来た。
「ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう……」 
 しんと静まり返ったこの場所で、赤と緑の衣装を着たピエロが頭を掻きむしっていた。
 この見るからに危険な人物はナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)
 パラ実に在籍する他校生だ。かつては教導団にいたのだが、壊れてしまったため追放されたそうである。見た目は女性にしか見えないが、ピエロメイクと衣装のため、本当はどっちなのか不明である。
「なんでだ。なんでだ。なんでねぇんだよ!」
 そう言って、ナガンは今度は壁を引っ掻き始めた。
「……黙れ」
 突如、浴びせられた台詞に、ナガンはピタリと動きを止めた。
 ナガンに向かって言うには命知らずな台詞だ。この人物にそんな言葉を浴びせるような人間は、状況を把握出来ないほどの馬鹿か、よほど自分の腕に自信のある人間だけである。
「おいおい、黙れだって……? もしかするとナガンに向かって言ったのか?」
 彼女は振り返り、その命知らずを見た。
 命知らずの名は剣崎誠(けんざき・まこと)。壁際の椅子に座り、静かに本を読んでいる。
「お前が言ったのか?」
「そうだ」
 ナガンはまじまじと誠の顔を見つめると、なんだか楽しそうに笑った。
「おい、お前。ナイスガッツ!」
 そう言うと、彼女は誠の隣りに座った。
「おい、お前。名前はなんて言うんだ?」
「剣崎誠だ」
「剣崎誠、お前みてぇな命知らずをみると、わくわくしてくるぜ」
 ナガンは他校で見つけたお気に入りに、相談してみようと思った。 
「ナガンは本を探してんだ。剣崎誠、知らねぇか?」
「本のタイトルはなんだ?」
「パラミタ新書『御神楽環菜に聞く裏工作』って言うんだが……」
「知らんな」
 誠は必要以上にそっけなく答えた。
「ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう……」
 またナガンがうるさくなってきたので、誠は本を閉じた。
「……おまえ。この図書館の騒動を知らないのか?」
「騒動? そんなもん知らねぇよ」
 数日前に起こったこの図書館の事件を、誠はかいつまんで説明してあげた。
「じゃあ、何か。ナガンの探してる本は貴重書書庫にいっちまったって事か?」
「確かかはわからない。もしかしたらってだけだ」
 と、その時。二人の前を柳川先生が駆け抜けて行った。
「……おい、今のはなんだ、剣崎誠?」
「あれが噂の柳川先生だ」
「……ふーん。なかなか良い女じゃねぇか」
 ナガンの白い顔に不気味な笑みが浮かび上がった。