イルミンスール魔法学校へ

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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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 かつてシャンバラの離宮があったとされるヴァシャリーは、周囲を湖に囲まれたシャンバラでもっとも風光明媚な土地である。
 秋風が吹きぬけて、並木の木の葉が空を舞い湖へと落ちていく。
 木の葉が運河に浮かぶ様子も、仄かな哀愁を感じさせるヴァイシャリーの美しい秋の風情だった。
「これで全部だな」
 河川敷に引き寄せたものを回収して、若い男性がほっと息をついた。
「すまない。助かった」
 イルミンスール魔法学校のレン・オズワルド(れん・おずわるど)が、男性の手から『浮き』を受け取り礼を言う。
「いや、助けてもらったのはうちの方だし」
「おーい、それも馬車に積んじまえよー」
 回収した浮きを荷馬車に積んでいた男が声をかけてくる。
 その浮きは、ハロウィンの日――波羅蜜多実業高等学校の者達を引き寄せるために設置した、ハロウィンパーティーの広告だ。
 馬車に向かって歩き、レンは荷台に浮きを乗せた。
 そして、河川敷を、それから運河を見回していく。
(仕方がないとはいえ、街の風景を一時的に壊してしまった)
 レンの先ほどの言葉は、礼というより謝罪だった。
 この街で生き、生活している人々に対しての。
 皆の生活を元に戻すまでが自分達の仕事と考え、レンは浮きの撤去作業を行っている。
 百合園女学院校長主催のお茶会の招待状は受け取らなかった。
 礼なら先にラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)から言われている。
 こうして街の人々と一緒に汗を流すほうが性に合っているから。
「っと、このバイクの除去、手伝ってくれるかー」
「ああ、今行く」
 レンは土に埋まったバイクを持ち上げようとしている壮年の男の方へと向かい、手を貸す。
 この世界で共に生きる者として。
 今を生きる人の為、この土地で生きる人のことを考えよう――。

 そうして。
 百合園女学院の南。ヴァイシャリーの運河と河川敷も再び美しさを取り戻していく。

第1章 心に、深く刻まれて

「はぁ〜……」
 ヴァイシャリーの郊外にあるカジュアルな飲食店にて、シャンバラ教導団の月隠 神狼(つきごもり・かむろ)は深い溜息をついた。
「世の中上手くいかないな〜……なんなんだろ、本当に。ふつーに家もあってふつーに家族がいて、ふつーにご飯も食べれる。何か過ちを犯したのかもしれないけど、許してくれる人達もいる。なのに、なーにがそんな足りないんだろう〜……神狼にはわっかんな〜い……」
 神狼が考えているのは、百合園女学院の白百合団に所属していた早河 綾(はやかわ・あや)のことだった。
「……人にはそれぞれの器がある……自分達にとっては十分すぎる環境だとしても……綾には、違うのかもしれない……綾が満たされるには、まだ、何か足りないのだろう……今回、綾を満たすことができなかったのは、残念だが……これで、全て解決したわけではなさそうだ」
 パートナーの虎堂 富士丸(こどう・ふじまる)は、温かい紅茶を一口飲み、吐息と共に食べ続けている神狼に淡い笑みを向けた。
「……うん、そうだね、これで終わりじゃないってことはわかる。よし、腹が減っては戦はできぬっていうし、しっかり食べて次に備えようっと! お姉さん、このピザもう1枚お願いっ!」
 神狼は空いた皿を差し出して、給仕の女性に頼むのだった。
「……次に備えて……腹ごしらえするのは構わないが、ほどほどに、しておけよ……?」
「……ほどほど? だーいじょうぶだいじょうぶ! まだまだ序の口。あ、帰ったら夕飯もちゃんと食べるからよろしくー!」
 言って、神狼はぱくぱくとピザを食べ続ける。
 ただ、お腹がすいているだけではなくて、こうして気持ちを切り替えようとしているのだろうと、富士丸には分かってはいたが……。
「夕飯……むぅ、今夜は何にするか……」
 1枚、もう1枚とごってりとしたピザを平らげていく神狼を見て富士丸は苦笑と共に言葉を漏らした。
 彼女を満足させるには、質より量だろうか?

○    ○    ○    ○


 早河綾が入院している病院へは、百合園女学院の友人達の他、事件に関与した他校生も頻繁に訪れていた。
 ただ、両親だけは、面会に訪れてはいない。
 来たくないわけではなく、両親はヴァイシャリー軍の保護下にあり、綾を見舞うことも街に出ることも、仕事に行くことも出来ずにいた。
 綾は意識はあるようだが、殆ど目を閉じている。
 時々目を開いても、虚空を悲しげに見つめているだけで、見舞い客の方を見ることはなかった。
 蒼空学園の風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)風祭 隼人(かざまつり・はやと)は、自戒の為にもと、病室を訪れては綾と綾を見守る人々と共に在った。
 お茶会へ招待されてはいたが、とても行く気分にはなれない。参加したのなら、周りの雰囲気を壊してしまう可能性もあるだろう。
「馬鹿だったな、俺達……」
「甘かった、そして弱かったです」
 隼人と優斗はそれぞれ呟きながら、皆を見守る。
 彼女と百合園の力になろうと思っての行動だった。
 だけれど、自分達は無力だった。いや、力が足りずとも、彼女を守る方法はあったはずなのに……。
「綾ちゃん。今日はね、白百合団の皆が、お見舞いに来てくれたんだよ。だけど、綾ちゃんの部屋に皆で押しかけたらびっくりさせちゃうかもしれないから、お土産だけ預かってきたの」
 百合園のミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、大きな写真を一枚取り出した。
「修学旅行の時に撮った写真だよ。綾ちゃんは写ってないけど、元気になったら京都に行って舞妓姿の写真撮ってもらうといいよ。あたしも一緒に行こうかな!」
 ミルディアもまた、この病院に入院し療養生活を送っていた。
 痛む足を引き摺って、こうして、毎日長時間綾の病室を訪れては他愛もない話を、語り続けた。
 気持ちの整理は、多分ついていない。
 心の中は複雑で……でも裏切られたって思いたくなくて。
「あたしは信じて、待ってるよ。元の二人に戻れるって……」
 そう、囁くように語り掛けると、綾が目をふっと開いた。
「あ……う……っ」
 小さな苦しげな声を上げる彼女の手を、ミルディアはぎゅっと掴んで、もう一方の手でそっと撫でた。

「刺激はされないで下さいね」
 病室の前で警備に当っているベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)の声が聞こえてくる。
「ん。今日は短時間で済ませるし」
 軽快な声が響いた後、少女が病室に顔を出した。
「よぉ」
 小柄なメイド服を纏った少女――パラ実の泉 椿(いずみ・つばき)が病室に入ってくる。
「同じガッコの奴等や知り合いががんばってたみたいだからさ……代わりに見舞いに来た」
 椿が花束と袋を持って綾の側へと近付いた。
 色とりどりの花束は、同じパラ実のナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)から渡されて持って来たものだ。
「花は……ダチから。こっちは、あたしのパートナーの手作りマカロン。食べれるようになったら食べてくれよな。無理なら見舞いに来た奴等で分けてくれ」
 綾は天井を見つめ続けていた。
 ……どうやら、首を動かすことができないようだ。
 椿は綾の顔を覗きこんで、微笑みを浮かべた。
「今まで関われなかったけど……あたしのダチががんばってたのは知ってたから気になってたんだ。みんなのために身を投げ出そうとしたおまえに、元気になってほしくて。おまえだって頑張ってたんだろ?」
 椿の言葉に、綾の唇がかすかに震える。
「つらいだろうけど……おまえのパートナーは、ずっとおまえの幸せを願ってたと思う。彼女の分まで生きてやれよ。百合園が無理なら他の学校でも……パラ実は嫌かもしんねえけど、いい奴だっているんだぜ」
「ふ……」
 涙が浮かんで、綾の目からボロボロと零れ落ちていく。
「綾ちゃん……」
 ミルディアがハンカチを取り出して、綾の目を拭ってあげるも、溢れる涙を止めることはできなかった。
 椿は手を伸ばして、綾の頭を撫でた。
「また来るぜ。生きてりゃ何度でもやり直せる。いつでも手を貸すぜ」
「あ……あー……うー……」
 言葉にならない声だけを上げて、綾は泣き続ける。
 隼人と優斗は、こぶしを握り締めながら、その様子を静かに見つめ続ける。
 二度とこんな結果にならぬよう。二度と同じ事を繰り返えすことのないよう強くなろうと、意志を固めていく。
 前に進むために。
「それじゃ、またな」
 椿は病室に残る者達に強い瞳を向けた後、病室から出て行く。
 ミルディアは綾の涙を拭きながら、隼人と優斗は強く頷いて椿を見送った。

 百合園女学院の氷川 陽子(ひかわ・ようこ)ベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)は、綾の監視と護衛役を買って出、授業が終わった後や休日に病院を訪れ、綾を護っていた。
 白百合団員も頻繁に訪れており、ヴァイシャリー家から派遣された軍人も警備していることもあり、ずっとつきっきりている必要はなかった。
「少し、お話をお聞かせいただけませんでしょうか?」
 ベアトリスを部屋の前に残し、陽子は綾の病室に向かう彼女の主治医を呼び止めた。
「何でしょう?」
「早河綾さんですが……病状はどうでしょうか? 治る見込みはあるのでしょうか?」
「彼女は今意識が混濁している状態にあります。パートナーを失った後の後遺症は、人それぞれです。彼女の場合、最悪の事態は免れましたが、どの程度の回復が見込まれるのかは判断できません。治る見込みでいうのであれば、ないとは言いません。ただ、完治させるための治療薬や魔法は現在存在しません」
 医師の言葉に、陽子は軽くショックを受けるも気丈に質問を続ける。
「まともに体を動かすことも出来ないようですが、こちらの状態もずっと続くのでしょうか?」
「麻痺に関しては、少しずつ治まっているようです。ですが、右足のみ全く動かすことが出来ないようで……残念ながら、歩行は困難と思われます」
「……一生ですか?」
 陽子の問いに、少し間を置いた後、医師は首を縦に振った。
「分かりました。ありがとうございました」
 頭を下げた陽子に、会釈をして医師は綾の病室へと向かう。
「どうでした……?」
 陽子の下に、ベアトリスが歩み寄ってきた。
 陽子は医師から聞いたことを、努めて冷静にベアトリスに話すのだった。
 早く立ち直って欲しい。
 そう思っている2人だけれど……道は険しそうだった。