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第5章 ヴァイシャリーのサンタクロース


 ヴァイシャリーのサンタクロースはいろいろだった。

 藍乃 澪(あいの・みお)フローラ・スウィーニー(ふろーら・すうぃーにー)のミニスカサンタは、煙突から家の中へと入って行った。
 しかし、途中、澪の胸や腰が煙突の壁に擦れて手間取ってしまったため、居間で遊んでいた子供に気づかれてしまった。
 というわけで今、澪はにこにこと笑う子供に、正面からプレゼントを差し出す状況になっている。
 家人が留守だったのは、せめてもの幸運と言えるだろう。
「はぁい、良い子に、サンタさんからプレゼントですよぉ」
 澪のプレゼントに、子供は違うと首を振る。
「……んとね、サンタのおねーさん。わたし、もっとほしいものがあるの」
「なぁに?」
「あのね、サンタのおねーさん!」
 その子はそう言うと、澪にぎゅぅっと抱きついてきた。
 澪にはフレデリカの服が小さかったので、露出の多い服のさらに一番上のボタンを開けていた。胸元から溢れる柔らかな肌に子供がうっとりと頬ずりする。
「いいにおーい!」
「だっ、だめです! 澪ねぇは、私のです!」
 フローラも澪に抱きつき子供と睨みあった。
「あらぁ、困ったわねぇ」
 澪は子供をあやすように云いながら、胸元で火花を散らす2人を温かく見守った。


「次はここです」
 馬に乗って進む瑠菜の後で、リチェルがプレゼントを配る家を瑠菜に教えた。
「わかった。皆、お願い!」
 瑠菜の声で、イヌが見張りに立つと、ネコが庭へと侵入して子供たちの気を引きつける。その隙に瑠菜がプレゼントを置きに行った。
「あなたは、あのお家の2階をお願いします」
 リチェルがフィーニに頼むと、
「うん、いいよ!」
 フィーニが小さなプレゼントを使い魔のカラスに銜えさせ、リチェルの指示する窓へと飛ばした。
 3人のサンタクロース少女が、動物達と一緒にプレゼントを配る様子は、さながらおとぎ話のように可愛らしいものだった。


「おねぇちゃん、だぁれ?」
 後ろから小さな子供の声がして、高務 野々(たかつかさ・のの)が振り返ると、寝ぼけ眼の子供が立っていた。お昼寝中だったその子の枕元にプレゼントを置いてきたばかりだ。
「あらあら、起きてしまったんですね」
 野々は子供の手を引き、先ほど侵入した部屋へとその子を連れていく。
「おねぇちゃん、メイドさんなの? サンタさんなの?」
 赤いロングスカートのメイド服を、白いファーで縁取りしたらしきサンタ服を着て、子供の家の窓をつい、磨いていた野々の姿を見た子供が素朴な疑問を口にした。
「メイドさんだけど、サンタさんなんです」
「ほんと?」
「ほんとーですよ」
 野々の冗談めかした返答に、本当はどっちだろうと考えていた子供は、彼女が口ずさむ『子守歌』の効果で、ベッドに運ばれる頃にはもう夢の中だった。
「おやすみなさい。来年もいい子でいるんですよ」
 野々は、最後に窓をもうひと拭きして、次の家へと向かった。


「はぁい、プレゼントですよぉ」
 メイベルは、お昼寝中の子供に囁き、枕元にプレゼントを置く。
「メリークリスマス」
 フィリッパも小さな声を残し、メイベルとともにそっとその家を後にした。
「あらぁ? どこに行ったのかしらぁ?」
 メイベルがあたりを見回し、セシリアを捜した。
 ピッキングのスキルを使って鍵を開けてくれたり、人の動きがある家には隠れ身のスキルでプレゼントをひとりで届けに行ったり、先ほどまで「迅速且つ丁寧に!」と言いながら、とても楽しそうにプレゼントを配っていたのに。
「わたくし、あちらの方を捜してまいりますわ」
 フィリッパがメイベルの傍を離れようとした途端、息を切らしたセシリアが、小さな肩に光条兵器のモーニングスターを乗せて笑顔で戻ってきた。
「ごっめーん! ちょっと道に迷っちゃった!」
「道……に?」
 メイベルとフィリッパが声を揃える。
 セシリアが手にするモーニングスターは血で濡れており、よく見ればサンタ服にも返り血と思わしき飛沫がかかっている。
「さ、次のお家に行こ! 子供たちが待ってるよ!」
 子供たちの喜んでくれる顔を想像しながら、セシリアは駆け出した。
「そうですねぇ」
「子供たちのために、頑張らせていただきますわ」
 2人はセシリアを信じ、彼女に続いて走り出す。
 裏路地で、サンタを狙ったならず者達が倒れているのを警察が発見するまでに、そう時間はかからなかった。


 百合園女学園初等部の寮では、秋月 葵(あきづき・あおい)がパートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)とともに、冬休み後もしばらく寮に残ることになっている子供達にプレゼントを届けていた。
「私が全力でサポートしますから、葵ちゃん達は配るのを頑張ってください。あ、でも危ないことはしないでくださいね」
 エレンディラが葵の手を取り、ぎゅっと握りしめた。
「心配しないで。百合園の寮だもん。危ない事なんてないよ」
 フレデリカと同じデザインのサンタ服を着た葵が、エレンディラを安心させようとにっこり微笑んだ。
「高いところはイングリットが頑張るから、大丈夫だよ〜♪」
 白虎の獣人イングリットは、くるりと側転して見せる。ミニスカートがひらりとめくれ、サンタ服の下に着用したスクール水着から延びるしっぽがふるりと揺れた。
「メリークリスマス、サンタクロースだよ」
 葵は小さな声で言いながら部屋に入り、プレゼントを置いていく。
「メリークリスマス〜♪ 来年もよい子でいてね〜」
 イングリットも葵を真似て、プレゼントを配り歩いた。

 そんな3人を、階段の陰から見つめる小さな影があった。
「サンタなんて、ばっかみたい……」
 少女は、ぼそりと呟いた。微熱があったために外出もできず、朝から寮で休んでいたのだ。
 あんなのはサンタじゃない。サンタなんていない。サンタの存在を知った時から、ずっと自分にそう言い聞かせてきたのだ。たとえこの世界に実在したとしても、
「私は、認めな……っ!?」
 突然、闇から延びた手が、少女の口を塞ぎ、腕を掴んで闇へと引きずり込んだ。


「なにすんのよっ! 誰かっ! 助けてーっっっ!!」
 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は嗤いながら、叫ぶ少女を力づくでトナカイのそりに押し込んだ。
「静かにするんだよ、お嬢さん」
 先にそりに乗っていた桐生 円(きりゅう・まどか)が、少女が着ていた寝巻をずたずたに引き裂き、可愛いサンタ服を着せてやった。
「………な、なんなの?」
 怯える少女に、円とナガンが声を揃える。
『サンタクロースのお出ましさ』
 黒い縁取りのある血の色をしたサンタドレスの女と、トナカイのそりを操る白面化粧の長身痩躯のピエロ。道化服のそこかしこにクリスマスらしい装飾は見られるものの、どちらも少女が知るサンタクロースの概念とは遠くかけ離れていた。
(この人たち、おかしい……)
 少女は、背筋にぞくりとするものを感じ、円に無理やり着せられたサンタ服の胸元を握りしめた。
「そう怯えるもんじゃないよ」
 円がくつくつと笑う。
「そらぁ、行くぜぇ! アヒャヒャ!」
 ナガンがでたらめにムチをふるうと、トナカイが勢いよく空へと走りだした。
「見ててごらん」
 円が眼下の街を眺め、歩いている子供めがけてプレゼントを投げ落とす。何度もそれを繰り返すと、子供たちがプレゼントの落ちてくるそりを笑顔で追ってきた。
 そりの縁につかまり不思議そうに見ている少女に、円はプレゼントを差し出した。
「配ってみるかい?」
 円に促され、少女はプレゼントを子供たちに投げ落とす。見事にキャッチした子供達の間で歓声が起こる。
「サンタさん、ありがとーっ!」
 その言葉に少女が振り返ると、円はまたプレゼントを少女に差し出した。
「配ってやりなよ、サンタクロースのお嬢さん」
「……私が、サンタクロース?」
「ああ、正真正銘『公認のサンタクロース』さ」
「『合法的な仕事』ってやつだぜぇ!」
 そう言いながらナガンがまたしても嗤った。
 プレゼントをキャッチした子供達の笑顔と、ありがとうの言葉に少女の胸が熱くなる。
「アヒャヒャ! 楽しんでるかい嬢ちゃん、楽しいなら笑えよ! アヒ」
 ナガンが、そりからプレゼントを投げ落とす。円が大きな笑い声を上げる。少女も、いつしか笑顔になっていた。
「サンタクロースっているんだね。だって、今日は私がサンタだもん。私、ちゃんとここにいるよね!」
 少女の言葉に、ナガンと円が笑みを交わした。
「ああ、キミもボクらもサンタクロースも、ちゃんとここにいるのさ」


 その頃、地上では、百合園女学院から少女がさらわれたとの通報を受け、警察が目撃情報を元にサンタを追っていた。傷害事件も発生している。一刻も早く少女を保護しなければ。やがて、怪しげな一団が警察の目に留まった。
「お前たち、そこで何をしている! こっちに来て、塀を背にして一列に並ぶんだ」
 整列させられたのは、魅世瑠とそのパートナー達、そして彼女達に声をかけられ集まったパラ実生だった。
 魅世瑠達は、サンタクロースの仕事を手伝わせようと手下を呼び寄せていた。サンタ服を着たガラの悪いモヒカンサンタ集団がヴァイシャリーの街の一角にたむろしていれば、警察が声を掛けるのも無理はない。
「何してるのかって? サンタクロースに決まってんじゃん!」
 魅世瑠は面倒臭そうに質問に答えた。
「しかも、公認のサンタクロースだよ」
 魅世瑠の隣でフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)が得意げに言う。
「うふふ、どこからどうみてもサンタクロースですわ」
 アルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)がついっと警察官の顎先を撫でる姿は、どう見てもサンタのコスプレで客引きをしているようにしか見えない。
「オマワリもプレゼント、ほしいカ?」
 プレゼントを配る気満々のラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)が無邪気に聞くが、アルダトの後だけに、警察官の目は厳しい。
「まったく、こんな純朴そうな娘まで巻き込むとは……。けしからん! お前達全員、署まで来てもらうぞ!」
「ちょっとぉ、あたしらが何したってんだよ!」
「そうだよ、子供にプレゼント配ろうってだけじゃんか!」
「ぃヤーっ! ラズ、みんナにプレぜントとどケたいヨ!」
 魅世瑠とフローレンス、ラズが警察に抵抗する中、
「あら、わたくし、縛られちゃうのかしら」
 アルダトだけは、期待に胸が高鳴っていた。


「ご主人、なんか、あっちのガキどもも、まだプレゼント貰ってないらしいぞ」
 ベアがゆる族の外見を活かして集めた情報を、ソアに報告する。
「なんだか、プレゼントが足りない気がしますね」
 ソアの言葉に一緒に配っていたケイがうなずく。
「何かトラブルがあったのかもしれないな」
 ケイはプレゼント袋の中を覗き込み、自前で準備した『おもちゃの車』と『お人形』、『野球のバット』や『カンバス』などの品を確認する。
「予備を準備してきておいて正解だな」
 その手には、とっておきの『デラックスモヒカン』が握られていた。
「それも配るんですね……」
 ソアは久しぶりに幼馴染のいい笑顔を見た。
 魅世瑠達が配れなかった分は、ケイとソアがカバーしてくれそうだ。