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第8章 タシガンのサンタクロース


 タシガンのサンタクロースは一生懸命だった。

「それじゃ、今度はここを拠点に配って行こうよ」
 リアトリスは、配達ルートをパートナーのルピナスと同行する万願に提案した。
 配達計画がまとまり、リアトリスは、ペットの犬のロウファをトナカイに、小型飛空艇をそりに見立ててプレゼントを配達する。
 馬のアマンダに乗ったルピナスもそれに同行した。
 万願は、スパイクバイクで2人と逆の家々を回る。
 目当ての家の子供部屋を除くと、机の上に描きかけの絵があり、机の下には怯えて隠れている子供のお尻が見えた。
 家に近づく万願を見たのだろう。彼の顔は、お世辞にも子供受けするとは言えず、子供好きの万願にとって、残念な結果になっていた。
 万願は苦笑しながら、明るい色使いが用紙いっぱいに広がる絵を手に取る。
「なんと、上手い絵であるな。こんな元気な絵の描ける子は、きっと良い子に違いないから、サンタからプレゼントをあげなくてはならないであろう」
 万願は、机の下に隠れている子供に聞こえるように言うと、絵のそばにプレゼントを置いて、その家を後にする。
「それじゃ、次の地域に行こう」
 配り終えて合流した3人が、リアトリスの促しで移動を始めようとした時、茂みから紙飛行機がすいっと飛び出して万願のバイクに引っ掛かった。それを手に取り開くと、明るい色で笑っているサンタクロースの絵が描かれていた。サンタの右頬には傷が描かれている。
「これ、万願さんじゃありませんの?」
 ルピナスがからかうように微笑む。
「こんなクリスマスプレゼントをもらったのは初めてである」
 3人は、その後も笑顔でプレゼントを配って行った。


 沙幸は、トナカイのそりに乗るパートナーの美海からプレゼントを受け取ると、空飛ぶ箒で煙突に近づき、隠れ身のスキルを使いながら、プレゼントを配って行く。
 しかし、日中のデメリットもあり、
「サンタさん、つーかまえた!」
 小さな女の子が、煙突から出てきた沙幸に抱きつき、少女の両手に余りそうな胸にぽふりと顔をうずめた。
「あん!」
 その声に、女の子がきょとんと沙幸を見た。
「もぉ、サンタさんをびっくりさせちゃだめだよ?」
 言い聞かせる沙幸に、女の子がうっとりと呟いた。
「サンタのおねーちゃん、すっごく可愛い……」
「え?」
「食べちゃいたいくらい」
 幼い顔で妖艶に微笑む少女の口元からは、吸血鬼の小さな牙がのぞいていた。
 外では、良い子悪い子を判断するために発動していたディテクトエビルのスキルに現れた突然の反応に、美海が沙幸の元へと急ぐ。
「わたくしの沙幸さんに、手は出させませんわ」


 あい じゃわ(あい・じゃわ)は、危機を乗り越え、パートナーの藍澤 黎(あいざわ・れい)の元へ戻った。
 プレゼントを置いて戻ろうとした時に子供に見つかり、ぬいぐるみのふりをしてやり過ごしたものの、あちこちつつかれたりひっぱられたりで、光学迷彩を使って逃げるまで、大変だったのだ。
 そんなじゃわに、黎は辛そうな笑みを浮かべた。
 タシガンは地球人排斥意識の強い地域。だからこそ、友好の一端を担いたいとサンタクロースに志願した。
 パートナーと愛馬とともに一軒一軒を回り、説明し、理解と協力を求めていくが、やはり、時折投げつけられる刃のような言葉は、差し出した真心を簡単に切り裂いていく。
 自分は覚悟の上だからまだいい、しかし、じゃわに酷く当たられるのは何より堪えた。
「じゃわは、外で待っていてもよいのだぞ?」
 しかし、黎の言葉に、じゃわは首を横に振った。
「じゃわは、サンタさんが出来てスゴイって思うのです。だから頑張ってお手伝いするです」
 黎は思わず、笑顔のじゃわを抱きしめた。
「じゃわは、頑張れるですよ。黎は、頑張れるですか?」
 じゃわに励まされて、黎は己の不甲斐なさを自嘲し、決意を新たにじゃわに微笑む。
「頑張れる」
 クリスマスという、皆が優しい気持ちになる時を、タシガンの人たちと分かち合いたいから。想いを受け取って貰える様に努力すると決めたのだ。


 愛馬に跨り、サンタ服の上にブラックコートという装いでプレゼントを配っていたリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)椎名 真(しいな・まこと)は、寂れた公園を見つけて馬を下りた。
「少し、休憩しよう」
 リュースの言葉に、真は驚いた。
「さっき休憩したばかりじゃないか」
「休憩だ」
 少し怒った様子のリュースに真が戸惑う。座っていろと指示され、古びたベンチに大人しく座った真が小さく息を吐く。しばらくして戻ってきたリュースが、問答無用で真の前に跪き、左足の靴を脱がし始めた。
「お、おいっ、リュース!」
 真の足首を見て、リュースがため息をつく。
「やっぱりさっき、屋根から飛び降りた時に捻ってたんだ?」
 咎めるようなリュースの視線に、真はバツが悪くなり、顔を逸らす。
「大したことないよ。それに、子供には見つからなかったよ」
 ちょっぴり自慢げに言う真に、リュースは冷やしたハンカチをぺちりと左足首に張り付けた。
「つめた…っ!」
 顔を顰める真に、ほんの少しだけ鬱憤の晴れたリュースは彼の隣りに座る。真の、自分を粗末に扱う癖は、頭では分かっていても、実際に見せつけられると、やり場のない怒りに囚われてしまう。
「真はしばらく荷物番だな」
「えっ、俺、大丈夫だよ!」
 リュースの言葉に言い返した真は、案の定、彼に睨まれた。
「……今日くらい、自分を大事にしてくれよ。オレがいるだろ?」
「君もね」
 真の意外な返しに、リュースが首を傾げる。真はリュースの手をぎゅっと握った。
「ほら、やっぱり冷えてる」
 その手は、真のために作った冷湿布のせいで、氷の様に冷えていた。
「これこそ、大したことないよ」
 リュースは言うが、真はそのまま彼の手を自分のコートのポケットに入れてしまった。
「……こうやって、2人で過ごすのも久しぶりだな。しかも、サンタとして」
 リュースがくすりと笑う。
「まさか、サンタが本当にいて、しかも自分がサンタになるなんてね」
 真もそう言って笑った。
「やっぱり、お前と一緒の方が楽しいよ」
 リュースはしみじみと言った。でも、この先、プレゼントを配りに行くのは自分。真は荷物番にするのだと決めている。
 ただ、あと少し、もう少しだけ手が温まるまで、この穏やかな時間を大切にしていたかった。


「うーん、やっぱダメかな?」
 プレゼントの配達の途中、再び薔薇の学舎の前を通ったヨルは、諦めきれない様子で呟いた。自転車を漕いでいたカティが足を止め、うんざりしながらヨルを振り返った。
「そんなに気になるなら行ってくればいいだろ!」
 薔薇の学舎の前を通るたび友人の姿を探すヨルに、カティがしびれを切らした。
「どうしたの?」
 ヨル達を見掛けたサンタ姿の白波 理沙(しらなみ・りさ)が、ひらりとミニスカートのすそを翻して小型飛空艇から降りてくる。
 心配してくれる理沙に、ヨルは、できれば薔薇の学舎の友人にプレゼントを配れないものかと、タシガンにやってきた事を話した。
「わかりますわ」
 理沙のパートナーのチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)がヨルの話を聞いて頷いた。
「せっかくのタシガンですものね。わたくしだって、薔薇学の男子生徒さんの寮で……」
 それ以上言わせまいと、理沙がチェルシーを睨む。
「あら怖い。いやだわ理沙さんたら、まだ最後まで言っておりませんのに」
 笑って誤魔化すチェルシーに、理沙がため息をついた。
 その時、キィっと音がして、薔薇の学舎の門が開き、ハーポクラテスとパートナーのクハブスが出てきた。
「寮は、くばっちゃったよ?」ハーポクラテスが言う。
「いや、友達に逢えたら、プレゼント渡したいなって、それだけ!」
 ヨルが明るく言う。
「……渡してあげようか?」
 ハーポクラテスの提案に、ヨルが顔を輝かせた。
「いいの!?」
「別に、部屋に置いてくるぐらいならいいよ」
 誰かに想いを贈りたい気持ちは、ハーポクラテスが一番よくわかっていた。
「お願いします」と、ヨルに差し出されたプレゼントを手に、ハーポクラテスは再び寮へと戻って行った。
「これで心置きなく、配達に集中できるな!」
 カティがヨルに言うと、ヨルがハーポクラテスに向かって、かしわ手を打っているところだった。
「いや、かしわ手はどうかと思うな」
 カティのツッコミに、
「そうですわ。宗教が違いますわ!」
 チェルシーがさらにボケる。
 一同の頼りなさに不安を覚えた理沙は、この後、ハーポクラテス達を交え、一緒に配らないか誘ってみようと強く思った。


 1日サンタクロースを、クリスマスを1人で過ごした言い訳にしようと参加した、サンタ姿の変熊 仮面(へんくま・かめん)は、怒りに任せて白馬を走らせていた。
 子供達の夢を壊すわけにはいかないと、順調に仕事をこなしていく予定だったのだが……。
 手にした配達リストの家に忍び込んだ変熊は、この家でも子供部屋でぬくぬくと休んでいる大人を発見した。
 一昨日の夜から置かれたままになっている枕元のくつ下には、案の定、新型ゲーム機が欲しいだの、遅れた詫びに限定萌えフィギュアよこせだの、好き勝手な事が書かれたカードが入っている。
「貴様ぁっ、働いて自分で買わんか!」
 怒りの変熊が寝ている男に一括すると、男は飛び起き、眼鏡をかける。
「だ、誰だっ!?」
 間一髪、光学迷彩で姿を隠した変熊は、なぜか全裸になっていた。
(しまった、ついいつものクセで脱いでしまった!!)
 訝しんで辺りを見回す男の数センチ手前で、仁王立ちのまま身動きがとれなくなった変熊は、男が再び眠りにつくまで自由を奪われた。
 変熊は、男の靴下に恵まれない子供達への募金の振込用紙を入れると、そこらにあった紙をメガホンのように丸めて、男の耳元に当てて小さく囁いた。
「貴様はこれから悪い夢にうなされる〜、う〜な〜さ〜れ〜る〜〜〜……」
 男がうなされ始めたのを確認した変熊は、次の家へと向かうが……。
「こいつも30歳だと!? 一体どうなっているんだあっ!!」
 行けども行けども小さな子供には会えず、真面目にプレゼントを配る事ができない。
 それもそのはず、彼が手にしていたのは配達先リストではなく、要注意人物の載ったブラックリストだったのだ。
「なぜだあああああっっっ!!」
 変熊の絶叫が、タシガンの空に響いた。