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episode4:それぞれのお正月


気に入らない 事があると
すぐに怒る君の 癖
そんなとこがいつも 困りもので
そんなとこが 大好きで

 鼻歌でレパートリーの曲を口ずさみながら、ミレーヌ・ハーバート(みれーぬ・はーばーと)は、今年最初のストリートライブの準備に余念がない。
 初詣客も賑わう空京神社に隣接する公園内で、彼女達が作るバンド、『リンクオブトラスト』の新年ライブを開催するのだ。

待ち合わせはいつも
私が先に 着いて待ってる
君が走ってくる姿を
見るのが好きなんだ

「ミレーヌばかりずるいぞ! 今度は俺も歌わせてくれよ?」
 ベース兼ボーカルのミレーヌの鼻歌に合わせて軽くドラムを叩きながら、パートナーのアルフレッド・テイラー(あるふれっど・ていらー)がははっと笑う。
 ベースを準備しながら、ミレーヌは笑って首を横に振った。

「何でいつも 俺より早いんだ」
て拗ねるように 落ち込んだ声
わかってるの 本当は
君が気にしてる事

「アル、お前歌って言ってもラップみたいなのしか歌わねーだろ」
 ギター担当のアーサー・カーディフ(あーさー・かーでぃふ)が、呆れたように言った。
 実のところ、音楽的な実力は今のところ、アルフレッドが最も秀でているのだが、昔から歌手に憧れ、常に発生練習を欠かさないミレーヌの今後の成長に期待して、花形であるボーカルは彼女に託されているのである。
「えー、いいじゃんかよう」
 わざとらしく口を尖らせるアルフレッドに、
「……まあ、着が向いたらお前向けの曲も作ってやるよ。
 べっ、別にお前の為じゃなくて、俺のスキルアップの為にだぞ!」
 言いかけて、慌ててそう言い訳するアーサーに、アルフレッドが朗らかに笑った。

好きなんだって 伝えられたら
簡単なのに
好きなんだって 伝えるのは
難しいんだね

「もー、遊んでないで早く準備しなよ。
 いつまで経ってもライブ始まんないよっ?」
 キーボード担当のマシュー・ハンプトン(ましゅー・はんぷとん)が、黙々と準備を進めながら、溜め息を吐いて言った。
 赤の他人だというのに、マシューは兄弟かと思うほどアルフレッドとよく似ている。
 違うのは、時々見え隠れする白い熊耳と、眼鏡の形くらいだ。
 アーサーとアルフレッドは、マシューの言葉に慌てて手元の準備に戻る。

言葉じゃ足りない
気づいてほしい 熱い想いに
君が 大好きなんだよって

「よーし、準備オッケー!」
 3人の合図に、ミレーヌはベースを引っ掛け、マイクスタンドに向かうと、マイクのスイッチを入れた。
 周囲には既に、何事が始まるのかと、興味津々の人々が集まっている。
 ミレーヌは人垣に向かって手を振った。
「お待たせ!
 『リンクオブトラスト』のニューイヤーライブ、始まるよ――!!」

◇ ◇ ◇


 パートナー達が現在軽く引きこもり中の駿河 北斗(するが・ほくと)は、1人寂しく初詣に来ていた。
 初詣というか、出店荒しという感じの自棄食いに走っているのである。
 セレスタインでの戦いで、何の役にも立てなかった。
 しかしそれを落ち込んでいたら同じ引きこもりになってしまう。
 それよりは、と、こうして出かけてきたのだ。
「全く、落ち込んでるのはこっちも同じだっての」
 しかしいつまでも落ち込んでいても仕方ないのだ。
 折りしも新年、ここで気持ちを切り替えよう、と食べ終わる前から次を買い、両手は山のように食べ物を抱えて前も見えない状態だった。
「ちっ、小吉か。ま、悪くはない、ってことで!!」
 ポジティブポジティブ、と何事も前向きに考えつつ、絵馬に力強く太字で『最強志願!!』と書き、それを片手に、決意も新たに叫んだ。
「今年こそ、ドージェに追い付いてやるぜ――!!」


 日本人ならやはりお正月には初詣!
 と、パートナーのグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)を急きたてた姫神 司(ひめがみ・つかさ)は、自らの姿に軽く呆然としていた。
「……そなたの兄はシャンバラ人のはずだな?
 どうしてかように完璧に着物の着付けができるのだ」
 司のいでたちは、黒地に赤とオレンジの花柄と手鞠模様が可愛らしくもあでやかな着物で、長い髪を結い上げて花簪までつける完璧ぶりだ。
 その鮮やかな容姿に、
「その着物は司によく似合っていますね。とても可愛らしいです」
と満足げだったグレッグも、途端に不思議そうに首を傾げる。
「間違いなくシャンパラ人ですよ。
 何だか、女の子とのお付き合いには必要となることもある、とか言っていましたけど」
 どういう意味でしょう、と、お前も覚えておいた方がいいぞと勧められたものの、理由が解らず、
「はて」
 と、司と2人で首を傾げた。
 だがその疑問はとりあえず置いといて、2人は初詣に繰り出した。
「……ん」
 元旦ほどではないが、参拝客はそれなりに多く、賑わしい。
 ふと目に入ったものに視線を留めた。
 それは痛々しそうな片翼のヴァルキリーの少年だった。
「どうしました」
 じっとどこかを見ている司にグレッグが声をかけると、
「いや、何でもない」
と司は再びグレッグの手を引いて歩き出す。
少年が、周囲の友人達と楽しそうに笑っているのを見て、問題事は無いと判断した。
「参拝の後はおみくじだ。
 あと、そなたの兄らに土産も買って行こう。やはり定番でお守りがよかろう」
「そうですね」
とグレッグは微笑む。
 ひいたおみくじは、共に大吉だった。
「一緒ですね」
 一番ラッキーを引いたことも嬉しいが、同じなのも嬉しい。
 そんな表情のグレッグに、
「今年もそなたと共に有意義に過ごせそうだな」
と、司も微笑む。
 恋愛感情はお互いに持っていないが、互いを、とても大切に思っている。
 そんな絆が現れたようなおみくじの同じ文字に、何だか暖かい気持ちになる2人だった。


「確か日本では、新年と言えば新年の運を占う宝くじとかいうものがあるらしいよな!
 よっしゃ、それじゃあそれで店でも出してみるか!」
 神名 祐太(かみな・ゆうた)は、空京神社の境内で、出店をやってみようかと考えた。
「……でも、宝くじってどうやるんだ……?
 宝っていうくらいだから、景品付きの占いなんかな。
 よし、適当に学校から景品になりそうなものを持って来て宝くじ屋だぜ!」
 ちなみに誰に植え付けられた知識なのか、『宝くじ』は純粋なギャンブルで吉凶を占うものではないのだが、ここで彼にその知識を正してやれる者はいなかった。

 そして学校の備品を無断拝借しようとして教師に見つかり、こっぴどく叱られてしまったので、魔法関係での景品を用意することはできなかったのだが、まあ何でもいいか、と空京のデパートで売れ残りのバーゲン品などを適当に漁って景品とし、『宝くじ屋』を開いてみると、シャンバラ人も宝くじを知らないからか誰も細かいことは気にしないのか、それなりに客もあり、それなりの繁盛をしたものの、最後まで真相を彼に教える者は現れなかったのだった。

「えーと、宝くじ1回!」
 裕太の『宝くじ屋』に、巫女がやって来た。
 サボリか休憩時間か、と思いきや、その巫女は男だった。
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)は、友人達とのゲームにボロ負けして、罰ゲームの最中なのだ。
 神社で巫女バイトをしてくること、というのが正しい罰ゲームの内容だったのだが、
「巫女に男性はちょっと……」
と言われて断られてしまい、仕方なくただのコスプレ巫女として境内を歩き回り、パートナーの雨宮 七日(あめみや・なのか)の「お汁粉」「たこ焼き」という命令に従って、屋台を制覇しつつあるのである。
「あれは何だ」
と甘酒やお神酒にも手を出しかけたが、それは「未成年は駄目!」と流石に止めた。
 そして今、
「あの宝くじ屋に飾ってあるマフラーが欲しい」
 と、駆り立てられているのである。
「はいよー、1回。5等〜。タワシね」
「えーと、もう1回」
「はいよー、1回。5等〜。はい、タワシ」
「……もう1回」
「はいよ、1回、4等〜。はい、みかん一袋」
「……もう1回」
「はいよ、1回。5等〜」
 ……というやりとりが10回以上続き、時々皐月はちらちらとどこかを見やるものの、溜め息を吐いて
「……もう1回」
を繰り返し、とうとう裕太は
「おまえ、何狙ってんの?」
と訊ねた。
「このマフラーを……」
「でももう実際に買った方が安いくらいやってんぜ?」
「いや、でも……えーと、もう1回」
 どこか諦観した様子で、皐月は小銭を差し出す。
 裕太は苦笑した。
「はいよ、1回。……おめでとー! 2等!」
 イカサマを極度に嫌う裕太ではあったが、まあ、敢えてここは。
 両手にいっぱいのタワシとみかんの袋と、そしてパステルオレンジのマフラーを抱えて、少し離れた所で待つ七日のところに戻った皐月は、
「全く、あなたは本当に愚図ですね」
とか言われてしまっていたが、皐月は笑って、マフラーを七日に巻いてやった。


「新年に際しまして、日本刀の奉納をさせて貰えませんか」
 礼装を着用し、真新しい日本刀を手に、獲狩 狐月(えがり・こげつ)は、空京神社の宮司にそう申し出た。
 激動するシャンバラ。各地で失われる命。
 それらに対する鎮魂と、一刻も早くと願う安息への思いを込めて、狐月は神社への刀の奉納を遂行したのだ。
 少しお待ち下さい、と宮司は処遇を訊く為にか一旦何処かへと消えたが、やがて神主が姿を現し、狐月に一礼をした。
「ご奉納を賜わります」
 狐月が差し出した日本刀を両手で受け取り、両手の平に乗せるような形で持った刀を掲げるようにしながら、神主はもう一度礼をした。
 礼を返しながら、狐月は改めて願う。
 この世界に安息の時が、早く訪れるように、と。