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冬休みの過ごし方

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episode5:今日も、明日も、明後日も


 空京郊外、眺めのいい場所に、葬られる者のいない、形ばかりの墓を作った。
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は、花と線香をそこに添えて、救うことのできなかった老人を追悼する。
 手の中に握られた、4枚の紙片。
「……くそっ!」
 約束のカードを握り締めて、その拳を思わず地面に叩きつけた。
 ハルカとの約束を、果たせなかった。
 ジェイダイトを助けることもできず。
「……何がヒーローだっ……!」
 強い後悔の念が溢れて、何度も拳を地面に打ち付ける。
「手を怪我しちゃうのです」
 声が聞こえて、はっと振り向いた。
 花束を手に、ハルカが立っている。
「ハルカ……どうして?」
「たけさんに、りゅーさんがおじいちゃんのお墓を作ってくれたって聞いたので、お墓参りに来たのです。
 たけさんがそこまでバイクで送ってくれたのです」
 よくぞここまで迷わず、と思った牙竜を先回りしたとも思えないが、ハルカはそう言って笑うと、墓に花を供える。
「……すまない、ハルカ。約束を守れなかった……」
「ハルカは、ちゃんとおじいちゃんと会えたのです」
 首を傾げて、ハルカはそう言った。
「おじいちゃんが死んじゃう前に、最後に会えて、よかったのです」
 それに、とハルカは笑った。
「おじいちゃんはおじいちゃんだから、いつかハルカより先に死んじゃうって言ってたのです。
 その時は、悲しんだりしないで、酒盛りとかして送り出して欲しいそうなのです。
 飛行機とかを使わないでどこにでも行けるようになるから楽になるって、きっと今頃、たんぽぽの綿毛みたいにふわふわどこかの遺跡で発掘してるのです」
 じゃん、と、ワインの瓶を取り出し、
「開けて欲しいのです」
と、コルクと一緒に牙竜に渡す。
「3000年もののワイン、はかせに貰って来たのです」
「……3000年……」
 それは流石に、悪くなったものを厄介払いしたのではと思わないでもなかったが、請われるまま栓を開けると、ハルカはワインをジェイダイトの墓に撒く。
 その様子を見ながら、牙竜は言った。
「約束する、ハルカ」
 ハルカが振り向く。
「今度こそ……これ以上の悲劇を2度と繰り返さない。守るために、戦い抜く!」
 決意の言葉に、ハルカは鮮やかな笑みを浮かべた。

◇ ◇ ◇


 高務 野々(たかつかさ・のの)は、ハルカに新年の挨拶をして初詣に誘おうと、ラウル・オリヴィエ博士の家(仮)を訪れた。しかし。

「えっ? ハルカさんいないんですか?」
「バイクでお迎えが来て、空京神社に初詣に行くって言って出掛けたけど」
「あらら……すれ違いになってしまったんですね……」
 野々はがくりと肩を落とす。
 同じようにハルカを誘いに来て先を越された田桐 顕(たぎり・けん)が、
「仕方ないな。後を追おうぜ。向かうとこは解ってんだし、向こうで会えるだろ」
と、パートナーのリリス・チェンバース(りりす・ちぇんばーす)エルシー・エルナ(えるしー・えるな)を促す。
「迎えに来たのはどなたです?」
「たけさんて呼んでたよ」
 五条 武(ごじょう・たける)のことだ、と野々は頷いた。
 ハルカとツーリングをするのだと約束していた彼だ。
 ハルカをバイクに乗せたくてうずうずしていたのだろう。
 確かにバイクで運べば、迷子も防げる。
「じゃあ私も行きますね。どうも失礼しました」
「よいお年を〜」
 間違えている博士である。


 空京神社の公園最寄の駐車場で、野々は武のバイクを発見した。
 神社へ向かう道すがら、武の姿を見付ける。
 ものすごく嫌な予感がした。
 彼は一人だ。何やら焦った様子で、周囲を見渡している。
「そこのおにーさーん、ハルカさんはご一緒じゃないのですかーっ?」
 振り返った武は、走り寄る野々に、苦渋の表情で一言。
「……すまん」
「迷子ですか!!」
「バイクを降りて、ちょっと目を離した隙に……」
 あああ……。
 野々は激しい頭痛を覚えつつも、がばっと顔を上げる。
「でも大丈夫!
 こんなこともあろうかと、私が作ってあげたアナさんぬいぐるみには発信機が付けられているのです!
 ……なーんて、持ち歩いてるわけないですよねっ!」
 てへ、と野々は笑った。
「いや、ハルカあれ持ってたぞ」
 ハルカは小物類を小さなリュックに入れて背負っていたが、そのリュックには以前野々が作ってハルカにあげた天使のぬいぐるみがセットしてあったのだ。
「じゃあそれで探せるな」
「そんな機能付いてるわけないじゃないですかー!!」
「泣くなっ!!」
 パニックでテンションがおかしなことになっている。
 武は野々に叫ぶと、
「とにかく探すぞっ! 携帯は持ってるな?」
と互いの番号が登録されていることを確認する。
「ハルカさんどこですかーっ!?」
 目印となる大きな鳥居が見えていて、多分ハルカはあそこに向かったのではないだろうかと、野々も武も考えて、神社に向かいながら、野々は周囲を見渡しつつ叫んだ。


 そんなわけで、ハルカが迷子になっているらしい。
「しょうがないな……リリス頼む」
「仕方ないわね」
 パートナーの顕に言われたリリスは、問答無用で火術を放ち、周囲の人ごみを薙ぎ払った。
「きゃああああっ!!!」
 突然の攻撃魔法に、周囲から悲鳴が上がる。
「はい、スペースができたわよ。早く探しなさい」
 リリスも顕も、そんな悲鳴には構わず、
「エルシー、あっちをバーストダッシュでハルカを探してくれ」
と、さらりと恐ろしく物騒なことを言うと、
「わかったわ」
と言われた方向へバーストダッシュを仕掛けるエルシーが、人ごみを弾き飛ばし、顕は、じゃあ俺は向こうを探すから、と踵を返す。
「待て! 正月の平和を乱す悪の下僕め!
 年始休暇中でもこのシャンバランがいる限り、貴様等の好きにはさせねえ!」
 颯爽と現れた仮面の男が、顕の前に立ちはだかった。
 ヒーローも、年末年始は休暇中、のはずなのに、ちゃんと仮面を持参していたのが幸か不幸か、この惨状を、パラミタ刑事シャンバランこと神代 正義(かみしろ・まさよし)が見逃せるはずはなかった。
 焦げて倒れた人々に、パートナーの大神 愛(おおかみ・あい)が走り寄ってヒールをかける。
「しっかりしてください。傷は浅いですよ」
「悪の下僕って……人探ししてるだけだけど?」
 むっとして言った顕に、
「問答無用! こっちも人探しで急いでる!
 とっとと悪は滅びろ! 俺の休暇を返せシャンバランダイナミィィィッック!!」
 何気に私情も混じった必殺の一撃により、顕は境内から強制退去させられた。
 目的が、同じハルカの捜索だったなどとは、夢にも思わない2人である。
「顕!」 
 叫んでリリスも顕の後を追う。
 去る者は追わず、正義は愛に向かった。
「愛! 被害者の様子はどうだ?」
「大丈夫です。でも、着ているものは直せませんね……」
 初詣ということで、振袖などの晴れ着を着ていた者も多い。
 怪我は治せても、焦げた服は元には戻らなかった。
「でもまあ、これも正月の風物詩!」
 そうか? と、周囲にいた全員が脳内で突っ込んだ。


「……ハルカ?」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がてくてく歩いているハルカを見付けたのは、奇跡に近かった。
「あっ月さん。あけましておめでとうなのです」
 ハルカも気づいて手を振る。
「こんなところで……どうしたの」
「たけさんが迷子なのです。
 おっきな鳥居がいっぱいあって解らないのです」
 ふう、と月夜は小さく溜め息をついた。
 パートナーの樹月 刀真(きづき・とうま)と分かれて買い物を済ませ、彼との待ち合わせ場所に行く途中だった。
 月夜は、刀真がセレスタインでのことで心持ちふさぎ込んでいるのには気づいていたが、時間が解決してくれると信じていた。
 だから本当は、今ハルカを刀真のところに連れて行くのには躊躇を感じるが、見付けてしまって放って行くこともできない。
「……ハルカ、行こう。刀真が何とかしてくれる」
 月夜はハルカの手を引いた。

 待ち合わせ場所でハルカの姿を見た刀真は、何も聞かずとも事情を察し、深い溜め息を吐いて、携帯を手に取った。
 連絡をして、迎えを待つまでの間に、少し考えて、口を開いた。
「……ハルカ、君は俺に何を言ってもいいんですよ? 君にはその権利がある」
 ハルカの祖父、ジェイダイトを殺した。
 後悔は今もしていない。
 だだ、剣を振り下ろした瞬間の、ハルカの叫びが今も耳に残っている。
 ハルカは刀真を見上げ、少し首を傾げてから
「とーまさん」
と言った。
「おじいちゃんを、助けてくれて、ありがとなのです」
「……!」
 目を見開いて、刀真はハルカを見下ろす。
 月夜も驚いてハルカを見た。
「……ハルカ」
「あっ!! いました、ハルカさんっ!!」
 野々の叫び声が聞こえて、ハルカは振り向いた。
「……迎えがきたようですね。
 もう、勝手にいなくなってはいけませんよ」
「わかったのです」
 にっこりと頷いて、ハルカは手を振ると、野々の方へ走って行く。
「……刀真」
「買い物は済みましたか。行きましょう」
 ふっと肩を竦めて、刀真は歩き出した。


 「犬さんがいるのです」
 というハルカの声に、ハルカが見ているものを見て、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は軽い目眩を覚えた。
 屋台でヒヨコやウサギが売られているのは良く見るが、そこで売られているのは犬だった。
 しかもただの犬ではない。
 二足歩行をする、手足寸詰まりの、ぬいぐるみにしか見えないが、ムームーと鳴いてじたばた動いている、高さ50センチほどの。
 以前大群で見た憶えのある。
「あのう、このワンちゃんはひょっとして……」
 声を掛けると、鬼岬 蒐(おにさき・しゅう)は、
「おねーさん、お目が高いねっ!」
と威勢良く言った。
「こいつらはパラミタウルフっていって、子供の頃はこんなぬいぐるみでペットに最適!
 普通のパラミタウルフは大人になったら知識もついて普通の人狼になっちゃうけど、こいつらは何と! 千匹に一匹の突然変異! 一生このぬいぐるみ状態のまま!
 あのヴァイシャリーのラズィーヤも飼ってるって噂の、セレブご用達のペットなんだぜっ!」
 ……もう、頭を抱え込みたい感じである。
「……えーと、千匹に1匹の突然変異が、こんなに沢山いるのですかあ?」
「そりゃあもう、集めるのに苦労したさ! ま、その辺は企業秘密だけどね!」
 大阪の商人を彷彿とさせる口八丁である。
「…………てゆーか、普通のパラミタウルフとはどう違うんだ?」
 遠い昔(笑)を思い出しながら、五条武が訊ねると、
「それも企業秘密さ」
と蒐は答える。
「………………これって、人身売買になっちゃいませんかぁ?」
 駄目押しでメイベルが訊ねると、
「おいおい、今のこいつらはムームーしか言わないただの生きたぬいぐるみなんだぜ。
 そういう法律は、成長して知識がついてから適用されるのさ!」
 いかにもパラ実生らしい商売と言ったらいいのか。
 ”たこの入っていないたこ焼き”と同じレベルの商売である。
「……もういい。行くぜ」
と、武は溜め息をついて、ぬいぐるみ達を撫でているハルカを引っ張って行こうとする。
「お待ちくださいな。こんなのもおりますえ」
 蒐のパートナーの蒼月 葵(あおつき・あおい)が、店のスペースの半分に出そうと、まだ準備途中の一匹を、店の後ろから抱き上げてハルカ達に見せる。
「……………………えーと、これは何ですかあ?」
 メイベルの言葉に、葵は答えた。
「”カラーパラミタウルフ”どすえ」
 寸でのところで、屋台をひっくり返して暴れ始めるところだった武を抑え、ハルカ達はその店を後にしたのだった。


「というわけで久しぶりだなハルカちゃんあけましておめでとう元気にしていたか!? それじゃあ早速ヒーロー談議と行こうか!(一息)」
「あけましておめでとうなのです。ヒーローさんも元気なのです」
「ふっ、何故なら新年と言えば心気一転! 言い替えれば変身!
 よし! さあハルカちゃん、新年だからヒーローになろうぜ!」
 ごめんなさいね、と、いつもより更にテンションが高めの神代正義に代わって、今年もいつものように、大神愛がフォローする。
「正義さん、初日の出見る為に徹夜したり新年会で騒いだりで、ここのところまともに寝ていなくて……
 こんな、いつも以上に馬鹿っぽくて本当ごめんなさい」
 優しい顔で、正義のことを、馬鹿、ときっぱり言ってしまうのが愛である。
「正義さん共々、今年もよろしくお願いしますねハルカちゃん……もう本当に、色んな意味で」
 ハルカにお年玉をあげながら、愛はしみじみとした表情で挨拶する。
「ごめんなさいは、いらないのです。ハルカヒーローさん大好きですよ?」
 そう言ってハルカは、お年玉の礼を言い、
「こちらこそお願いするのです」
と笑った。


 遅れてハルカ発見の報を受け、顕達も改めてハルカと合流した。
 ちゃんとハルカがいれば、顕達も物騒なことをする必要はないのである。

 紆余曲折で、ようやく拝殿に到着。
 何だかとても遠い道のりだった。
 武がハルカに参拝の方法を教え、賽銭を入れてやる。
 正義も賽銭箱に小銭を投げ入れ、
 今年もかっこいいヒーローでいられますように! あとハルカちゃんがヒーローになりますように! 
と、往生際悪く力いっぱい祈った。
 その反対側で、顕も
「どうかハルカの迷子癖が直りますように」
と祈る。神社に来る前、顕に
「初詣にきたことあるか?」
と訊ねられた時には焦って
「あ、あたりまえです。ワタシを誰だと思っているのです」
と、視線を泳がせながら答えたリリスだったが、実は人生初の初詣で、
「来年は、もっと普通に来れますように」
と願う。そんなリリスと顕をちらりと見た後で、やはり初めて初詣をするエルシーは、
「来年は顕様と2人だけで来れますように……」
と願ったのだった。

◇ ◇ ◇


 帰り道も、武がバイクでオリヴィエ博士の家(仮)までハルカを送った。
「ハルカ」
と、その道中で話しかける。
「君は今、幸せか?」
 『辛』いことを乗り越え、『幸』せになることはできたのだろうか、と。
 うん、と、ハルカは答えた。
「ハルカは、いっぱい幸せなのです」
 そうか。と、武は呟いて、バイクのスピードを上げた。