校長室
【空京万博】ビッグイベント目白押し!
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「今日は招待してくれてありがとな」 と、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)はヴァーナーに微笑みかけた。 「忙しそうだけど、こまめに水分摂ったりしろよ?」 「はいですっ。主催者さんは、いつでもにこにこ、みんなもにこにこです」 「ん。わかってるみたいだな」 良い子、と頭を撫でると、くすぐったそうにヴァーナーが笑った。 そうやってスキンシップをしていると、 「いいなー。呼雪、僕も撫でてー」 後ろからのしかかりながらヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が言うものだから、「お前は」と少し呆れた目になった。 「あはは。君たちはいつも仲良しだね」 と、軽く笑い飛ばして黒崎 天音(くろさき・あまね)が一歩前に出、呼雪の隣に立つ。 「お招きありがとう、ヴァーナー」 そして、物語に出てくる王子様のような華麗な所作デヴァーナーに花束を渡した。 濃淡を織り交ぜた、数本ずつ色の違う薔薇の花束。色は可愛らしいピンクで、ヴァーナーにとてもよく合っている。 「ふわぁ……天音ちゃん、ありがとです!」 「今朝タシガンの薔薇園で切ってきたんだ。ちゃんと棘も取ってあるよ」 「さっすがー」 言って、ヘルが離れていった。ヴァーナーの前に出て、屈んで目線を合わせる。 「今日は誘ってくれてありがと」 「たのしんでくれてるですか?」 「うん、すっごく癒されてるよぅ。ヴァーナーちゃんとゆるスターの組み合わせって、こう、最高っていうか最強だよね!」 ねっ、と同意を求められるように振り返ってきたので、首肯しておく。だよね、と天音も頷いた。 照れたようにヴァーナーが笑ったので、「あーもーかわいいー」とヘルはヴァーナーに抱きつく。花束を潰さないよう気をつけながら。 「メロメロだな」 「だね。可愛いから仕方ないね」 ふと、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は何をしているのだろうかと辺りを見回した。挨拶のときは、確かに隣にいたのに。 「あ」 見つけた先、ユニコルノはゆるスターにまみれていた。 自分が連れてきたイナ、天音宅のゆるスターのスピカ、ガロガ、コロナ、デネブ。それからこの店の子たち数匹。 ユニコルノの近くでは、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が威厳のある佇まいを崩さぬまま黙している。 「ブルーズってば我慢しちゃって」 くすくすと天音が笑った。何だ? と首を傾げると、 「だって今にも口が緩みそう。ああ見えて可愛いもの好きだからね、彼」 改めてブルーズを見たが、厳しい顔のままだった。パートナーだからわかるもの、ということだろう。 「意外だな」 「向こうも可愛いものから好かれたりするしね」 見ていると、確かに、と思った。座っているブルーズの太腿や肩、頭の上にまでゆるスターは登って楽しんでいる様子。 納得したと頷いて、ふっと視線を別の方向へ。 向けた先には、懐かしい顔があった。 「アイリスさん」 アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)。 もう、そう簡単に会える人ではないのに。 思わず、呼雪は彼女に近付いた。こんにちは、と声をかけるとアイリスが顔を上げた。 「君か」 「いらっしゃってたんですね。お元気そうで何よりです」 「彼女に誘われてね」 アイリスの目は、ヴァーナーを見ていた。ヘルからお土産のデジタルフォトフレームを貰って喜ぶヴァーナーのことを、愛しそうに。 「隣、よろしいですか」 「どうぞ」 アイリスが、指先に寄ってきたゆるスターの頭を撫でる。楽しんでいるようだった。 「最近、どうですか?」 「うん? ユグドラシルかい?」 「はい。流行とか、珍しい出来事とか」 「特筆するようなことはないかな。こっちではどうなんだい?」 「そうですね……」 世間話に花を咲かせていると、 「あっ、アイリスちゃんだー」 ヴァーナーとのスキンシップを終えたヘルが飛び込んできた。 「久しぶりー! 元気でやってる? 瀬蓮ちゃんは?」 「セレンは留守番だ。次は一緒に来ようと思う。私は見ての通りだよ」 「そっかー、ちょっと残念。だけどアイリスちゃんが元気そうだし、いっかなー」 無邪気に笑って、呼雪の隣にヘルが座った。 飲み物を頼んでから、一拍。 「そーいえばさ」 ヘルが話を切り出した。 「アイリスちゃんは瀬蓮ちゃんと百合園に戻ってくる予定とかはないの? 気にかけてる人、結構いるし」 呼雪の義母も、気にかけている人のうちの一人だ。 「セレンには百合園に復学してもらいたいと思っているけど、僕個人としては戻るつもりはないよ」 「そうなの? じゃあ、どうするの?」 「こら、ヘル……」 あまりに次へ次へと訊いていくから、思わず呼雪はヘルを諌める。 気にならないの? と目で問われた。そりゃ、もちろん気になるけれど。 ちらり、アイリスの表情を伺う。 「気にしてないよ。聞きたいことがあれば、なんでもどうぞ。 で……どうするか、だったね。僕は、公職から退いてイタリアに留学したいと思ってる。けど、状況が中々それを許してくれなくてね……」 「アイリスちゃん、優秀だしねー。離したくないんだろうね」 「必要とされるのはありがたいことだけど、僕が本当にしたいことじゃないからね。積極的になるには難しい」 「そっかぁ。出来ることがあったら手伝うよ。言ってね」 「ありがとう」 「それに、今日みたいにちょくちょくこっちに遊びに来てほしいな」 「ああ。それはちゃんと頭に入れておくよ」 話が一段落したところで、飲み物が置かれた。口をつける。 「聞いても、いいですか?」 「うん? 答えられる範囲でなら、なんでも」 「アスコルド大帝のことなんですけど」 アイリスの父である彼の意識は、良雄のままだ。 「……だから、娘としては色々複雑な部分もあるんじゃ」 「尊重はしているよ。融合したことも、意識が別のものであることもね」 だって本人が決断したことだから。そう言って、アイリスは紅茶を飲んだ。 「複雑な部分……は、ないかな。そもそも仲の良い親子というわけでもないから」 そういえば最近連絡してなかったっけ、とあまりに軽くアイリスが言うものだから、苦笑いが漏れた。 「ほっとしました」 「そうかい?」 「はい」 ならよかった、と笑うアイリスの顔が、以前よりずっと柔らかかったから。 尚のこと、良かったと思える。 さて、一方ゆるスターとのふれあい広場では。 「いっぱい、ですね……」 ゆるスターにまみれているユニコルノの傍に、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)がやってきた。 「暖かいんですよ、この子たち」 丁度手のひらの上に乗っていた一匹を、アレナへ向ける。おっかなびっくり、という様子だったが、アレナは素直に手を伸ばした。抱き上げる。 「うわあ……」 大きな目をきらきらと輝かせた。 「可愛いですよね」 「可愛いです」 「うちの子も、いるんですよ」 「えっ、どの子ですか? ……抱っこしてもいいですか?」 「もちろんです。イナ、おいで」 名前を呼ぶと、遊んでいたイナがユニコルノの膝元まで駆けてきた。首から背にかけて撫でてやってから抱き上げて、アレナの手のひらに乗せてやる。 「可愛い格好」 「伝統パビリオンのコンパニオン衣装です。せっかくの催し事だから」 優しい手つきでアレナがイナを撫でるのを、ユニコルノは見つめた。一定の距離を、保ったまま。 ユニコルノは、アレナのことが好きだ。大切な存在だと感じている。 だから、近付けなかった。 アレナは、道具にされたくないと思っているから。 ――兵器である私は、あまり関わらない方がいい。 だけど、喜ぶ顔は見たいから。 イノを紹介できて、よかったと思う。 あとは見守るだけにしよう。控えめに、お茶でも飲んで、見ているだけに。 と、思っていたのに。 傍に居たら、話したいと思ってしまう。 ――欲張りだ。 抑えてみるけど、ゆるスターたちとじゃれて、笑う彼女を見ていたら。 「イノは向日葵の種が好きなんですよ」 「そうなんですか?」 「はい。ぜひあげてみてください」 アレナの手のひらに、持参した種を置く。その際触れた彼女の手は、暖かで柔らかだった。 見知った顔はちらほらあったが、まさか彼女も来ているとは思わなかった。 「こんにちは」 にこやかに、天音は声をかける。 「ラズィーヤさんもゆるスターと遊びに?」 端にある席に腰を下ろし、優雅にゆるスターたちを見るラズィーヤへと。 「ええ。お誘いいただきましたの。黒崎さんは?」 「僕も誘われたので。ゆるスターたちと一緒に来ました。ね、ブルーズ」 ふれあい広場で頬を緩めていたブルーズへと声をかけると、彼ははっとした様子で振り返り。 天音が手招きしているのを見て、スピカたちを連れてやってきた。ぺこりと会釈する。 「この子たちが、うちの子です」 「あらまあ♪ ずいぶんとたくさん……可愛らしいですのね」 「愛でてやってください。皆さんも一緒に」 ラズィーヤと一緒に居た、美緒や小ラズィーヤ・ヴァイシャリー(しょうらずぃーや・う゛ぁいしゃりー)、琴理にも声をかける。 みんなが目をきらきらさせて可愛がってくれるのが、 「嬉しいのか?」 「口にするなよ、無粋だな」 まあ、嬉しい。 「楽しんでいただけているようで何よりです。素敵な場所ですよね、ここって」 「ええ。いぢめたくなっちゃうくらいかわいいコたちがそろっていますわ」 くすくすとラズィーヤが楽しそうに笑って言った。 「とても心安らぐ場所ですわ。ウェイトレスとしましては、衛生面にも気をつけなければいけませんわね」 一方で美緒は意気込むように言い、 「みんなが楽しそうで撮影のしがいがあるな!」 小ラズィーヤもカメラを片手に張り切った様子で笑った。 「ゆるスターと人間が一緒に楽しめる場所。貴重ですね」 穏やかに微笑み、琴理。 呼雪と喋っているアイリスも、ユニコルノと一緒にゆるスターと遊んでいるアレナも、自然な笑みを浮かべて楽しそうにしている。各々楽しんでいるようだ。 「ではここでもう一興」 と、ブルーズが言った。 携帯電話を取り出して、かちかちと操作する。少しの間があって、音楽が流れ始めた。音に反応したのか、アレナの手の上にいたイノがこちらへ飛び込んできた。 「か、可愛いですわ〜♪」 音楽に合わせて、ゆるスターたちが踊りだす。 「これは撮るしかないなっ!? いいなっ!?」 音楽が変わると、ゆるスターたちは踊るのをやめた。 ぴしっと整列。一列目がしゃがみ、二列目がその上に乗る。 組体操だった。作っているのはピラミッドである。 ゆらゆら、ぐらぐら、少しばかり危なげに。それが見ている者の期待とはらはらを煽る。 最後の一匹が一番上に乗ると同時に音楽がクライマックスに突入した。 どうなるやらと周りの面々が息を飲んで見守る中、ゆるスターたちは上から順にころころと転げ落ちてきた。弾むようにしてテーブルを転がり、テーブルの端からブルーズの持つバスケットの中へと収まり。 音楽は丁度終了した。 おお、と歓声が沸いて、拍手。 「いつの間に仕込んだんだい」 「昨夜のうちに」 確かに昨日何かしていたとは思っていたけれど。 「魅せてくれるね」 褒めると、ブルーズがかすかに鼻を鳴らした。得意げな様子。 あとで、そう営業が終わる頃。 もう一度演じてもらうように頼んでみよう。 だって、一番頑張ったヴァーナーは忙しく動き回っていたからこの演目を見れていない。 そのときは自分たちがお茶を淹れたりして、今と反対にもてなしてあげようか。 少し先のことを考えて、なかなかいいサプライズになるのではないかと天音は一人、笑った。