校長室
【空京万博】ビッグイベント目白押し!
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「ルイン……つけられたな」 等活地獄を受け、気絶した垂とルースを捕獲、即死ペイントのラクガキをしていたレオンハルトは、ルインの後ろに羅 英照(ろー・いんざお)を見て小さく唸った。 「えっ?」 振り返ったルインののどに、マーカーペンの一線が引かれる。 「え……え…?」 「きみは即死した」 英照はにこやかにそう言って、何が起きたか把握できずとまどっているルインの頭をぽんと叩いて通り過ぎた。 レオンハルトは近づく英照に、低くかまえをとった。パートナーや仲間たちがいるならともかく、たった1人で彼を相手にこれは無謀すぎる。普段であれば考えられないことだが、垂とルースの相手で疲労している今、仕方なかった。逃げ切れるはずがない。 「……ならば、一矢でも報いるのみ」 警戒すべきはあの鞭か。油断なく目を配し、じりじりと相手の間合いと自分の間合いの境界を探る。 そこに、ばったりと踏み込んでしまったのがレーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)だった。 カモフラージュを用い、常に移動することを心掛けていた彼の運も尽きたということか? 「おや。これは少々やばいところに行き当たってしまったみたいだな」 一歩踏み入れていた足を、遅ればせ引き戻す。 「おまえも手伝え!」 「いや、残り10分を切っている。わたしは無難に逃げさせてもらう」 レオンハルトからの要請も一顧だにせず、レーゼマンは冷静に判断すると回れ右をしてこの場からさっさといなくなってしまった。 英照に彼を追う気はないらしい。まだまだ運は尽きてないようだ。しかしそれはレオンハルトの方もそうだった。 「やほーい☆ 残り8ふーん! 逃げてるだけっていうのも飽きちゃったから、少しお手伝いするよー」 マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)が木の上から光条兵器の弓で参戦してきたのだ。 「いっくよー!」 宣言とともに威力を絞った光矢が英照目がけて次々と打ち込まれる。まるで雨のような連射だ。それを避けている隙を狙って、英照の背後をとりに行こうとするレオンハルト。だが英照の放つ鞭が、そうやすやすと距離を縮めさせてはくれない。 「やっぱ、あの鞭が問題よね」 まずは武器を取り上げて無力化しなくちゃ。 英照の鞭を断ち切らんと、マリーアがさらに弓を引き絞ったときだった。 「周囲への警戒が足りん。鍛錬不足だ」 そんな声がして、唐突に足下の枝がなくなった。 関羽の棍が一撃で枝の根元を砕いたのだ。 「きゃ……きゃわっっ!」 宙に投げ出されてしまったマリーアを、関羽が下で待ち受ける。 「あぶない、まーさん!!」 先端に塗料の塗られた関羽の棍が打つより早く、何者かが走り込み、跳躍してマリーアをかっさらった。 銀の一閃。狼姿になったランス・ロシェ(らんす・ろしぇ)だ。 着地を果たしたランスは、その勢いを殺さず逃走に入った。 「お、おろして」 うなじのところをくわえられたマリーアはブラブラ揺れながら頼むが、ランスに聞き入れた様子はない。彼はひたすら狼の脚力で、一目散に林の奥へと逃げ込んだのだった。 「――ふむ」 棍を肩に担ぎ、関羽が評する。 その少し先では、マリーアの補助を失ったレオンハルトが英照に鞭で拘束されていた。 「これできみも即死だ」 額にマーカーでしるしをつけられる。 「もう1人。そこでいつまでも観察していないで、出てきたらどうだね」 身を起こし、英照は背後に視線を走らせた。 「お見通しなんですね」 苦笑しつつ、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が木の影から姿を現した。 「きみも逃げる猶予はあったはずだが?」 「ええ、そうです。ですが、つい好奇心に負けました」 英照がかすかに小首を傾げて続きを促す。 「もしかしたらこれはチャンスなのではないかと。……あなたのそのゴーグルの下を拝見する、ね!」 ゴッドスピードで素早さを上げたダリルの手が鞭を放つ。顔の横にきたそれを、英照はやすやすと片手で払って退けた。そのまま、きびすを返したダリルを追うべく彼のいたしげみに入った直後、足の甲が何かに引っかかる。戦乱の絆だ。ダリルが木々の根元に張り巡らせていたのだ。 よろけた英照を、再び鞭が襲う。 「あまい」 手首に巻きついた鞭を握り、引っ張る。反射的、引き返したダリルの力を利用して、英照は跳んだ。戦乱の絆の罠の区域を飛び越え、一気に距離を詰めようとする。 伸ばされた手。 「やはり無駄か」 ダリルは攻撃に執着しなかった。すぐさま鞭を手放して逃走に移る。英照の手が掴んだのは上着のみ。アクセルギア作動により稼いだ数秒でするりと脱ぎ落とし、ダッシュローラーでその場を離脱した。 (あと5分。逃げ切れるか?) ダッシュローラーをやめ、林の斜面に入る。倒木の下の影に隠れてやりすごそうと飛び込んだら、そこにはひざを抱えてうずくまる夏侯 淵(かこう・えん)とイライザ・エリスン(いらいざ・えりすん)がいた。 「淵!? なぜここにっ?」 「ダリルこそ! なんでよりによってここに来る!?」 ひとがせっかく隠れていたというのに! 「おまえ、追われているのだろう。HCから聞こえていたぞ。早く立ち去れ!」 「どこかへ行くなら2人ともです。ここを最初に見つけたのは私です」 ひそひそと話す3人。だがそうしている間に貴重な時間は失われ、英照が追いついた。 「それで、話は決まったかね?」 斜面から、鞭を手にした英照が訊く。 「……こうなったら淵、援護を――」 しかしすでに淵は空蝉の術で身代わりを置いて逃げていた。ゴッドスピードとダッシュローラーであっという間にはるか彼方だ。 「はやっ!?」 「では私も移動させていただきます。最優先は逃げ切ることですから」 起伏に乏しい声でつぶやき、イライザもこの場を立ち去ろうとする。 「ち、ちょっと待て。俺だけか?」 「きみも逃げてもいい。われわれから逃げ切れたらだが」 どう聞いても、逃がす気はないと言外に言っている。 「……われわれ?」 遅ればせ気配を察知し、そちらを向いたダリルに見えたのは、イライザの前に壁のように立ちふさがった関羽の姿だった。 逃げられないと悟ったイライザは、すでに己の武器――刃をつぶした剣をかまえている。油断なく目を配していたが、力の差は歴然としていた。 「――仕方ない」 はーっと重いためいきをつきつつ木々の間からレーゼマンが現れる。 「レーゼ…」 「目にした以上、やはりパートナーの危機は見過ごせん」 ちら、と腕時計に目をやった。 「残り3分。3人いれば、何とかなるかもしれないな」 「4人だ」 上空から淵の声が降ってくる。遠くへ逃げたと見せかけて、こっそり戻ってきて隠れていたのだ。 「逃げ切るのがこのゲームの主目的とはいえ、義を見て為さざるは勇なきなりと言うからな」 ヒュッと風を切って飛来した矢を、関羽の棍がはじき飛ばす。 「いざ勝負、関羽殿!」 「制限時間経過! 終了ーっ!!」 ルカルカの笛の音がマイクを通じて林一帯に響き渡る。 それを、4人は地面に仰向けあるいはうつ伏せになって聞いていた。 「あら。4人とも死亡?」 映し出された光景にルカルカが眉をひそめる。 「いや、20秒ルールが適用される。4人とも瀕死だが、ギリギリセーフだな」 答えたのは上空からその一切を撮影していたカルキノスだった。 「皆さんお疲れさまでした。皆さんのご活躍を、とても興味深く拝見させていただきました」 アイシャのいたわりの言葉とともに、一列に並んだ勝利者たち――マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)、ランス・ロシェ(らんす・ろしぇ)、レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)、イライザ・エリスン(いらいざ・えりすん)、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、夏侯 淵(かこう・えん)――を代表して、ランスが花束を受けとる。(見苦しくない姿なのは彼だけだった) 「またぜひこのような機会がありましたら、精一杯応援させていただきたいと思います。勝利、おめでとうございます」 入れ替わって、金 鋭峰(じん・るいふぉん)が壇上に登る。 その視線を受けて、全員が一斉に姿勢を正した。 「皆よく戦った。敗者も勝者も、此度のことにより己に何が不足か知ることができたように思う。こののちさらなる修練に努め、より一層磨き抜かれた皆の活躍を、また見せてもらえると期待している」 金の講評が終わり、閉会式も終えて、彼らは打ち上げ会場へと移行した。 「みんな、おなかすいたでしょ。いっぱい食べてね!」 ルカルカが案内した仮設テントの中の立食テーブルには、ダリルが存分に腕をふるって用意した和・洋・中さまざまな豪華料理がぎっしりと並んでいる。 会には彼ら19名のほか、関羽、英照、金もまじっていた。 約束通り関羽と酒を酌み交わしている垂。その近くで、酒を瓶から直接浴びるように飲みながら、カルキノスが録画した映像を早くも編集していた。もちろん参加者全員に配付するため、万博の実行委員会に実績として提出するためもあるが、国軍館で一般販売するためでもある。 「『来たれ若人、国軍に』ってか」 ルカルカが言っていたのを思い出し、身をゆすってくつくつ笑う。 反対側で、グラスを手にリラックスしている英照に対し、ダリルが「ぜひそのゴーグルの下を拝見したかった、今でもとって見せてくれませんか」と冗談半分に談笑していた。その傍らでは、ルカルカが金に万博や国軍館について尋ねる。 「盛況でなによりだ。国軍の宣伝にもなるだろう。誘拐というアクシデントについても、学生たちの対応は評価に値する」 金の言葉に、そっと胸をなでおろす。 こうしたくだけた場で、何気ないふうを装ってはいたが、誘拐事件もあり、内心は少し恐々としていたのだ。 宴会が進み、金たちが退出したあと。 「そういえば」 と、思い出したようにカオルが声を上げた。 「豪華賞品って何だ? ルカ。勝者6名もいるけど大丈夫か?」 「あ、それ。ここにあるわよ」 テントの端に積み上げられた結構大きめのダンボール箱をひょいと持ち上げ、ルカルカが差し出す。 「チョコバーなんと1年分! ちゃんと全員の分用意してあるから、持って帰ってねっ!」 とたん、勝者敗者関係なしに会場中から「えーーーーーーっ!」と声が上がる。 「なによー? 毎日チョコバーがタダで食べられるのよ? おいしーじゃない」 「ほらな。ルカにとっての「豪華」商品なんだよ」 淵1人が肩をすくめて鳥の足にかぶりついた。