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「……もう来ない?」
 こそこそとルインがつぶやく。
「どうでしょうね」
 イヴェインが、弾を受ける覚悟でそっと右半身を出してみた。だが一向に銃撃はない。
「追撃がないとは。一体何が――」
「ここか、銃弾が撃ち込まれたのは」
 訝しみつつも木の影から出たシルヴァの語尾に重なって聞こえたのは、関羽・雲長(かんう・うんちょう)の声だった。しげみを割りながら、非殺傷武器の棍を手にずんずんこちらへ歩いてくる。
「うわ。もう20分切ったの!?」
 3人いるのだし、これがほかの相手ならば迎え撃つことも選択肢に入るのだが、さすがに関羽が相手では分が悪い。
「逃げろ!」
 3人は一斉にその場から逃げ出した。
 逃げられないのは、いまだ網の中の栞のみ。
「えー? 俺はどうなるのー?」
 もちろん関羽によって捕獲です。


 撃たれたきき腕をかばいつつ、シルヴァは走った。ときどき背後を振り返り、関羽の姿がないか目を配る。
 もちろん走る先は、次のトラップポイントだ。
(関羽様相手にどれくらい効果あるか分からないけど……って、関羽様にもペイントつけたら効果ありなんでしょうか?)
 即死は無理にしても。足にペイントをつけて、負傷させることはできるんじゃないか――おそらくは、そんな色気を出してしまったのが災いとなってしまったのだろう。考えに気をとられるあまり、つい、殺気看破の方がおろそかになった。
 はらはらと雪のように舞い散る白い羽。
「これは…」
 太陽の光を反射してきらきらと輝くそれを思わずてのひらで受けたシルヴァのほおを、スッと何がが走った。うす皮1枚を裂いていく羽。
「――天の刃っ!?」
「あったりー!」
 きゃははっと笑うライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)の声が頭上からした。
「お〜いシルヴァ。今日は僕と遊ぼうよ!」
 振り切られた両手から、我は射す光の閃刃が飛ぶ。
 天の刃も光の閃刃も出力が抑えられ、しかも直撃を避けた威嚇攻撃だ。だがそうと知らないシルヴァは動揺し、たたらを踏み、バランスを崩してよろけた。
「ちぃっ!」
 反撃の拳銃を向けようとするが、きき腕でないためうまくいかない。
「おっそーい♪」
 ライゼの手が勢いよく振られ、操られた天の刃がシルヴァの手から銃を弾き飛ばす。
「――くッ…」
 どうしてどいつもこいつも上空から来るんです!? 地上に罠仕掛けまくったのが本気で意味なくなってるでしょう!
 ギリギリ歯噛みするシルヴァを下に見ながら、ライゼはさらに振り上げた手の先で我は誘う炎雷の都を発動させる。撃ち出された炎と雷の塊を受け止めたのは、イヴェインだった。
 もともとシルヴァを守るため、防御スキルは上げてきている。距離が近かったせいで多少よろけはしたが、ダメージ自体はそれほど受けていなかった。
 むう、とライゼの目が細まる。
「僕はシルヴァと遊んでるんだ。割り込んでくるなよなっ」
 再び天の刃を操ろうとするライゼに、イヴェインは拳銃からサイドワインダーを放つ。ペイント弾はライゼの光の閃刃で破壊される前に、天の刃の操り糸を断ち切った。
「シルヴァ、行ってください。ここは自分だけで十分です」
「……分かった」
「あっ! 逃がさないよ!」
 腕を押さえて走り出したシルヴァに、宮殿用飛行翼を全速全開させて回り込みをかけた。
「ふっふっふ。これでもくらっちゃえーっ♪」
 ベッタリ塗料をつけた両手を突き出し、飛びかかる。それを、またもイヴェインが阻止した。
「これを待っていました。あなたが上空から降りてくるのをね」
「放せよ!」
 はさみ込んだ脇から両腕を抜こうとするが、手首をがっちり掴んだイヴェインの手は揺るぎもしない。
「あせりましたね。それがあなたの限界です」
 イヴェインはつぶやき、そのまま後ろへ倒れた。
 地面に激突するかに思われた刹那、ふわっと地表がやわらかくたわむ。
「!?」
 それは、落とし穴を隠すために仕掛けられたフェイクだった。布がはずれて落ちた先、落とし穴の底にはなみなみと塗料が。
 目をむくライゼ。だがどうしようもない。
 ピンクの水しぶきが高く上がった。


 重いものが落ちた水音に、シルヴァは振り返った。あそこに何があったかは知っている。自分がイヴェインと2人で設置したのだから。
「イヴェイン、感謝!」
 彼の捨て身の行為に両手を合わせ、さっさとこの場を離れようとするシルヴァ。直後、しげみの後ろに隠れていた橘 カオル(たちばな・かおる)に蹴つまずいた。
「いたた……なんでよりによってこっち来るかなぁ!?」
 光学迷彩でカモフラージュし、気配も殺してぴくりとも動かずにいたのだが、反対にそれがあだとなったか。存在に気付けなかったシルヴァの膝を後頭部でまともに受けてしまった。あまりの痛みに頭を押さえてうずくまる。
「あ、見つけましたよっ」
 派手に転んでしまったシルヴァが、逃走者の発見に拳銃を持つ手をかまえた。ハッとして、カオルも木刀でかまえをとる。2人が対峙し、互いの出方を伺っていたときだった。
「ここにいたのだな」
 関羽が現れた。あれだけ豪快な水音を上げたのだから当然か。
「仕方ありません。共闘しましょう」
 カオルと並び、こそこそとささやく。その間も、当然視線は関羽から離さない。
「倒さなくていいんです。動けないように、足にペイントすれば――って、カオルさん!?」
「やあっ!」
 シルヴァが言い終わるのも待たず、カオルは木刀で打ちかかった。
 勝ちにいったのではない。攻撃すると見せかけて、これを逃亡のチャンスにするつもりだった。
(シルヴァと共闘して運よく逃げられたとしても、今度はシルヴァとだからな)
 それくらいならシルヴァを残してこの場を離脱した方がいい。時間も稼げて一石二鳥だ。
「ふんっ!!」
 関羽が棍を振りきる。それを木刀で受け、カオルは予定通り彼の強力でぶっ飛ばされた。
「うわああっ…!」
(よし! あとは着地して、そのまま――)
 下を見て、絶句した。ピンクの塗料の水たまりに、たんこぶをつくって気絶したイヴェインとライゼがぷっかり浮かんでいる。
「って、えええええっ!?」
 もちろん偶然ではない。関羽がそこに落ちるよう狙って飛ばしたのだ。
 どぽーーーーん、と派手に水しぶきが上がった。
「あーあ…」
 目を覆うシルヴァ。もちろん、あれは数秒後の彼の姿だった。


「……シルヴァさま…」
 罠にかかった音を聞きつけて現れたのは関羽だけではなかった。
 シルヴァが落とし穴に落下したのを確認した関羽の目が、ルインへと向く。
「走れ! ルイン!」
 クルツ・マイヤー(くるつ・まいやー)の声がして、直後、2人の間を分かつように銃弾がばら撒かれた。
 動揺しているルインを背にかばい立ち、関羽を狙い撃つ。
「むぅ…」
 関羽は棍を回転させ、ペイント弾をことごとく破砕する。
「今のうちだ! 逃げろ! 振り返るな!!」
「う、うん…っ」
 声に平手打ちされたように正気に返ったルインは、あたふたと走り出した。
 女の子のために、勝てない戦いに身を投じる――クルツは、見かけはチャラ男だったが、していることはしっかりと男だった。
 が。
(やっぱ、ただ逃げるだけってつまんないしー。せっかく武器あるんだし、こりゃやっちまわないと! そんで女の子助けて体張るっていうのがイイよなー。その方が逃げ切るより断然(モニターで見ている)女の子にはかっこよく映るだろうし! どうせやられたってペイントだから痛くないじゃーん?)
 考えていることはやっぱりチャラ男だった。
 彼のヨコシマな考えを見抜いてか、きらりと関羽の目が光る。
「――ふっ!!」
 クルツの弾が切れた瞬間、棍が、目にも止まらぬ早さで水平に振り切られた。
 性根を正してやると言わんばかりの攻撃を3〜4発受けたのち、クルツもまた、落とし穴の塗料の水たまりに放り込まれたのだった。