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白昼の幽霊!? 封印再試行!!

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白昼の幽霊!? 封印再試行!!

リアクション

 逃げよう。後少しそう思わなければ、すでにあの影に飲み込まれていただろう。あれからどう逃げたかどうか分からないが、階段の踊り場で座っている彼女はつかの間の安心を味わっていた。
 すでにあの気配は消えている。知性のようなものがないためか、みもりを探しているような気配は感じられない。
「いや……もしかしたらあれは私を追っていたのではなくて、」
 幽霊の方なのかもしれない。ふとそんな仮説が頭をよぎったが、それを決める証拠がなく、結論がみもりの胸の中にしまわれることとなった。
「あれ?無事だったんだ。つまらないの」
 ふと階段の頭上を見上げると、ニコとナインが立っていた。ナインは光学迷彩を器用に使っているのか、顔の部分だけを見えるようにしている。ますますチェシャ猫らしいと思うにつれて、みもりは冷静さを取り戻していた。
「あれも……幽霊なのですか?」
「いや。違うだろうね。でも幽霊との関係性は否定できないな。あれも壺の中で封じ込められていたもの……いやできたものだろう」
 ニコは未だ険しい顔を続けているが、その表情の合間合間に不敵な笑みも垣間見えていた。
「そして……」
 ニコがそう言うとともに指をはじく。パッと辺りは完全な暗闇に包まれた。ニコの仕業であることは分かったが、さっきの体験からか、心細さをごまかすことはできなかった。一人だけで暗闇にのまれているみもりだったが、ニコとナインの視線だけはずっと感じている。
 ニコは淡々と語り始めた。
「あれは僕ら人間、そして幽霊見境なく襲い掛かっているのだろう」
「なら危険なのは私たちだけではなく、幽霊もということですか」
 肯定を現す沈黙の後にナインの顔だけが浮かび上がった。白い歯が暗闇の中で対照的に輝いている。ナインはニタニタとした笑いを崩さずその表情をみもりの眼前にまで迫らせた。小さく息を飲むみもりの前でナインは自分の顔を振りこのように揺らす。
「俺としてはあんたが影に飲み込まれるのも面白かったじゃん。それじゃあなお嬢さん。せいぜい気を付けるんだね。ギャハハハ!!」
 いやらしい笑い声をきっかけに暗闇が晴れ、怪談の踊り場にはみもりしかいなかった。みもりはあの影のことを思い出して、自分の行動すべきことを考えていた。
 あの影は幽霊を襲う。幽霊が誰の保護もなく、この学園にはびこっている状況はあの影にとって格好の餌場なのだろう。
 ならやはり、成仏を手助けすることが自分の役目に違いない。そう決心すると、階段を下りていくのだった。





 幽霊を収集している者は学園内でちらほらと行動を始めていたが、その目的は個人個人で些細な違いがみられる。ニコのように生者をいたずらするためや、純粋に成仏を促して幽霊を救おうとする者。
 ただ、東 朱鷺(あずま・とき)が中でも異彩を放っているのかもしれない。
 朱鷺は幽霊が多数いるこの状況を極めて個人的に受け止め、そして自分のスキルを試すための実験場とみなしているのである。普段試すことのないスキルの評価を行うことができるのに最適であったこの場所で、朱鷺はずっと実験を続けていた。
 彼女の実験は至って簡単なものである。
 まず【見鬼】で周囲を調べ、幽霊の発見に努める。さきほど見つけたのはポルターガイストの集団だった。教室の中ではその幽霊の仕業によって机や椅子が床面を滑るように動いている。その教室で、朱鷺が一歩前に進むと、彼女の侵入を喜ぶようにガタガタと机が揺れた。
 朱鷺は速やかに実験の第二段階に移る。自分が持っている攻撃用のスキルである【悪霊退散】を即座に発動させたのだ。発動するために要する時間、その持続時間、効果範囲、それら全てを朱鷺は結果として記録しておきたいと願っていた。だから幽霊に先手を取らせることはさせず、淡々と事を進めていた。
 朱鷺が放ったそれは彼女を中心として、まばゆいほどの光を周囲に放っていた。星のような輝きは教室全体を瞬く間に多いつくす。
 そして輝きが完全に失われた後、教室では朱鷺のみが立っていた。
 自らの両手を見つめ、疲れや負担が残っていないかを確認して、朱鷺はそれがないことに満足する。
 【陰陽五行の札】と十分すぎるほどの【使い魔:智慧の蛇】を準備しているおかげで、実験回数は朱鷺の予想以上に繰り返すことができそうだ。
 静かになった教室で朱鷺は先ほどの実験に対いて考察を考え添える。悪霊退散は幽霊に効果はあった。しかし追い払うのが今の段階では精一杯であったようだ。もう少し魔力を増幅させたら、あるいは一回ではなく、何度も繰り返すことを考えたら、幽霊を成仏させることができるかもしれない。
 そう考えると次の実験の準備のために教室を後にする。
 しかし幸か不幸か、【見鬼】を発動させなくとも、彼女の前に新たな幽霊が姿を現した。
 だが今までの幽霊とは違う。それは幽霊ではなく、幽霊に取りつかれた生徒たちだったのである。
オ……オォオ……
 みな青白い顔つきと胡乱な目つき、中途半端に開いた口を作り、おぼろげな足取りで朱鷺を取り囲んでいた。その数をざっと計算し、朱鷺は自分の口元を手で覆う。これは自分にとって幸運であることを理解したからだ。
「そういえば、人に取り付いている幽霊には効果があるのか、ないのか試してみませんでしたね。盲点に気づくことができてうれしいです」
 余裕を浮かべた表情と、朱鷺の言葉が何かの刺激になったのか、幽霊たちは一斉に朱鷺に襲い掛かった。朱鷺は眉一つ動かさずに身構える。例えどういう状況であっても自分が行うことは一つだけだった。つまり実験だ。
 朱鷺が再度【悪霊退散】を放つ。普通の幽霊ならこれで効果があることは先の実験で証明済みだ。ではこれはどうだろう。小さな興奮を胸の中で転がしながら朱鷺は結果を観察する。
 何人かの生徒は気を失って倒れていた。しかし倒れていない生徒もいる。
 おそらく他人を盾にしたことで、直撃を免れたのだろう。
 さっと朱鷺はその理由を分析すると、もう一度【悪霊退散】を発動させる準備を整える。だがそれが発動する事はなかった。立っている幽霊に対して、襲い掛かる一つの影があったからだ。
 朱鷺が発動を取りやめたのはその影が予想外の行動を行っていたからである。その影は幽霊に取り付かれてる生徒に襲い掛かると、そのまま殴り倒したのだ。
 緑色のボブカットを揺らしながら、朱鷺が見ている目の前で幽霊たちを殴り倒していく光景は淡々と繰り広げられているせいか、誰も邪魔することはできなかった。幽霊たちの合間を蛇のように移動していき、次々と倒していく。その真珠色の瞳を鈍く輝かせて、その輝きによる軌跡も、蛇のそれを描いていた。
 フラット・クライベル(ふらっと・くらいべる)は朱鷺が見ているのに関係なく、自分の事を進めていた。
 朱鷺が邪魔できないでいると、その背後からくぐもった笑みとともにもう一人姿を現した。朱鷺は関係者だと感づいたのは、背後から現れた者が幽霊を打倒している者と変わらない容姿と面持ちをしているからだ。
 燃えるような赤い髪の色と瞳の青とのコントラストが印象的で、違うところと言えばそこくらいだった。まるで双子みたいだ。素直にそう思うしかなった。
「そっくりでしょ?」
 朱鷺の胸中をのぞいたかのような返答に、朱鷺は納得する。まだ殴り倒す音、そして興奮を駆り立てる笑い声が続いている。後から現れたミリー・朱沈(みりー・ちゅーしぇん)は顔をしかめ、その様子を見守っていた。
「そしてあれがフラット。今はユーフォリアにその体を預けている」
 ミリーが説明すると、フラットの瞳が妖しく輝いた。いや、本当はユーフォリア・ディ・アンジェ(ゆーふぉりあ・でぃあんじぇ)の瞳であるのだが、それを知っているのはミリーだけだろう。
「しかし幽霊を殴り倒すですか。取り付いているとはいえ、、体があることには変わりない。そこも盲点でした」
 朱鷺は感心する傍らでミリーは受け取るはずのない感心を持て余すように、噛み殺した笑みを作っていた。
「ボクらはそこまで考えていないけど、行き当たりばったりで殴っているだけさ。でも効果があるみたいで安心したよ」
 同時に、ミリーの言葉に答えるようにフラットが一人の生徒を殴り倒す。空中を飛び朱鷺とミリーの前に転がってきたそれの胸倉をミリーは掴むと、子供らしい笑みをそれに向ける。生徒はまだ幽霊の支配下にあるようだが、虚ろな瞳は幽霊の怯えを際立たせていた。
「おにーちゃんはここで何をしていたの?」
久しぶりニ自由ヲ手に入れることができたんダ。お前らノ体を使ってもいいだろう
「体を手にいれてどうして人を襲うのさ?」
知るカ。自分の欲望に従っているのみダ
「外に出れてうれしい」
お前たちニその喜びは理解できない
「ふぅん。分かったよ。まぁ……」
 胸倉を掴む手を緩めず、ミリーは別の手を幽霊の顔面に押し込んだ。それが決め手だったらしく糸が切れたように、幽霊は動かなくなる。
「ボクにはそんなの関係ないのだけどね。あーすっきりした」
 ミリーが手を払いながら辺りを見回すとあらかた片付いていたようだ。死屍累々とした廊下の中でフラットも満足げに背伸びをしていた。
「それじゃあボクらはこれで、また気の赴くままに幽霊をシバキ倒そうかな?」
「まだ幽霊に取りつかれた生徒たちがいると思いますか?」
「さぁ?考えることなんてしたくないね」
 いい加減な返答ではなくそれがミリーの本音だったのだろう。ミリーは朱鷺に小さな手の平を向けると、それをひらひらとさせながら闇の中に消えて行った。後を追うようにフラットが続く。
 朱鷺はすれ違う間際にフラットと目があった。ふと先ほどとは違うものに気づく。それは瞳の色だった。濃淡が浅い真珠のような色をしていたそれが、今は深く異様な色合いの茶色に変化している。
 なぜと思うよりも先に、ミリーが殴り倒した生徒がむくりと起き上がると、ぞくりとするような雰囲気を身にまとい、朱鷺に目で返答を行った。朱鷺が察することができたのは、その生徒の双眸に真珠色の輝きがあったからである。
 輝きの意味はおそらくこうだろう。まだまだいたるところに気配を感じます。そしてはるか遠くから爆発音のようなものが聞こえ、朱鷺はそれから離れるようにこの場を後にするのだった。