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リアクション
セレンフィリティは女子トイレの個室の前に立つと臆することなくノックをする。
「ダレ?」
「どうしてここで泣いているの?」
努めて明るく振る舞い、セレンフィリティは相手の様子を扉越しで伺った。セレアナが見守る中、幽霊がたどたどしく語りだす。
「大切なものガなくなっちゃったの」
「ならあたしが見つけてあげる」
「そんナことできないヨ」
「そんなことないわ!!」
幽霊がしゅんとした口ぶりで言うが、それをセレンフィリティとセレアナは力強く否定した。
「絶対に見つかるわ。あなたを助けてくれる優しい人があたし含めてたくさんいるの」
「でも……」
「だから出てきなさい。少なくともそんなところで泣いているだけで何も進まないわよ
「……」
床に広がる水たまりの勢いが徐々に失われていく。セレンフィリティは幽霊の逡巡をそれから読み取り、セレアナもその扉に向けて語りだした。
「私たちはあなたを助けたいの。私とセレンフィリティだけではなくて、扉の向こうにはたくさんの仲間もいるわ。あなたは独りぼっちではないのよ」
「そうだよ。だからここから出ておいで、」
嘘でも、誇張でもないその言葉がまっすぐに幽霊に届いていく。たった一つだけの気持ちを幽霊は理解すると、個室の扉の鍵がゆっくりと開かれた。それは幽霊自身の心の鍵を開く音のようでもあった。二人は顔を見比べて、幽霊が出てくるのを見守っていた。
■
幽霊にまず語りかけたのはエースだった。手品のように取り出した白いガーベラをそっと手に持つと、幽霊に会えたことを感謝している。
「やはり俺の予想通りだった。いや予想以上かな。こんなにかわいらしい女の子だとは思わなかったよ」
「エース落ち着いてください。みなさんもチョコレートいただきます?これは僕のちょっとした気持ちです」
相変わらず自分の主義を忘れない二人に苦笑を通り越して感心する諒の隣では、セレンフィリティがそのチョコレートを食べて満足げに頷いていた。諒は幽霊の前で座り、なるべく怖がらせないように努めて幽霊と相対する。
「それでお嬢ちゃん。そっちのお姉さんから聞いたけど、なくしたものがあるみたいだな」
「うん。その様子みたいよ」
セレンフィリティが代わりに答える。幽霊はうつむきがちだったが、徐々に顔を上げつつあった。
「それでその探し物はどういうものなんだ?詳しく教えてくれないか?」
「えっト……」
幽霊はとぎれとぎれに言葉を続ける。それを諒やエースたちはじっと聞き続けていた。幽霊に自分たちが力になるというためにそれを聞き続けていたのだった。
「なるほど、探し物は自分の髪留めか……壺に封印されていた時は身に着けられていたはずなのに、気が付いたらなくなっていたと」
セレンフィリティが話をまとめると、幽霊はこくりと首を縦に振る。
「つまり探し物は幽霊の一部みたいなものか?実際に形があるわけではない?」
「生前から愛用していたものがこの子の一部として幽霊の時にかたどられたのだろう。そして封印から解き放たれたときにこの子から零れ落ちてしまったということだ」
エースの疑問に諒は答え、そして深く考え込む。この学園内にあることは確かのようだが、いかんせん情報が少ない。ここは歩いて情報を集めることを優先したほうがいいのかもしれない。
「とにかく歩いて目撃例みたいなものを集めてみるか?」
「そうね。それがいいかもしれないわ。それじゃあみんな行くわよ。あたしについてきなさい」
セレンフィリティが指を示した方向に走り出す。セレノアが後に続き、エースが幽霊を連れ添うように歩くと、しんがりを諒が担当した。
■
ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)は自分の体にしがみつくイリア・ヘラー(いりあ・へらー)に辟易しながら廊下を歩いていた。イリアがしがみついているうえに、彼女は自分の全てをルファンに預けているので歩きづらいこと仕方がない。
「のぅ。もう少し離れてくれないと歩きづらいぞ」
「いやだ!! ゆーれい怖いの。だからダーリンの傍にいないとだめなの」
より一層しがみつくイリアにルファンはやれやれと首を振る。だが目の前から誰かの気配を感じて立ち止まった。直感的に幽霊のそれとは感じられないが、目の前から歩いてきたその人間には眉をしかめるしかなかった。
「ほぅら。早速人を見つけたわ。ちょっと聞いてみましょう?」
セレンフィリティはそう言いルファンの前に立つ。イリアもさすがにその姿に気づいて、幽霊ではないことにほっとしていたが、予想を超えた人間に身なりに固まっていた。そして幽霊をつれていることに気づくとルファンの後ろにそそくさと隠れてしまった。顔だけをひょっこりと出して相手をうかがっている。
「大丈夫じゃぞ。怖くないからの」
「そこのあなた。あたしたち探し物をしているの」
探し物?と反芻するルファンに、幽霊を連れたエースが事情を説明した。
「なるほど。その子の髪留めか……。ちょっと形を説明してもらってもいいかの?」
ルファンが説明を聞いている間、イリアはおずおずと顔を出して幽霊を見る。幽霊はイリアと目があったが、イリアは何も言わずにまたルファンの体に隠れてしまった。
「ふむ……実体のない落し物か。これは探索も難儀じゃのう。だが……」
頬をかきながらルファンはイリアを見つめる。
「ダーリン?」
「ここはイリアに任せてみるべきか?のぅイリア。そなたの特技を披露してやらんか?」
イリアはまだ分からないという様子でルファンを見つめていた。無垢な黄金色の瞳が自信に満ちたルファンを映している。
「そなたの探索を行えば探し物を探すのもたやすいだろう?」
「ダーリンの頼みならイリア頑張ってみる!!」
ひときわ強く抱きしめると、イリアはぱっと後ろに飛び退く。彼女の服がふわりと巻き上がり、それは花が咲いたときの動きに似ていた。
そしてイリアは目を閉じて集中する。天真爛漫とした雰囲気が消えてなくなり、神秘的なそれを身にまとった彼女の前で、自ずと皆が口を閉じる。音が奪われたかのように、静寂があたりを支配して、その中心にいるイリアは目を閉じたまま感覚を研ぎ澄ませていた。
「幽霊が落としてしまった髪留め。それは実態があるわけではなく、元から幽霊の一部として封印されてしまっていた物のようじゃろう?
なら髪留めとはいえその幽霊の一部だったと思ってよいはず。つまりその幽霊と同じような雰囲気を持つ幽体を探し出せば……」
ルファンが淡々と語りだした。その瞳はイリアへの信頼を全体的においていた。セレンフィリティが相槌を打つ。
「できるの?」
「できるぞ」
語尾を強めて、ルファンは即座に答えた。
そしてどれくらい見つめていたのだろう?永遠と勘違いするような一瞬だったのかもしれない。
「多分。向こうかな?そっちに何かを感じるよ」
その言葉と共にイリアは目を開く。集団はお互いに顔を見合わせると、イリアが示した方向へ足を進めたのだった。
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