イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

パニック! 雪人形祭り

リアクション公開中!

パニック! 雪人形祭り

リアクション

 この番小屋に、これだけの人数が入ったことはないのではないだろうか。ルカルカ、カルキノス、セレンフィリティ、セレアナの四人は、死者が眠る小屋の奥の寝室を避け、呪術の研究をしていたと思われる部屋に入っていた。『妖蛆の秘密』は、街に戻る実行委員を再び護衛するべく、先にここを後にしていた。
 書斎、ということになるのかもしれないが、ただ狭い部屋に机と椅子、それから呪術関係の本が山と積まれているだけの、簡素な部屋だ。
「ルカ、これを見ろ」
 カルキノスが、本の山の中から取り出した薄っぺらな冊子のようなものを、ルカルカに示した。それはノートで、中にはびっしりと文字が並んでいた。
「これは……研究日誌?」
「招魂の術の、な」
 カルキノスの言葉に、ルカルカはページをめくった。そこには老呪術師の、術を試みた日々の記録が事細かに記されていた。

『古呪術書から紐解けるのはここまでだ。あとは先人の研究論文から、不明の部分を埋められる有用な術式を見つけるしかない』

『魂を呼び戻す、理論は完璧となった。だが不安要素はある。ナーリルの魂が依代(よりしろ)を見つけられるかどうか。生前のあの子にとってより馴染みのある物がよい。古い玩具を用意したが、本当はあのブローチが最適なのだと思われる。あれが雪崩で失われさえしなければ……』

『実験は失敗だった。古文書から切り貼りして作った術式に穴があったか、それともやはりナーリルの魂は、一人で現世に戻ってくるには弱いのか……。いずれにせよ、術式を改良して再び実験を試みよう』

『また失敗。……これ以上何をどう工夫すればいいのかもはや見当がつかない。ブローチのことが頭にちらつく。あの子の母親の形見のブリキのブローチ。あれさえあれば。一体あれは、どこの根雪の中に埋まってしまったのだろう』


 何度目かの失敗の記録が最後で、それ以降のページには何も書かれていなかった。
「死んだ者を呼び戻そうなどと……同情はするが、所詮は死者への冒涜だ」
 カルキノスが低く呟く。ルカルカは一応『サイコメトリ』を使って、ノートを“見て”みた。次の瞬間、ハッと目を瞠ってノートを落とした。
「どうした、ルカ!? 何が見えた?」
「何かは分かんないけど……得体のしれないものが、ノートをつかんで……『いない』って呟いてた」
 この世のものとは思えない、不思議な影……見えた瞬間、本能的にぞっとした。
 その時、ルカルカのHCがエースからの通信を伝えてきた。
『そっち、何か分かった?』
「分かったというか……手掛かりが消えてしまったというか」
 ルカルカは、グローシオがすでに故人であったことを話した。それを聞いたエースもまた驚きながらも、公民館の子供たちから得た情報をルカルカに話した。
「ブローチ!? 雪人形に!?」
 驚いて上げたルカルカの声を聞きつけ、てんでに書斎の書物を調べていたセレンフィリティとセレアナも駆け寄ってきた。情報交換を終えて通信を切ると、ルカルカは三人にも、その情報を伝えた。
「……ひょっとすると」
 沈思していたカルキノスが口を開き、他の三人はその続きに注目した。
「こいつの実験、全くの失敗というわけではなかったのかもしれんな」
「どういうこと?」
「招魂など特殊な秘術で、本来並みの呪術師が成功するとは思えんのだが……ナーリルの魂は実際、父親に呼ばれてすぐ近くまでは来たのじゃないだろうか。だが幼子の魂は弱く、惑いやすい。父の用意した依代ではなく、雪に埋まったブローチに宿ってしまった」
 オカルトの特技を持つカルキノスは、導き出した推理を整然と話す。
「それが雪人形の体を借りて動き出した、ってこと……か」
「でも何で、他の雪人形まで動き出したのかしら」
 納得するルカルカの隣でセレアナが新たな疑問を口にすると、
「推測だが、ブローチの埋まっていた一帯の雪に霊的な力が染み出して移り、ブローチに宿った意思に同調して動き出したのかもしれん。それが一気に街中に伝染した、と」
 カルキノスが答えた。
「それが本当なら可哀想だわ。呼び戻されてまた、ブローチと一緒に雪に埋まっていたなんて……ひとりぼっちで」
 ルカルカが小さく呟く。その横で、セレンフィリティはハッとした。
「でもそれなら、どうすればいいの? どうやってナーリルの魂を還してあげるの!? 呼び出した父親はもうこの世にいない……」
 答える者はいない。沈黙が室内に落ちた。
「……バカな奴だ。自然の摂理に反するような真似をしなければ、今頃向こう側で子供に会えてたってのに。自分が死んだら今度は、子供の方がこっちに置き去りになっちまったじゃねぇか」
 カルキノスが吐き捨てるように言った。だが、その時ルカルカの頭に何かが閃いた。
 サイコメトリで見た、「いない」と呟く得体のしれない影が頭をよぎった。
「ねぇ……街の中には、ナーリルのブローチがあるのよね」
「? どうした、ルカ」
「で今、展示場の雪像は街に向かっている。何が何でも、攻撃を受けても、歩みを止めず。……何のために?」
 セレンフィリティの顔に、はっとしたような表情が現れた。続いてセレアナ、カルキノスにも。その時、全員の脳裏に、同じ言葉が浮かんでいた。

 まさか、あの雪像は……